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入れ替えスキルでスキルカスタム  作者: 斗樹 稼多利
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高額収入と距離感


 厩舎で待っていたマッスルガゼルを伴い、警戒は解かれたもののまだ少し混乱が残っている町中を歩く。

 途中で何人かの騎士団員が、事案は解決したから警戒を解くと呼びかけている声が聞こえる。

 そんな中を騎士団の装備を纏ったレイアさんと魔物のマッスルガゼルを伴っているものだから、少しばかりこっちにも注目が集まる。

 向けられる視線を気にしたロシェリは俺の外套を握って近寄り、少しでも視線を遮ろうとマッスルガゼルがすぐ隣に並ぶ。気の利く従魔だこと。

 そうこうしている間に冒険者ギルドへ到着。入り口を開けるとビーストレント絡みなのか冒険者が多くおり、騎士団のレイアさんが入ってくると一斉に注目が集まった。


「ひっ」


 人の目に敏感なロシェリは小さく悲鳴を上げて俺の背中に隠れ、両手で外套を握って小動物みたいに震えだす。

 あっ、落ち着けマッスルガゼル。そんなに鼻息を荒げて筋肉を隆起させて威嚇するな。それとお前は外で待っていろ。


「ギルドマスターはおられますか。ビーストレントの件で報告に来ました」


 臆することなくレイアさんが告げるとざわめきが起きて、奥の方から人ごみを掻き分けて初老の男が不安そうな表情で現した。


「わ、私がギルドマスターのダンテといいます。あの、ビーストレントが討伐されたという報告が届いたのですが……」

「その通りです」


 レイアさんが肯定すると冒険者達からどよめきが上がった。


「本当、なのですか?」

「はい。その際にこちらの二人が協力してくれたので、ギルドカードの記録を調べてみてください」


 ここで俺達に振るのか。視線が一気にこっちへ集まって、少しだけ顔を覗かせていたロシェリは完全に隠れてしまった。

 なんとか宥めて二人のカードを渡すと、Gランクということで訝し気な表情をされたけど、すぐに調べると言い残して受付へ駆けていく。

 しばらくの間、ざわめきだけがギルドに広がって俺達は値踏みされるような視線に晒される。あまりいい気分じゃないけど、状況的に仕方ない。

 そう思っていると受付の方から驚きの声が上がり、ギルドマスターが慌てた様子で戻って来た。


「確認してきました。確かにこの二人のギルドカードには、ビーストレントを討伐した記録がありました」

『おぉぉぉっ』


 今度は小さな歓声が上がる。報告が虚偽でないことに驚いているというよりも、俺とロシェリが討伐に関わったことに驚いているんだろう。


「あの、それで素材の方は……」

「騎士団の取り分は、騎士団の方で処理させてもらいます。ですが彼らの取り分については、彼らの意思次第です」


 どうなんだと訴えるレイアさんの視線を受け、ここからは売り手として俺が対応する。


「魔心石と後ろにいる彼女の杖を新調するのに必要な分を除いて、素材は全てギルドに売ります」

「本当ですか!」


 だって必要以上に持っていても、使い道無いし。


「それで、肝心の素材はどこですか!」

「俺の空間魔法の中で保管しています。どこか広い場所で出したいんですが」

「でしたら裏の修練場へどうぞ!」


