遭遇
夜の森の中をライラさんの案内で駆けていく。
「夜目」スキルを習得している俺は問題無いけど、ライラさんとロシェリを乗せたマッスルガゼルは走り辛そうだ。
「ロシェリ、明かりを頼む」
「えっ? あっ、うん。ライト!」
明かりの意図に気づいたロシェリが光魔法で辺りを灯す。
「あっ。ありがとうございます!」
足下が見えるようになり、走りやすくなったライラさんとマッスルガゼルの速度が上がる。
できれば治癒魔法を使う予定のロシェリに魔力を消耗させたくなかったけど、その前にこっちが怪我をしたら意味が無いからな。
気をつけながら走っていると、まだ効果が残っていたウィンドサーチに人の反応が引っかかった。この人数なら数十人はいそうだ。
「夜目」スキルで目をこらすと、反応があった場所と思わしき所に微かな光が灯っているのが見えた。
「あそこです、急ぎましょう!」
微かな光を指差すライラさんはさらに速度を上げた。
しかし暗い中でこれだけの距離があって、よく俺達の場所が分かったもんだ。
そういえば、ライラさんは「遠視野」って先天的スキルを持っていたっけ。名称からして遠くを見るためのスキルみたいだし、それで偶然俺達を見つけたんだろう。
森の中を抜けるとそこは開けた場所で、中心付近では複数の焚き火で明かりを確保していた。
「着きました。こちらへ!」
ライラさんに促されて向かった先でまず目に入ったのは、開けた場所に寝かされて治療を受けている十数人の怪我人だった。
他にも怪我をしていないのにぐったりしているのが数人と、怪我人の処置をしている人達、それと周囲の警戒に当たっている人達もいる。人数は合わせて三十人ちょっとぐらい。しかも何故か全員若めの女性だ。
「皆さん、お待たせしました! 治癒魔法を使える冒険者の方がいました!」
ライラさんの声に反応して見張りの人達がこっちを向いた。
全員が安堵の表情を浮かべたのも束の間、表情を強張らせて剣や槍を向けてきた。えっ、なんで?
「ま、魔物!?」
あっ、そういうことか。俺達というより、マッスルガゼルに驚いてたのか。
「大丈夫です。この魔物は背中に乗せている子の従魔です」
ナイス、ライラさん。
怪訝な表情は向けられているけれど、敵意は消えたから一応の解決にはなった。
「怪我人はそこにいる人達ですか?」
「そうです。早く治療を」
焦った様子でライラさんが急かしてきた。こういう時ほど、落ち着いてもらいたい。急ぐのと慌てるのは違うから。
「ロシェリ、頼む」
「う、うん」
屈んだマッスルガゼルから降りたロシェリが怪我人の治療へ向かうのを見送り、俺は次元収納から魔力回復用のポーションを取り出す。
「魔力回復用のポーションです。必要な方がいるんですよね?」
「は、はい! あちらの人達にお願いします。彼女達は治癒魔法の使い手なのですが、全員魔力を使い果たしてしまって」
なるほど、怪我をしている訳じゃないのにぐったりしているのは、魔力の枯渇状態が原因か。
魔力を使い果たしてしまうと、体力が有り余っていてもひどい疲労感に襲われて動けなくなる。
昔、水魔法を習得した時に嬉しくて調子に乗って魔法を使い過ぎ、魔力の枯渇状態になってぶっ倒れた経験がある。立っていられないくらい目が回って、気分が悪くなったのを覚えている。
そんな過去の失敗を振り返りつつ、ぐったりしている女性達に魔力回復用のポーションを手渡していく。買ったのは僅かに三本程度だけど、人数も三人だったから全員に行き渡った。
「ありがとう。助かったわ」
「効果の弱い安物なので、あまり回復しませんが」
滅多に無い特級品質が全回復なのに比べ、俺達が買った低品質のポーションだと二割くらいしか回復しない。体力回復用のポーションも同じくらいの割合らしい。
「だとしても助かるわ。本当に気持ち悪くて……」
「さっ、ちょっとは回復したし怪我人を治療しましょう。あの子にばかり任せるのは悪いもの」
多少なりとも魔力が回復した三人は、重そうな足取りで怪我人の治療へ向かう。
