空腹地獄の少女
国の最重要拠点の王都といっても、一歩外を出れば穏やかな平原が広がっている。
旅人や冒険者が行き交うこの街道の先には、地図通りならエルク村っていう大きめの農村がある。
「馬車便を使えば一日だけど、徒歩なら数日ぐらいか」
門の所で騎士団員から聞いた話を思い出しながら、隣を通過していく馬車便を見送る。
できれば馬車便に乗りたかったけど、残念ながらそんな金銭的余裕が無い。
馬車便って割と料金が高くて、エルク村まで行くとなると代金に銀貨二枚と銅板一枚がかかる。銅板一枚が銅貨五十枚、銅板二枚で銀貨一枚だからエルク村まででもそれなりの出費になる。
現在の俺の手持ち金は銀貨二枚と銅板一枚と銅貨二十三枚。エルク村までの料金を払ったら銅貨二十三枚しか残らない。
いくら王都を離れたいと言っても残金がそれだけじゃ心もとないし、今後の事を考えると逆に手持ち金を増やしておきたい。だから馬車便を使わずに徒歩で移動して、道中で何かを採取したり狩りをしたりしてギルドへ売ろうと考えている。食料は購入してあるし、水は魔法で出せるから数日ぐらいならどうにかなるだろう。
「この先は左に行けばいいのか」
地図によるとこの先に分かれ道があり、左へ進めば森を通り抜ける旧道へと続いている。
右へ進めば森を迂回する安全な道になっていて、こっちは主に安全な移動をしたい馬車便や商人が利用するために後から整備された道だ。
(このまま森へ入って狩りや採取をして、できれば戦闘にも慣れておきたいな)
実家にいた頃に戦い方を教わっていたとはいえ、実戦の経験は皆無。加えて今朝にあの家族からスキルを入れ替えてスキルのレベルを上げたから、扱えるように体を慣らす必要もある。
やるべき事を定めて歩を進め、日が沈む前に目的の森の手前へ到着した。
(今夜はここで野営だな)
さすがに真夜中の森へ突っ込んで野営をするのは危険だ。実力があるか仲間がいるのならともかく、駆け出し冒険者一人じゃ危険すぎる。
如何にスキルが揃っていても経験値は全くのゼロなんだから、安全が確保できるなら安全を優先しよう。
「だからって、ただ休むのも勿体ないな」
周囲に人はいないし、ハルバート以外の荷物は全て次元収納の中へ入れてある。
森の入り口周辺で集めた木の枝に火魔法で着火し、焚き火を熾して明かりの確保と暖を取れるようにだけしたら、ハルバートを手にそこから少し離れて素振りを開始する。露店の前でやった軽いものではなく、本気の動きで。
「うおっとっと!」
やっぱりというかなんというか、スキルのレベルが上がっているから振り回される感がある。普通ならこれを慣らすのには相応の時間がかかるけど、そこは「能力成長促進」スキルの出番だ。これまでの慣らしもこれのお陰で短期間で済んでいるから、今回も存分に頼らせてもらおう。
「ふん! はっ!」
しばらく素振りを続けているうちに、段々と慣れてきたのを実感する。本当に「能力成長促進」スキル様々だな。ついでだから魔法系のスキルも慣らすため、空中へ向けてしばらく魔法を放ち続ける。
(今日はここまでにしておこう)
あまりやりすぎて翌日に影響しないよう、キリの良い所でスキルの慣らしを終えて焚き火の傍に腰を下ろす。火が消えないように木の枝を放り込んでおき、次元収納からパンを取り出してかじる。話には聞いていたけど本当に硬いな、これ。
喉に詰まりそうなのを水袋へ入れておいた水で流し込み、とりあえずの食事を終えると今度はギルドでもらった小冊子を取り出す。
