事情説明と取り分
ビーストレントとの戦闘から一夜が明け、俺達はシェインの町へと歩き出す。
装備こそボロボロな人が何十人もいるけど、怪我は治癒魔法とポーションですっかり回復した。
傷だらけだったマッスルガゼルも治療してもらい、今はロシェリを背に乗せて悠々と歩いている。
「機嫌良さそうだな、お前」
機嫌が良さそうに歩くマッスルガゼルにそう言うと、小さく鼻息を鳴らして応えた。強敵のビーストレントを倒せて意気揚々という感じだ。
そのビーストレントの胴体部分は、俺の次元収納の中に入れてある。
ダグラスさんが連れて来た魔法使いの人達の中には空間魔法を使える人がおらず、治癒用のポーションも空間収納袋で持ってきていた。その袋の容量じゃ頭部を入れるのが精一杯で胴体部分が入らず、袋もそれ一つだから解体して運ぶのも無理ということで俺が運ぶことになった。
ちなみにビーストレントの口内に突き刺さったハルバートは約束通り回収してもらえ、出発前に返してもらった。
ただ、突き刺さった状態でビーストレントが暴れたからか、入っていた亀裂は大きくなっていて今にも折れそうだ。こういう特殊な形状の武器は他に無いだろうから、修理してもらわないと。
「見えてきましたよ、シェインの町です」
王都ほどではないけど、そこそこ大きな町が広がっている。
門が見えてくると、その辺りにいる鎧姿の何人かが慌ただしく動きだすのが見えた。
「どうやら残った奴らがこっちに気づいたようだな」
「さあて、あの馬鹿中隊長達はなんて言いだすことやら」
前を歩く人達の会話を耳にすると、これから一悶着ありそうなのが目に見える。おまけに俺も当事者だから、巻き込まれるのは決定的だ。
できればこのまま逃げたい。面倒になると分かっていて巻き込まれなきゃならないなんて、誰が悲しくて望むかっての。
どうかダグラスさんやレイアさんで片付いてくれると助かります。
門の前には続々と騎士団員が集まってきて、こっちを指差したり手を振ってきたりしている。どうやらあの人達はちゃんと心配してくれていたようだ。
「レイア小隊長、ご無事で!」
「ダグラス小隊長もお疲れさまでした!」
「申し訳ありません、呼びかけてもらったのに応えられず……」
「それで、ビーストレントはどうなったのですか!」
彼らの下へ到着するやいなや、矢継ぎ早に声を掛けられて囲まれていく。
無事だったことを喜び合い、一緒に行く勇気が無かったことを謝っている様子はとても良い光景だ。
でも正直、俺とロシェリは完全に蚊帳の外だ。マッスルガゼルはどうかって? 驚かれたり警戒されたり説明されたりしている間、暢気に欠伸をしていた。
「お前ら邪魔だ、どけ!」
この場の空気にそぐわない乱暴な口調が聞こえると騎士団員達の表情から笑みが消え、嫌そうな表情になって声のした方へ注目が集まる。
近くにいた騎士団員を押しのけて現れたのは、不機嫌な表情をした五人組。
こいつらが件の中隊長か?
