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入れ替えスキルでスキルカスタム  作者: 斗樹 稼多利
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閑話 残された人々


 私の名はレイア。バーサム王国の騎士団に所属していて、現在はシェインの町分所で小隊長の地位に就いています。

 勤務態度の悪さから先日左遷された中隊長達に代わり、近いうちにダグラス小隊長らと共に中隊長へ昇格する旨を人事課から通達されているのですが、それに伴って事務仕事は増え、より大人数への指揮能力も必要になるため覚えることは多いです。しかし、左遷された元中隊長達を反面教師に、しっかりと業務に励みたいと思います。

 中隊長としての業務の引き継ぎを兼ねた事務仕事をしていると、町の巡回から戻った部下からジルグ君達がついさっき旅立ったことを聞かされました。


「そうですか、彼らはもう旅立ってしまったのですか」


 彼らは私達にとって命の恩人です。先日の騎士団としてのお礼以外にも個人的なお礼をしようと、色々と思案しているところへこの報告。どうしてそうも急いで旅立ってしまったのでしょうか。


「せっかく、穴場のお店でご馳走しようと思ってたのに……」


 臨時で補佐に付いてもらっているライラも、とても残念そうにしています。

 私も残念です。何か、急ぎ旅立たなくてはならない理由でもあるのでしょうか?


「大方、大金に目をつけた奴らに絡まれたくないからだろ」

「「大隊長! お疲れさまです!」」


 起立して敬礼する私達へ楽にしろと言った大隊長は壁に寄りかかり、腕を組んで続きを喋りだしました。


「大勢の冒険者の前でビーストレントの死体を披露したんだろう? それを見た連中からの勧誘はともかく、討伐報酬の横取り目的で襲われたらたまったもんじゃねえ。ちょっと知恵が働けばそこに行きついて、一刻も早くこの町から逃げたがるのは当然だ」


 しまった。これは私にも責任の一端があります。

 大隊長からギルドへの対応を任されたのは私です。あの時に私は、今しがた指摘された点を考慮して行動すべきでした。

 それなのに恩人である彼らの功績を認めてもらいたくて、あんな大勢の前でビーストレントを披露させてしまった。


「申し訳ありません。私の配慮不足でした」

「今となっちゃもう後の祭りだ。気にすんな」

「……はい」


 気にするなと言われても気にしてしまいます。それが私ですから。


「だがひょっとすると、俺達とあまり関わりたくないっていうのもあるかもな」

「えっ? 何故ですか?」


 何か後ろ暗いことが……。いや、それなら町に入る際の審査で分かるはず。

 ジルグ君もレイアさんも「罪人の調」に引っかからず、指名手配もされていないので問題はありません。それなのに何故、我々と関わるのを避ける必要があるのでしょうか。


「王都の騎士団本部へ顔を出した時に小耳に挟んだんだが、グレイズ侯爵家は知っているか?」

「ええ、勿論です」

「代々騎士団へ高官を輩出している貴族ですから。確かゼオン副騎士団長が、現当主でしたよね」


 いきなり話が変わりましたね。何か理由があるのでしょうか。


「あそこは今、騎士団本部で最も話題になっていてな」


 大隊長が王都で耳にしたというグレイズ侯爵家の話は、正直驚きました。

 何年か前から自慢していた三人の息子達が不甲斐ない姿を露呈し、遂には当主であるゼオン副騎士団長まで大勢の前で無様な姿を晒して評価はガタ落ち。代々続いた名門にも、とうとう衰退の時が訪れたかという話で持ち切りだそうです。

 その話を聞いたライラは、納得しているように頷いています。


「ライラ、あなたは今の話を知っているのですか?」

「騎士養成学校時代、息子達の話と不甲斐ない姿を見聞きしていました。卒業してこちらへ配属されて以降の事は知りませんが、あれを知っていると納得できます」


 なるほど。年齢的に考えれば、騎士養成学校で息子達の話を知っていてもおかしくないですね。


「それで、今の話が彼らと関係があるのですか?」

「まあ聞け。そういう状態になると、他にも色々とグレイズ侯爵家についての話が出るんだよ。その中の一つに、次男を成人と同時に家からも貴族籍からも切り捨てて追い出したって話がある」

