大人の事情には触れたくない
ここまで旅してきた男爵領と、目指しているベリアス辺境伯領の境に建つ関所。
そこへ詰めている騎士団員へ盗賊と遭遇したことを説明すると、奥へ通されて責任者だという隊長に説明を求められたから改めて説明し、次元収納から盗賊の死体とアジトから回収した空間収納袋、そしてそこに死体となって残っていた女性達の遺品を提出した。
「なるほど。場所は覚えているか?」
地図を広げ、隊長のおっさんに位置を教える。
なんでも念のため、現地調査が必要なんだそうだ。
「隊長、確認が取れました。こいつらは他所の地で盗賊行為をしていた連中です。討伐作戦で主だった者は死亡、もしくは捕縛されましたがこいつらはこれを逃れて逃亡していたようで、手配書が回ってきていました」
死体を確認していたうちの一人が書類を手渡し、それを隊長のおっさんが受け取って確認していく。
「ふむ、確かに。盗品の被害届はあるか?」
「いいえ。届け出はありません」
「分かった。ならばこいつらの持っていた物は、君達の物だ。確認が済んだら渡そう」
一応規則だから、盗品を確認して記録する必要があるらしい。
確認といっても「鑑定」スキルを使って詳細を調べる訳ではなく、種類別に形状や色合いといった外見を書き記して数を数えていくだけだ。
それをただ眺めているのも退屈だから、広げられた盗品を「完全解析」で調べていく。
(思ったほどでもないか?)
価値はそれなりにあるんだろう。でも俺が使っているハルバートより性能が劣っている槍や斧や槌だったり、俺達の中じゃ誰も使わない剣やナイフだったり、アリルが使っているのより性能が劣る弓だったりする。
期待外れかと思いきや、黒と白の二つの細い樹木が絡み合っているような杖を調べると驚いた。他の杖はロシェリが持っているのより劣っているけど、あの一本だけは別格だ。
混宿の杖 高品質
素材:宿木【闇】、宿木【光】
スキル:魔力貯蓄LV5【固定】
魔力増量補助LV3【固定】
魔法習得速度上昇LV3【固定】
魔力消費量軽減LV2【固定】
持ち主の魔法使用時における発動速度を速め、効果を向上させる
「光魔法」と「闇魔法」のスキルの成長を促進する
魔力で育つ宿木という特殊な樹木の素材を使用
闇の魔力で育った物と、光の魔力で育った物を組み合わせて使用
持ち主に「光魔法」と「闇魔法」の両スキルが必要
両スキルが二つとも無い場合、スキルも補助効果も発動しない
魔力増量補助:魔力量が増えやすくなる
「え――」
思わず声を上げそうになった口を、咄嗟に塞いで声を抑えた。
なんだ、あの杖は。よほど特殊な素材を使ったからか、スキルが四つもあるぞ。
しかも「光魔法」と「闇魔法」のスキルが両方とも必要で、それらがないとスキルも補助効果も発動しないって、条件が厳しくないか?
だからこそ盗賊達は使わなかったんだろうが、こっちにはちょうと適合者がいる。
「お腹……空いた……」
まだ「完全解析」の結果を伝えてないから仕方ないのは分かるけど、あえて言わせてもらいたい。
空腹を訴えながら外套を引っ張る安定のロシェリさんや、君の装備に関わることを考えているんだから、もうちょっと空気読んでくれ。
「……これでも食べてろ」
「ん……」
次元収納から道中で採取したリンゴくらいの木の実を渡しておき、それを食べている間に「完全解析」を続ける。
防具の方はそこそこだけど、俺達の装備品より劣る物ばかり。
やっぱり、さっきの混宿の杖のようなのは滅多にないか。
本は偉人についての資料や考古学の研究書、魔物の生態に関する考察といったものばかり。おまけに全く知らない古い文字で書かれているようで、読める気がしない。
魔道具の方は古すぎて利用価値が低いようだ。全く使えない訳じゃないものの、手間は掛かるし効率は悪いし効果も弱い。
危険物って訳じゃないし、骨董品が好きな人なら買いそうだけど、市場価値はどうかな?