 有無も言わさず腕を掴んで引っ張られていく。背中に隠れていたロシェリも後に続き、その後ろからレイアさんと冒険者達が付いて来る。

 上位種の魔物の素材が手に入るからか、妙に急かすなこのギルドマスター。

 という訳で、裏手の修練場でビーストレントの胴体部分を次元収納から取り出すと、ひときわ大きなどよめきが上がった。


「こ、こんな大部分が君達の取り分なのかい?」

「そうです。彼らがいなければビーストレントは倒せませんでしたし、何人もの部下が命を落としていましたから」


 褒められるのは何度されても照れる。

 でもレイアさん、あなたが自慢気に胸を張って言うような事じゃないからね? それは俺かロシェリが取る態度だと思う。やらないけど。


「あのガキ共が?」

「焦げ跡が多いが、火魔法の使い手か?」

「それはあっちの隠れてる女の子の方でしょ。男の子の方は、なんか変わった武器背負ってるし」

「でもよ、カードはGランクだったぜ」

「何言ってんだよ。どんな腕利きでもスタートはGランクなんだ、ランクが低いからって侮れねえぞ」


 おっと、なんか冒険者達も騒ぎ出したな。

 妙な注目が集まってちょっと居心地が悪い中、ギルドの職員が検分してこれがビーストレントの胴体部分だと証明してくれた。


「確かに本物のようですね。カードに記録もありましたし、討伐報酬をお支払いしましょう。素材は魔心石と杖の新調に必要な分を除いて売却ですね?」

「はい。それでお願いします」

「承知しました。しかし素材として使える部分がどれだけあるか調べる必要があるので、支払いは明日になります」


 そりゃそうか。切断した右側の前後の脚に焼き断たれた首周辺、他にも結構な損傷があるもんな。


「だったら討伐報酬だけ先にもらえませんか? 手持ちが心もとないので」

「構いませんよ。そうだ、他にも魔物を倒した記録がありましたので、そちらの処理もしましょう」


 おっと、そういえばそうだった。ビーストレントのことばかりですっかり忘れてた。


「お願いします」


 この後、場所を解体所へ移してレッドウルフを始めとした魔物を取り出し、解体のお願いと食べられる部分は引き取る旨を伝えて受付へ移動。採取してあった薬草を提出し、その買取金と魔物の討伐報酬を受け取ることにした。

 薬草の査定をしている間、俺達の下には多くの冒険者が寄って来た。ビーストレントとの戦闘はどうだっただの、誰か高名な人物から教えを受けたのかだの、パーティーへの勧誘だの様々な理由で声を掛けられた。大人数に囲まれたから人見知りかつ対人恐怖症気味のロシェリがパニックになりかけ、それを理由にどうにか退散してもらえた。

 ちなみにレイアさんは別室でギルドマスターへ詳細な説明をしていて不在で、助けてもらうことはできなかった。

 そんなちょっとした騒動を挟み、査定が終わったと伝えに来た男性職員に連れられて奥の応接室のような部屋へ通された。テーブルの上には袋が一つ置かれている。


「ギルドマスターの配慮でね。素行の良くない連中から、目をつけられないようにするためだよ」


 どうしてここへ通されたのかを尋ねると、苦笑いしながら教えてくれた。

 ああ、なるほど。報酬の金額を聞いて、それを横取りするような奴らから守るためか。ご配慮に感謝します。


「まあそれでも、ビーストレントを倒したって時点で高額報酬は確定しているから、既に目は付けられているだろうね。この対応も、やらないよりはマシな気休め程度に思っておいて」


