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67話


 父子の決闘を制したドンガリーユは三つ股の大斧を手に取った。

 感慨深いという顔で見つめている。


「『荒獅子の斧爪』――。将軍家の家宝が40年ぶりに戻ってきた。父上、この斧はわしが受け継ぎますぞ。今は静かに眠られよ」


 ドンガリーユは亡骸にマントをかけると、俺を見下ろした。

 相変わらず、意味がわからないくらいデカイ。


「お前がサグマンだな。まずは、助太刀に感謝申し上げる。そして、非礼を詫びよう。お前ほどの冒険者にくだらぬ親子喧嘩の立ち会いをさせてしまった。恥じ入るばかりだ」


『ソレハ、ドウモ。シュコォォ……』


 ところで、なんで俺の名を知っているのだろう。

 知れ渡るほど多くの人に名乗った覚えはないのだが。

 まあ、いいか。


「……」


「………………」


「…………」


 じーっ、と。

 シャックスたちが俺のことを憧れの舞台俳優を見るような目で見つめている。

 んだよ?

 見てんじゃないよ。


「あれが、シャックスさんたちが言っていたサグマンさんですね。すっごくカッコイイです」


 キャスも目を煌めかせている。

 何もかっこよくなどないだろう。

 普段、怠惰だけを追求している俺の立ち居振る舞いなんて、武装に身を包んだとしてもかっこよく映るはずがないのだ。

 節穴どもめ。


「さて、多少の道草は食ったが、我らの悲願を今こそ果たそうぞ。おい、そこの仮面の。お前もともにどうだ?」


 領主直々の誘いとあっては断るのも失礼だ。

 身バレは怖いが、俺もついていくことにした。


 しなびた木々の合間を抜けて、遺跡の階段を上る。

 牛男の屍を踏み越えて中に入ると、すぐに巨大な門扉に行き当たった。

 美麗な装飾が施された翡翠色の扉だ。

 何千年も前に作られただろうに劣化が見られない。

 外面にこれほどの手間をかけていることからしても、中にあるものの価値がうかがえる。

 宝物殿と目されるのも納得だ。


 俺は『無を刻む剣(ヘイルレーケン)』で錠前を切り落とした。

 さてさて、中身はなんだろな。

 気になって仕方がないというのに、ドンガリーユはなかなか扉を開けようとしない。


『警戒シテイルノカ? シュコォォ……』


「それもある。だが、怖いのだ。わしはこの扉を開けるのが」


『怖イ? ホワイ?』


「もし、この向こうに宝がなかったらどうする? すべてが無駄足になるのだぞ? そう思うと恐ろしかろうが」


 それはそうかもしれない。

 ここまでの苦労が水の泡というだけでなく、国王に捧げる賄賂の財源も手に入らなくなる。

 その先にあるのは戦火と暗殺者の凶刃。

 身の破滅だ。

 でもまあ、こんなところでモジモジしていても埒が明かない。


『オ父君ハコノ地デ亡クナラレタノダロウ? オ父君ノ墓標ニ宝ガナイナドアリエナイト我輩ハ思ウ。シュコォォ……』


「フハハ、その通りだな!」


 ドンガリーユは仰け反って笑うと、乱暴に扉を蹴り開けた。

 次の瞬間、俺たちは黄金の光に包まれた。

 遠征メンバーたちは目をくらませていたが、仮面をかぶっていた俺はまぶしさを感じなかった。

 だから、一番に光を放つものの正体に気づいたと思う。


 山だ。

 山があった。

 金の山が。

 広い宝物殿の中いっぱいに裾野を広げた金銀財宝の山が俺たちの前にドーンとそびえ立っていた。


『シュ、シュゴイオ宝ダァ。シュコシュコォ……!』


 金だけじゃない。

 ダイヤモンドやエメラルド、ルビーをふんだんにあしらった装身具。

 アダマンタイトとおぼしき稀少金属を用いた刀剣類。

 宝石の粒によって描かれたタペストリー。

 七色の鱗を持つ龍の黄金像。

 およそ宝と呼べるものがすべて納められているようだった。


 遠征隊の面々は魅入られたように黄金の山を見上げ、しゃべり方を忘れてしまったみたいに半開きの口をパクパクさせていた。

 最初に正気に戻ったのはドンガリーユだった。

 無言で金の山にダイブすると、平泳ぎで山の中腹まで上がり、ニンマリしながら振り返る。

 若干、目がイッていないか?

 まだ正気ではないのかもしれない。


 領主様に続け、とばかりに冒険者たちが金の山に飛び込んでいく。

 俺もやりたかったが、謎めいた仮面をかぶったミステリアス・キャラという位置づけが邪魔をした。

 シャックスは金の斜面を滑り台にしている。

 フィオは金貨のシャワーの中で踊り狂い、キャスは埋もれているらしく姿が見えない。


『グヌヌ、俺モヤリタイ……。ハーハー……』


「必死に耐えておられる猊下も素敵です」


 もう素敵じゃなくていいから飛び込みたい、俺もあの山に。


「おい、仮面の。お前がいなければこの光景を見られたかどうかわからん。せめてもの礼だ。なんでも持って行くがいい」


 ドンガリーユは太っ腹だ。

 だが、闇の枢機卿サグマンは宝などという世俗的なものに流されはしないのだ。


『ジャア俺、コレニスル。カシュゥゥ……』


 俺は足元に転がっていた一番無価値そうなものを手に取った。

 古ぼけたオルゴールっぽい箱だ。

 興味なさげに亜空間ポーチに仕舞い込む。

 どうだ?

