入れ替えて旅立つ
女神に謝罪されて正しい先天的スキルの「完全解析」を与えられ、間違って与えられた「入れ替え」スキルとの併用でスキルを入れ替えられるようになって約五年が経った。
十五歳の誕生日を迎えた今日この日、俺はとうとうこの家を追い出されることになった。
家族曰く見聞を広めるために旅立った、という形式を取るらしい。要は周囲へ追い出したと思われないようにするためだ。貴族の見栄ってやつだ、くだらない。
「ジルグ様。旦那様からこれを……」
「あいつから?」
部屋で準備をしていた俺に老執事が差し出したのは、旅立ったという体裁を取り繕うために用意された金と装備品。
装備品は如何にも安物な剣と革製の胸当てで、用意された金は銀貨が十枚。うちで働いている使用人の月給、銀貨二十枚の半分だ。十年以上タダ働きさせておいて、たったこれだけかよ。
「まぁ、貰えるのなら貰っておくよ」
正直言うと、無いよりマシの革鎧と金はともかく剣はいらない。
だって剣術スキルなんて無いし、これっぽちも練習していないから。
(ようやく、だな)
スキルを入れ替えられると判明してから約五年。仕事の合間や夜間に使用人から勉強を教わり、護衛から戦う術を教わってスキルのレベルを上げに注力。並行して父親や異母兄弟やその母親達に「完全解析」を使ってスキルを全て調べ、彼らが自慢する戦闘系スキルを全て奪うため、俺の持つ非戦闘系スキルと何度も入れ替えを実行しては、上がったレベルや新しいスキルに慣れるために鍛錬を重ねた。
仕事に必要そうなスキルは影響がないようLV1分だけ残し、上げたレベルはあいつらのスキルとの入れ替えに使い続けた。
お陰で「完全解析」と「入れ替え」もレベルが上昇。「完全解析」はより多くの情報が見えるようになり、「入れ替え」は使用時の魔力の消費量が少なくなったのと、より大きな質量の物が入れ替えられるようになった。今なら小物どころか人と人の位置を入れ替えることもできる。尤も、そのことを家族へ教えたらいいように使われるのが目に見えているから、誰にも喋っていない。
ちなみにレベルが上がってもスキルの入れ替えには良い影響も悪い影響も無く、以前と変わらない法則で入れ替えが行われている。
そんな今の俺の状態はこんな感じだ。
ジルグ・グレイズ 男 15歳 人間
職業:なし
状態:健康
体力754 魔力611 俊敏632 知力606 器用620
先天的スキル
入れ替えLV3 完全解析LV3
灼熱LV6 能力成長促進LV3 魔力消費軽減LV4
逆境LV1 剛力LV1
後天的スキル
掃除LV2 整頓LV3 料理LV2 算術LV2
速読LV2 夜目LV2 槍術LV7 水魔法LV3
自己強化魔法LV4 空間魔法LV3 動体視力LV4
暗記LV3 裁縫LV2 斧術LV6 槌術LV5
土魔法LV3 風魔法LV2 火魔法LV3
護衛からメインに教わっていた「槍術」スキルの他は、異母弟達から手に入れた「斧術」スキルと「槌術」スキルがある。おまけに父親と異母兄は槍をメインに使っているから、それも貰って「槍術」スキルのレベルを9まで上げさせてもらった。
武勲を挙げた先祖が槍や斧のような長物を使っていたから。というだけの理由で誰も剣を扱っておらず、剣は護衛の何人かが持っているくらいだ。
ちなみに五年前まで俺は槍をメインに教わっていて、「入れ替え」で異母弟から「斧術」と「槌術」を入手してからは斧と槌の扱いも護衛の人達から教わった。あれこれ手を出さない方がいいという意見には、どれが自分に合うか分からないから色々試したいと言って納得してもらった。
そういう訳で、剣術スキルを持っていない俺に剣は不要だ。できればナマクラでもいいから槍か斧か槌が欲しかった。元騎士団所属で魔法部隊にいた異母達から手に入れた魔法系スキルと、異母の一人から入手した先天的スキルの「魔力消費軽減」を活かせる杖でも良かった。まあどうせ、言ってもくれるはずがないか。