「使えそうなのある? どうせ、あれで調べてるんでしょ?」
隣に立つアリルが小声で尋ねてきた。
あれっていうのは「完全解析」のことだろう。これのことを知っているとはいえ、なかなか鋭い。
「あの二本の木を編んだ杖は他と別格だ。他は俺達の装備よりも劣ってる」
同じく小声で返すと、アリルの視線が魔道具と本へ移る。
「本と魔道具は?」
「どっちも古い物だから価値はありそうだけど、持って行く気にはならない」
「なんで?」
「研究書とか、古い資料とかいるか? しかも古い字で書かれたやつ。それと骨董品」
「……いらないわね」
「だろう?」
欲しい人なら欲しいんだろうけど、俺達にはいらない。きっとロシェリもいらないって言うだろう。だったら売って金にしちゃおう。
確か盗賊から得た品は、冒険者ギルドへ売れるはず。どれだけの額になるかは不明だけど、混宿の杖以外の使い道はそれしかない。
あっ、空間収納袋もあったんだった。これはちょうど三つあるし、一つずつ分ければいいか。
「確認が終了しました。こちらはお渡ししますね」
中身の確認を終えた騎士団員から空間収納袋を手渡される。これで正式に、盗賊が持っていた品は俺達の物だ。
この後にもう少しだけ事情聴取をされた後、封筒と討伐報酬を受け取って開放された。
「情報提供と討伐を感謝する」
隊長のおっさんから感謝の言葉と敬礼をもらい、俺達は関所を後にしてベリアス辺境伯領へ足を踏み入れた。
討伐報酬は金貨数枚に銀貨数十枚。賞金首がいないから、こんなものかな。
そして封筒の中身は盗賊討伐戦利品証明書という、名前の長い書類が入っていた。
「なに……それ?」
「簡単に言うと、俺達が入手した物が盗賊を倒して得た物だっていう証明書みたいだ」
説明文を見る限り、そんな感じだろう。入手した物が書かれていて、それらが盗賊を討伐して得た物なのを騎士団が証明するってある。
隊長のおっさんの名前っぽいサインと騎士団の印も押されているから、正式な書面なんだろう。
「どうして、それ……必要……なの?」
「盗賊が奪った物だからじゃない? 私達がその一味と勘違いされないよう、そういうのが必要なんでしょ」
なるほど、アリルの言う通りかもしれない。
いらない物を売る時、盗賊に奪われた物だから俺達がその一味だと勘違いされる可能性がある。これはそれを防ぐための物か。
「つまりこれがあれば、堂々とギルドへ売れる訳か」
「そういうことでしょ」
「おぉ……」
なんせ騎士団のお墨付きだ。このまま手元に残しても金以外は使い道がないんだし、全部売っても……って駄目だ、全部売っちゃ駄目だ。
一旦移動を止めて急いで空間収納袋の中身を探り、唯一の例外である混宿の杖を取り出す。
「ロシェリ、この杖を使わないか?」
「なに? その……杖」
「これはな」
周囲に誰もいないのを確認してから、杖を「完全解析」した結果を伝える。
するとロシェリは口を半開きにして固まり、アリルは目を見開いて驚いていた。理解していない従魔達は首を傾げている。
「本当なの? それ……」
「少なくとも「完全解析」では、そういう結果が出ている」
肯定したらアリルも硬直した。
気持ちは分かるけど、話が進まないから現実へ戻ってきてもらおう。
「おい、しっかりしろ」
肩を掴んで順番に揺さぶると、二人はハッとして現実へ戻ってきた。
「あぁ、ごめんなさい。想像以上だったから、つい」
「無理もないさ。俺も最初に見た時は、思わず声を上げそうになった」
我ながらよく口を塞いだもんだよ。
「そんなの……使って、いいの?」
恐れ多いといった感じでロシェリが震えている。
いいんだよ、使っても。というか、せっかく使用条件が整っているのに使わないのは勿体ないだろ。俺かアリルが使ってもスキルどころか補助効果も発揮しない、ただの杖型の棒でしかないんだから。
幸運にも「魔法習得速度上昇」と「魔力貯蓄」スキルは混宿の杖にも備わっているし、スキルのレベルは今ロシェリが使っている樹獣の杖よりもこっちの方が上だ。使わない理由は無い。
構わないと言って差し出すと、恐る恐る受け取ってくれた。
「ありが……とう」
