旅路で助っ人
馬車に揺られながら行く街道は穏やかで、天候も崩れることなく青天かつ心地よい風が吹いている。
そんな気分のいい旅路に問題があるとしたら……。
「おねーちゃん、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫よ。思ったよりも揺れるから、それに慣れていないだけよ」
馬車の揺れでアリルが酔ってしまったことぐらいか。
本人は強がっているつもりなんだろうけど、木箱に寄りかかってぐったりしている様子から、酔っているのは誰の目から見ても明らかだ。
「申し訳ありませんね、予算の関係で良い馬車が借りられなくて」
「だから、大丈夫……だって」
全く大丈夫に見えない。
良い馬車なら揺れへの対策をしているから酔い難いらしいけど、あまり良くないこの馬車にはそれが施されていない。
だから揺れが直接伝わってきていて、酔いやすい奴はすぐに酔ってしまうだろう。
馬車よりもマッスルガゼルに乗っていた方が酔い辛そうだから、この後の休憩でロシェリと交代させるか?
……駄目だ。子供達に囲まれた揚句、俺に助けを求める未来しか見えない。
「どうしましたか?」
「いえ、別になんでも」
不安が表情に出ていたかな?
今後は気をつけようと気を取り直し、握っている手綱を操る。
護衛のために御者台でヨルドさんの隣に座って談笑していたら、話の流れで操車を教わることになった。
覚えておけばヨルドさんと交代してあげられると思い、こうして手綱を握らせてもらっている。
「見ている感じだとあまり難しくなさそうですけど、やってみると難しいんですね」
「馬を思い通りに操る訳ですからね。調教はされていますが、相手は生物です。こっちが気遣うべきでもあるんですよ」
なるほど、従魔と共に戦うのとはまた違うんだな。
説明に頷きつつ、展開しているウィンドサーチで状況確認。
周辺に魔物の反応は無く。空を飛んでいる鳥と小動物の反応しか探知していない。
たまにいる旅の商人や冒険者の反応も所々にあるものの、特に交戦している様子は見られない。
「こうしていると、本当に護衛が必要なのかって思いますよ」
「気持ちは分かりますが、全く危険が無い訳ではありませんからね。家族を守るためにも、万が一の備えというのは大事なんです。無駄に終わったとしても、意味ある無駄に終わるのなら気にしませんよ」
うんうん、これが父親であり夫として当たり前の在り方だよな。
別に裕福でも貴族でもなくていいから、こうした普通の父親の子として生まれたかったよ。
いずれ家族ができた時には、こうした父親であり夫として妻と子供を大事にしよう。相手はいないけど。
「こっちとしても、何事も無く終わるのがいいですね」
「そうですね。安全が第一です」
そうした会話を交わしたからって直後に何かが起こる事も無く、予定より少し進んだ所で野営をすることになった。
ヨルドさん一家は用意してきたテントで寝るようで、子供達と協力してテントを張っている。
そういった物を使わない俺達は馬車に酔ったアリルは休ませ、手早く野営の準備を済ませて周囲の警戒に当たる。横になったままのアリルがウィンドサーチで周囲を調べ、今のところは問題無いと言われたけど、油断はできない。
「ねえ、夜の見張り順はいつも通りでいい?」
「俺は構わないぞ。特に変える理由も無いから」
「私も、いいよ……」
新しくアリルが加わって以降、夜の見張りの順番は固定されている。
一番手は早起きが苦手なロシェリで、二番手は途中で一度起きるから負担が大きいということで男の俺が、三番手は夜更かしが苦手なアリルが務める。
「お前達も頼んだぞ」
任せろと告げるように筋肉を強調するポーズを取る従魔達も見張りに参加し、ウィンドサーチのような探知系の魔法やスキルを持っていないロシェリと一緒に見張りをする。野生の勘というか本能というか、そういった類のもので二度ほど魔物の接近を教えてくれて迎撃できたことがある。