 欲に流されない俺、カッコイイだろう?


「そんなものでよいのか? お前は戦士だな。褒美より戦いを望むとは」


『イヤ、俺ガ望ムノハ久遠ノ安寧ダケダ』


「ほう、すべての敵を撃滅せしめた先に真の安寧を夢想するか。戦士の中の戦士よ」


『エ、ア、ウン……。ソウダネ』


 ま、現実的な話をすると、あんまりお金を持っているとかえって人生の質を落とすと思う。

 強盗が怖くて落ち着いて眠れないし、スローライフにも差し障りが出る。

 だから、俺は宝なんて興味ないんだ!


「本当は飛びつきたくなるほど欲しいのに奥歯を噛んで我慢しておられる猊下は偉いです。尊敬します」


 シャノンが褒めてくれた。

 でも、あんまり嬉しくないな……。

 褒められている気がしない。


 ドンガリーユも足元に転がっていたものを拾い上げた。

 しげしげと見つめているのは金の冠だった。


「ベルトンヒュルト卿、これほどの財宝があれば国を興せますぞ。王を名乗ることも夢ではないでしょう」


 シュビーがトゲのある言い方をした。

 ドンガリーユのお父君はかつて、国王に一矢報いるべくダンジョンに潜った。

 もし、これほどの宝を地上に持ち帰ることができていたなら、王国の地図は今とは違う形になっていたかもしれない。

 ここには、国を興すだけの力が封じられているのだ。


「ああ、そうだな。昔、父上もよく言っておられた。勝てる戦に挑まぬ者、これ戦士にあらず、と」


 ドンガリーユの双眸に異様な光が宿るのを感じた。

 手にした斧が存在感を増したような気がする。


「そういえば、騎士諸君、ずいぶんと疲弊しておるようだな。ベルトンヒルの迷宮は王都のぬるま湯とは比べ物になるまい。ここまで命を落とさなかったのは特別な神慮の賜物と言えよう」


 ドンガリーユは大きな足で金貨を踏みしめて、一歩、また一歩と騎士たちに近づいていく。

 騎士たちも疲れきった目にありありと警戒の色を浮かべている。

 なんかヤバイ雰囲気だ。

 俺は各種武装に魔力を通し、突発的な事態に備えた。


 ――ドン。


 何かがドンガリーユにぶつかった。

 少女だった。

 黒衣を羽織った浅黒い肌の少女。


幽明洞察キュクロープ・ヘルム』によって極限まで動体視力を増幅した俺の目には、視界の隅から現れた少女が黒塗りの刃を持ってドンガリーユにぶつかっていくまでの光景が10秒にも20秒にも感じられていた。

 しかし、刃が突き刺さるその瞬間まで、それがどういった行為であるのか、なぜか認識できなかった。

 明らかな「暗殺」であるというのに。


 金貨の散らばる床に、点々と赤い差し色が入る。

 俺は黒刃を持った少女に右手を向けた。

 無駄にデカイ背中が邪魔で射角が確保できない。


「フフハハハ……」


 ドンガリーユが喉の奥で笑う。


「わしは運がよい。戦の神が言っておるのだ。まだ死ぬな、とな」


 黒塗りの刃が押し返される。

 大きな手が金色の何かを握っていた。

 王冠だ。

 刃は王冠に食い込んで止まっている。

 どうやら皮一枚ですんだらしい。

 悪運の強いデカブツだ。


「フヌアアアアアアアアア!!」


 三つ股の大斧が振り抜かれる。

 暗殺者の少女は軽業師のような身のこなしで後ろに跳んだ。

 だが、風の刃による追い打ちをもろに食らい、壁に叩きつけられる。


 ドンガリーユは細い腕をむんずと掴むと、狂ったゴリラのバケモノみたいに暗殺者を床へ、壁へと何度も何度も叩きつけた。

 そして、動かなくなった暗殺者の頭上で巨大な黄金像を振り上げた。

 金の墓標だ。

 暗殺者にはもったいない気もする。


「……ッ」


 シャノンが小さな悲鳴を上げた。

 口元を手で覆って、目を見開いている。

 俺は暗殺者の顔に目を向けた。

 その顔はシャノンと瓜二つだった。


 反射的に右手が動いた。

 灼熱の閃光に貫かれた黄金像が赤い水風船のように破裂した。


「なッ!? おのれ貴様、敵の手の者であったか!」


 ドンガリーユが俺を睨んだ一瞬の隙を突き、暗殺者は暗器を投じた。

 それが、ドンガリーユの喉笛に突き刺さる寸前、ドロドロに溶けて消える。

 最小出力の『掌中焼灼ハンド・ソリス』だが、なかなか使い勝手がいいな。


 とか思っていると、ピカッと辺りが白く染まった。

 暗器と一緒に閃光玉を投げていたらしい。


 俺のヘルムに目潰しは効かない。

 暗殺者が脇腹を押さえて遁走を図るのが見える。

 逃げていく背中を撃ち抜くのは容易だったが、シャノンにそっくりな顔を見ると撃つ気になれなかった。


「待って!」


 シャノンが追いかけていく。

 俺も後に続こうとした。

 だが、獅子団の団員たちが怖い顔で立ち塞がった。

 ドンガリーユはもっと怖い顔をしている。

 あおーん。

 こっちを片付けるのが先か。


 シャノンが深追いしないことを願いつつ、俺は遠征隊と向かい合った。


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