「ダグラス。貴様、命令違反をしておいてよく戻ってこれたな」
「命令違反? 危険な魔物が発生して仲間が襲撃されたんですよ。討伐と救援に向かうのは、騎士団として当然のことです」
どこか問題でもあるのかと言いたげなのは、俺でも分かる。
騎士団の責務とか義務は知らないけど、こういう場で言うってことは間違いではないんだろう。
「うるさい! いいか。私達はビーストレントがこの町を襲う場合を想定し、総出で防衛準備をして近隣の町の騎士団へ救援を要請して、以後は警戒しながら待機だと通達したんだぞ!」
「それを責務だとか義務だとか言って、勝手に部下を連れて行きおって」
「お陰で防衛準備と救援要請をするのに支障が出てしまったのだぞ」
「この責任をどう取るつもりだ!」
「謹慎と減給。それと降格だ! ついでにどこか僻地へ飛ばしてやる!」
うわあ、正に勝手な言い分だ。
ビーストレントが町を襲うのを想定するのはいいとしても、どうしてわざわざ総出で防衛準備するんだよ。そうしている間に救援要請や現状把握のため、人員を出しておくべきだろ。騎士養成学校に通っていない俺でも、それぐらいのことは分かるぞ。
そういえばレイアさんとダグラスさんが、我が身可愛さとか保身を優先とか言ってたっけ。そのために人員を一人も欠けさせたくなかったんだろう。一刻も早く自分達が安全な状況を作るために。
挙句の果てには責任って。勝手に動いた以上は少なからず発生するんだろうけど、せめてその結果を聞いてから処分内容を決めろよ。何も聞かずに決めるのはおかしいって。しかもついでに僻地へ飛ばすって何さ……。
「中隊長! そのような処罰の与え方は間違っています!」
おお、レイアさんが強気な口調で割って入った。
「ふん。なんだ、生きていたのか。女のくせにしぶといな」
「なっ! 部下が無事に帰って来たのに、掛ける言葉がそれですか!」
「うるさい、女がでしゃばるな! 命令を無視したんだ、厳重に処罰するのは当然だろう!」
「せめて言い分を聞くべきかと!」
「黙れ! それ以上口を利くのなら、貴様も処分するぞ!」
なるほど、これは駄目な上司だ。
こんなのが一時的にしろ責任者になっているのなら、こいつらの事を話している時のレイアさんが目の光を失って表情が無になるのも頷ける。
「ん? なんだ、そこのガキ共と……魔物だと!?」
「魔物!? お前達、何をしている! 早く私を守れ!」
ようやく俺達に気づいたと思ったら、マッスルガゼルを見た途端にビビリだして部下を盾にしようとしてる。
仮にも騎士団員で中隊長なら、もっと堂々とするか落ち着いて行動しろよ。周りにいる部下達が冷めた目で見てるぞ、みっともない。
「彼らは冒険者です。ビーストレントとの最初の戦闘の後に遭遇し、怪我人を治してもらったのです」
「あのマッスルガゼルは、背に乗っている少女の従魔です。額にその証が浮かんでいるではないですか」
冷めているのは目だけじゃなくて口調もか。レイアさんもダグラスさんも喋り方が平坦で、全く感情が籠っていない。
「な、なんだ驚かせやがって」
「全く、紛らわしい」
「しかし冒険者如きに救われるとは、情けない。やはり女は駄目だな」
いやいやいや、その前に言う事があるだろうが。
たった今、レイアさんが怪我人を治してもらったって言ったのに、なんで礼の一つも出ないんだよ。
しかも冒険者を非難した上にレイアさん達まで侮辱した。これもう我慢しなくていいよな、「入れ替え」でスキルというスキルを入れ替えて、これ以上ない役立たずにしてもいいよな?
あっ、でも俺にはもう「入れ替え」に使えるスキルの余裕が無い。
こうなったらレイアさんやダグラスさんのスキルを使わせてもらうか、ロシェリを虐めていた奴らにやったようにあいつら同士でスキルを入れ替えて役立たずにしてやろう。
「おいテメェら。こんな所に集まって何してやがる」
スキルの入れ替えをするために「完全解析」を使おうとしたら、なんかドスの効いた声が後ろから聞こえた。
振り返った先にいたのは騎士団の鎧を纏い、馬に跨った数人の集団。先頭にいるのは大柄で額に一本の角が生えている褐色肌の男。馬上から見下ろす眼光は鋭くて、威圧感と迫力はビーストレントに引けをとらない。角からして鬼人族なんだろうけど、誰なんだろう。
「ウィンダ大隊長!」
えっ、この人が大隊長?
