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入れ替えスキルでスキルカスタム  作者: 斗樹 稼多利
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入れ替えて救助、獲得、攻撃


 角の先端をこっちへ向け、いつでも飛びかかれるよう低い姿勢になって唸るビーストレント。

 これが「威圧」スキルの効果なのか、さっき吠えた時の「咆哮」スキルによるものなのか、それとも俺がビビッているのか体が動かない。周りにいる騎士団員達もロシェリも同じような状態なのか、表情が引きつって腕と脚が震えている。

 そんな空気を変えてくれたのはレイアさんだった。


「怯むな! 無理に倒す必要は無い。最悪、追い払うか救援が来るまで持ち堪えるんだ!」


 凛としたレイアさんの声が響き渡ると、動揺していた気持ちが少し落ち着いて体の震えが和らいだ。

 そうだよな、無理に倒す必要は無いんだよな。


「基本行動は回避! 隙があろうとも不用意な接近はせず、攻撃は弓と魔法による遠距離に限定する!」


 小隊長としての命令口調に、震えは収まった。さすがは小隊長。頼りになるぜ。

 基本行動が回避なのも同意する。あんな能力をしているんじゃ、一撃でも受けたらやばい。

 目を逸らさず警戒する中、ビーストレントは吠えながら角を向けて突進してきた。


「回避!」


 全員が左右へ分かれるように突進を避け、俺もロシェリの腕を引っ張って回避する。

 回避されたビーストレントは急停止しながら強引に方向転換すると、地面に爪を刺して振り抜いた。

 土煙が舞い上がり、数秒だけ視界が遮られる。その数秒の間に、別方向へ避けていた騎士団員達の悲鳴が響き渡った。

 視界を奪われた隙にビーストレントに襲われた彼女達は、次々に吹っ飛んでいって地面へ叩きつけられていく。


「くっ。矢と魔法を放て! ビーストレントを彼女達から離すんだ!」

「俺達もやるぞ、エアスラッシュ!」

「う、うん。サンダー!」


 頭部へ向けて一斉に魔法と矢が放たれる。でもビーストレントは素早い動きで全てを回避すると、雄叫びを上げながらこっちへ接近してきた。

 右前脚を振り上げた姿の迫力に、後ろから怯えるような声が聞こえる。


「くそっ! パワーライズ!」


 後ろにいる人達を守るため、掴んでいたロシェリの腕を放して前へ出る。両手で持ったハルバートで防御の構えを取って、振り下ろされた攻撃を防ぐ。


(ぐっ! おっ、重いっ!)


 どうにか受け止めたけど、伝わってきた衝撃が想像以上に強くて重い上に今も伝わってくる力が強すぎる。

 能力の数値は圧倒的に負けているけど、「剛力」スキルがあるし、パワーライズで強化すれば防御くらいはできると思っていた。けれどこの判断は甘かった。

 受け止められはしたものの、支えるのが精いっぱいでハルバートが軋んでいる。

 押し込んでくる力に腕と脚が震えて押し返せず、僅かでも気を抜くと潰されそうだから抜け出す余裕も無い。このままじゃ本気で不味い。


「せいっ!」


 さらに力を込められた直後、レイアさんが右目の傷へ剣を突き刺そうとした。

 それに気づいたビーストレントが攻撃を回避したお陰で、どうにか助かった。


「無事ですか!」

「な、なんとか……」


 なんだよあれ。たった一撃があんなに重いなんて。


「なんつー力だよ」

「だから回避なのです。私からすれば、よくあれを防いだものだと思いますよ」

「自分でもそう思います」


 今回はどうにか凌げたものの、これは何度も受け止められるものじゃない。

 基本行動が回避というレイアさんの指示になおさら納得していると、すぐ隣をマッスルガゼルが駆け抜けてビーストレントへ突進していった。


「あっ、待って!」


 主人のロシェリが呼びかけても聞かず、興奮した様子で角を向けて突っ込んでいく。

 勢いがついていて当たればかなりの威力になりそうだけど、接近に気づいたビーストレントが虫を払うように軽く前足を振る。それだけでマッスルガゼルは簡単に弾き飛ばされ、宙を舞って地面に叩きつけられた。