この間にロシェリは五人ほど治療をしてお礼を言われているけど、褒められ慣れてないから照れてフードで顔を隠そうとしながら俯いている。その反応が可愛らしいとでも思われたのか、治療してもらった人達は頭を撫でたり、目を隠している前髪を開けようとしたりする。
そうした反応に耐えきれなくなったロシェリは逃げ出し、俺の後ろに隠れて背中に引っ付く。そんでもって主人を虐めたと勘違いしたマッスルガゼルは、彼女達へ角を向けて威嚇する。
「すみません、彼女は人見知りなので過剰な接触は」
「あなた達、現状をわきまえなさい。治療が済んだのなら、周囲の警戒をしつつ交代で休憩を取りなさい」
『は、はいぃっ!』
なんとか収めようとしたのを遮って、凛とした声での叱責が飛んできた。
声の主らしき人は、これまた凛とした外見の女性だ。なんか周囲からお姉様って呼ばれて、異性よりも同性からモテるイメージを勝手に抱いてしまう。
その女性から叱責された人達は慌てて敬礼をしながら返事をすると、警戒なり警戒の交代なりに走り出す。
「部下が申し訳ありません。私はこの部隊を率いている、小隊長のレイアと申します」
「冒険者のジルグです。こっちは仲間のロシェリと、従魔のマッスルガゼルです」
レイアさんに続いて自己紹介とロシェリ達の紹介をすると、背中に隠れていたロシェリは顔だけ出して小さく会釈して、マッスルガゼルは全身に力を入れて筋肉を強調しつつ鼻息を強く吐いた。筋肉を強調する意味はなんだ?
「助力に感謝します。怪我人が多い上に治癒魔法を使える彼女達の魔力も尽きて、正直諦めていました。あなた方は私達の恩人です」
お礼を言うだけじゃなくて、こっちへ頭まで下げてきた。
恐縮したのか俺の外套を握るロシェリの手に力が入って、出していた顔を少し引っ込めた。
「お礼でしたらラ――」
おっと、危ない危ない。向こうは名乗っていないのに、ライラさんの名前を言うところだった。
「俺達を連れて来た方へお願いします。彼女が俺達を連れて来たからこそ、助けられたんですから」
「そうですね。どうにもならない状況でライラから、野営をしている冒険者らしき人達がいると聞いた時は、藁にも縋る気持ちで接触を命じました」
あっ、やっぱり俺達を見つけたのはライラさんだったのか。
運良く名前を聞けたし、ここからは名前を言っても不自然じゃないだろう。
「結果的には藁どころか、救助艇に出くわしたようです。あなた達を発見して連れて来たライラには、後ほど感謝を伝えておきます」
レイアさんが向いた方向を見ると、ライラさんが治療を受けて起き上がった人と抱き合って喜んでいる。
「ところで何があったんですか? いくら若い方ばかりとはいえ、騎士団の方がこれほどの被害に遭うなんて」
エルク村の冒険者ギルドで情報を集めた時は、盗賊の類は寄り付かないし強い魔物もいないと聞いていた。それなのにこの惨状なんだから、知らない所で何か変化があったに違いない。
「……ジルグさんは、トレントという魔物を知っていますか?」
その魔物なら知っている。簡単に言えば動く木の魔物で、じっとしていれば普通の木と見分けがつかない。そうやって周囲の風景に同化して、近づいて来た生物を襲撃して養分として吸収するっていう魔物だ。
ある程度の集団を組んでいるものの、戦闘は膂力任せの力押し。しかも火や雷に弱い上、体は普通の木よりも少し硬い程度だから物理的な攻撃で倒すこともできる。おまけに魔物だから魔法で探知するか探知系のスキルを使えば、どれだけ風景に溶け込んでいても存在を見破れる。
存在に気づいて奇襲さえ受けなければ、Eランク冒険者が数名いれば倒せる程度の魔物だ。
「ええ、知っています」
「私達はシェインの町から巡回を兼ねた山中訓練のため、この山に入りました。そこでトレント数体と遭遇したのです」
「まさかトレントにやられたんですか?」
若手ばかりとはいえ、これだけの人数の騎士団員がいるのに?