「気にするな。そっちの樹獣の杖はどうする?」
「せっかく、作ってもらった……から。予備に……しとく。預かって、ちょうだい」
それもそうだな。苦労して手に入れた素材でわざわざ作ってもらったのに、破損した訳でも困窮している訳でもないのに処分したり売ったりするのは気が引けるし、あの女性ドワーフに悪い。
要求を了承し、樹獣の杖は次元収納へ入れておくことにした。
冒険者ギルドで盗賊からの戦利品を売った後、空間収納袋を渡す時にそっちへ移そう。あっ、次元収納で預かっている金も移しておこう。
「他は全部売って金にしようと思う」
「それはいいわね。お金はいくらあっても構わないもの」
文字通り現金で助かる。
そうと決まれば早く売りに行こうと急かすアリルを先頭に、改めて次の町へ歩き出す。
遠目には既に町が見えていて、そっちの方から来る馬車や旅人、冒険者の姿もある。
そういった人達とすれ違い、時折軽く挨拶を交わしながら町へ到着した。
早速冒険者ギルドへ趣いてギルドカードを提出し、盗賊の件を簡潔に説明して戦利品を売りたい旨を伝え、受け取っていた証明書を提出する。
「分かりました。確認するので少々お待ちください」
対応してくれた受付嬢はそう言い残し、カードと証明書を持って奥へ引っ込む。
しばらくすると確認が取れたと言われて奥の小部屋へ通され、待機していた他の職員達の前で戦利品を出すように言われた。ついでだから許可を得て道中で採取した薬草と、解体した魔物の素材も提出しておいた。
全て出し終えると職員達が証明書を手に確認を始め、一人だけ薬草と魔物の素材の確認をしていく。
作業が終えるまでの間に女性職員から、ギルドカードには盗賊の討伐記録も残ることと、今回の討伐もこれまでの記録に計上してもらえることを教えてもらった。
「盗賊の引き取りとか、討伐報酬の支払いとかは騎士団がするのに?」
「だからって、盗賊と命がけで戦って討伐した冒険者を評価しない訳にはいかないでしょう?」
それもそうか。言われてみれば、評価されて当たり前だな。
「できればギルドからも討伐報酬を出してあげたいけど、盗賊は基本的に騎士団の対応案件だから、騎士団からしか報酬は出ないのよねぇ」
「……大人の事情、ってやつですか?」
「そう。双方の組織が、大人の事情をたっぷり含んで結んだ協定による取り決めよ」
どんな協定なのかは聞かないでいいや。小難しそうだし、大人の事情がたっぷり含まれているのなら、聞く気なんてしやしない。
「あら? でもギルドにも盗賊退治の依頼ってなかったかしら?」
「それは騎士団の手が回らなかったり、対応したくても人手が足りなかったり、騎士団が駐在していない村や集落付近に現れたりした場合ね。実はそういった類の依頼って、騎士団が自分達の代わりに討伐してくれって形で依頼しているのよ。報酬もあっちが出してるわ」
出たよ大人の事情。
でも、そういった事情を含んだ協定があるからこそ安定している事もあるんだろうし、一概に悪いとは言い切れないのも事実だ。
本当に世の中ってのは、変な所で複雑で面倒だ。
「お待たせしました、確認が終了しました」
おっと、思ったより早く終わったな。薬草と魔物の素材の方も終わったようで、空間収納袋以外は本も魔道具も全て買い取ってもらえた。
解体していない魔物はいつも通り解体所へ預け、翌日に食べられる部分だけを引き取る旨を伝えておき、この日は魔物の討伐報酬と買取金だけ引き取った。
その金は盗賊からの戦利品にあった金も含めて分配。混宿の杖を入手したロシェリはその分の金を少なくしたけど、本人は新しい杖にご満悦そうだったから文句は無いようだ。
さらに空になった空間収納袋を一つずつ分けて、次元収納で預かっていた二人の金やらちょっとした私物やらを移していく。
「まさか空間収納袋が手に入るとは思わなかったわ。矢が尽きないように、これにたっぷり入れておこうっと」
「ふふふ……。食べ物、たくさん、入れる……」
なんだか二人の空間収納袋の中身が、矢だらけと食料だらけになる光景が浮かぶ。
まあ、もう自分達の物だから好きにしていいんだけど。でも、購入する金は自分持ちだぞ?