「あぁっ!」


 地面を跳ねながら転がったマッスルガゼルはすぐさま起き上がり、鼻息を荒くしながら地面を前足で均すと再び突進していく。


「やめろ!」


 俺が叫んでもマッスルガゼルは止まらず、また一蹴されて放物線を描きながら地面へ叩きつけられた。

 それでもヨロヨロと起き上がり、角をビーストレントへ向けて威嚇するように唸り声を上げている。

 どうした。どうしてそうも、あいつへ敵意を向けているんだ。


「あっ。ひょっとして……あの、傷って」

「どうした」

「私達が、会った時に傷だらけ……だったのは、あれと戦ったから、じゃないかな……」


 あっ、それだ。だからあいつは出会った時に傷だらけで、今はあんなにビーストレントへ敵意を向けているんだ。負けたままでいられず、リベンジするために。

 その間にマッスルガゼルが三度目の突進をしたものの、イラついたように唸りながらの一撃でこっちへ飛んできた。


「うわっ!」


 咄嗟に避けたことでマッスルガゼルは地面に叩きつけられ、苦痛の鳴き声を上げる。

 その直後にビーストレントが突っ込んで来た。飛んできたマッスルガゼルを避けたばかりで、これの回避は難しい。


「魔法隊、防御魔法を!」


 防御するしかない考えに至ったレイアさんの指示が飛び、風や水や土による複数の防御魔法が展開された。俺とロシェリもそれぞれ、ディメンジョンウォールとアイスガードを展開する。

 でもビーストレントの突進は止められず、全ての防御魔法が一撃で砕け散った。

 幸いだったのは風の防御魔法が破られた影響で突風が起き、それが俺達の体を吹き飛ばしてくれたおかげで突進を避けられたことだろう。

 それでも直撃を避けられたというだけで、通過した際の風圧で俺達の体は地面に叩きつけられたり転がったりして、中には少しぶつかって体が空中へ浮いた人もいる。その人がライラさんなのはともかく、彼女へ狙いを定めたビーストレントが方向転換しながら跳躍して、口を大きく開けてライラさんを食おうとしている。空中にいるライラさんは避けられず、助けようにも吹き飛ばされた直後で誰も動けない。


(何か――)


 転がった体勢のまま視界の中に何かないかを探ると、衝撃か何かで焚き火の中から吹っ飛んだのか火が点いている薪が見えた。

 俺はそれとライラさんを対象にして、即座に「入れ替え」スキルを使う。

 一瞬でライラさんと薪の位置が入れ替わり、空中にいたはずのライラさんは薪が転がっていた位置へ移り、代わりにライラさんのいた位置に火が点いた薪が現れる。

 入れ替わったことに気づかず、ビーストレントはそれを口に含んだ。木の体をしているビーストレントにとって、最も嫌うであろう火が点いた薪を。

 俺達の上を通過して着地した直後は何が起きたのか気づいていなかったけど、すぐに悲鳴を上げて悶絶しだした。薪はすぐに吐き出されたけど、燃え移った火が口の中を燃やしているのが見える。やっぱり木の体だけに、火は弱点のようだ。


「えっ? えっ?」


 一方で助かったライラさんは困惑している。無理もないか、食われそうになったと思ったら訳が分からないうちに助かっていたんだから。

 他の騎士団員達も同じような状態で、何が起きたのか理解できずに困惑している様子が見れる。

 おいおい、あんたらまで固まっている場合かよ!


「何をしている! 今のうちに態勢を整える。弓隊と魔法隊は攻撃しつつ後退、今のうちに少しでも弱らせなさい!」

『りょ、了解!』

「盾隊は両隊の前へ、他の隊は負傷者を後方へ避難させなさい!」

『了解!』


 さっすがレイアさん、頼りになるぜ。

 俺もロシェリと一緒に後ろに下がりつつ、魔法で攻撃しておく。口の中が燃えていて悶えているビーストレントは回避できず、次々に魔法が命中していく。


「あっ、マッスルガゼルは」


 ロシェリの呟きに周囲を見ると、三度も吹っ飛ばされて少し冷静になれたのか、騎士団員に心配されながら後退してくれた。

 モフモフしてないとかなんとか言っているくせに、様子が心配だったのかロシェリはホッとしている。

 というか、三度も攻撃を受けてよく動けるな。あいつの筋肉は本当に頑丈でちょっと引く。


「ライラ、大丈夫ですか」

「はい。しかし、さっきのは?」

「私にも分かりません。誰が何をしたのですか!」


 ある程度ビーストレントから離れた場所に陣取って態勢を立て直す中、まだ困惑気味のライラさんは首を傾げてレイアさんは周囲へ呼びかけた。

 ここはちゃんと説明しておこう。現状、訳の分からない事での混乱は避けた方がいいからな。


「さっきのは俺の先天的スキルです。あの薪とライラさんの位置を入れ替えたんです」


 小さく挙手をして報告をしたら、レイアさんとライラさんだけでなく、周りにいた騎士団員達も驚いていた。


「位置を入れ替えるって、そんなことができるんですか?」

「いくつか制限がありますけどね」


 その制限の中に質量があったけど、「入れ替え」スキルのレベルを上げて大人の人間ぐらいなら入れ替えられるようになっていて良かった。でないと、今の場面でライラさんを助けられなかった。