「いいえ。遭遇したトレントは問題無く、全て討伐できました。ですが、その直後にビーストレントが現れたんです」
ビーストレント? 聞いたことが無い魔物だ。
首を傾げたからか、レイアさんが説明してくれた。
「ビーストレントとは、多くの獣や獣系の魔物を養分として吸収したトレントが進化する、トレントの上位種です」
上位種って、マジかそれ。
魔物は何かしらの条件を満たすと進化して、より強い力を得ることができる。
それを上位種と呼んでいて、当然だけど進化前よりも討伐難度が上がる。その分、取れる素材も貴重になるため高値で売れる。
「それにやられたんですか?」
「はい。精鋭が集まっているならともかく、経験が浅く未熟な若手ばかりでしたので……」
レイアさんが目に見えて凄く落ち込んでいる。
「怪我人は多く出しましたが、それでも彼女達は頑張ってくれました。倒せずとも、手傷を負わせて追い払う事ができましたから。……それはそれで不味いんですけどね」
獣は手負いが一番怖いって言うしな。いや獣じゃ……なくはないのか? 名前的には獣化しているっぽいし、獣的な要素はあるだろう。
「どうして、若い女の人……ばかり、なの……?」
おっと、意外にもロシェリが切り込んだ。俺もその理由が知りたかったから返答を待っていると、落ち込んでいたのが今度は不機嫌そうになった。
あっ、ひょっとして触れちゃいけなかったかな?
「シェインの町はとても治安が良いんです。ですので、経験を積ます目的で毎年多くの若手が配属されているんです。主に女性を中心に」
そりゃまあ、いくら騎士団所属とはいえ若い女性だから、治安が良い方が安心して勤務できるからだろう。
「ですが上の連中ときたら、治安が良い事に胡坐を掻いて身も心もだらけているのです! 今回のこの巡回だって、若手に経験を積ませるとか、男と一緒だと安心できないだろうからとか言っていましたが、奴らの魂胆は分かっています。なんで俺達がそんな事をしなくちゃならないんだ、面倒だから下の奴らに押し付けよう、女のくせに騎士団に入るなんて生意気だ、女は男の俺達には従え、そんな怠惰かつ男尊女卑の考えから私達に押し付けたに決まっています!」
ごめんなさい、やっぱり触れちゃいけなかったみたいです。
「彼らは普段から私達女性を軽視して碌な仕事をさせず、それでいてこうした面倒な仕事は平気で押し付ける。責任者であり厳格な大隊長は公平に扱ってくれるのですが、王都へ出張中だからと私達や部下の意見は聞き流して、いかに自分達が楽に過ごすかばかりを考えて」
「あの、落ち着いてください。内情が色々と駄々洩れです」
ついでに言うと目がどんどん光を失っていって、表情も無くなってきている。
それを見ているロシェリは怯えているし、近くにいる騎士団員達も困惑している。
「あっ、申し訳ありません。つい……」
良かった、目の光と表情が戻った。正直言うと、俺も若干怖かった。
「ええと。要するに責任者不在中に、責任者代行の中間管理職達から押し付けられたと」
「はい。頭に無能な、が付く中間管理職達です。そいつらの部下はしっかりしているのですが、上下関係から逆らえなくて」
真面目そうなのに割とぶっちゃける人だな、レイアさんって。いや、職場の環境がそうさせたのか?
とりあえず話題を変えよう。これ以上、彼女達の配属先の話をするのは避けた方が良さそうだ。
「ところで、これからどうするんですか?」
「救援要請をするため、伝令は町へ向かわせました。いくら無能とはいえ、ビーストレントを放置することはないでしょうから、救援が到着するまではここで待機するつもりです」
それが妥当なところかな。
下手に暗い森の中を強行軍で移動するよりも、少しでも休んで回復した方がいいだろう。救援も呼んでいるんだし、なおさら動かない方がいいだろう。
それに万が一、またビーストレントと遭遇して戦う事になったら、木々が生い茂る森の中よりも開けていて明かりを確保しているここの方が対応はしやすそうだ。
「それにしても、よくこんな場所がありましたね」
この山中に、こんな開けた場所があるなんて思いもしなかった。
「ここはかつて集落だった場所なんです。住人全員が疫病に罹ったので、家屋等を全て燃やしてしまったので今は何も残っていませんが」
なるほど、そういうことか。