「えっ? 貴族家の次男をですか?」


 普通貴族の次男といえば、例え正妻の子でなくとも長男に跡継ぎができるまでは万が一の備えとしての役目があります。ですから、よほどの事がないと成人と同時に家から追い出すことは無いはず。


「理由は色々な憶測が飛び交ってるが、先天的スキルが戦闘に向いてない。つまり戦闘の才能や素質が無くて、騎士団の役に立たなくて家の名を汚すからってのが濃厚だ」


 いやいや、その考え方がおかしいのは私でもわかります。

 別に先天的スキルが戦闘向きでなくとも強い人はいますし、騎士団の仕事は戦闘だけではありません。

 例えば諜報部は戦闘よりも逃げ隠れして情報を持ち帰ることが求められ、裏方の事務職に至っては読み書きと計算さえできれば務まります。他にも戦闘力が無くとも務まる仕事はいくらでもあるのに、戦闘という一面でだけしか判断しないとは、愚か以外に表現する言葉が思いつきません。

 グレイズ侯爵家にとって騎士団とは、戦うだけの集団という認識なのでしょうか?

 いくら武勲に優れた家系とはいえ、それだけで人間の価値を決められては困ります。優秀な人材は広い視野で探さないと。

 しかも戦う才能や素質が無いのが家の名を汚すなんて、ちょっと理不尽じゃありませんかね。


「ちなみにその次男。表向きは成人を機に、見聞を広めるため旅立ったらしい」

「実際のところはグレイズ家から追放された、ということですね」

「そうだ。しかも継承権は先天的スキルが原因で与えられていなくて、物心ついた頃から追い出されるまで使用人として働かされていたって話も聞いたぞ」


 ……なんとなく分かった。どうして大隊長が、グレイズ侯爵家の話を持ち出したのかが。


「つまり彼は……」

「十中八九、その次男だろう。原因になった先天的スキルが、小物程度にしか使えない「入れ替え」ってスキルだからって話だ」

「えぇっ!?」


 大隊長の結論にライラが驚いている。無理もありません、この話を聞くまではただの冒険者だと思っていたのですから。いや、追い出された以上はただの冒険者で間違っていないんでしょうが。

 しかし小物程度? 彼はビーストレントとの戦闘の際、ライラや自身の魔法や武器の位置を入れ替えていたではないか。

 その相違点を指摘すると、大隊長は簡単なことだと言う。


「おそらくはスキルが成長して、人間の位置も入れ替えられるようになったんだろう」


 スキルは成長します。魔法系のスキルが最も分かりやすいので例に上がる事が多いのですが、スキルを習得したばかりの時は弱い魔法しか使えなくとも、鍛え続ければ徐々に強い魔法を使えるようになります。

 だけど成長を知る方法がありません。魔法ならば新しい魔法を使えるようになる事で分かりますが、他のスキルには成長を実感する方法がなかなかありません。研究者の間でスキルの成長を知る手段はないか研究されているらしいですが、成果は全く上がっていないとのことです。


「ということは、グレイズ家はそれを考慮せずに彼を見限ったと?」

「そういうことになるな。ったく、どんな制限かは知らねえが位置を入れ替えるって、やりようによってはスゲェ使えるってのに」


 それは先日の戦闘で実感しました。ライラの命を救い、ビーストレントへ苦手な火魔法を命中させ、手放してしまった武器も手元へ戻す。現在の彼がどれだけの物を入れ替えられるかは不明ですが、私が知っている範囲でも有用性が高いのは分かります。

 特に人命救助に使えるのは良いと思います。制限の詳細次第でしょうが、災害時や人質を取っての立てこもりの際はとても役立ちそうです。あっ、立てこもりなら犯人の位置を入れ替えて外へ出す方が有効ですね。