 説明をした直後、ビーストレントの雄叫びが響き渡った。思わず耳を塞ぎながらそっちを見ると、立ち上がって迫り来る魔法を前足や尻尾で弾く姿があった。


「くっ。あれだけ魔法と矢を浴びせたのに」

「ですが、だいぶ傷を負わせました」


 報告した人の言う通りだ。あいつの体はだいぶ傷ついている上に矢も数本刺さっていて、唸り声も所々で息切れしているように聞こえる。「完全解析」を使ったら、状態にあった軽傷も中傷になっていた。


「傷を負わせたからと油断するな! 相手が手負いだからこそ、より注意して気を引き締めろ!」


 その通りだ、まだまだ油断はできない。勝ったと思うのが最大の隙だって、護衛の人達も言っていたじゃないか。

 集中するために大きく息を一つ吐いていると、ビーストレントが再び吠えた。全身に空気の振動が伝わって、また体が硬直したような感じになって腕と脚が震える。

 やっぱりこれ、「咆哮」スキルか「威圧」スキルの影響だろ。ひょっとしたら、どっちも同じ効果で互いに効果を高め合っているのかも。ここは「完全解析」の出番だ。




 咆哮:大声を上げて相手を怯ませる。「大声」スキルで効果が増幅


 威圧:相手を睨みや発する雰囲気で怯ませる。「咆哮」スキルで効果が増幅




 やっぱりか。あの二つのスキル、組み合わさることで効果が増幅している。

 どうりでどっちもLV1なのに効いていると思った。

 厄介だからスキルの入れ替えで奪っておくか?


「怯むな。来るぞ!」


 今回もまたレイアさんの叫びで少し怯みが緩んで、低い構えから突っ込んで来るビーストレントの前足での一撃を回避する。

 さっきもそうだったけど、ひょっとしてレイアさんには怯みを解くスキルでもあるのか? まあ調べるのは後でいい、今はビーストレントに集中だ。

 初撃の振り下ろしと違って振り抜きだけど、傷を負ったせいかさっきより速さが落ちている。「動体視力」スキルで見える動きから、それが分かった。


「同じ場所に固まるな! 少数で散って回避と撹乱をしつつ、背後か側面から魔法か弓矢で攻撃するんだ!」


 弱ってきているからか、ここにきて積極的な指示が出た。だったらこっちもそれに合わせよう。

 慌てるロシェリを抱えてマッスルガゼルの上へ放り乗せたら並走して、動き回る騎士団員達に翻弄されているビーストレントの後方へ回り込んでいく。

 既に騎士団員達からの攻撃は行われていて、どこかへ注意が向いたら別の方向から攻撃が放たれている。移動しながらだから威力は弱めだけど、確実に削っているし撹乱という点については成功している。


「こっちもいくぞ。アクアアロー!」

「シャイン……レイン!」


 逆方向を向いていた後頭部に俺とロシェリの魔法が命中。こっちを睨んで跳びかかろうとしているところへ、また別の魔法と矢が命中した。援護感謝します。


「いいぞ! あれだけの図体だ。いくら素早くとも、動き出す前の予備動作が大きい。攻撃する者はそこを狙え!」


 なるほど。あれだけの大きさで素早く動くためには、必要な予備動作が大きくなるのか。

 言われてみれば、跳びかかって来る時は大抵身を低く構えてるっけ。よく観察しているもんだ。

 だったら俺も同じく……と、その前にスキルを入れ替えておこう。こっちも命が掛かっているから、悪く思うなよ。

 そういう訳で、「速読」LV1分と「威圧」LV1を、「暗記」LV1分と「咆哮」LV1を、それから「夜目」LV2分を武器を振った時に威力を上げる「強振」LV2分と入れ替える。