「なにがあった、説明しろ」
「えっと……そのう……」
さっきまでの強気な言動はどこへやった、この中隊長共。
上司が現れた途端に小さくなって、口ごもってオドオドしだした。
「はっ! 実は昨夜のことなのですが」
俯いて顔を見合わせている中隊長達に代わり、敬礼をしたダグラスさんが進み出て簡潔に説明していく。
レイアさんが率いる部隊が山中の巡回中、ビーストレントと遭遇したこと。なんとか退けて救援要請をしたこと。その際の中隊長の対応と、その命令を無視して救援部隊を編成して救援へ向かったこと。そして全員無事に帰還したことを。
ビーストレントが話に出た時、大隊長のウィンダさんが連れている人達がざわめいていた。やっぱりそれだけの事態だったんだ。
「なるほどな。まあ命令無視とか、その辺の詳しい話は後回しだ。レイア、よく頑張ったな」
「はっ。ありがとうございます!」
「全員を無事に生還させたのは間違いなく、お前の手腕であり功績だ。誇っていいぞ」
うんうん、やっぱりそうだなよ。無事に帰ってきたんだから、こうでなくちゃな。
「で、ビーストレントはどうなった」
「討伐しました」
おっ、また周りがざわめいた。しかも今度は中隊長達も驚いた表情をしている。
そういえば討伐したことはまだ報告していなかったっけ。
「本当か?」
「はい。こちらの冒険者の方々と協力して、どうにか」
ウィンダさんの視線がこっちへ向いた。やっぱ顔怖っ。
「ほう。討伐した証拠はあるか?」
「あります。おい」
ダグラスさんに促された部下の人が空間収納袋の中からビーストレントの頭部を取り出し、地面に置いて見せた。
待機していた騎士団員達から大きなどよめきが上がり、中隊長達は小さく悲鳴を上げながら怯えた。おいおい、死体に怯えるなよ。
馬から降りたウィンダさんは表情一つ変えずに歩み寄って、触れながらジロジロと眺めている。
「なるほど。確かにこれはビーストレントだ。胴体はどうした?」
「はっ。我々には運ぶ手段が無かったので、彼の空間魔法で運んでもらっています」
「そうか。坊主、悪いが見せてくれないか?」
「分かりました」
場所を開けてもらって次元収納から胴体部分を取り出すと、より大きなどよめきが上がった。
そんな中でも大隊長さんは冷静に胴体部分を眺めている。
「大きさからして、ここ数日のうちに進化したようだな。だとしても、よく倒したもんだ」
「それだけではありません。彼らには怪我人を治してもらい、ポーションも分けてもらいました」
「そうか。随分と世話になったんだな」
頷いた大隊長さんはこっちへ歩いて来ると、直前で立ち止まって敬礼した。
「協力に感謝する。彼女らの上司として、礼を言う」
「は、はい。ありがとうございます」
厳つい顔でお礼を言われると、こっちが恐縮しそうで反応に困る。
マッスルガゼルから降りたロシェリも腰が引けていて、俺の後ろに隠れている。
こっちもお礼を言ったし、問題無いよな?
「部下を救ってくれた礼をしたいが、その前に詳細を聞きたい。同行してもらえるか?」
「勿論です」
拒否する理由は無い。
むしろ断った方が不自然だから受け入れるしかない。
「感謝する。ダグラスやレイア、それと中隊長達も同じくだ。より詳細な説明をしてもらうぞ。それとビーストレントが討伐された以上は警戒態勢は解除する」
「あの……近隣の町の騎士団へ救援要請を伝えるため、使いを出したのですが」
「すぐに後を追え。解決したから要請は取り下げ。既に着いていたら、後日詫びと事案報告をすると先方に伝えておけ」
「了解しました。おい、何人か集まれ!」
指示を出した後、俺達はウィンダさんに促されて町中へ入ることになった。
一応俺とロシェリは門で身分証の提示等の手続きを受け、マッスルガゼルが従魔であることを説明する。
この時に初めて知ったことがあった。どうやらギルドカードには従魔の記録もされるみたいで、ロシェリのギルドカードの下の方にマッスルガゼルが従魔になっていることが浮かんでいた。
「一応それだけでも大丈夫だけど、早めにギルドへ行って正式に申請しておくといいよ」
「分かりました。ありがとうございます」
手続きをしてくれた騎士団員の男性にお礼を言った後、ウィンダさん達と町中を進んで行く。
町中は特に見た目が変わっていることは無く、至って普通の町並みだ。
治安が良いってレイアさんは言っていたけど、警戒態勢だったせいか住人達は困惑していて、さっきから何人もウィンダさん達に話しかけている。既に危険は去って警戒は解除されたって聞くと、一様にホッとしていた。
「見えてきましたよ。あれがこの町の騎士団の基地です」
すぐ隣を歩いていたライラさんが言っているのは、少し先にある石造りの建物かな。規模はさほど大きくないけど、頑丈そうな造りをしている。
生憎とマッスルガゼルは建物内へ入れないと言われたから厩舎の一角で待ってもらうことにして、俺達は会議室まで連れて行かれた。
勿論、全員じゃなくて俺とロシェリとダグラスさんとレイアさん、後は中隊長達だけだ。上座には連れていた人達を後ろに控えさせたウィンダさんが座る。
全員が座ったところで始めるのかと思いきや、少し待つようにウィンダさんから言われた。後ろに控えている人に頼むと告げると、一人が頷いて空間収納袋からベルを取り出してテーブルに置く。それを見た中隊長達の表情に緊張が走った。ちょっと気になるから「完全解析」を使ってみよう。
真実のベル 高品質
素材:鉄 魔心石
スキル:嘘破LV8【固定】
嘘や心にも無い事を言うと鳴る魔道具
虚破:「虚言」スキルや「詐称」スキルを無効化する
ほうほう、要するに本当の事を言わないとアレが鳴るんだな。しかも嘘に関わりそうなスキルを無効化するとか、さすがは高品質なだけはある。
でも【固定】ってなんだ? あれにも「完全解析」っと。
【固定】:レベルが固定されている。上がりも下がりもしない
レベルが固定されている?