単なる筋肉自慢の魔物でないことは分かっている。でもこの筋肉を強調するポーズを見ると、どうしても脳筋のようなイメージが浮かんでしまう。
そこのところが、どうも残念に思える。
「お待たせしました。テントが張れたので、食事の準備を始めましょう」
今、ヨルドさんの発言に前髪で隠れているロシェリの目が輝いた気がする。おまけになんかソワソワしだしたし。
気持ちは分かるが、落ち着いてほしい。
「ほらジルグ、こっちの材料も出しなさいよ」
「ああ、分かってる」
こっちが用意した食材を、料理人のヨルドさんに調理してもらう約束だからな。
だいぶ酔いが醒めたアリルに促され、次元収納へ入れておいた肉の塊を取り出す。今回のはボルトカピパラだ。
「これをお願いします」
「はい。ふうむ……これはボルトカピパラですね。品質はなかなかの物ですし、空間魔法に入れていたので鮮度も良いですね」
さすがは料理人だけあって、既に捌かれているのに何の肉か分かるのか。
「こいつは少々癖があるんですが、美味く調理すると逆に引きつけられる癖になるんですよ」
笑顔で説明しながら、鮮やかな手つきで調理していく。
さすがは本職。実家にいた料理人にも引けを取らない鮮やかさで、あっという間に料理が作られていく。
これに比べると俺とアリルはまだまだ未熟だ。
「うわぁ。分かっちゃいたけど、これを見ると自信無くすわ」
手際の良さにアリルが苦笑いを浮かべている。
少なからず自信があったみたいだけど、本職と比べるのは酷ってもんだ。
俺も実家の料理人の腕を見ていなければ、似たような気持ちを抱いていたかもしれない。
「そんじゃ、こっちも作るか」
自分達でも作らないとロシェリが足りないって言うだろうし、それなりに量を食べるアリルの分も足りるか分からない。
実を言うと俺も、スキルの入れ替えで「活性化」を貰ってから食べる量が多くなった気がする。
「そうね。ロシェリから、早くって雰囲気が溢れてるし」
どれどれ? あっ、本当だ。
口には出していないけど、さっき以上にソワソワして早く早くって雰囲気を発している。
これで目を隠していなければ、表情から感情がただ漏れでもっと分かり易いかもしれないな。よく見ると、口の端からちょっとだけ涎が垂れかけてるし。
その涎は見なかったことにして、ロシェリにも少しだけ手伝わせながら調理をしていく。
手際の違いからか、作る速さも量もヨルドさんの方が速くて多いし、漂ってくる香りも向こうの方が良い。
せめてもの抵抗なのか、エルフ特有の味付けだという料理をアリルが作っていく。素直に劣っているのを認めない辺りが、素直じゃないアリルらしい。
「ほう。摩り下ろしたショウガとその汁を調味液に加え、薄切り肉を浸けた後で炒めるんですね。調理しながら調味液を纏わせる手法より味が染み込み易そうですし、ショウガで臭みを消して癖を抑えただけでなく、微かな辛みで食欲が増しそうですね」
あれだけ手際良く調理しながらこっちの調理も見て分析とか、どんな観察力をしているんだ。
料理人にはそういう観察力も必要なんだろうか。
「負けたわ。勝てる気がしないわ」
そりゃそうだろう。向こうは本職なんだから、素人が料理に関する事で叶う訳が無いだろう。
こうした素直さをもっと見せてくれたらと思いながら、ロシェリが千切ったキャベツを敷いた皿へ肉を乗せていく。アリル曰く、本来なら一口大の鶏肉を使うショウガ焼きって料理らしい。
キャベツと一緒にパンで挟んでも美味そうだけど、たまに食べてた米っていうのを炊いた物にも合いそうだ。
「では食べましょうか。どうぞ」
渡された物を食べて一言、とても美味いです。