 何にしても、彼の「入れ替え」スキルはとても役立つということです。


「とにかくだ。今回の件を知った実家から妬まれて、何かしてくるかもしれない。あいつがそう思って逃げた可能性も否定できねえってことだ」


 確かに。今の話を聞く限り、グレイズ侯爵家が何かと彼へいちゃもんを付けた挙句に無理矢理連れ戻し、失った名誉を回復するために利用しようと画策してもおかしくありません。

 あっ。ひょっとしてジルグ君は実家に利用されるのが嫌で、「入れ替え」スキルの成長のことを黙っていたのでしょうか。いいように利用されるくらいなら、家を出て自力で生きる道を選んで。

 そもそも彼は家族から冷遇されていたわけですから、わざわざ家族のために働く義理はありませんからね。


「でもそうして育ったのなら、彼はどうやってあれだけの強さを?」


 ふむ、ライラの疑問も当然ですね。物心ついた頃から使用人として働かされていたのなら、どうやってあれほどの強さを身に着けたのでしょうか。

 その辺りの事を知らないか大隊長へ視線を送ります。


「そこまでは知らねぇよ。こっちの事を知ってりゃ調べてみたがな」


 それもそうですね。しかしそうなると、余計に気になるのが人間というものだ。

 本部に勤務している同期の友人へ手紙を送って、その辺りのことをさりげなく尋ねてみるかな。


「これはあれですね。家族を見返すために夜な夜な猛特訓を重ねて強くなって、自由になったら頭角を現して成り上がりを目指す奴ですね!」


 ライラ、あなたは少々物語の読みすぎです。何を読むかは個人の勝手ですが、それと現実を混同しないでください。大隊長も、そりゃいいやって笑わない!

 彼のような人物が家族を見返すのはともかく、成り上がりを目指すとは思えません。


「まあ、さすがにそれは冗談として」

「えぇっ!」


 良かった、大隊長は冗談だったんですか。そしてライラは本気で言っていたんですか……。


「一つだけ分かっているのは、あいつの母親があのアーシェだってことだ」

「アーシェ様ですと!」


 思わず椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がってしまう。

 アーシェ様はかつて冒険者として活躍していた腕利きの女性で、大きな功績を挙げて平民出の女性ながら名誉士爵を賜った人物です。当時は彼女に憧れる女性が多く、かくいう私もその一人です。直接会ったことは無いものの、当時の私は将来彼女のようになりたくて剣の修業に励んだものです。

 十五年前に亡くなったと聞いた時は、私も含めて彼女に憧れていた多くの女性が涙したものです。そうですか、どこかの貴族の側室に入ったと聞きましたが、それがグレイズ家でしかも彼の母親だったとは。

 言われてみれば、どことなく面影があったような気がします。


「あの坊主を見た時、誰かに似ている気がしたが「入れ替え」スキルのことを聞いて気づいたぜ。まさかあいつがなあ」


 しかしまあ、色々と複雑な事情を抱えた少年だったんですねジルグ君は。そんな彼の人生に、幸あらんことを祈ります。



 ****



 今日も無事に仕事が終わった。

 グレイズ侯爵家で使用人として働いている俺は厨房へ向かい、同僚と一緒に料理人達が用意してくれた賄いを食う。

 そこで喋るのは大抵、雇い主であるグレイズ家の連中への愚痴だ。でもここ数年は話題に変化が現れ、町中で耳にしたグレイズ家の当主や息子の無様な話がネタになっている。

 雇い主の悪口や陰口を言うのは雇われている身としては不謹慎だろうが、この家の奴らの横柄で傲慢な態度にはうんざりしてるんだ。それにあいつらだって、俺達を一斉に解雇したら自分達の生活が成り立たないのは分かるだろうから、一時の感情任せに首を切るようなことはしないだろう。なにせ貴族様は外聞を一番気にしているんだからな。