この先「完全解析」から「入れ替え」を使う機会があった時、わざわざ戦闘系スキルを失ったりレベルを下げたりするのは勿体ない。そこであの家族からスキルを入れ替えていたのと同じ手法が取れるよう、戦闘系でないスキルのレベルアップをする必要がある。日が落ちた中でこの冊子を読めば「夜目」スキルが鍛えられ、読む速度を上げようとすれば「速読」スキルが鍛えられ、内容を覚えようとしながら読めば「暗記」スキルが鍛えられる。
スキルのレベルアップについて何度も繰り返してきた経験則があるから、効率の良い方法はある程度把握している。あくまで自分で鍛えたことのあるスキルについてだけはな。
そういう訳で規則やなんかを覚えるのも兼ねて冊子を読もうとした寸前で、大事な事を思い出した。
「危ない危ない。ウィンドサーチ」
今は野外にいることを思い出し、警戒のために風魔法の一つであるウィンドサーチを発動させる。そよ風の程度の風が周囲に広がり、周辺にいる生物の存在と場所を教えてくれる魔法だ。
森の中以外からは生物の気配が無いから安心して小冊子の続きを読もうとしたら、王都方面からゆっくりと人が近づいて来るのが分かった。しかも割と近くにいる。
この距離だったら見えないかと「夜目」スキルで目を凝らすと、フードを被ったローブ姿の人物が身の丈ぐらいの杖にしがみつき、前傾気味の姿勢で必死に歩を進めているのが見えた。
「おいおい、大丈夫かよ。って!」
大丈夫じゃなかった。こっちへ手を伸ばすようにした途端に倒れ、そのまま動かない。
さすがに放っておけないから急いで救助に向かうと、うつ伏せで顔は分からないが思ったよりも小柄な人物だった。
「おい、どうした。おい!」
「……い」
肩に手を当てて揺さぶりながら声を掛けると、擦れるような声が微かに聞こえた。
聞き取ろうと耳を近づけようとしたら、残っている力を振り絞ったのかプルプル震えながら顔を上げた。フードの下は珍しい黒髪が生えていて、切り揃えられた前髪で目が隠れているから男か女か分かりづらい。
「水……ください……。できれば……食べ物……も……」
この声だと女か。って……。
「……はっ?」
えっ? 単なる空腹での行き倒れ?
まさかとは思うけど、一応「完全解析」で確認してみよう。
ロシェリ 女 15歳 人間
職業:冒険者
状態:空腹
体力88 魔力593 俊敏79 知力518 器用87
先天的スキル
魔飢LV2
後天的スキル
光魔法LV2 氷魔法LV1 治癒魔法LV2 雷魔法LV1
整頓LV1 精神的苦痛耐性LV4
本気で単なる空腹での行き倒れなのかよ!
急ぎ野営している場所へ運ぼうと杖を持って抱え上げたら、やけに体が細い上に軽い。どれだけ食べていないんだと思いながら駆け足で連れて行き、焚き火の傍に座らせて次元収納からパンと水袋を差し出す。
「ほら、これ」
「あぁっ!」
水と食料を目にすると奪うように受け取り、まずは水をがぶ飲みして次にパンを猛烈な勢いで食べていく。もう大丈夫かと少し距離を置いた場所に座り、食べ終えるのを待つ。途中でパンを喉に詰まらせかけては水で流し込むのを数回繰り返して食べ終えると、ようやく落ち着いたのか深く息を吐く。
そして俺を見てハッとすると、顔を隠すようにフードを引っ張りながら俯く。
「ありがとう……ございます。助かり……ました」
「どういたしまして」
何か妙にオドオドした様子と喋り方だけど、人見知りなのか? 俯きっぱなしでなんか暗いし。
「しかしまさか、こんな所で行き倒れに遭遇するとは思わなかった」
「うう……」
恥ずかしそうにフードをさらに引っ張って、前屈みになりそうなほど俯く。
直球で言うのは悪いと思うけど、王都から歩いて一日くらいの場所で行き倒れに遭遇したら誰だってそう思うだろう。
「で? どうして行き倒れかけてたんだ?」
「……私、ロシェリって言います。実は、恥ずかしい話……なんですけど」
いや、こんな所で行き倒れている時点で恥ずかしいから。
