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65話 ドンガリーユ


「なんか、上のほうから音がしねえか? ドゴーンとか、ズドーンみてえな」


「するわね。それも、だんだん近づいてきてる気がするわ」


「怖いこと言わないでくださいよぉ。水でゆるんだ地層が崩れているだけですってぇ……」


 和気あいあいと肩を寄せ合う『時はゆっくり(ダラーブラット)』の3人に、ドンガリーユはいかめしくも微笑ましい眼差しを送った。

 牛蒸装置『モウムリ』を起動してから1日が経過した。

 蒸し上がった『牛鬼陵』もそろそろ冷え切っている頃だろう。


(ゆくか!)


 膝を打って立ち上がると、緩みきっていた空気がピリリと引き締まる。

 何も告げずとも遠征メンバーたちは出立の準備を始めた。

 ドンガリーユは満足げに一同を見渡して大音声を轟かせた。


「これ以上、金銀財宝を待たせるわけにはいかぬ! 我ら栄えある遠征隊が迎えに行ってやろうではないか!」


「「おおおおお――――ッ!!!」」


「出ッ発ァァ――ッ!!」


 遠征隊は水牛の群れのように水の中へと飛び込んだ。

 曲がりくねった水中回廊を抜け、開けた場所に出る。

 まだ熱を持った水を掻き分けて、遠征隊は『牛鬼陵』に上陸を果たした。


 むせ返るような暑さを感じる。

 役目を終えた『モウムリ』が干上がった浅瀬に横たわっていた。

 緑が生い茂っているはずの『牛鬼陵』は高温にさらされたせいか、島全体が茹ですぎた青野菜のようにしなびている。


 浜辺は死屍累々の地獄絵図だった。

 波打ち際には魚や水棲魔物が打ち上げられ、野鳥や虫に至るまでことごとくが死滅している。

 それは、ガウグロプスとて例外ではなかった。

 少しでも熱から逃れようとしたのだろう。

 ガウグロプスの大半が浅瀬で静かな浮標となっていた。

 サグマの魔動兵器には驚愕するよりほかにない。


「じっくり火が通ってやがるぜ」


「食料には困らないですね、シャックスさん」


「おいキャス。お前、この有様を見てよく食欲が湧くな」


「実際食べられるのが面白いわよねー!」


「面白かねえよ……。お前らにゃドン引きだぜ」


 ドンガリーユは緩み始めた緊張感を引き締めるべく、硬い声を出した。


「これより、宝物殿に移動する。陣形を組め。警戒を怠るな」


 水中装備を外して島の奥に分け入る。

 ほどなくして、木々の合間に古めかしい遺跡が見えてきた。

 入り口へと続く階段を上りきったところで、遠征隊は息を呑んだ。


「なんだ、これ……」


 入り口を隙間なく埋め尽くすようにして、ガウグロプスの亡骸がうずたかく積み上げられていた。


「みんなケツ向けてやがるぜ」


「熱から逃れるために、我先にと飛び込んだのであろうな」


 ふと疑念が頭をよぎった。


(この奥まで熱は通っておるのか?)