味付け以前に火の通し具合とか、厚切りの肉へ入れた微かな切れ込みでの食べやすさとか、そういう所だけで既に美味くて参りました。
実家にいる料理人から教わった記憶のあるこの切れ込みは、確か隠し包丁っていう技だ。前に賄い作りでやってみて失敗して、深く切った個所から肉汁が流れ出ちゃったり切れ込みが浅くて柔らかくなかったりしたっけ。
「おい、ひい!」
「おねーちゃん、食べるの早いね」
女の子の一人が言うように、ロシェリの食べる速度が過去最高を記録している。
あっという間に平らげるとアリルのショウガ焼きを一口食べ、たまらないとばかりに足をバタつかせた後にパンで挟んで食べ進める。
「美味そう。俺もそれやろっと」
「僕も」
「あたしも」
美味そうに食べるロシェリの様子に、子供達が真似してパンに肉を挟んで食べていく。
そうなんだよ。ロシェリってやたら美味そうに食べるから、目を隠していても関係無く美味さが伝わってくるんだよ。
お陰で宿に泊まる時は、つい同じ物を注文したくなる。
「美味しいのね、エルフの料理って」
「なるほど。この味付けの主役はあくまでショウガであって、他の調味料は肉とショウガの引き立て役であり両者の繋ぎ役なのか。だがそのお陰で、肉とショウガの両輪が厚切り肉とは違う満足感と食欲を刺激して」
穏やかに味わっている奥さんに対して、ヨルドさんは食べながらショウガ焼きの味を分析している。
やっぱり料理人だけあって、初めての料理には関心が強いんだろう。
「アリルさんでしたか。この料理、少し手を加えて実家の食堂で出していいですか?」
「へ? これを?」
「はい。実家は肉体労働のお客が多いので、この味は受けると思います」
分析だけじゃなくて、ちゃっかり商品にしようとするところは料理人とはいえ商売人か。
でも何も言わず商品化することもできたのに、ちゃんと交渉をするのは好感が持てる。中には利益があると見るや、平然と真似する商人もいるって話だし。
どうだろうかと頼むヨルドさんに、素直じゃないアリルはちょっと勿体つけるように了承したけど、本職から認められたのが嬉しいのかずっと尻尾が嬉しそうに動いてる。
もうちょっと素直になればいいのにと思っていたら、横から誰かに服を引っ張られた。振り向くと空の皿を持ったロシェリがいて。お代わりが欲しいという空気を発していた。
二人はちょっと話している最中だから、俺が作ってやった。
うん、分かってる。ついこの間、無事に「料理」スキルを再習得したけどアリルとヨルドさんに劣っているのは自覚している。
だから、悪くはないけど物足りないって空気を出さないでくれ。
****
夜中の見張り中も特に変わった事は無く、無事に朝を迎えて馬車を走らせる。
前日は酔っていたアリルもだいぶ揺れに慣れたのか、今日は平気そうに子供達と歌っている。
「おにーちゃんも歌う?」
「いや、俺はこっちをやっているからいいや」
今は俺が操車しているのを理由に、歌うのを辞退しておいた。
でも操車をしていなくとも、何かと理由をつけて断るつもりだった。
だってこちとら、筋金入りの音痴なんだよ。面倒を見てくれていた女性使用人と一緒に歌ったら、一度歌ったっきり二度と歌わないように言いつけられて、その理由が自分でも分かるくらいに酷いんだから。
ここで歌ったら馬と従魔達が暴走して、周囲から鳥や小動物が逃げ出す未来しか見えない。
「ふふふ。今日も穏やかな旅になりそうですね」
その穏やかな旅の雰囲気を壊さないためにも、歌は全力で拒否させてもらう。
自分の決断に頷きつつ、慎重に手綱を操る。
子供達から一緒に歌おうと数回誘われたのを断り続けながら進んで行くと、街道に居座っているビッグフロッグっていうデカいカエルの魔物と遭遇。道のど真ん中に居座っているから無視することができず、戦闘をすることになった。
体がデカいから手こずるかと思いきや、見た目の割に大したことがなかった。