 それを聞いた以上は、用事が済んだら早めにこの町から逃げておこう。なんかロシェリも不安そうにこっちを向いてるし。


「という訳で……。ビーストレントを始めとした魔物の討伐報酬と、薬草類の買い取り金。合計で金貨が三十枚、銀板一枚と銀貨が四十六枚、銅板が一枚と銅貨が三十七枚だ」


 置かれていた袋を差し出され受け取ると、ずっしりとした重みを感じる。開けてみると金貨とか銀貨とかが詰まっていて、思わず溜め息が漏れる。

 気のせいなんかじゃなく、なんか袋の中が輝いて見える。


「おぉ……」

「お金が……たくさん」

「ビーストレントの討伐報酬は金貨三十枚するからね。やったじゃないか」


 やっぱり討伐ランクCの魔物だけのことはあるな。

 しかも明日には素材の買い取り金まで受け取れるんだから、一体いくらになるんだろう。

 ちょっとばかり幸せな気分に浸りながら、俺達の間での取り分で分けていく。

 ところがロシェリは銀貨と銅貨を数枚だけ手持ちの袋に移すと、残りを俺に預かってほしいと言いだした。


「こんなにたくさんのお金、持ち歩くの怖い……。重いし……」


 同感だ。冷静に考えれば次元収納や空間収納袋の無いロシェリは、この大金を持ち歩くしかない。

 そんなの、追いはぎやスリに狙ってくれって言っているようなものだ。


「でもいいのか? 俺に預けて」

「ジルグ君なら、持ち逃げとかしない……でしょ?」


 まあな。そこまで人間として堕ちているつもりは無いし、堕ちるつもりも無い。


「分かった。責任持って預かろう。必要な時は言ってくれ」

「よろ……しく」


 そういう訳で預かったロシェリの金が詰まった袋を分かりやすいよう、色違いの袋に変えてもらってから次元収納へ放り込む。

 ちょうどその時、扉がノックされギルドマスターとレイアさんが部屋に入って来た。説明が終わったのかな。


「失礼する。ジルグ君とロシェリさんだったね。今回のビーストレント討伐とその他の魔物討伐、それと素材の採取の記録から君達のランクを上げるに値すると評価した」


 おっ、つまりランクアップか。


「二人だけでビーストレントを倒したのなら一気にDランクぐらいにするところだが、今回は騎士団との共闘ということでEランクとさせてもらう」


 一気に二段階もランクアップかよ。

 聞いていた男性職員も感心の声を上げている。


「すぐに手続きをするから、カードを提出してくれるかね?」


 ギルドカードを渡して手続きをしてもらっている間、一緒にここで待つように言われたレイアさんからこの町について少し話を聞かせてもらった。

 手頃な値段の宿や飲食店、武器や防具を取り扱っている店に食料品店の情報を教えてもらい、ついでに近隣の情報も教えてもらった。その中でさりげなく、ビーストレントとの戦闘中の怯みがレイアさんの声掛けで和らいだ事を話題にすると、あっさりと理由が判明した。


「それは私の先天的スキルの「鼓舞」でしょうね。自分自身が怯まなくなるだけでなく、声を掛けた味方の怯みも解いて、士気を少しだけ上げるんです」


 へえ、なんとも指揮官向けなスキルだ。

 こういうスキルの持ち主にはできるだけ出世して、もっと大きな部隊でそれを発揮してもらいたいな。


「お待たせしました。手続きが終わりました」


 おっ、待ってました。受け取ったカードはランクのところがEになっている以外、特に変化は無い。


「そちらのロシェリさんは従魔をお連れでしたので、従魔に関する手続きもしておきました」


 気が利くじゃん、さすがはギルドマスター。

 だからって特に何かが変わる事は無く、ただそういう記録を残して情報管理するためらしいけど。


「じゃあ、また明日来ます」

「お待ちしております」


 ギルドマスターに見送られながら冒険者ギルドを後にして、報告書を作成するため基地へ戻るというレイアさんとも別れて、教えてもらった宿へ直行しようとしたらロシェリに袖を引かれた。


「あの……。お腹……空いてるん、だけど……。お肉……」


 空腹を訴えるロシェリの希望に沿って、まずは飲食店へ立ち寄った。

 レイアさんに紹介してもらった、騎士団御用達の安くて量があってそこそこ味もいいという店だ。冒険者も立ち寄っている人が多いらしく、夜は冒険者との飲み合い勝負をしているとかなんとか。どうでもいい情報だ。

 とりあえずレイアさんから勧められた物を始め数品を頼むと、既にロシェリは我慢できない様子でソワソワしながらフォークを手にしていた。行儀悪いから、フォークは手放しなさい。

 やがて料理が運ばれてくると、嬉々とした様子で食べだす。


「おいふぃいよぉ」


 まるで皿の上から消えるように、運ばれて来た料理が次々と消えていく。

 ちょいとロシェリさんや。いくら高額収入が入ったからって、ちょっと食べ過ぎじゃありませんかね? 頼んだ料理が二桁に届こうとしていて、最初はよく食べるなと微笑ましい様子で見ていた店員や他のお客が驚いているぞ。

 レイアさんからの情報通り割と量があるのに、その細い体のどこに入っているんだ。


「ふぁ……満足」


 ちょうど十品目を食べ終えたところでフォークを置いた。やっぱり先に一部だけでも報酬を受け取っておいて良かった。

 さてと、いくらになるかな。


「えぇっと、何か甘い物……あるかな?」


 まだ食えるだと!?