そう思いはしたけど口には出さず、黙って話に耳を傾ける。
彼女は両親の顔も知らず、幼い頃から孤児院で育った。そんな彼女が周囲から言われていたのは、根暗な無駄飯食い。
体力が無くて運動が苦手な上、不器用で引っ込み思案の彼女はいじめっ子らの標的になり、細い割に食べる量がかなり多いことから孤児院の職員からも嫌われ、陰口を言われたり嫌がらせ的な罰を受けたりしていた。
ボランティアで来た元冒険者の指導で魔法スキルを習得した時は幾分か収まったが、無暗に人へ向けて魔法を使っちゃ駄目と院長から言いつけられてから虐めが再発。魔法で反撃されないなら怖くない、ということが理由なんだろう。
そういえば精神的苦痛耐性がLV4だったな。肉体的じゃないから殴られたり蹴られたりはされなかったんだろうが、どんだけ虐められてたんだ。暴力を振るわれなかったのは、役所の監査とかで虐めが発覚するのを恐れたのか? 明確な証拠が無ければ、役所はなかなか動いてくれないからな。
おそらくは職員が子供達にも言いつけていたんだろう。ここで暮らせなくなるとか、次に行った先でロシェリみたいに虐められるかもしれないとか脅しっぽく言って。でないと大人はともかく、子供が暴力を振るわないなんて考えにくい。
「で、今朝に……なって……」
叩き起こされて朝食も与えられず、将来冒険者を目指す子にと寄付された中から最も貧相な古いローブと安物の杖を押し付けられ、そのまま外へ放り出されてしまった。
もう成人したんだから、自分の食い扶持は自分で稼いでなんとかしろ。魔法が使えるんだし、冒険者でもやってろ。そんな貧相な体と暗い性格じゃ、どこも引き取らないからさっさと出て行け。二度と帰ってくるな。
院長を始めとした職員全員からそういった事を言われ、餞別の金も渡されずに追い出されてしまった。
その後は食べていくために冒険者ギルドへ登録して、この森で食料か金になる物を探そうと思ったが移動中に空腹が限界に達し、行き倒れてしまったということだ。
「明かりが見えて……人がいるんだって思って。どうにか、恵んでもらおうと……」
「ああ、もういいから。事情は大体分かったから」
雰囲気の暗さと喋り方が覚束ないのは育った環境が環境だからともかく、こんな子を見捨てるのはちょっと忍びないな。家族だけが敵だった俺に対して、彼女は周囲全部が敵の状況で育ったんだから。
装備の方もあまり良い物には見えない。一応「完全解析」を使ってみると、案の定だった。
布製のローブ 低品質
素材:古い布
スキル:なし
木製の杖 低品質
素材:僅かに魔法の発動を早める効果のある木
スキル:なし
寄付っていうよりも廃品処理みたいな感じで渡したな、これを寄付した奴は。その程度の物だからこそ、邪魔者扱いしていた彼女へ押し付けたんだろう。冒険者になって巣立ったという体裁を取り繕うために。
しかし分からない。どんなに大食いだとしても、数日ぐらいなら飲まず食わずでも飢え死にすることはないはず。
極寒とか酷暑のような環境ならともかく、この国は比較的温暖で湿気も雨季を除いてはさほど酷くない。病気に掛かっている様子も無くて、ここまでの話からして全く食事を与えられなかった訳でもない。どうしてたった一日で、行き倒れるほどの空腹状態になるんだ?
「そんなに腹が減っていたなんて、何日食べてないんだ? 嫌がらせで何も食わせて貰えなかったのか?」
「違う……。先天的スキルの……せい」
先天的スキル?
さっき「完全解析」で見えたのは、「魔飢」っていう見た事も聞いた事も無いスキルだったな。
「私の先天的スキルは「魔飢」……っていう。魔法に関する力が……上がる代わりに、お腹が……空きやすくなる」
そんなスキルがあるのか?