(期待はしていないけど一応……)
通常ならこうした剣や防具といった物は「鑑定」スキルじゃないと調べられない。でも、あの女神が何であろうと情報を調べられると言うだけのことはあって、「完全解析」で調べることは可能だ。調べなくとも、どうせ大した物じゃないだろうけど。
鉄の剣 低品質
素材:鉄
スキル:なし
革製の胸当て 低品質
素材:狼の革
スキル:なし
ほらみたことか、見事に低品質だ。しかも抜いてみたら剣には錆が目立つときた。
しかし我ながら、随分と能力とスキルのレベルを上げたもんだ。これも異母兄から入手した先天的スキル、「能力成長促進」のお陰だ。
LV2になった「完全解析」でスキルそのものを詳しく調べられるようになった時、このスキルが身体能力や魔力だけでなく、「能力成長促進」以外のスキルの成長を後押しすると判明。すぐさま「入れ替え」でスキルを入手して、レベルを上げられるだけ上げた。
このスキルが無かったら、家族のスキルをほぼ全て入れ替えるのと、スキルに振り回されないように鍛えるのは難しかったかもしれない。
能力だってそうだ。「完全解析」のLV3で見えるようになった体力とかは、俺と同年代で平均が400前後。それも全部の数値がそれという訳じゃない。人によって得手不得手があるように極端に高い数値があれば、反対に極端に低いのがあってもおかしくない。得意分野の場合は500半ばぐらい、苦手分野の場合は100前後が平均と見ている。
俺の能力の全ての数値が平均どころか得意分野を大きく超えているのは、間違いなく「能力成長促進」スキルのお陰だろう。これを持っていた異母兄も、同年代に比べれば体力とか俊敏が高かったし。
後は仕事の影響かな? 使用人扱いで色々と働かされたから、やたらと体力はついたし足も鍛えられたし器用になったんだろう。知力と魔力は周囲から受けていた指導のお陰だろうな。彼らには本当に頭が上がらない。そんな彼らとも、今日でお別れか。
唯一後悔があるとしたら、スキルのレベルアップと入れ替え作業とそれを扱えるようになることに没頭しすぎて、この家を出た後はどうするかを決めずに今日を迎えたことくらいか。あっ、いっそのことやりたい事を探す旅に出るってことにしておこう。
「どうかお元気で」
「ああ」
前日に使用人達から選別にと渡された衣服の上に革製の胸当てを着け、使わないであろう剣を腰に差す。最後に古い布を使って自作した外套を身に纏って長く生活してきた使用人部屋を出る。
途中で擦れ違う使用人や護衛から会釈をもらいながら歩いていると、古株の女性使用人から声を掛けられた。
「お待ちください。これを持って行ってください」
手渡されたのは掌に収まるぐらいの大きさの、布で作られた四角形の袋のような物。
表面には安全祈願と糸で縫われていて、中には金属製の小さな何かが入っている感触がある。
「これは?」
「以前に東の果ての国から旅をしてきたという方から聞いた、お守りという物です。その国では願いが叶うよう、願いに合わせたお守りを自分で所有したり他人へ贈ったりするそうです」
つまりこれは、俺の今後の安全を願っての贈り物ってことか。見た目からして、手作りなのかな。
「ありがとう、大事にするよ。ところで中身は?」
「私達が保管していたジルグ様のお母様。アーシェ様の唯一の遺品です」
それを聞いて、これは絶対に失くせないと思った。
使用人や護衛から、母親についての話はおおよそ聞いている。色々と武勇伝のある母親の数少ない失敗は、この家の側室に入ったことだと誰もが口を揃えて言う。それと俺には母親の面影があるらしいけど、生憎と顔も知らないから判断が付かない。
「ただし、中身は妄りに見ないでください。お守りとはそういうもので、中身を見たら御利益が無くなるそうです」
だったら気になる物を入れないでもらいたい。母親の遺品が何なのか、ちょっと気になるじゃないか。