後衛のアリルとロシェリが魔法で先制攻撃をして、その隙に前衛の俺とマッスルガゼルとコンゴウカンガルーが接近して物理攻撃。ハルバートに付与されたスキルで麻痺してくれたから、そこへ全員で一気に攻撃して戦闘終了。
どうやらこの魔物、デカいだけで見かけ倒しだったようだ。
「わー、すげぇ!」
「にーちゃん達、つえー!」
後方で戦闘を見ていた子供達が騒ぐ中、ビッグフロッグは次元収納へ入れておく。
護衛依頼の際に魔物とかと戦闘になった場合、倒した後の素材とかは護衛の冒険者が受け取るのが慣例になっている。
今回の依頼もそれに則り、俺達がこのビッグフロッグを貰った。
「そいつの肉はね、揚げると美味しいんですよ。特に後足の方は筋肉が発達しているので、噛んだ食感もいいんです」
「……ごく」
討伐後、ヨルドさんからそんな話を聞いてロシェリが唾を飲んだ。
この日はこれ以降、戦闘どころか魔物に遭遇する事も無く終わった。
翌三日目は何も起きず、四日目の朝を森の中で迎えた。
順調に行けば今日の昼頃には森を抜けた先にあるノトールの町に到着し、依頼は完了となる。
ここまでにやった戦闘もマッドフロッグとの一回だけで、このまま無事に終わるのかと思いきや馬車の中にいるアリルが御者台の方へ顔を出した。
「大変! この先に複数の人の反応と、それ以上の数の魔物の反応がある!」
ウィンドサーチに引っかかったのか? 何にしても、このまま進むのは不味い。
「端に寄せて止めてください!」
「は、はい!」
このまま進むのは危険だろうから、操車をしているヨルドさんに路肩へ寄せて馬車を止めてもらう。
「ちょっと様子を見てきますので、ここにいてください」
「わ、分かりました」
「アリルとコンゴウカンガルーはここでヨルドさん達を守ってくれ」
「任せて」
コンゴウカンガルーも応えるように筋肉を強調し、鼻息を強く吐いた。
「その前に、一応付与をしておくわね。パワーライズ、クイックアップ!」
付与魔法の魔法名は自己強化魔法と同じだけど、これは自分に掛けられず他人にしか掛けられない。
でも、これに自己強化で同じ魔法を上乗せすることは可能で、そうした理由から付与魔法は空間魔法と同じくらい使用者の需要はある。どっちか単体での同じ魔法の重ね掛けはできないから、前衛には重宝されている。
「ありがとな」
「ふん、当たり前のことをしただけよ!」
ああそうですか。お礼を言われて嬉しい尻尾は正直なのに、どうして口と態度は素直じゃないんだか。
「ロシェリ、後ろに乗せてくれ。俺達で確認に行くぞ」
「分かっ……た」
了解を得てマッスルガゼルに乗り、ウィンドサーチを使って位置と状況を確認しながら現場へ向かう。さすがはマッスルガゼル、俺を乗せても力強く走っている。
ところで状況は……人の数が四で魔物数は九か。
ん? なんか現場から離れて行く三つの人の反応があるな。ひょっとすると俺達と同じく護衛の依頼中で、安全のため重要な人物を逃がしたのかもしれない。そうでなければ遭遇した旅人が逃げているだけか。
なんにしても状況確認は必要だ。
「見えて、きたよ」
段々と見えてきたのは路肩に横転している頑丈そうな馬車と、それに寄りかかって剣を構えている傷だらけの少年。そして少年と馬車へジリジリと迫る複数の赤い体毛をした狐の魔物。
見たことがないから、すぐに「完全解析」で調べた。
名前はブラッドフォックス。能力の数値はあまり高くなく、警戒するようなスキルも持っていない。
「あれはブラッドフォックスだ。大して強くないから、俺達だけでも倒せる」
「どうして、分かる……あっ、そうか」
今、「完全解析」のことを忘れてたな。
まあいい、今はとにかく目の前の状況をどうするかだ。
ウィンドサーチにあの少年以外の三人の反応があるけど姿が見えないのは、あの馬車の中にいるからか?
