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59話


 遠征隊を送り出すと、途端に俺は暇になってしまった。

 することがない。

 やることもない。

 退屈で死にそう。

 でも、何もやる気が起きない。


 これだ、これ。

 これぞ俺が追い求めた怠惰の深淵、堕落の極み。

 求めてやまない至高の日々だ。

 戻ってきたのだ、ついに俺のスローライフが。


「いやぁ、いいわぁー。ダラダラいいわぁー」


 俺はベッドの上で寝返りを打った。

 ゴロゴロする。

 すると、ベッドから落ちそうになる。

 今度は反対方向にゴロゴロする。

 そうすれば、元通りだ。

 またゴロゴロできるぞ。

 お得だ。


「んほほフフ……!」


 幸せなので変な鳴き声を上げると、バシャッと音がした。

 カメラを構えたシャノンがこちらを狙っている。


「いただきました。サグマ様の至福のひととき」


「楽しそうでなによりだな」


 俺も楽しい。

 人目とレンズがなければもっとだらしなくしているところだ。


 キィ、と扉が開いて、俺の部屋に小さな女の子がやってきた。

 見習いメイドみたいな格好をしていたから一瞬誰だかわからなかったが、このパステルカラーの髪はピノアに相違ない。

 その後ろに立つマイヌがニコニコしながら言った。


「お兄ちゃん、小人族は8歳で成人なんだって。ピノアちゃんも今日から大人なんだよ」


「そうじゃ。ゆえにわし、働くことにしたぞ。大人とは働くものじゃからな」


「急に話し方も変わってびっくりだよね。大人って感じっ!」


 大人かどうかは知らないが、ババアではあるだろう。

 働く、か。

 いいことなんじゃないか?

 そのメイド的な姿から察するに、マイヌと一緒に孤児院で働くのだろう。

 せいぜい、お世話になった分を返すんだな。

 それはそうと、だ。


「小人族って8歳で成人なのか?」


「……そ、そうじゃ」


 パステルカラーの瞳が泳いだ。


「そもそも、お前は8歳なのか?」


「……う、うむ」


 下一桁はな、とピノアは小さな声で付け足した。

 なるほど。

 見た目が幼女なのをいいことに新米メイド・ピノアちゃん(8)として人生をやり直す気か。

 多少ズルくはあるが、悪いことではないと思う。

 頑張ろうと言っているのだ、俺も目をつむってやろう。


「応援しているぞ、ピノア先生」


「どうして、先生なの? お兄ちゃん」


 先に生まれたからであり、占星センセイ術師だからでもある。

 それに、


「お前たちは、正式にはここのシスターではないしな」


「じゃあ、私はマイヌ先生だね。なんだか身が引き締まる思いだよ。ね、シャノン先生!」


「先生、ですか……」


 シャノンは満更でもないって顔だ。


「今日から3人体制だな」


「お兄ちゃんの魔道具もあるし、だいぶ楽になるよ。子供たちの勉強をじっくり見てあげられそうだよ」


「嘘だろ。楽できるのに楽しないのか!?」


 俺は衝撃を受けて80メートルくらい吹っ飛んだ。


「マイヌ、お前は狂っている! 病気だ。少し休んだほうがいいぞ。ほら、こっち側に来いよ? 怠惰の側によぉ。怖いのは最初だけだ。すぐに気持ちよくなるぜぇ? 戻れなくなるぜぇ?」


「うわ、お兄ちゃんが悪魔みたいな顔で手招きしてる……」


 マイヌとピノアは二人で十字を切って出て行った。


「はあ」


 ため息が出たのが、自分でも意外だった。


「遠征隊の皆様のことをお考えなのですね」


 シャノンが見透かしたように言う。

 俺は肯定も否定もしなかった。

 ピノアの予言のことはもちろん気がかりだ。

 だが、心配したところで意味はない。


 それに、仲間の帰りを待つのは今に始まったことではない。

 王都にいた頃も俺は魔道具を作りながら仲間たちが帰ってくるのを待っていた。

 そして、帰ってこなかったことなんて一度たりともない。

 今回もきっとそうなるはずだ。

 そうなるはずなのだ。





 そして、遠征隊が出発して2日が経った。

 この間、俺は非の打ち所のないスローライフを謳歌していた。

 だが、気分は晴れなかった。

 ピノアの意味深な予言と最後に見たシャックスたちの笑顔が頭の中で永遠とリピートされている。

 時とともに嫌な妄想が膨らんでいき、悶々とした時間が続くばかりで、いまいちスローライフにも身が入らない。


 もし、何事もなく遠征隊が帰ってきたとしても、国王に捧げる金銀財宝の山を持ち帰れなければ意味がない。

 俺に待っているのは、迫り来る暗殺者と軍靴の音に怯えながら魔動兵器を作り続ける日々だ。

 将来に不安を抱いたままでは健全なスローライフは送れない。


「歯がゆいな。自分の未来を自分で決められないのは」


 誰かに委ねて待つというのは苦しいものだ。


「ならば、切り開けばよかろう。おぬし自身の手でな」


 いつの間にか、ピノア先生が俺の部屋にいた。

 ノックくらいしろ。


「わしな、働き始めて思ったのじゃが、働くとはよきものじゃな」


「その心は?」


「何もしないという罪悪感から解放される。自由になれるのじゃ」


 逆だろう。

 仕事しなきゃという義務感の奴隷になる。

 ま、その辺は程度の問題か。


「サグ坊よ、おぬしは今、夢のスローライフを満喫しておる。しかし、それを真の意味で味わえておるのか? どこかに不安を抱えているのではないか? 心ここにあらずとはなっておらぬか?」


「やめろ、そのナリで説教たれるな。幼女のビジュアルだと俺の被ダメージが倍増するだろ」


「つまり、図星ということじゃな」


「おのれ。ちょっと働いたくらいで偉そうに。限界を超えた労働の先にある真の虚無を見たこともないくせに。自分が外から内から少しずつ崩れていくあの感覚がお前にわかるか?」


 とは言いつつも、俺はピノアを抱き上げ、感謝の目で見上げた。


「やはり、俺も動くべきだな。星は変えられる。すべては俺次第なのだから」


「うむ。それでよい」


 善は急げだ。

 俺はピノアを部屋の外に投げ出して、ベッドの下からスーツケースを取り出した。

 再び、『サグマン』になるときが来たようだ。


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