 結局この後、ロシェリは甘い物を五品たいらげた。ホント、どこに入ってるんだろうか。しかもこれでまだ本気じゃないと、本人は語っているから恐ろしい。

 マッスルガゼル? 店の外で寝ながら俺達を待っていた。



 ****



(どうしてこうなった)


 食事が終わった後、レイアさんに教えてもらった従魔も泊まれる宿へ直行。部屋が空いているので二部屋借りようとしたら、何故かロシェリが嫌がって駄々をこねだした。

 本人曰く、「一人ぼっちは嫌。寂しい」とのことだ。

 いやいやいや、だからって年頃の男女が同じ部屋な方が問題あると思うぞ?

 何も変な事はするつもりは無いけど、エルク村のように一部屋しか空いてない訳じゃないんだから別々でいいだろう。

 説得を試みるが、頑なに俺の外套を手放さず嫌々と首を横に振る。駄々っ子か。


「坊主。男は黙って女の尻に敷かれた方が幸せなんだぞ」


 やたら筋肉質な大将から、やけに実感の籠った表情で横からそう言われた。

 そんな大将の奥さんらしき細身の女将さんが、口喧嘩しているお客を外へ蹴り出して罵声を浴びせているのはたぶん気のせいだ。


「つうわけで嬢ちゃん、一緒の部屋にしておいてやるよ」

「お願い、します」


 俺の拒否権は無しですか?

 あれよあれよという間に話がまとまっていき、これはもう黙って受け入れるしかないと諦め、割り勘で代金を支払ってニヤニヤしている大将から部屋の鍵を受け取った。

 まあ同じ部屋の方が料金も安くなるからいいかと、あまり考えすぎないようにしながら階段を上って部屋に入ると頭痛の種があった。


「えっ……ダブルベッド?」

「はうあぁぁ……」


 真っ赤になって両手で顔を覆うロシェリも、これは予想していなかったんだろう。というか、予想できるかっての。

 さすがにこれは避けた方がいい。そう思って部屋を変えてもらうと言い残して大将の所へ行こうとしたら、ロシェリから「待って」という声が発せられて、直後に外套を掴まれて後ろへ少し仰け反った。ついでに首が締まって息も詰まった。

 ぐふっ。不意打ちだからモロに効いたぜ。


「あっ……ごめん……」

「いいって……それより、何?」


 喉を押さえながら、俯くロシェリに引き留めた理由を尋ねる。


「あ、あの……あの、ね……」


 耳まで真っ赤にして俯く様子から、何を言おうとしているのかなんとなく察した。

 一応ちゃんと本人が言ってくれるまで待つけど、予想通りならちょっと一度真剣に話し合った方がいいかもしれない。


「別に、いいよ? 一緒でも……」

「よしロシェリ、ちょっと話し合おうか」


 廊下や下の階で他人に見聞きされながらじゃなんだから、部屋で話し合おう。

 そう決めて部屋に連れ込み、備え付けの小さなテーブルを挟んで向かい合って座る。チラチラとダブルベッドの方へを顔を向けている素振りに対し、咳払いをしてこっちを向いてもらい話し合いを開始。

 最初こそ俺からの注意みたいな感じだったけど、ロシェリの話も聞いているうちに分かった。こいつは他人との距離の詰め方が分からないんだと。

 ずっと除け者状態で、やっとできた俺という拠り所。だけど距離の測り方が分からなくてどう踏み込めばいいのか分からなくて、物理的に距離を詰めることでなんとかしようとした。思い返せばロシェリは別行動をしようとせず俺の傍にいて、不安なことがあれば俺にくっ付いたり背中に隠れたりしていた。あれはロシェリなりの距離の詰め方の一種だったのかもしれない。


「あ、あの……。迷惑、だった……? やっぱり、私みたいのじゃ……嫌?」


 そういう言い方はちょっとズルいと思う。

 ここで突き放したら、俺の方が悪者みたいだ。それにお人好しの俺がそう言われて、拒絶できるはずがない。


「そんなことはないって。言っただろ、俺はお前の味方で仲間だって」


 エルク村でロシェリを虐めていた連中に言ってやった、この言葉を覆すつもりは無い。

 ただ、これ以上はなんて言ったらいいか分からない。

 仕方ないだろ。分からないんだよ、こういう時になんてアドバイスすればいいのかなんて。経験談を語りたくともこういう経験は無いし、実家で交流していた人達とは元から良好な関係を築いていたから参考にならない。