なんか気になるから、ちょっと調べてみよう。
これまで同様に「完全解析」を使って、「魔飢」にだけ集中っと。
魔飢:このスキルの持ち主の使用する魔法の威力と効果を強化
魔法使用時の消費魔力と魔法によるダメージを軽減する
魔法スキルを習得しやすくなる
魔法の使用に拘らず空腹になりやすく食事量が増える
本当だったよ。何このスキル。メリットはともかく、デメリットが空腹と食事量の増加って何さ。
しかもまだLV2なのに一日飲まず食わずで飢え死にしかけるって、どんだけだよ。いやでも、あまり量を与えられず元から飢え気味だったのかもしれない。虐められてた上に職員からも嫌われていたらしいから、横取りされたりとかわざと少なく盛られたりしていた可能性も否定できない。
聞いてみたいところだけど、様子を見るに心の傷を抉ることになりそうだから避けておこう。
「他の仕事に就こうとは思わなかったのか?」
「魔法以外に……特技が無い。できなくて……また虐められるのも……嫌。だから冒険者ぐらいしか……できないって思った」
追い出された状況と送って来た日々、そして魔法以外に特技が無いっていうのを考えれば、冒険者を選ぶしかないって考えるのも分からなくもない。その日のうちに収入が入る上に自分で食料を集めることもできて、頑張ればどこかで安い賃金で働くよりも高収入が期待できる。
それに彼女の場合、虐められた経験があるから大人数の中で働くのは難しそうだ。職場でも孤児院と同じような事になって虐められるんじゃないかって思って、他の職に就くことは避けたんだろう。難儀なことだ。
「水なら魔法で出せるから、飲むか?」
「……ください」
さっきのパン一個と水だけじゃ足りないだろうと思って提案すると、しばし言い辛そうにした後に空の水袋を返してきた。
この後、満杯まで水を入れた水袋を二回空にした。この水袋、それなりに大きいのを選んだはずなんだけど……。
「パーティーは組まなかったのか? 事情を話せば一日分の食事ぐらいは」
「何日か前に、孤児院を出て……冒険者になった人達と……ギルドで遭遇した。私のことを……悪く言いふらされて……誰とも、組んでもらえなかった」
もう一度「完全解析」使ってみようかな? なんでそうも悪い事が起きるんだ?
いやでも、人身売買で売り飛ばされなかったり成人前に追い出されたりしなかったんだから、決して運は悪くないのか?
ううん……。分からないからパス! このことはもう考えない、それでよし!
「で、明日からどうするんだ?」
「そこの森で……食べ物を探す。後は、お金になる……物も」
それが目的で来たんだし、それしかないよな。
「でも、自信無い。それに……売るために王都に戻るのも、嫌。あそこには悪い思い出しか……ないから。できれば、旅をして……どこか遠くへ……行きたい」
自信が無いのはともかく、王都での生活そのものに嫌悪感を抱いているのか。おまけに顔を隠している様子からして、おそらくは対人恐怖症なんだろう。
こんな子を放って明日には別れるってことは、俺にはできない。
なにせこちとら、使用人を庇って家族から折檻や暴力を受けてきたお人好しだからな。
「実は俺も王都へ戻らないつもりだ。家族から悪い扱いを受けていたから、あいつらのいる王都にいたくないんだ」
密かにスキルを入れ替えて、戦闘系スキルを全部俺が貰った件もあるし。
俺の言葉を聞いてロシェリは、同じような考えだったからか俯き気味のままこっちを向いた。
「だからさ、一緒に行くか?」
「……へっ?」
「お互い王都にいるのが嫌で飛び出したんだ。それならパーティー組んで遠くへ行こうぜ」
「……いいの?」
「旅は道連れ世は情けってな。構わないぞ」
「……鈍くさいよ? ……不器用だよ? ……たくさん食べるよ?」
「分かってるって。ていうか、そんな奴を一人で放っておくことができない性分なんだ。それに、一人ぼっちは嫌だろう? お互いに」
実家を出た以上は、良くしてくれていた使用人も護衛もいない。