「分かった。よほどの事がない限り中身は見ないよ。母さんの御利益がどんなものか気になるし」
「それは素晴らしい御利益に違いありません。なにせアーシェ様は――」
あっ、これ長くなるパターンだ。そうと分かれば適当に話を切り上げ、お守りとやらをポケットへ入れてさっさと退散。するとそこへ、朝食を終えた家族が現れた。
威張った表情と態度で歩くあいつらは、普段なら俺をいないものとして無言で擦れ違うか、わざとぶつかってくるか使用人扱いの命令をしてくる。でも、この日は違う反応を見せた。
「なんだ、まだいたのか。さっさと出て行け!」
蔑んだ目の父親が正面から出て行け宣言をすると、異母兄が父親と同じ目をしながら口を挟む。
「違いますよ父上。こいつは出て行くんじゃなくて、旅立つんですよ」
「おお、そうであったな。私とした事が迂闊だった。では早く旅立って二度と戻ってくるなよ」
「大丈夫ですよ父上。あれが旅立つのは死地へですから」
次の瞬間には全員が笑いながら去って行く。
やっぱりあいつらにとって俺はその程度なのか。でもだからこそ、この最後の作業を躊躇無くやれる。
奴らの背中を眺めながら、この五年で使い慣れた「完全解析」と「入れ替え」を使う。
スキルが失われているのに気づかれないよう、LV1分だけ残しておいたあいつらの戦闘系スキルを一つ残らず俺がもらい、そうでないスキルと入れ替えてやった。
ジルグ・グレイズ 男 15歳 人間
職業:なし
状態:健康
体力754 魔力611 俊敏632 知力606 器用620
先天的スキル
入れ替えLV3 完全解析LV3
灼熱LV6 能力成長促進LV3 魔力消費軽減LV4
逆境LV1 剛力LV1
後天的スキル
算術LV1 速読LV1 夜目LV2 槍術LV9
水魔法LV5 自己強化魔法LV7 空間魔法LV3
動体視力LV4 暗記LV1 斧術LV7 槌術LV6
土魔法LV5 風魔法LV3 火魔法LV4
これで一部を除くあいつらの戦闘系スキルは全て俺の物だ。
惜しむらくは先天的スキルは完全に失わせることができない事だけど、これだけのスキルを揃えた上に戦闘系は全て入手したんだから文句を言うのは野暮か。
それにこうしてレベルが見えているから分かった事だけど、レベルは上がれば上がるほど次のレベルへ上がりにくく、逆にレベルが低いうちはレベルが上がりやすい。
俺はこの仕組みを利用し、「入れ替え」スキルで相手に渡す非戦闘系スキルを常に低レベルに保ってレベルアップしやすくしておき、レベルが上がったらあいつらに「入れ替え」を使って自分の戦闘系スキルのレベルを上げていった。
(それにしても、あいつらはこれから大変だろうな)
スキルを失ったとしても再習得はできる。
でもスキルの再習得は楽じゃない。スキルのレベルを上げるよりも、今まで無かったスキルを習得するよりも大変なんだ。特に習得していた頃の感覚とのギャップが激しく、未習得から習得するよりもずっと時間と手間がかかってしまう。俺が「入れ替え」に使うスキルは低レベルからのレベルアップだけにしていたのは、そういった再習得の大変さを実体験したからだ。
本当にあれは大変だった。
「さて、行くか」
個人的かつ小さい復讐を成し遂げた俺は、やや早足で廊下を移動する。
あいつらが戦闘系スキルの消失と身に覚えのないスキルの習得に気付く前に、最低でも王都から出ておかないと。すぐには気づかないだろうけど、余裕ぶっこいて油断して後の祭りになるのはゴメンだ。
スキルの異変に気づいてもカラクリに気づくとは思わないけど、あの家族なら変な理屈や意味不明の理論で屋敷からいなくなった俺のせいにして押し掛けてきてもおかしくない。今の俺なら返り討ちにできるだろうが、それはそれで面倒事になりそうだからここは逃げておく。
そういう理由で急ぎ屋敷の外へ出ると、これまで買い物や用事で外に出た時とは比べ物にならないほど外を明るく感じる。これが自由になれたってことなのかな?