生物じゃなくて道具だから、成長してレベルが変化しないってことかな。
「うし、じゃあ始めるか。まずはレイア、お前達に起きた事を頼む」
「はっ!」
起立したレイアさんは出発前の事を前説として告げた後、ビーストレントと最初に遭遇する少し前辺りから説明を始めた。
俺達と合流した辺りからは俺も説明に加わり、特に戦闘の場面の説明では本当にフレアエンチャントができるのかをやってみせたり、「入れ替え」を実際にやってみせたりした。
ちなみにロシェリは怯え気味だったから説明には参加させず、合流する前後も含めて全部俺が説明した。
「以上になります」
「よし、分かった。じゃあ次は報告が届いた後の対応を聞こうか」
「は、はい……」
次いで中隊長達から、ビーストレント出現の報告が届いてからの対応についての聞き取りが行われた。
真実のベルがあるからか、おどおどしながら慎重に言葉を選ぶ中隊長達の説明をウィンダさんは目を閉じて黙って聞いている。
「会議の結果、私達が防衛すべきこの町を守る事を優先して」
その最中に誰も触れていないベルが鳴る。途端に中隊長達の顔が青ざめ、ウィンダさんはゆっくりと目を開く。
「おい、お前ら。これが鳴る意味を分かっているだろうな?」
「は、はい……」
「本当のところはどうなんだ?」
鋭い眼差しを向けられた中隊長達はしばし黙った後、とうとう白状した。ビーストレントが怖くて自分達の身の安全を最優先に考えたこと。救援を送った結果、騎士団の被害が拡大した時の責任を取りたくなかったことを。
さらに聞いてもいないレイアさん達に山中巡回を押し付けたことや、偏見からの人選の偏りと物資の出し渋りまで喋りだす。
隣に座るレイアさんの握る手と表情には力が入り、ダグラスさんもキレそうなのを堪えているのが分かる。
「はあ……。ダグラス、こいつらから命令を受けた後にどう動いたのか説明しろ」
「はい!」
まずは説明を全て聞くことを優先したのか、溜め息を吐きつつもダグラスさんに説明を求めた。
命令違反の件も含めて堂々と喋るダグラスさんに対し、座って縮こまって怯えている中隊長達の情けないこと。どうしてあんなのが、中隊長なんてやってるんだか。
「以上になります。命令違反の責任は私にありますので、どうか共に違反した小隊長や部下達には寛大な処置を願います」
「ん……。とりあえず座れ」
着席を促されたダグラスさんが腰を下ろした直後、ウィンダさんは中隊長達を睨む。
「おいテメェら」
『はいぃぃぃっ!』
ただでさえドスの効いた声なのに、さらに迫力と威圧感が増した口調で話しかけられた中隊長達は直立不動になった。
ロシェリ、大丈夫だ。お前は睨まれてないし、声もかけられていない。だから俺の服の袖を握って怖がらなくていいんだぞ。
「別に町を防衛することは問題ねぇんだよ。最悪の場合、ビーストレントが町を襲撃する可能性もあるからな。だがな、その理由が公私混同な上に、防衛準備を終えた後も救援どころか偵察も送らないたあ、どういうこった!」
怒鳴りながら握り拳でテーブルを叩く。
この殴打で木製とはいえテーブルが陥没した。このテーブルに使われている木材、結構厚めで古びている様子も無いのに。
隣のロシェリはまるで生まれたての小動物のように震え、俺の服を握る手に力が入っている。
「テメェら仲間をなんだと思ってる! 最低でも偵察を送ってビーストレントの動向確認と、レイア達の安否確認ぐらいしやがれ! それともなにか、とっくに死んでいると思い込んで必要無いと判断したのか? あぁっ!」
言っている事は間違っていないし、指摘している不手際についても正しいんだろうと思う。でも言い方が乱暴だ。
厳格で規則や規律には煩い反面、言動には乱暴さがある。それはそれでバランスが取れている気がする。真面目一色じゃ人としてつまらなく感じるし、能力があってもやることなすことが粗暴じゃ不安視される。