 ジルグ・グレイズ 男 15歳 人間


 職業:冒険者


 状態:軽傷


 体力798 魔力662 俊敏683 知力643

 器用671 筋力654 耐久649 耐性315

 抵抗241 運306 


 先天的スキル

 入れ替えLV3 完全解析LV4

 灼熱LV6 能力成長促進LV4 魔力消費軽減LV4

 逆境LV1 剛力LV1


 後天的スキル

 算術LV1 速読LV1 夜目LV1 槍術LV9

 水魔法LV5 自己強化魔法LV7 空間魔法LV3

 動体視力LV5 暗記LV1 斧術LV7 槌術LV6

 土魔法LV5 風魔法LV3 火魔法LV4

 咆哮LV1 威圧LV1 強振LV2




 ビーストレント 魔物 性別無し


 状態:中傷 興奮


 体力1337 魔力874 俊敏1385 知力506

 器用971 筋力1213 耐久786  耐性763

 抵抗791 運498


 スキル

 吸収LV5 強振LV2 光合成LV3 刺突LV2 速読LV1

 暗記LV1 夜目LV3 追跡LV1




 よし。これでもう「威圧」と「咆哮」による怯みは無くなった。

 この直後。動き回る俺達に業を煮やしたのか、遠吠えをするように上を向いて吠えた。

 さっきまでのように怯ませようとしたんだろうけど、もう「咆哮」スキルも「威圧」スキルも無いから誰も怯まない。腕も脚も全く震えず、ただの大きい鳴き声にしか聞こえない。俺達が怯まないもんだから、ビーストレントの方が困惑している。


「聞いたか、奴の雄叫びは弱っている! 油断せず、このまま撹乱しながら削り続けろ!」


 弱っているとみたのか、レイアさんの采配が少し強気になった。

 実は俺が「咆哮」スキルと「威圧」スキルを別のスキルと入れ替えただけなんだが、士気が上がったから良しとしよう。言えることでもないし。


「ジルグさん! さっきのように位置を入れ替えて、火魔法を奴に直撃させられますか!」


 おお、なるほど。「入れ替え」を攻撃に利用しようっていうのか。その使い方は思いつかなかったな。

 それなら避けられて森に燃え移る可能性は低いだろう。でも、ちょっと補足しておこう。


「制限の関係があるので、火魔法は俺がやります!」


 自分でやった方が大きさの調整とか、入れ替えるタイミングとかがやりやすい。

 いきなり知らない人と呼吸を合わせるのは難しいし、複数同時の入れ替えはできないのに、それができると勘違いされて三つも四つも火魔法を放たれたら「入れ替え」を使うのが追いつかない。


「承知しました、お願いします!」


 そういうわけで火魔法を用意。

 入れ替えるのにちょうど良さそうな矢が飛んでいるから、あれを使わせてもらおう。


「ビッグフレア!」


 速度は遅めだけど大きくて威力もある火魔法。これを放つと同時に対象にして、同じく対象にしておいた矢の位置と入れ替える。

 矢は俺の前に現れて地面に落ち、ビッグフレアは矢を払おうとした尾に直撃。払ったことで散った火は背中や頭部にまで届き、尾も含めて体が燃えだしたビーストレントは悲鳴のような鳴き声を上げながら地面に転がりだした。あれは体に燃え広がる前に消そうとしているのか?


「総員停止、距離を取れ! 魔法隊と弓隊、ありったけの魔法と矢で攻撃開始! 剣隊と槍隊と盾隊構え! 弱り具合次第では攻め込み、一気に畳みかける!」

『了解!』


 レイアさんの指示で魔法と矢が雨あられとビーストレントへ放たれ、剣や槍や盾を構えた人達は突撃命令に備える。

 俺も前衛要員として参加するためハルバートを構えて準備し、その後方からマッスルガゼルに乗ったままロシェリが魔法を放つ。

 このまま倒れてくれまいかと思ったが、それは甘い考えだったようだ。

 追い込まれたかのように見えたビーストレントは地面に前足の爪を刺し、大きく振り抜いて土をこっちへ飛ばしてきた。しかも土だけでなく、地中にあった石も大小関係無くこっちへ飛んでくる。


「ディメンジョンウォール!」


 咄嗟に防御魔法を展開して、俺とその後ろにいるロシェリとマッスルガゼルを守る。次々に石がぶつかって弾かれる音が途絶えず、怯えるロシェリは頭を抱えて縮こまっている。

 その最中、どこかから悲鳴と強い殴打音が聞こえてきて、直後にディメンジョンウォールに何か大きい物がぶつかった。

 無色透明だから何がぶつかったのか一目瞭然で、それは一人の騎士団員だった。頑丈そうな鎧が破損していて、ディメンジョンウォールにぶつかって地面に倒れた。


「ロシェリ、解除するからあの人の治療を頼む」

「う、うん」


 もう石の飛来は収まったからディメンジョンウォールを解き、徐々に晴れてきた土煙の向こうを見る。

 そこに広がっていたのは、騎士団員の大半がやられて今も誰かがビーストレントに襲われ、地面を転がる光景だった。


「ひっ!」


 治療を頼んだ人へ近寄ろうとしたロシェリが悲鳴を上げると、ビーストレントがこっちを向く。

 傷は増えたけどまだ動けるようで、次の標的を俺達に定めて襲いかかって来た。視界を奪われた中で襲撃を受けたから誰もが混乱していて、予備動作の隙にしていた攻撃は行われない。