「おっと、急がないと」
肩から重い物が取れた感と足取りが軽くなった感があるけど、それに浸っている暇は無い。
王都から離れるのもそうだけど、その前に身分証を用意する必要がある。
別に無くても町の出入りはできる。でも犯歴が無いか調べられたり、町へ入る際に税金を支払ったりする必要がある。
いちいちそんな出費はしていられないし、調べられるのも時間が掛かって面倒だ。特に国境を越えるとなると余計に手間暇がかかる。だからこそ、身分証を作ってスムーズに出入りできるようにしたい。
一番手っ取り早いのは何かしらのギルドに所属することで、どんな仕事をするかで所属するギルドが変わる。
大工とか錬金術師とか鍛冶師とかが所属する生産ギルド、商人が所属する商業ギルド、冒険者が登録する冒険者ギルド。
他にも規模が小さかったりマイナーだったりするギルドがいくつかあるけど、主だったのはこの三つだと教わった。
(現状だと、冒険者ギルドが無難かな)
スキルの入れ替えでスキルのほとんど戦闘系になったから、冒険者ギルドに所属するのが無難だろう。
一応「算術」スキルや「暗記」スキルのような商売で役立ちそうなスキルは残っているけど、商売に関する知識なんてこれっぽっちも無いし、商人は商人で色々と面倒そうだ。それに冒険者ならあっちこっち自由に動けるから、王都を離れるのも遠くへ行くのも難しくない。
(そうと決まれば、さっさと冒険者ギルドへ登録しよう)
冒険者になろうと決めた俺は、買い出しとか所用で外へ出た時に何度も見ていた冒険者ギルドへ向かう。
早めに王都を出たいからさっさと済ませようと中へ入ると、俺が新顔だからかちょっとだけ注目が集まって、すぐに興味を失ったように視線が外れていく。理由は分かっているさ、俺の装備が貧弱なのと俺が成人なりたてっぽい外見だからだ。
(年齢はともかく、この装備だもんな)
旅立ちという体裁を取り繕うために渡された、安物っぽい防具に剣。
そりゃあ、こんなのを装備していたら誰も興味なんて持たないか。お陰で絡まれること無く受付に行けたから、それで良しとしよう。
「あの、登録をお願いしたいのですが」
「新規の方ですね。文字は書けますか? 必要なら代筆しますが」
対応してくれる若い男性職員はにこやかな笑みを浮かべ、丁寧に接してくれた。
「字は書けるので大丈夫です」
「そうですか。では、こちらへ記入をお願いします」
受け取った新規登録申し込み用紙に記入するのは名前と年齢だけ。
さすがは自己責任の象徴と言われる冒険者。戦闘向けのスキルが有ろうが無かろうが、成果さえ挙げれば関係無いってか。
名前は……グレイズは書かずにただのジルグでいいか。
追い出された以上はもう実家は関係無いし、冒険者っていう職業には家名なんて書いたところで役に立たないだろう。
必要事項を記入し終え、男性職員へ渡す。
「名前はジルグ君、年齢は十五歳ですね。今日で成人ですか?」
「ええまあ。昨日まではいらない奴扱いでこき使われた挙句、こんな装備で家を追い出されました」
「それはそれは、大変な目に遭ってましたね」
「でも、あんな家族から解放されて自由になったので、そう悪いものとは思いません」
「なるほど、そういう捉え方もできますね。はいどうぞ、ギルドカードが発行できました」
雑談に応じつつも仕事はしっかりやっているとは、この男性職員できる。
受け取ったカードには名前と年齢の他は、Gランクとしか記載されていない。
「それでは僅かで構いませんから、カードへ血を垂らすか塗るかしてください」
手渡された針で指先を刺し、そこから出た血をカードへ垂らすとカードが淡く光った。
「これで登録は完了です。それでは冒険者について、少々説明をさせていただきます」
男性職員が説明してくれたのは、冒険者という仕事の仕組み。