 とりあえず……。


「だからさ、そう無理に直接近づかなくとも大丈夫だって。これからも一緒に行くからさ」


 いいんだろうか。こんな感じでいいんだろうか。

 もう反応を窺うしかない状況でロシェリは俯いていた顔を少し上げ、尋ねてきた。


「迷惑……じゃない?」

「迷惑ならとっくに見限ってるって」

「邪魔でも……ない?」

「そう言ってるだろ」

「一緒に、いても……いいの?」

「味方で仲間なんだから、当然のことだ」

「あり……がと」


 うん、こんな感じのやり取りは、出会ったばかりの頃に一度やった。あの時は急に泣かれたから焦ったぜ。

 今回は嬉しそうに見えるのと、なんか真っ赤になってフードの淵を引っ張って俯いているけど……。妙な誤解はされていないよな? 嬉しくてそういう反応をしているだけだよな?


「だったら……一緒の部屋で、いいよね」

「……はい」


 ここで拒否したら同じことの繰り返しになる未来が見えたから、俺の方が折れることにした。

 何もしなければいいだけだからな、うん。

 そう思って夕食や計算の勉強を挟んで迎えた夜なんだけど……。


(なんで抱き枕にされてるのかな、俺!)


 いざ就寝しようと思ったら有無を言わさず抱きつかれ、抗議しようにも既にロシェリは眠っている。しかも背中側ならともかく、どうして正面から抱きつくかな。

 ああもう。なんでこんなに折れそうなほど細くて肉付きも良くないのに、こうも柔らかい感触が伝わってくるんだ。やっぱり外套なりロープなりを脱いだからか? 互いに布一枚を取っただけでこうも違うのか?

 落ち着け落ち着け俺。理性よ、煩悩を吹っ飛ばして俺を眠りの世界へ誘え。

 この後、どうにか理性が勝利して眠りに就くことができた。



 ****



 翌朝、大将に昨夜はどうだっただの冷やかされながら宿を後にして、マッスルガゼルを伴ってギルドへ向かう。

 マッスルガゼルには外で待ってもらって中へ入ると、ちょうど賑わう時間で多くの冒険者がいた。すると俺達に気づいた周囲から、一斉に注目が集まってきた。他人の目が気になったロシェリは、いつも通り俺の背中に密着して隠れている。

 あっ、やばい。抱き枕にされた時の感触思い出しそう。


「あいつらか? 例のビーストレントを倒したってのは」

「どっちもまだガキじゃねえか。しかも装備は貧弱だし」

「バカ。聞いた話じゃ、あっちの坊主はフレアエンチャント使えるらしいぞ」

「マジかよ。どうする? 声かけてみるか?」

「でも騎士団と一緒にだろ? 実際の実力はどうなんだか」


 なるほど、既に昨日の件が知れ渡っているってことか。

 そりゃあ注目が集まるのも当然か。レイアさん達と一緒にとはいえ、昨日までGランクの俺達がビーストレントを倒したんだから。

 こんなことなら、もう少し時間を遅らせて来るんだった。そう軽く後悔しながらロシェリと空いていた受付へ向かい、男性職員に昨日頼んだ素材と買取金を受け取りに来た旨を伝える。

 念のため本人確認をするということでギルドカードを提出し、確認が取れて返却されると昨日と同じく応接室へ通された。

 これまた昨日と同じくテーブルには袋が二つ置かれている。中身は金なんだろうけど、奥に通されたってことはいくら入っているんだろうか。


「こっちがビーストレントから採れた、素材として使える分の買取金だね。損傷や焦げ跡が酷かったけど、それでも金板一枚と金貨三十二枚になったよ」


 たっかっ! 昨日の討伐報酬の金貨三十枚でも俺達からすれば相当な高額なのに、その倍以上って。本当に解体手数料引かれているのか?