 俺も目の前の光景に気を取られて攻撃が間に合わず、もう回避も間に合わない。おまけに後ろには無防備なロシェリとマッスルガゼルもいる。

 だからこそ、俺はハルバートを構えて前へ出た。


「パワーライズ!」


 恐怖を強引にねじ伏せるように声を上げて自己強化魔法を使い、「動体視力」スキルの助けも借りて振り下ろされた右前足をハルバートで受け止める。

 さっきと同じく力に押され、放っておけば押し潰されそうだ。

 だけど、さっき受け止めた時と今の俺は少し違う。


「おぉぉぉぉっ!」


 全力を込めるために思いっきり声を出した。するとビーストレントの体が小さく跳ね、前足から力が抜けた。

 どうだ。さっきは無くて今は有る、「入れ替え」でお前から頂戴した「咆哮」スキルと「威圧」スキルの力は。この二つのスキルで怯んで力が抜けた今なら、押し返せるはず。


「はぁっ!」


 全力を込めて前足を押し返す。でも体格の差があって押し返しきれないから、もうひと押し。


「ビッグフレア!」


 目の前にあるビーストレントの右前足へ火魔法が直撃する。

 弱点の火が直撃したからビーストレントは悲鳴のような鳴き声を上げ、振り払って火を消すついでのように俺を叩こうとする。

 避けられないからハルバートを縦に構えて防いだけど、そのまま吹っ飛ばされてしまった。しかも火が残ってたから熱い!

 直撃は防いだのに痛いし、地面を転がって余計痛い。くそっ、弱点だからって安易に火魔法を使ったのは失敗だったか?


「くっ、っつ!」


 転がりながらもなんとか起き上がることができた。

 ビーストレントの右前足は、何度も地面に叩きつけて既に火が消えている。


「だ、大丈、夫!?」

「大丈夫だ!」


 マッスルガゼルにしがみつくロシェリにはそう返したものの、体中が痛いしハルバートには小さく亀裂が走っている。木のくせに鋼鉄にヒビを入れるって、どんな一撃だよ。

 入手したばかりの「威圧」スキルと「咆哮」スキルも使いこなせていないから、怯ませるのも短時間しか効果がないみたいだ。

 て、あれ? なんか力が湧いてくる気がする。


「危ない!」

「っとぉっ!?」


 何故か湧いてきた力に戸惑っている最中、ロシェリの声のお陰でビーストレントの攻撃を回避できた。さらに続けざまの攻撃も回避できたことで、身体能力が上がっているのを実感する。

 体は痛いのに動きが素早く鋭くなっている。さっきの力が湧いてきた感覚のせいか? なんなんだこれは。

 「剛力」スキルとも違うし、一体……。あっ、異母弟から手に入れた「逆境」スキル!

 前に詳細を確認した時、傷を負ったり体力を消耗したりすると身体能力が向上するってあった。そういうことか、だからさっきの攻撃を受けたことで、逆にこんなに動けるようになったのか。

 よし、これならいけるかも。と言いたいところだけど、そうもいかない。


「痛っ」


 身体能力は上がっても、体の痛みが消えたわけじゃない。治療したいけど、傷ついていて消耗しているからこそ「逆境」スキルの効果が大きくなるから、今すぐに治す訳にはいかない。

 「完全解析」での状態は中傷。どこまで我慢できるか分からない痛みを抱えている今、俺にできるのは……。


「クイックアップ! フレアエンチャント!」


 自己強化魔法で素早さを強化して、次いで唱えた魔法でハルバートが炎を纏う。

 フレアエンチャントは、「自己強化魔法」スキルを得ている場合のみ使える火魔法だ。

 炎を自分自身に纏わせることも、自分が持っている武器に纏わせることもできる。勿論、武器や俺自身に火傷や熱による融解といった影響は無い。

 これに加えて、あの父親からもらった「灼熱」スキルも発動。ハルバートを纏う炎は勢いを増し、ハルバート自体も高温になって真っ赤になる。これならフレアエンチャントってことで誤魔化せるだろう。

 勢いよく燃える炎にビーストレントはたじろぎ、後ずさって少し距離を取った。

 「魔力消費軽減」スキルがあるとはいえ、これらを維持するのはちょっとキツイし、亀裂の入ったハルバートもいつまで保つか分からない。

 体の痛みもあるから、耐えられる今のうちにできるだけのことをやる。それが今の俺にできることだ。


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