冒険者はランク制で、どんなに実力があっても新規登録者はGランクからスタート。そこから魔物や野生動物を狩ったり素材を採取したり依頼を達成したりして実績を積み重ねてランクを上げていくとか、依頼に失敗すると罰金が発生するとか、ギルドカードを紛失した場合は再発行するが銀貨二枚が必要とか、討伐した動物や魔物は自分で解体してもいいけど持って来てくれればギルドにいる職人が解体するとかだ。
「職人が解体するとやっぱり違うんですか?」
「そうですね。手数料はかかりますが、最終的な買い取り額は上がるので結果的にプラスになります」
だったら可能な限り利用させてもらおう。
スキルを入れ替えて「解体」スキルを入手してもいいけど、恨みも無い相手へこれをやるつもりは無い。真面目に働いて得たスキルなんだから。
まあ、家族同様にムカつく奴だったら遠慮無くやってやるけど。
「次にギルドカードの機能についてです」
どんな機能があるのかと思いきや、討伐した魔物や採取した素材を記録する効果があるって聞いて驚いた。
ランクアップしたいがための不正行為を防ぐため、そういう機能が備えられたとのこと。ただ、何をどうやってそんな機能を付けたのかは冒険者ギルドの秘匿中の秘匿で、上層部でもごく一部しか知らないらしい。
「カードの記録はギルドで精算をすれば消えますが、記録自体はギルドで全て管理しているので安心してください」
それを参考にランクアップとかを決定するためかな?
「最後に禁止事項や違反行為についてです」
これは「ギルド内での騒ぎはご法度」、「依頼主への裏切り行為」、「虚偽申告は厳罰」、「活動している国の法律に従う」といった一般常識的なものから、「魔物の擦りつけ禁止」という冒険者ならではのものまで数多くある。
「暗記」スキルがあるとはいえさすがに覚えるのがキツクなってくると、説明した事やその他の規則や禁止事項を記載した小冊子があるからと手渡された。これはとても助かる。というか、最初からこれをください。
「説明は以上です。何かご質問はありますか?」
「質問ではないんですが、地図ってありますか?」
王都を離れる以上、地図は必須だ。
「ありますよ。銀貨一枚でお売りしています」
「買います」
代金を支払うと男性職員は地図をくれた。
広げてみると範囲は国内までだけど、思ったよりも詳細に作られていて助かる。
「ありがとうございます」
「いえいえ、これも仕事ですから。他にご質問は?」
「ありません」
「そうですか。では、今後のご活躍を期待しています」
丁寧に対応してもらったから、こっちも丁寧に頭を下げてギルドを出る。
できれば次は仲間にしてくれるパーティーを探したいところだけど、ここにいる冒険者はほとんどが王都を活動拠点にしている可能性が高い。すぐに王都を離れたい俺としては、流浪のパーティーを探している暇は無い。だから仲間探しはパスして旅の準備をしないと。
資金がさほどないから安物を売っている露天商が集まっている通りへ向かい、必要そうな物を購入していく。
飲み水は水魔法で出せばいいけど水袋は必要だし、寒さ対策に毛布っぽいものと着替えを何点か、それとナイフとタオルもあると便利だから買っておく。食料は日持ちする物がいいって聞いたから保存の利く干し肉と堅く焼いたパンを購入。
これら買い揃えた物は「空間魔法」スキルがLV2になって覚えた、別次元へ生物以外の物を自由に出し入れできる次元収納へ放り込んでおく。
次元収納の容量は無制限だけど、時間経過は存在する。だけど内部での時間の流れは遅く、一日で痛んで食べられなくなる生魚も五日は鮮度を保つことができる。これがあれば採取した植物や狩った獣や魔物を運ぶのが楽になるだけでなく、ギルドへ持って行くまでの保存にも役立つ。状態が良ければその分、報酬が上乗せされるって話だからな。
そうそう。失くすと大変だから、母親の形見入りのお守りとやらもここへ入れておこう。
(よし、じゃあそろそろ門へ……うん?)