放っておくこともできるけど、それは夢見が悪いし俺達が護衛している馬車をこの後で襲わないとは限らない。という訳で、なんか不利っぽいし介入するか。
「行くぞ。しっかり掴まっていろよ」
「分かっ、た」
「突っ込め!」
振り落とされないようマッスルガゼルに掴まり、そのまま突撃させる。
足音で俺達に気づいたブラッドフォックスは散開して回避したから、そのまま間を突っ切ったらブレーキをかけて少年の手前で停止。
すぐさま降りてハルバートを抜いてブラッドフォックスを牽制しつつ、少年へ声を掛ける。
「大丈夫か!」
「えっ、あっ、はい」
呆気に取られた少年は返事をしてくれた。
なんか声が高いような気がするけど、今はそれを気にしている場合じゃない。
「パワーライズ、クイックアップ!」
自己強化魔法でさらに強化を重ねて戦闘開始。
ハルバートを振るって斧の部分で叩き斬り、槍の部分で貫いて切り裂き、槌の部分でぶっ叩く。
ウィンドサーチで察知した後方にいる個体には石突きで額を突き、怯んだところへ土魔法のロックスパイクで串刺しにする。
この一連の動きが僅か数秒だ。
「速っ!? 強っ!?」
少年が驚くのも無理はない。だって自己強化魔法とアリルの付与魔法で、同じパワーライズとクイックアップを重ね掛けしているんだから。
「イリュージョン、レイ」
ロシェリが放った光魔法が俺の横を通過し、ブラッドフォックスへ襲いかかる。
直線的ではなく、不規則かつ変則的な軌道を描く複数の光が動きに惑わされて困惑する数体のブラッドフォックスへ命中。弱ったところへ俺がハルバートで一閃し、マッスルガゼルが跳躍からの前脚での踏みつけを浴びせる。
残ったブラッドフォックス達は、敵わないと察したのか逃げようとする。でもそっちにはアリル達の馬車があるから、行かせる訳にはいかない。
「ウォーターウェーブ!」
場所を問わず波を発生させる水魔法をブラッドフォックスに浴びせ、波で動きを止めて濡れた状態にする。
後はロシェリにお任せだ。
「サン……ダー!」
放たれた雷がウォーターウェーブで辺りに広がった水へ通電し、濡れたブラッドフォックス全てを感電させる。
複数の断末魔の鳴き声が響いた直後、全てのブラッドフォックスは地面へ倒れて動かなくなった。
単に痺れて動けないだけの可能性もあるから「完全解析」で調べると、二体ほど死んでいないのがいたから俺がトドメを刺しておいた。
「凄い、こんなにあっさり……」
なんか少年に感動されているけど、今はそっちよりも気になる事がある。
「馬車の中に誰かいるか?」
「えっ? あっ、そうだ! 町長!」
少年が慌てて馬車の中の確認に向かう。
しかし町長? なんか、そこそこ立場のある人が乗っているみたいだ。
「あの、ジルグ君。アリル、さん達……呼ぶ?」
「そうだな。悪いけどマッスルガゼルに乗って呼んできてくれ。俺はその間にブラッドフォックスを回収しておくから」
「うん。行って、くるね」
頷いてマッスルガゼルに乗ったロシェリを見送り、次元収納へブラッドフォックスを放り込んでいるとさっきの少年が駆け寄って来た。
「あの、町長が助けてもらったお礼を言いたいそうです」
少年にそう言われて馬車の方を向くと、中年の男性に肩を借りて出血している右足を引き摺る初老の男性と、辛そうな表情で左腕を押さえている女性がいた。
見た目からすると、初老の人が町長か?