 このうち六割が俺の取り分だから……金貨四十九枚に銀貨二十枚だ。ほぼ金板一枚じゃないか。四割のロシェリでも金貨三十二枚と銀板一枚と銀貨三十枚かよ。

 どうやら、またロシェリから金を預かることになりそうだ。


「こっちはレッドウルフとか、他の魔物の素材の買取金だ。こっちは銀板一枚と銀貨八枚と銅貨十七枚だね」


 それはそれで結構な儲けのはずなのに、ビーストレントの素材買取金の後だと少しショボく聞こえる。落ち着け、金銭感覚が狂ったら人生も狂いかねない。心の中で深呼吸、深呼吸、深呼吸。よし、少し落ち着いた。

 ロシェリの方は……ポカンと口を半開きにして固まってる。うん、気持ちは分かるぞ。

 とりあえずは金を片付けるため次元収納を開き、金の詰まった袋を放り込んでいく。そしてやっぱりロシェリから金を預かってほしいって言われたから、また色違いの袋に詰め直してから放り込んでおいた。


「金はこれで良し。ところで、引き取る予定の肉や素材はどちらに?」

「解体所の方にあるよ。肉の量があるらしいからね、直接受け取りに来てほしいんだって」


 まあ、レッドウルフだけでも十三体いたもんな。そんで移動中には他にもブラウンゴートとかマウンテンボアとか、暗くなったら夜行性のファングバットっていう蝙蝠の魔物まで出てきたっけ。あの時はマッスルガゼルが何ヶ所も噛まれたのに、皮膚を刺すどころか逆に向こうの牙の方が折れて俺もロシェリも驚くどころか引いたんだよな。本当にあいつの筋肉は一体何でできているんだ。

 今となってはちょっと笑える思い出に浸りながら解体所まで案内されると、そこには大量の肉が積み重ねられていた。

 途端にロシェリが興奮しだした。たぶん、前髪に隠れている目は見開いて輝いているんだろうな。


「おう、お前達がこの肉とかビーストレントの素材の引き取り人か。見ての通り、解体は終わってるぜ」


 血が染み込んでいる作業着を着たスキンヘッドに髭面のおっさんが、肉の山とその傍らに置かれた太くて長い木の枝数本と拳大の琥珀色の塊へ親指を向ける。

 うん? なんか平べったい物もあるぞ。あれは……ファングバットの羽か?


「あの、ビーストレントの素材以外で俺達が引き取るのは食べられる部分なんですが、あのファングバットの羽は?」


 ひょっとして手違いで置いているのかと思って尋ねると、おっさんは血で染まった解体用の刃物を拭いながら答えてくれた。


「なんだ坊主、知らないのか? ファングバットの羽は揚げるかパリパリになるまで焼けば食えるし美味いぞ。俺はそれに軽く塩を振ったのを肴に、よく晩酌を楽しんでるぜ」


 そうなんだ。食えるんだ、ファングバットの羽って。さすがに旅路で揚げ物は難しいから、パリパリになるまで焼く方で食べてみよう。

 分かってるってロシェリ。そんな食べたいって表情で訴えなくても作るって。


「こっちの木の枝と琥珀色の塊が、ビーストレントの素材ですか?」

「おうよ。魔心石は進化して間もないから大きさはイマイチだが、質は悪くないな」


 拳大の大きさでイマイチって、良い物だとどれくらいの大きさなんだろうか。

 とりあえずこれも次元収納へ入れておいて、ついでに調理した事の無い魔物肉の美味い食べ方とビーストレントの素材を加工できる職人がいないか聞いてみた。

 調理の方は他に作業していた人達も混ざって大盛り上がりした一方、職人については一様に難しい表情をされた。


「いないんですか?」

「一人だけ、いるにはいるんだが……」


 腕を組んだおっさん曰く、ドワーフの間では有名な鍛冶師の下で修業した、腕の良いドワーフの鍛冶職人がいるらしい。

 その職人ならビーストレントの素材も加工できるそうだが、客を選ぶ上に金では動かない類だそうだ。別に金額でどうこうしようとは思っていないけど、客を選ぶのは厄介だな。そういえば、昨日レイアさんから教わった武具屋の中にもそんな感じの店があった気がする。

 まあ何にせよ、会ってみないことには始まらない。そのドワーフの店の場所を聞き、気をつけるように念を押されてギルドを後にした。


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