必要そうな物は揃えたから近くにある門の方へ向かおうとしたら、ある露店に並ぶ商品が気になった。
できれば早めに王都を出たいけど、あそこにある商品は俺に必要な物だから見ておきたい。
「……らっしゃい」
露店へ向かうと店主らしき、小柄で仏頂面の髭を生やした男がいた。
腕組みをして胡坐を掻くその男の外見からして、おそらくはドワーフっていう亜人種族の一つなんだろう。
まあ、そんな事はどうでもいい。今の俺にとって大事なのは、この露店に並ぶ商品である槍や斧なんだから。
「ここには長物しかねえぞ」
「分かっています。その長物が欲しくて来たんです」
敷物の上に並べられたり籠の中に立てられたりしている槍を見ながら説明すると、店主の視線が腰に差している剣へ向いた。
「剣を使うくせにか?」
「これには色々と理由がありまして」
どれがいいかと物色しながら掻い摘んで説明する。
先天的スキルのせいで家でいらない扱いされ、使用人のように働かされていたが親切な周りの人々から戦う術を教わった。
しかし成人して追い出される今日、体裁を取り繕うように渡されたのがこの剣だった。
自分が教わっていた武器は槍がメインで、他には斧や槌が使えるから長物を扱っているここへ立ち寄った。
かなり省略した内容になったが説明をすると、店主はほうほうと頷きながら髭を触っている。
「なるほどな。剣を差してるくせにうちへ来るから、ひやかしかと思ったぜ」
「勘違いさせたことは謝ります。でも露店で長物、というよりも武器を扱っているのは珍しいですね」
「在庫処分のつもりでやっているだけだ。安物で悪いが、気に入った物があるなら買っていけ」
在庫処分の品なのか、ここにあるのは。
試しに「完全解析」を使ってみると、手入れは行き届いている上にどれも中品質で悪くないように見える。あえて挙げるなら、使っている素材がただの鉄のような大した物ではないのとスキルが無いことくらいか。
「安物の割には品質も手入れも悪くないように見えますけど」
「そりゃあ客に売る物だからな、手入れはしっかりと……って、品質も分かるのか?」
おっと、ここはちょっと誤魔化しておくか。
「素人目からしてですけどね。先天的スキルが「鑑定」なら、こんな事にはなってないんで」
「だとしても品質が分かるたあ、いい目をしてるぜ。よっしゃ、確か槍だけじゃなくて斧や槌も使えるって言ったな」
「はい」
「だったらいい物がある。ちょっと待ってろ」
そう言うとドワーフは腰に括り付けている小さな袋へ手を突っ込み、とてもそれに収まっていたとは思えない長物の武器を取り出した。
どうやらあの袋は空間魔法を施すことで俺の次元収納のような効果を付与した、空間収納袋っていう魔道具なんだろう。
容量によって値段が変わるらしいけど、容量が小さくても高額だって聞いた事がある。それを持っているこのドワーフは、結構稼いでいるのか? それとも自分で作ったのか?