勇んで王都を飛び出したものの、実は一人での旅は少し不安だった。
小さな復讐で家族のスキルを入れ替えて、あんだけ頑張って入手したスキルを使いこなせるように鍛えてきたのに、いざ一人になると不安を拭えなかった。
だからこそ、仲間が欲しい。そういった存在がいなかった彼女、ロシェリに寄り添える存在であり自身の不安を払拭するために。
「やだ……。一人は……もう……やだ」
「だったら一緒に行こうぜ。こっからは俺がいてやるよ」
「でも……怖い……」
怖い? 何が? ああ、俺から虐められるんじゃないかってことか。
「安心しろって。話を聞いた上で提案しているんだ、悪く接するつもりは無い」
「……ホント?」
「信じるか信じないかはそっち次第だ。強制はしないし、いつパーティーを解いてもいい。その上でもう一度聞く。一緒に行こうぜ」
改めて告げて右手を差し出すと、しばし間を置いてから恐る恐る右手を伸ばしてきて、ゆっくりと俺の手を握ると急に涙を流しだした。
ちょっ、さすがに泣かれるのは困る。どうすればいいんだこれ。
どうするべきか分からず握手したままオロオロしていると、ロシェリは前髪で隠れている目を左手首の辺りで拭った。
「あり……ありが……とう……」
声を震わせての涙声に、慌てていた気持ちは不思議と落ち着いた。
「どういたしまして」
変な感じだ。同情と自分の不安を払拭するためにいつも通りのお人好しをしたはずなのに、今までに感じた事の無い妙な気分になる。でも、悪い感じじゃない。
「名乗り遅れたな。俺はジルグだ。今日成人して冒険者になりたての新人だ」
「改めまして、ロシェリ……です。誕生日、同じなんだ……ね」
言われてみればそうだな。まあ些細な事か。同じ年の同じ誕生日の人なんて、世の中にいくらでもいるだろう。
「さて、そろそろ交代で見張りをしながら寝よう。明日はあの森で狩りと採取の予定だからな」
「分かった。じゃあ、先に寝て……いいよ」
「いいのか?」
「う、うん。食べ物の……お礼に」
別に気にしなくてもいいのに。
まあいいか、ありがたく先に寝させてもらおう。でもその前に。
「水袋は満杯にしておくぞ。腹が減ったら水飲んで誤魔化してくれ」
「あ、あうう……。ありがと」
微妙に締まらないやり取りだな、これ。
****
翌日の早朝。朝食にパンと干し肉と水で腹を満たした俺達は森の中を進む。
ちなみにロシェリは俺の分のパンと干し肉を少し分けてやり、水袋を三回空にするほど飲み食いしたのにまだ足りないらしい。おそるべし、「魔飢」スキル。
「さてと、まずは周辺を探ってみよう。ウィンドサーチ」
「水と空間……だけじゃなくて、風も……使えるん、だね」
うん? ああ、魔法のことか。水は飲み水のために何度も使っているし、食料も次元収納から出しているのを見せているから、水と空間の魔法が使えるのは分かったのか。
でも自力で習得した水魔法はともかく、空間魔法は女神からお詫びでもらったもので、風魔法は異母の一人から「入れ替え」で手に入れたスキルだ。ちゃんと扱えるようにはしたけど、習得するための努力はしていないんだよな、これが。
「他にも火と土と自己強化が使えるぞ」
自己強化以外はどっちも異母から手に入れた魔法スキルだ。
「そんなに……魔法使えるのに、その武器も……使うの?」
「メインは武器での戦闘で、魔法は補助と野営に役立つ程度だと思ってくれ」
今はそういう事にしておこう。
他人とスキルを入れ替えるなんて方法、そう簡単に喋る訳にはいかない。
「凄い……ね」
前髪に隠れていて分かり辛いけど、なんか尊敬の眼差しを向けられている気がする。
やめろ、見えないけどそんな眼差しを向けないでくれ。ほとんどの魔法は、ズルして他人から盗み取ったようなものだから。本当の事を喋れないのが、こんなに心が痛むとは。
「ところで、何か……いた?」
おっとそうだ。それを調べるためにウィンドサーチを使ったんだ。