「それと相談なのですが、宜しければ私達にご協力願えませんか? 今は少しでも戦力が欲しいので」
「勿論です。そんな魔物がいると聞いては、俺達も不安なので」
普通のトレントならともかく、上位種を俺達だけでどうにかできるとは思えない。
ロシェリもそれに同意なのか小さく何度も頷いて、マッスルガゼルは何故か鼻息を荒くして前足で地面を削っている。
「ありがとうございます。無事に帰還したら、治癒魔法とポーションのことも含めてお礼はします。というより、お礼を出させます。彼らが物資を惜しんだせいで、危うく死人が出るところだったんですから」
なんかお礼を出すのを上司に拒まれるの前提で話が進んでいる。
でも責任者代行の中間管理職達が話通りの人物なら、何かといちゃもんをつけたり助けてもらったレイアさん達が勝手に礼をしろって言ったりしそうだから、そう考えても無理はないか。
そしてまた内情が駄々洩れだ。出張中の大隊長さん、早く帰ってきてください。主に彼女達の身の安全と精神安定と俺達へのお礼のために。
「でしたら期待しておきます。ちょうどシェインの町へ向かっているところだったので」
「そうでしたか。では、よろしくお願いします」
最後に一礼したレイアさんは俺達の下を離れ、治療を受けた怪我人達の下へ向かった。
「なんか、大変な事に……なったね」
ようやく背中から離れたロシェリの言う通りだ。
比較的安全だと思っていた道中で、こんな出来事に遭遇するなんてな。
「俺達だけの時に遭遇するよりはマシと思っておこう。どうせ遭遇するなら、人数が多い方がいい。ましてやそれが騎士団ならな」
正直、若手の女性ばかりとはいえ三十人以上の騎士団員が追い払うのがやっとの魔物なんて、俺とロシェリとマッスルガゼルだけじゃ確実に死ぬ自信がある。
……自分で思っておいてなんだけど、嫌な自信だ。
心の中で失笑しつつ背中のハルバートを足元に置いて腰を下ろすと、ロシェリも同じく座ってマッスルガゼルも地面に伏せた。
「というわけでロシェリ、今のうちに寝ておけ」
「……いいの?」
「休めるうちに休むんだ。ほら、あっちでも」
視線を向けた先では休憩中の人は仮眠を取るよう、レイアさんが指示を出している。
「ここに来るまでの明かりと治癒魔法で魔力を消費したんだし、寝ておけって。寝た方が魔力の回復が早いし」
「……分かった」
納得してくれて横になるまではいい。だけどなんで、俺の膝を枕にして寝るのかなロシェリさんや?
「おやすみ」
「いやいやいや、ちょっと待とうか。なにしてんの?」
「……知らない人、たくさん。不安」
ああ、うん。気持ちが分からなくもないし、そこまで信用と信頼をしてくれるのは嬉しいけど状況を考えてくれ。周囲からの好奇な視線やヒソヒソ話が、地味に俺の精神を削っているから。
とかなんとか気にしているうちに、もうロシェリは寝息を立てていた。寝つきいいね、君は。
仕方ない。ロシェリはこのままにしておいて、今のうちに「完全解析」のレベルが上がったか確認しよう。
ジルグ・グレイズ 男 15歳 人間
職業:冒険者
状態:健康
体力798 魔力662 俊敏683 知力643
器用671 筋力654 耐久649 耐性315
抵抗241 運306
先天的スキル
入れ替えLV3 完全解析LV4
灼熱LV6 能力成長促進LV4 魔力消費軽減LV4
逆境LV1 剛力LV1
後天的スキル
算術LV1 速読LV2 夜目LV3 槍術LV9
水魔法LV5 自己強化魔法LV7 空間魔法LV3
動体視力LV5 暗記LV2 斧術LV7 槌術LV6
土魔法LV5 風魔法LV3 火魔法LV4
やっぱり「完全解析」のレベルが上がってる。だから見られる項目が増えたのか。LV2で職業と状態とスキルの詳細、LV3で体力から器用までの五つの能力が見えるようになった。そして今回は筋力から運の五つか。
筋力と運は想像がつくけど、他の三つはどういう能力だ? これにも「完全解析」っと。
耐久:外部からの衝撃に対する耐久性
耐性:毒や病気といった肉体的な状態異常への抵抗力
抵抗:魅了や幻惑といった精神的な状態異常への抵抗力
なるほど、この三つは防御能力的なものか。
これが見えれば打たれ弱いのか、毒や幻惑のような絡め手が有効なのかが分かって、戦いを有利に運べるようになりそうだ。