 肉の壁が耐熱隔壁となり、高温の蒸気を遮断した可能性はないだろうか。

 まだ動ける個体が残っているのではなかろうか。


 その不安は現実のものとなった。


「「ォォオオオオオオオオ――――ッ!!」」


 地鳴りのような咆哮とともに肉の壁が崩れ落ち、中から土石流のごとき勢いでガウグロプスの一団があふれ出してきた。

 怒りに目の色を変え、全身の血管を怒張させている。

 背中がゾッと粟立つのを感じ、ドンガリーユは声を張り上げた。


「退け――ッ! 水際まで後退せよ!」


「下がれ! 下がれ下がれ!」


「走れッ! 止まるな!」


 遠征隊は斜面を転がり落ちる岩のように、なりふり構わず走った。

 波打ち際まで戻ってきたが、しかし、水中装備を身につける時間はなかった。

 ガウグロプスの1体が遠征隊の中央に猛然と突っ込んだ。

 高々と上がった水柱に数名の騎士の姿が見えた気がした。

 水しぶきのカーテン越しに獰猛な目がこちらを見る。


「ンヴァアアアアアア――――ッ!!」


 ドンガリーユは大戦斧を振りかざし、大上段の高みから一息のうちに振り下ろした。

 頭頂部から入った刃が目を斬り潰して鼻を、顎を両断する。

 ドンガリーユは息つく間もなく声の限りに叫んだ。


「今こそ勇姿を見せよ! 財宝の山は目の前ぞ! ここで逃げては冒険者の名折れと知れ! 勇ある者よ、我に続け――ッ!!」


 大将自ら先陣を切って突撃して見せると、恐慌をきたしていた遠征隊は落ち着きを取り戻した。


「団長に続け!」


「領主様をお守りしろ!」


 獅子団の団員たちが後に続く。

 騎士らも体勢を立て直すべく奮闘している。


 文字通りの背水の陣で死闘を繰り広げる。

 そんな中、目を見張る活躍をする者たちがいた。

時はゆっくり(ダラーブラット)』の3人だ。


 フィオレットの弓から放たれる七色の矢は無数に分裂し、ガウグロプスの巨大な目を次々に潰していった。

 キャスナットは実力で見劣りする騎士たちの前で結界を張り、強固な壁となってガウグロプスを阻んでいる。

 そして、シャックスエルクは超人的な速力で敵を翻弄し、宙を蹴って大跳躍すると、紅蓮に輝く右足から火炎の濁流を放った。

 十数体にも及ぶガウグロプスの群れがじりじりと後退を始める。


「行けるぞ! 押し返すのだ――ッ!」


 そう口にした矢先のことだった。

 空気が一変した。


 遺跡のほうから静かに歩んでくる影が見える。

 ガウグロプスというには小さく、人間というには大きい。

 ドンガリーユより頭一つ背の高いその影は、ねじれた双角を持つ兜をかぶり、三つ股の大斧を引きずっていた。

 そのそびえ立つような立ち姿を見て、ドンガリーユは鮮烈な懐かしさに胸を打たれた。


「父上……」


 思わず斧を下ろして駆け寄りそうになった。

 しかし、兜の奥から見つめ返してくる生気のない顔が見えると、足は止まってしまった。


「アンデッドに……なられたのですな。なんとおいたわしい」


 ガウグロプスたちが戦いの手を止めた。

 膝をつき、服従の姿勢で父を迎える。

 父は強力な魔物が居並ぶ中にあって、なお桁違いと呼ぶほかない存在感を放っていた。

 死んだ冒険者が階層主になったという話は稀に聞く。

 ドンガリーユは言葉にならない虚しさに打ちひしがれた。


 牛鬼の王。

 さながら、『狂魔牛王』といったところか。


「かつて『王国の獅子王』と呼ばれ、大陸全土に武勇を轟かせた父上がずいぶんと堕ちたものですな。牛飼いなら地上でもできましたものを」


 ドンガリーユは上段に斧を構える。

 迷いを断つ鋭い目で父を睨む。


「成仏めされよ、父上。我が戦斧の一撃にて決別とさせていただ――」


 父が三つ股の大斧を構えた。

 その姿を見た瞬間、全身を悪寒が襲った。

 蒸し暑いはずのこの地に突如冬が訪れたようだった。

 勝てないことを一瞬で悟った。

 父と自分の間にある埋めがたい力の隔たりを本能レベルで理解できた。

 紛れもなく、父はこの地の王なのだ。

 Sランク魔物の群れを服従させうる超常の存在なのだ。


 あらためて、撤退を指示しようとしたとき。

 今にも斬りかからんとしていた父が、ふと上方にどくろの顔を向けた。

 釣られて見上げると、遥か高みに四角い穴があいているのが見えた。

 光すらも呑み込むような真っ黒の穴だ。

 そこから水が噴き出したかと思うと、続いて、人が姿を現した。

 仮面をかぶった、……おそらくは男。

 禍々しい紫色の光背を背負い、その男は宙に浮遊していた。

 片腕には猫娘を抱いている。


「なんだ、貴様は……」


「ま、『魔道具フルアームド』サグマン……」


 シャックスエルクがそうつぶやいた。

 それは部下からの報告で聞いた名だった。

 ガウグロプスの斧を片手で受け止め、未知の力で瞬殺したという謎の冒険者。

 その実力は超S級と聞き及んでいる。


「あの男がそうだというのか……」


 サグマンは四角形に切り取られた穴を見上げ、何事かつぶやいている。


『空間切開ト異点間縫合ニヨル近距離転移システム「黒扉」、ナカナカ便利ダナ。ダガ、ヤハリ長距離転移ニハマダ課題ガアリソウダ』


 何を言っているのか、まるでわからなかった。

 しかし、仮面の奥の目がこちらを見ていることは背筋を這い上がってくる寒気でわかった。


『牛男ダラケダナ。「連なる四凶星(カドラプル・スター)」・照門鏡展開――』


 宙を飛ぶ4つの球体の真ん中にレンズのようなものが現れる。

 サグマンはそこに右手をかざした。


掌中焼灼ハンド・ソリス「広域拡散精密射撃モード」――。幽明洞察キュクロープ・ヘルム視覚照準アイ・リンク――』


 そして、仮面越しのくぐもった声で告げた。


『伏セテイロ。制圧スル、シュコォォ……』


 光の雨が降り注いだ。

 それは、1秒にも満たなかったが、間延びした時間感覚の中で異様なほど長く感じられた。

 光る雨粒が冒険者たちを避け、正確に敵だけを貫いていく。

 あれだけいたガウグロプスがまさに瞬殺と呼ぶにふさわしい時間で一掃されてしまった。


 現実とは思えない光景を目の当たりにしてドンガリーユは呆然と立ち尽くした。

 しかし、我に返って累々たる屍の中、父を探す。

 双角は無惨にも折れ、膝を屈し、片腕はもがれていたものの、父はかろうじて討伐を免れていた。

 光る黒い右手が静かに父へと向けられる。


「待たれよ! この勝負、手出し無用なり!」


 ドンガリーユは命乞いにも似た気持ちでサグマンを見上げた。

 意外にして、右手はすぐに下ろされる。


『戦士ノ血ガ騒グノカ? ナラバ、ヨシ。我輩ガ立会人ヲ務メヨウゾ。シュコォォ……。ププッ、我輩ダッテ』


「格好つけている猊下も素敵です。尊いです。大好きですニャ」


 そのやりとりの意味はよくわからなかったが、ドンガリーユは雄々しく笑った。

 そして、戦斧を手に父と向かい合う。


「ともに酒を飲み交わすことは叶いませんでしたが、どうでしょう父上。ここはひとつ、親子喧嘩と参ろうではありませんか」


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