「助けてくれたのは彼かね?」
「はい。他にもう一人いたのですが……」
おっと、どうやらロシェリを探しているようだ。
「彼女は俺達が護衛している依頼主と、そちらに残っている仲間の下へ向かっています」
「そうだったのか。申し遅れたが、この先のノトールの町で町長をしているマルスという。こっちが補佐をしている息子のダン、そっちにいるのが息子の嫁で秘書のアンナだ」
一緒にいる二人は息子夫婦だったのか。
「冒険者のジルグといいます。怪我をしているのなら、ポーションを分けましょうか?」
貴族じゃなくて町長なら、このくらいの言葉遣いでいいだろう。
「それは助かる。悪いが、わしと彼女の分をくれないか? 後で必ず礼はする」
「どうぞどうぞ。困った時はお互い様ですから。ダンさんは大丈夫ですか?」
「僕は大丈夫。それよりも父と妻を」
急かされながら次元収納を開き、治癒用のポーションを二本取り出す。受け取ったマルスさんとアンナさんはお礼を述べ、ポーションを飲んでいく。
低級だからちゃんと治るか気になり、見守っている前でポーションを飲んだ二人の怪我は無事に回復した。
その様子にホッとしていると、冒険者の少年が喋りかけてきた。
「助かりました。森の中から急に現れて襲われたので、驚いた馬は逃げちゃうし、その勢いで馬車は横転しちゃうし」
そういえば、馬車はあるのにどこにも馬がいないな。ウィンドサーチにも反応は無かったし。
「おまけに、一緒に護衛をしていた僕の仲間も、僕達をここに残して逃げてしまって」
えっ? なにそれ。ひょっとして全員、GランクかFランクだったのか?
「君達のランクは?」
「僕はGランクですが、逃げた仲間は全員Eランクです」
いやいや、ランクが二つも下の奴が残って護衛を全うしようとしているのに、どうしてランクが上の奴が逃げてんだよ。
あっ、ひょっとしてここへ来る途中にウィンドサーチで探知した、離れて行く三つの反応がそうだったのか?
「あの魔物って、大して強くないんだけど……」
「それは分かっています。でも道中、結構な頻度で魔物との戦闘があったんです。連戦で疲労している所へ、九体も魔物が現れたので、こんな数を倒せる訳がないって逃げ出して……」
なんじゃそりゃあ。
いくら疲れているからって、依頼人を見捨てて逃げるって。それが冒険者ギルドへ知られたら、下手したら追放処分ものだぞ。
依頼人の町長と仲間の彼が無事だったから、処分は決定的だな。
しかし結構な頻度で魔物と戦闘があったのは、ちょっと気になる。俺達はここまで、ビッグフロッグとの戦闘があっただけなのに。
「あっ、申し遅れました。僕はGランク冒険者のシアといいます。一ヶ月前に冒険者になったばかりです」
一ヶ月前にってことは、同い年か。
仲間は逃げたのに、一人で残って町長らを守ろうとするなんて大した根性……うん?
シア? それって女の名前じゃないか? ひょっとしてこいつ、少年じゃなくて。
「えっと……。失礼だけど性別は……」
「こんな見た目と一人称が僕なので勘違いされますが、僕は女です」
やっぱりか。声が高いわけだ。
「ごめん。勘違いしてた」
「気にしないでください。もう慣れてますから」
「ちなみにその格好は、何か理由が?」
「特にありませんよ。こうした格好が好みなんです」
なんだ、単なる趣味か。それよりも、体に結構な数の傷があるな。
「君もポーション使いなよ」
「結構です。これくらいの傷なら、放っておいても治りますから」
三本目のポーションを取り出そうとしたら、受け取りを拒否されてしまった。
見たところ出血は止まっているし、深い傷も無さそうだ。
だからって、女の体に傷があるのはあまり良い気がしないな。
いっそのこと、無理矢理にでもポーションを押し付けようと思っていたら、後方から声が聞こえてきた。
「おーい!」
声のした方を振り向くと、ヨルドさんの隣に座るアリルが手を振っているのが見えた。ロシェリを乗せたマッスルガゼルとコンゴウカンガルーも並走している。
「あれは?」
「俺の仲間と依頼主です」
少し警戒するダンさんへ簡単に説明して、到着したヨルドさんへ事情を説明しようとしたらダンさんが叫んだ。
「ヨルド!? お前、ヨルドじゃないか!」
「おおっ、ダン。久し振りだな」
えっ? 知り合い?