「近くには特に何もいないから、とにかく奥へ進もう」
方針を決めたら周囲に注意を配りながら森の中を進んで行く。体力が低いロシェリに合わせてゆっくり進みつつ、周囲の草花を「完全解析」で調べる。
さすがにどれが薬草として使えるか、どの木の実が食べられるのかを知識で判別することはできない。だからこそ、何であろうと情報を調べられる「完全解析」の出番だ。森の入り口付近にはこれといって見当たらなかったが、ある程度奥へ入ると薬草が見つかった。
「ここら辺に生えてるのは薬草だ。採取しておこう」
「これが?」
「ああ。売っているのを見た事あるから、間違いない」
ということにしておこう。
「よく……見てるね」
「そういうのを買いに行かされたからな」
実際は無いけど。
「私も……買い出しに、行ったことはある。でも……ぐす」
いやいやいや、なんで泣きだすんだ。
宥めて理由を聞きだすと、計算が出来なくてお釣りを誤魔化されてそれを理由に夕飯抜きになった上に、なかなか計算が上手くできず虐められた事を思い出したそうだ。
ちなみに計算は今でも苦手らしい。できなくはないが、時間がかかるとのこと。
(確かに算術スキルは無かったけど、魔法系のスキル以外はスキルが無くともできるはず。知力も得意分野の平均ぐらいはあるし、純粋に苦手なんだな)
「完全解析」でスキルが見えるようになってから分かった事だけど、魔法は使えるようになったらそれがスキルの習得に繋がっていたのに対し、それ以外は別にスキルが無くともある程度はできていた。
昔、ある程度は裁縫ができるようになったから「裁縫」スキルを習得したかと思って「完全解析」で調べたら、まだ習得していなかったっていう経験がある。おそらくはある程度できるようになった上で、経験を積むなりそこからさらに技量を身につけるなりが必要なのかもしれない。
知力が高い割に計算が苦手なのだってそうだ。どんなに知力が高くとも、基礎の部分を理解していなければ苦手なものは苦手のままだ。かくいう俺も歌や楽器の扱いは苦手で、教えてくれた使用人から聞くの専門にした方がいいと言われた。
「克服したいなら、俺が教えてやろうか?」
二人で薬草を採取しながら提案するとロシェリは手を止め、こっちを向いた。
「……ホント?」
「一応算術スキルは持っているから安心しろ」
レベルを上げれば今後スキルの入れ替えをする時に使えるし、引退後の選択肢を増やすために必要だからLV1分だけ残してある。
「なんか、お世話に……なりっぱなし」
言われてみるとそうだ。飯を世話して飲み水を世話してパーティーも組んで、今度は計算も教える。我ながら本当にお人好しだ。
「お礼、どうすればいい?」
お礼ね。そう言われても今のロシェリから受け取れる物は無い。
「入れ替え」を使ってスキルを貰うつもりは無いし、金を求めようにも一文無しで水も食料も持っていない。そんな状態で受け取れるお礼なんてあるだろうか。
素行の良くない奴なら体を求めるんだろうけど、俺はそういう行為に興味はあってもこうした理由で求めることはしない。
だとしたらお礼は……うん、こうしよう。
「当分の間、受け取る報酬の割合は俺の方が多めってことでどうだ?」
「……それで、いいの?」
「他に何があるんだよ」
「えっ……ええと……その……」
ああうん、何を考えているかは分かった。
耳まで真っ赤になって恥ずかしそうに俯いてモジモジされたら、素行の良くない奴が言いそうだった展開を想像しているのはすぐに分かる。
「そういうのは別にいい。初対面の相手にそういう見返りを求めるほど、道を踏み外してはいないから」
「あう、うう……」
何を考えているのか気付かれたことが恥ずかしいのか、そんな事を考えていた自分が恥ずかしいのか。被っているフードを引っ張って顔を隠そうとしながら俯いている。
やれやれと思いながら採取を終え、移動を再開しようとしたらウィンドサーチに反応があった。
「何かいたぞ。これは……魔物の反応だ」