「でね、あの話が本格的に決定したそうよ」

「それって、ここの長男の婚約が破棄されるって話か? はっ、いい気味だ」

「ホントよ。あんなのに勿体無いくらい、綺麗な良い子だったじゃない。あんなのに嫁いだら、ただの性欲処理のいいなり人形にされるわ」

『違いない!』


 女性使用人の一人が言った事に全員で同意し、盛り上がった雰囲気で笑いが起こる。


「いやあ、しかしジルグ様が追い出された後から余計に酷くなったよな。あいつらの無様さは」

「おう。何せご当主様まで、部下や養成学校の生徒の前でみっともねぇ姿を見せたんだから」

「そういえば、ジルグ様はお元気かしら」


 誰かがふと漏らした一言で、賑やかさは消えて静まり返る。

 ジルグ様……。ついこの間まで俺達と一緒に働いていた、この家の次男だ。彼のこともそうだが、その母親であるアーシェ様のことも忘れた事は無い。

 グレイズ家で唯一まともな人物だった彼女は平民出の冒険者だっだが、大きな功績を上げて名誉士爵の地位を賜った。

 この国では本来女性に爵位は与えられないのだが、名誉での爵位は一代限りだから女性でも賜ることができる。

 そんな彼女の強さに当主様が目をつけ、口説き落として側室として迎えた。平民出とはいえ爵位を得ている貴族かつ側室ということで表立った文句は出ず、アーシェ様はこの家の側室へ入った。

 生憎とジルグ様を産むと同時に亡くなってしまったが、ご存命の時は俺達使用人と護衛はとても世話になった。

 何かにつけて威張り散らす当主様や他の夫人達から私達を守り、訳あって金が必要な時はこっそり用立てしてくれた。しつこい男に付きまとわれて困っている女性使用人のため、冒険者時代のツテを使って解決してくれたこともあった。どんなツテでどんな手段で解決したのかは、秘密だと言って教えてくれなかったけどな。


「大丈夫だって。アーシェ様から受けた恩を返すため、一人立ちできるように俺達で教育したんだから」


 その通りだ。恩返しをしたいアーシェ様は亡くなられ、残されたジルグ様も先天的スキルが戦闘に向いていないという理由で継承権を与えられず、物心付いた頃には俺達と同じように働かされていた。しかも無給な上、失敗をすれば暴言と暴行を浴びせられながら。

 しかし、彼はまさしくアーシェ様の息子だった。顔が割と似ていることだけでなく、家族の横暴から俺達を守ってくれる姿に何度アーシェ様の面影が浮かんだことか。

 だからこそ、彼が追い出されても立派にやって行けるよう俺達で教育してあげることにした。これがアーシェ様から受けた恩を返す唯一の手段だと、使用人一同だけでなく護衛一同とも協力して取り組んだ。


「そうだな。なんつうか、息子を育てているような気にもなったぜ」

「よく言うわね。初対面で怖がられた挙句、助けを求められた強面のくせに」

「ええ、しっかり覚えているわ。なんか怖い人がいる、助けてって言われてアンタだったから、思わず吹いちゃったわ」

「……言うなよ」


 今でもその事を気にしているのか、護衛の一人が俯いて落ち込んでいる。

 そんな中、俺はふと思った。


「アーシェ様のご実家が分かっていれば、連絡を取って引き取ってもらうこともできたのにな」


 俺の呟きに周りの奴らは同意する言葉を呟いたり、頷いたりする。


「実家とは、半ば縁を切るような形で飛び出してきたって言っていたわね」

「手紙の一つも出さなかったから、どこに住んでいるかも分からないもんな」


 そんな状態で人を探すなんて不可能だ。そもそも、アーシェ様が他国から来た人だって可能性も否定しきれないし。


「せめて、最後のお言葉を最後まで聞ければ……」


 隣に座る同僚がポツリと零した呟きに、あの日のことを思い出す。

 ジルグ様を出産された直後に容体が急変し、治療に当たっていた医者も匙を投げてしまった。薄れていく意識の中でアーシェ様は、途切れ途切れに言葉を紡いだ。


『伝えて、ベリ――』


 アーシェ様の最後の言葉はそこで終わってしまった。

 あの場にベリという名前の人物も、名前の一部にベリが含まれている人間もいない。

 つまり、あれは誰かに自分の事を伝えてほしかったんだ。でもその相手が誰なのか分からず、仮に分かったとしてもどこにいるのかも分からない。

 アーシェ様。一体どこの誰に、あなたの事を伝えたかったんですか?


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