まあそんなことはどっちでもいいし、俺には次元収納があるから関係無い。
それよりも今はあの武器だ。
「それはいったい?」
「わしはちょっと変わった武器を作るのが好きでな。見てみろ、特にこの穂先の方を」
強調している穂先の方はかなり独特な形状をしている。
一見すると先端を尖らせた斧のように見えるけど、先端の方はある程度の長さがあってしかも刃になっているから槍にも使える。それだけじゃなく、斧として使う部分の対面側は槌のように面で殴打できる形状になっている。
「槍であり斧であり槌?」
「そうだ。しかし槍としては先端部分が重く、斧としては軽く、槌としては長い。だが、槍と斧と槌の全てを使いこなせるお前さんなら扱えるだろう」
説明を聞きながら「完全解析」を使ってみた。
ハルバート 中品質
素材:鋼鉄
スキル:なし
スキル無しの中品質で使っているのは鋼鉄か。
確かに槍と斧と槌を使える俺なら扱えそうだけど、ハルバートってなんだ?
「ちなみにそれ、なんて武器ですか?」
「わしが三つの武器を組み合わせて作った創作物だから名は無い。勝手にハルバートと名付けている」
「ハルバート……」
なるほど、このドワーフが名付けた名前が表示されたのか。
「振ってみても?」
「構わん。周りに気をつけろよ」
受け取ったそれは先端の方に重心がやや寄っていて重みもあるが、それほど気にはならない。というか妙にしっくりくる。
周囲を確認して振り下ろし、薙ぎ払い、突きを繰り出す。
初めて使う、しかもかなり独特な武器なのに妙にしっくりと馴染む感じがする。
これはひょっとすると、「槍術」と「斧術」と「槌術」の各スキルが同時に発動しているからなのか?
欲しい。こんなに良い感じの武器、ここで逃す訳にはいかない。
「どうだ?」
「気に入りました! 買います!」
「よっしゃ。じゃあその剣はどうする? 良ければ買い取って、その分をハルバートの売値から値引きしてやるぞ」
「……いいんですか?」
確かにいらないっちゃいらないけど、無料で引き取るのならまだしも買い取ってくれるのか?
「作ったはいいが、死蔵していたそいつを気に入ってくれたんだ。これくらいのサービスはしてやるよ」
「では、お願いします」
腰に差していた剣を手渡すと鞘から抜き、錆が目立つ様子に表情をしかめた。
「お前の親父はこんな物を渡しやがったのか。数打ちなのはともかく、碌に手入れもしてねえナマクラだ。こんなの魔物どころか、熊か猪ぐらいでも折れちまうぞ」
ナマクラなのは分かっていたけど、そこまで粗悪品だったか。
「まあ鋳潰して別の物に作り直すぐらいはできるか」
「そうですか。で、代金はいくらですか?」
「この程度じゃ買い取り額は銅貨五枚が精々だな。そのハルバードが銀貨三枚だから、代金は銀貨二枚に銅貨九十五枚だ」
大した額じゃないな。まあ、ナマクラだから仕方ないか。
所持金から銀貨三枚を取り出して渡し、お釣りの銅貨五枚を受け取る。
「まいどあり。ついでにこれもやるよ、オマケだ」
そう言って渡してきたベルトのような物は長物を背負うために使う物らしく、使用者の体格に合わせるための調整も可能なようだ。
「いいんですか?」
「そいつが遂に巡り合えた持ち主だ、これくらい構わんよ」
「そうですか。色々とありがとうございます」
「これくらいどうってことねえよ。大事に使ってくれよな」
「勿論です」
購入したハルバートを背負って露店を後にし、一番近い西門へ向かってそこに詰めている騎士団員へ身分証を提示する。
審査として「罪人の調」という魔道具に触れ、犯罪者でないことを証明すると通行許可が下りた。
結局家を出た後は何をするか決まらなかったけど、小さな復讐はやり遂げたし、やりたい事を探す旅に出発しますか。