その点ウィンダさんは言動は乱暴ではあっても、規則や規律や常識に則った真面目さが窺える。
だからこそ、指摘している問題点への叱責に説得力があって中隊長達は縮こまって俯いて震えている。逆にダグラスさんとレイアさんは、もっと言ってやれって表情をしている。
そんでもってロシェリは自分が怒られている訳でもないのに、今すぐこの場から逃げたいと目が隠れていても表情が訴えてくる。安心させるために肩に手を回して寄せてやると、なんか真っ赤に……ああ、そういう事か。ついやっちゃったけど、気づいたらなんか恥ずかしいからすぐに手を放した。
「あぁ……」
残念そうな声を漏らさないくれ、なんか勘違いしそうだから。
そうしている間にも叱責は続いていて、いつの間にか普段の勤務態度の話にまでなっていた。
大隊長である自分の前では真面目に振る舞いつつも、陰では治安が良いことに胡坐を掻いて怠けていることや部下への仕事の押し付け、さらに男尊女卑から女性隊員への不当な扱いやセクハラ紛いのことにまで話は進んでいく。
中隊長達はどうしてその事を、って顔をしている。たぶんウィンダさんの前では隠していたんだろう。
「お前達が誤魔化していても、部下からの陳情は上がっていたんだよ。実態を確かめるため、本部の人事課へ連絡して調べてもらったぞ。そしたら案の定だったな、お前ら」
後ろに控えている人から受け取った書類を、中隊長達の下へばら撒くように放る。
それを目にした中隊長達の表情はより青ざめ、震えが大きくなっていく。
「今回の出張もそれ絡みだ。俺の監督不届行きへの叱責ってのもあるが、お前らの中隊長としてあるまじき行為への処分を通達するためだ」
するとウィンダさんは後ろに控えている人達に目配せをした。その人達は頷くと中隊長達を囲むように移動して、そのうちの一人が懐から書類を取り出して読み上げた。
「今回の調査の結果を受け、騎士団本部人事課より通達する。シェインの町派遣隊の中隊長全員を一般隊員へ降格し、ガイロード山脈派遣隊への異動を命じる」
通達を受けた中隊長達の顔が絶望に染まる。降格はともかく、ガイロード山脈派遣隊への異動はそんなに嫌な事なんだろうか。
後で聞いた話によると、この国の最北端にあるその地は極寒な上に一番近い村でも徒歩で十日かかり、物資の搬入も月に一回程度。
役目は山脈に住む魔物が人里へ向かわないか、山向こうにある国が侵略行為をしないかの監視と防衛。ちなみに厳しい環境だから魔物はほとんど生息しておらず、山向こうの国も過酷な山越えをしての侵略などできない貧乏国家のため、やることは寒さに耐えながら外を眺めるだけと言ってもいいらしい。仕事は楽な反面、職場環境と生活環境がキツい上に新入りには相応のもてなしもあるそうな。そりゃあ、誰だって行きたくないか。だからこそ、問題を起こした隊員への罰も含めて送り込んでいるとかなんとか。
どうにか反論しようとしても許されず、それどころか今回の件も追加で処分を通達すると言われ、中隊長達はがっくりしながらトボトボと会議室を出て行った。通達した人達もウィンダさんへ退室する旨を伝えると敬礼して出て行き、部屋はしばし静寂に包まれた。
「さてと、それでダグラス達への処分だが」
突如起きた中隊長達への処分で呆気に取られていたダグラスさんは、話が自分のことになって表情を引き締め直す。
正直言って、今回の件は情状酌量の余地があると俺は思う。その辺りがどれくらい配慮されるかが焦点だな。
「確かに命令違反は規律に反する。だがな、間違った命令に逆らうのは当然の権利だと俺は思ってる」
「はい……」
「だからって、命令違反に何の罰則も与えない訳にはいかねえ。つーことで、ダグラスとそれに協力した奴らに一ヶ月間の便所掃除と演習場の整備をやってもらう」
