71話
『金黎窟』から戻ってきて1週間が経った。
ベルトンヒルは今日も雨だ。
でも、そろそろ雨季も明けるだろう。
ジメジメするのは苦手だが、ザーッと屋根を打つ雨音にはリラックス作用もあるから嫌いじゃない。
そんなことを思いながら俺はベッドでゴロゴロしていた。
この1週間、俺はまさに理想的なスローライフをすごしていた。
朝起きたら飯食って寝て、昼飯食って寝て、晩飯を食って寝る。
その繰り返し。
なんの生産性もなければ、なんの創造性もない。
ただただ怠惰なだけの日々。
「天国かよ……」
俺はもしかしたらダンジョンで死んで、楽園にきたのかもしれない。
そう思えてくるほど完璧なスローライフをすごしていた。
――くつろいでおられるサグマ様も素敵です。
少し前なら俺に張り付いていた猫耳シスターがそんなセリフを吐いたはずだが、シャノンは今、『時はゆっくり』のメンバーとともにダンジョンにいる。
一度では運びきれない宝物を何度も往復して運び出しているのだ。
まるで、働きアリみたいにな。
想像しただけでゾッとする。
あーやだやだ。
なんで人は働くのだろう。
みんな嫌だ嫌だと言いながら毎日欠かさず仕事に行く。
おかしな世の中だ。
「お兄ちゃん! 大変なの!」
「サグ坊。知恵を貸すのじゃ」
マイヌとピノアが俺の部屋に飛び込んできた。
仕事ならやらないが、暇つぶしに話くらいは聞いてやらなくもない。
俺は脚を振って体を起こした。
でも、すぐに面倒になってゴロンと横になり、半熟卵のように、ぐでぇ……っとする。
それで、どうした?
「子供たちが泣き止んでくれないの!」
「こうも雨続きじゃと外にも出られんからのう。長いことすし詰めにされて、わらべどもの不満が爆発したらしいな」
たしかに、ガキどもの溜まり場になっている礼拝の間のほうから耳を覆いたくなるような大合唱が聞こえてくる。
ギャン泣きだ。
「このままでは暴動になりそうだな」
「なに!? 暴動だと……!」
マイヌの後ろから銀髪の美女が顔を覗かせた。
夏を感じさせる真っ白なワンピースが可愛らしい。
しかし、その目はチンピラもすくみ上がって道を開けそうなほどの鋭さがあった。
「誰だ、お前……」
「いや、サグマ殿。誰だはないだろう? 最後に会ってから10日ほどしか経っておらんぞ?」
「その堅苦しい言葉遣いはまさか……」
「うむ。そのまさかだ」
俺はしゃべるのが億劫になって目を閉じた。
ダラダラしている時間が長いと客が来ても起きるのが面倒くさくなるのだ。
「もういいや。居留守でやり過ごすか……」
「いや、部屋に片足を踏み入れている相手に居留守を使うな、この!」
銀髪のワンピース美女が剣で突くような的確なツッコミを入れてきた。
客はどうやらシュビーらしい。
鎧姿じゃないから一瞬本当にわからなかった。
「似合っているな」
「そ、そうか? 私もこう見えて年頃の女というやつでな。プライベートではこういった格好もするのだ」
「似合っているよ、お前にはツッコミ役がな」
「……」
シュビーの照れ顔がジト目に変わった。
「ところで、マイヌ殿。暴動を起こしかねないほど子供たちは不満を溜めているのか?」
「そうなんです! 運動不足で夜は寝てくれないし、昼間はボーッとしているし、子供たちが心配で。だから、お兄ちゃんの魔道具でなんとかしてもらおうと思って」
「治安をあずかる騎士の一人としては見過ごせんな。おい、サグマ殿。妹殿たっての願いだ。なんとかしてやったらどうだ?」
こうして俺は働かされることとなった。
「雨の日でも思う存分遊べる魔道具、か」
結界発生装置で屋根を作って雨をしのぐ、というはイマイチ面白みに欠ける。
いろいろ思案しながら、あり合わせの素材を繋ぎ合わせていくうちに考えがまとまってきた。
「ジョッジョーヌ!」
そして、俺は急ごしらえの魔道具をお披露目した。
「サグマ殿。ジョッジョーヌとはなんだ?」
「女子が多いからな。ジャッジャーンを女装させてみたんだ」
「なる……ほど?」
首をかしげるシュビーなど無視してガキどもと一緒に庭に出る。
「お兄ちゃん、雨降ってるよ!?」
「すぐ止むさ。――ポチっとな」
作りたての魔道具を起動すると、雨粒が落ちるのをやめてフワフワと漂い始めた。
ついでに、俺の体もプカプカしている。
「お、お兄ちゃんが飛んでる……!?」
「そういう魔道具だからな」
重力に干渉して飛行を可能とする魔道具『夢遊光輪翼』――。
その技術を応用して無重力空間を作り出したってわけだ。
「名づけて、『無重力トランポリン』――!」
俺は明後日の方向に向かって得意げに言った。
空中じゃ向きを変えられないから仕方ない。
重力の壁に弾かれた雨粒が庭を避けて落ちていく。
これなら、雨でも気になるまい。
「きゃぁーっ! ふわふわー!」
「わぁー! とんだとんだ!」
子供たちも笑顔の花を咲き誇らせている。
「ついでに、『無限シャボン玉マシーン』も作ってみた」
牛蒸装置『モウムリ』の小型版みたいなやつを蹴ると、えげつない勢いで虹色の泡が噴き出した。
これには、主に女の子たちが夢中になった。
ピノアも童心に戻った様子で泡の行方を追っている。
「これで、ガキどもの鬱憤も晴れるだろう」
「お兄ちゃん、ありがと!」
マイヌがふわーっと飛んで抱きついてくる。
ほっぺたをサンドイッチしてムニムニしてやると、リラックスした犬みたいにとろんとした目になる。
今にも眠っていまいそうだ。
疲れていたのかもしれない。
無重力は体への負担がないから安眠できるのだろう。
俺も無重力ベッドとか作ってみるかな。
とか思っていると、
「うああああ!?」
と、上のほうからすごい悲鳴が聞こえてきた。
シュビーが俺の頭上でジタバタしている。
空中で溺れている感じだ。
ワンピースがめくれ上がってあられもない姿になっている。
「白だな……。穢れないき忠誠心の色だ」
感慨深く唸っていると、シュビーが降ってきた。
受け止めてやるとお姫様だっこみたいな形になる。
これで何度目だ?
こいつは、お姫様願望でもあるのだろうか。
王子様のところでやれ。
「き、きき、斬り捨てててうー!!」
たぶん斬り捨ててやると叫んだ。
顔が真っ赤だ。
ろれつが回らないくらい羞恥心を感じているらしい。
「そこは、くっ殺せ……とかにしろよ。お約束がわからない奴だな」
もう一回投げ上げておいた。
ギャハハ。
「そういえば、サグマ殿。昼からご領主様が広場でセレモニーを行うそうだ。私と一緒に行かないか? 今日はそのために足を運んだのだ」
くたくたになるまで遊んだ後で、シュビーにそう持ちかけられた。
セレモニーか。
凱旋公演といったところだろう。
遠征成功を大々的に発表するのだ。
雨も弱まってきたし、ガキどもの相手をするよりはゆっくりできそうだ。
俺も行ってみることにした。