でもそうなると、状態異常を誘発する魔法か、そういう効果が付与された武器が必要になってくる。
どっちにしても現状でどうにかするのは無理だから、シェインの町に着いたら武器屋を回ってみよう。
他は……。能力の数値が上昇していて、「夜目」と「速読」と「暗記」のレベルが上がっている。どのスキルも残すことを考えれば、合わせてLV4分はスキルの入れ替えに使えるな。
「あら。あなた達はそういう関係なのですか?」
考え込んでいたら、微笑むレイアさんに声を掛けられた。
そういう関係って……。まあ、こんな状態じゃ勘違いしても仕方ないか。
「違います。知らない人が多くて不安だからと、こうされたんです」
「だとしても、その子があなたに心を開いて許しているのは確かですね」
自分で思うならちょっと誇らしいけど、他人から言われるとなんか照れる。
「ところで、周囲の様子はどうなんですか?」
「正直、なんとも言えません。探知をする魔法の使い手があの調子なので」
そう言って目を向けた先では、さっき魔力回復用のポーションを渡した三人が仮眠を取っている。
彼女達は治癒魔法だけでなく他の魔法も扱えて、魔法による探知も彼女達がやっていたんだとレイアさんが教えてくれた。
魔法の使い手は彼女達以外にもいるものの、探知や治癒ができないとのことだ。他の探知や治癒ができる人員は全員男性で、本人達は同行を申し出たそうだけど、例の中間管理職の奴らに却下されたらしい。
「じゃあ俺が調べますよ。ウィンドサーチ」
いつも通りそよ風程度の風が周囲へ広がるのを見て、なんかレイアさんが驚いている。
「……君は魔法を使えるのですか? 見た所、前衛のようですが」
置いてあるハルバートを見ながら尋ねてきたから、前にロシェリへ説明したようにメインは武器での戦闘で、魔法は補助と生活に役立つ程度だと伝えておく。
「そうなんですか。正直助かります。それで、何かいますか?」
「今の所、ここにいる人達以外は夜行性っぽい動物しか――」
大した反応は無いと伝えている最中、突然何かが探知の範囲内へ飛び込んできた。
反応は魔物で、しかもかなりの速度で一直線にこっちへ近づいて来ている。
逃げる暇は無い。速さからそう判断して、咄嗟に反応のある方向を指差して周囲へ聞こえるように叫んだ。
「向こうから魔物が来ます! 凄い速さで一直線に!」
寝ていた騎士団員全員が飛び起き、驚いて起きたロシェリはわたわたしながら杖を取って、伏せていたマッスルガゼルも立ち上がる。
指差した方向を見たレイアさんは表情を引き締め、腰に差している剣を抜いて声を上げた。
「魔物が高速で接近中! 総員、戦闘準備。魔法隊は明かりを頼む」
『了解!』
指示に従って盾を構えた人達が前に出て、その後ろに全員が集まる。光魔法でさらに明かりを確保して警戒する中、徐々に近づいてきたそいつは巨体で木々をなぎ倒しながら現れた。
「回避!」
勢いそのままに突っ込んで来るのを、左右へ分かれて避ける。接近を知っていなければ反応できなかった速度で現れたそいつは、四本の足で地面を削りながら方向転換してこっちを向く。
「やはり……ビーストレントでしたか」
苦々しい表情をするレイアさんの呟きを耳が拾い、目がビーストレントの姿を捕らえる。
体そのものは頭から尻尾まで全てが樹木。枝か根のような物が絡み合って四本の足を形成していて、先端が鋭く尖った爪と牙と一本角がある。
全体像としては、角が一本生えた巨大な樹木の狼。これはまさしく木の獣だ。
頭部の小さな亀裂にはぼんやり光が灯っているような目があって、右目の上には彼女達に追い払われた時に負ったのか一筋の傷が走っている。
こっちを見たビーストレントが雄叫びを上げ、ビリビリとした空気の振動と敵意と殺気を全身に感じる。
思わず体が竦むような感覚の中、俺は自然と「完全解析」を使っていた。
ビーストレント 魔物 性別無し
状態:軽傷 興奮
体力1337 魔力874 俊敏1385 知力506
器用971 筋力1213 耐久786 耐性763
抵抗791 運498
スキル
吸収LV5 強振LV4 光合成LV3 刺突LV2 威圧LV1
咆哮LV1 夜目LV1 追跡LV1
マジかこれ。これが上位種になった魔物の能力なのか。