この後でいつも通り三人一部屋で今日の宿を確保した後、マッスルガゼルとコンゴウカンガルーは宿の厩舎で留守番をしてもらい、俺達は次の旅へ備えての買い出しへ向かった。そこで宣言通り、アリルは武器屋で矢を大量購入し、ロシェリはいざという時のためと言って肉を大量購入する。
それらとは別に必要な物を購入し、武器と防具の点検をしてもらった俺達はガルア行きの馬車便がないかを確認しに向かったんだけど、そこで残念な知らせを聞いた。
「悪いね。前は乗り継げばガルアまで行けたんだけど、今は途中が通ってないんだよ」
受付にいる恰幅のいいおばちゃん職員からそう聞かされ、詳しい理由を聞くと土砂崩れで道が封鎖されてしまったらしい。
「以前はここからカルス村行きに乗って、そこで今度はラーキ行きへ乗り換えてラーキの町へ行けばガルア行きの馬車に乗れたわ。でもカルス村とラーキの町の間にある山沿いの道が、ほとんど土砂や大岩で埋まっちゃってね。とても通れる状態じゃないのよ。撤去作業も思うように進んでなくてね」
マジかよ。これじゃあガルアまで行けないじゃないか。
いや、行けない訳じゃないけど遠回りをする必要がある。しかも馬車便は通っていないから、徒歩移動になるな。
「だけど山中を抜ける旧道は無事だから、馬車は無理でも徒歩でならカルス村からラーキの町まで行けるわよ。道中に魔物は出るけどね」
あっ、そうなの? 旧道があって、そこなら通れるの?
「そこは馬車で通れないの?」
「魔物が出るから危険だし、道が狭い上に急勾配がいくつかあるし、断崖絶壁の傍を通る道もあるから馬車だと危ないのよ。どうして昔の人は、そんな道を作ったのかしらねぇ」
愚痴る気持ちが分からないでもない。そんな道、歩くとしても危ないと思うから。
とりあえず情報は手に入ったからお礼を言ってその場を去り、宿へ戻る道中で二人と話し合い、教えてもらった旧道を行くことに決めた。
通れるのならわざわざ遠回りする必要は無いし、今更魔物が出るくらいで怖気づくつもりも無い。
さすがにビーストレントのようなのは勘弁願いたいけど、あんなのと遭遇するのは稀だろう。
「じゃあ、明日はカルス村行きの便に乗ろう」
「了解」
「また、お肉……狩る」
魔物をすっかり食肉扱いしてるよ、このロシェリさんは。
そんなロシェリが寝る時に俺のベッドへ潜り込んで密着してくるのもいつも通りだけど、なんでアリルはこっちをチラチラ見ながら顔を赤くしているんだろうか?
何もしないぞ? 密着されて感じる柔らかさに湧き出る煩悩は、必死に押さえこんでるんだからな。
****
翌朝。ギルドで解体を頼んだ魔物の肉と、それ以外の素材の買取金を受け取った俺達は馬車便乗り場へ直行。
昨日と同じおばちゃん職員にカルス村行きの乗り場を教えてもらい、御者へ料金を支払って乗り込んだ。
「そっちの従魔達はどうするんだい? あの大きさじゃ、さすがに乗れないよ?」
「大丈夫です。こいつらなら、走って付いて行けますから」
「……確かに、あの逞しさなら並走できそうだね」
御者が見ているその先で、二匹は足下を均したり軽く跳ねて準備運動したりと走る気満々な様子を見せる。
二匹の様子に周囲から視線が集まっているのは、主人としては少し恥ずかしい。
ロシェリも同じなのか、自分が見られている訳でもないのにフードを引っ張って顔を隠そうとしている。
「では、カルス村行き出発します」
御者がそう告げて馬を走らせる。
それに並走するようにマッスルガゼルは走り出し、コンゴウカンガルーも飛び跳ねて並走しだした。
やがて町の外へ出ると速度が上がるけど、二匹は全く意に介さず並走する。
馬車を引いていないとはいえ、本当に並走するもんだからお客も気になって何度か外を見ている。
「こんなに近くで魔物を見るのは初めてだが、こんなに力強く走るのか」
「ふむ。見た目だけ、という訳ではないのか」
「あんなに逞しいんだもの。馬車と並走くらいできるわよね」
「ママ。魔物さんって怖そうだけど、カッコイイね」
「筋肉ハァハァ」
なんか一人変なのがいるけど、気にしないでおこう。
「坊主達の従魔かい? 防具と武器もあるから、冒険者ってところか」
「ええ、まぁ」
「一応馬車は安全な道を行くことになっているけど、何かあったらお願いね」
そういう、フラグを建てるような言い方は止めてください。
これで本当に魔物や盗賊から襲われたら、心の中でこの人のせいにしておこう。
だけど幸運にもそのフラグが成立する事は無く、夕方くらいに無事カルス村へ到着した。
さてと、明日からはまた徒歩で移動だ。