おお、思ったよりも寛大な処置だ。
減給も降格も謹慎も無く、便所掃除と演習場の整備で済むのなら軽い処分だろう。
「あの……それだけですか?」
「テメェらは仲間のために、当たり前の権利を施行しただけだ。そんな命令違反なら、こんなところだろ」
「ありがとうございます!」
立ち上がってテーブルに両手を着け、額が着くくらい頭を下げるダグラスさん。
気持ちは分かる。俺もあんな父親じゃなくて、こんな人が父親だったら一生頼りにしたいくらいだ。
「さて、じゃあ次だな。坊主、嬢ちゃん。今回の取り分と、治療への礼についてだが」
取り分? ああ、ビーストレントの討伐に関するね。一応協力して倒したから、どっちがどれだけ取るかは大事だ。
特に俺達は冒険者でレイアさん達は騎士団と、所属する組織が違う。お礼はともかく、ビーストレントの取り分をハッキリ決めないと両組織の間で揉め事になりかねない。
「報告だと主に坊主が活躍したらしいな。ちょうど坊主の空間魔法の中に首から下があるらしいから、それを丸ごとくれてやるよ。魔心石も含めてな」
「……いいんですか?」
魔心石は上位種へ進化した魔物の心臓に必ずある結晶のような物で、売れば高額で取り引きされ、鍛冶屋に持って行けばスキル付きの武器や道具を作ることだってできる。
正直、討伐報酬と胴体部分の素材をギルドへ売却するだけでも結構な額になりそうなのに、そんな物まで貰っていいんだろうか?
「ああ。嬢ちゃんが重傷者を治してくれた礼も含めれば、それくらい当然だ。レイア、お前はどう思う?」
「異論はありません。彼がいなければ、私達はこうして生きて帰ってこれなかったのですから」
「つう訳だ。俺達は頭の方があれば充分だから、黙って受け取れ」
「では、遠慮なく」
もうちょっと遠慮しろ?
断わる。あまり遠慮すると向こうの厚意を無下にしそうだし、それに大金が貰えるチャンスは逃したくない。
「それと分けてもらったポーションの礼もしよう。買ったのと同額の現金と同じ数のポーションでの現物、どっちがいい」
「えっ、そんな。首から下を丸ごと貰ったのに」
「そりゃ討伐と治癒魔法での取り分で、ポーションはまた別だ。ほれ、どっちがいい?」
さらに金を要求してもいいけど相場次第で値段は変動するし、ここは……。
「現物でお願いします。魔力回復用が三本、治癒用が四本で全て低級です」
「分かった。おいダグラス、在庫はあるか?」
「はい。数も等級もどちらも揃っています」
「感謝料も込めて、三本ずつ追加して持って来い」
「了解しました」
おおう、太っ腹。同じ数で良かったのに追加してくれるとか、やっぱこういう人が父親だと良かったな。厳つくて怖い雰囲気が、今は頼もしく感じられる。
「既に冒険者ギルドにもビーストレントの件は伝わっているだろう。レイア、坊主と嬢ちゃんと一緒にギルドまで行って説明を手伝ってやれ」
「はっ!」
「そうそう嬢ちゃん。ビーストレントの体の樹木は杖の素材に使えるから、全部売らずに手元に残しておくことを勧めるぜ」
へえ、そうなのか。詳しく聞いてみると、ビーストレント自身は魔法は使わないものの、体を構成している樹木には豊富な魔力が含まれていて良い杖が作れるらしい。おまけに上位種の魔物の素材だから、魔心石が無くとも何かしらスキルが付く可能性もあるとか。
そういうことなら、ロシェリの杖を新調するためにある程度は引き取っておこうかな。心なしかロシェリからも、目を隠している前髪越しに期待の眼差しが向けられている気がするし。
ただ、そのためには加工する職人が必要だ。俺のハルバートの修理もあるし、金を受け取ったらギルドで聞いてみよう。
この後、戻って来たダグラスさんからポーションを受け取り、レイアさんと共に冒険者ギルドへ出発した。




