58話
ついに、この日がやってきた。
遠征隊、出立の朝が。
さすがにこの日ばかりは俺も自力で起きた。
遠征隊用に作った数々の魔道具を持って孤児院を出る。
向かうは冒険者組合の本部だ。
始まりの迷宮『神授の金黎窟』の入り口は、なんと組合本部の地下にあるらしい。
入り口に合わせて本部を建てたことからも、『金黎窟』が特別なダンジョンであることがうかがえる。
本部には話題を聞きつけた冒険者がたち殺到していた。
今の時期は仕事がなくてみんな暇を持て余している。
精鋭冒険者たちが水没した最難関ダンジョンに挑む、などという面白い話があれば飛びつかずにはいられないのだろう。
「よく集まってくれたな、皆の衆!」
遠征隊隊長を務めるドンガリーユは上機嫌で観衆に応えた。
「これより我らは暗き水に閉ざされし地下迷宮へと挑む! かつてない危険な旅路である! しかし、我らはいずれも英傑揃いだ! 必ずや莫大な宝物を手に、再びこの地上に舞い戻るであろう! フフフハハハハハ!」
ドンガリーユ・コールが沸き起こっている間に、俺はギルメンのところに向かった。
「キャスの護身用魔道具、作っておいたぞ」
挨拶がわりに頬をムニると、俺の手の中でキャスは顔をほころばせた。
「ありがとうございます! サグマさん! ボク、サグマさんのこと大好きです!」
調子のいい奴め。
だが、悪い気はしないな。
「どんな魔道具なんですか!?」
「まあ、そうガッつくな。キャスはリス系獣人だからな。リスといったら栗だよな」
「はい! ボク、栗とかどんぐりとか大好物です!」
ぽっこり膨らんだ腹部のポケットを触りながらそう言っているから、中身はナッツ類なのだろう。
「そんなキャスのために、結界を作り出せるブレスレットを作っておいたぞ」
俺は金色の腕輪をキャスの細い手首にはめた。
「こいつの名前は『キャスのブレスレット』――略して『護身の金環』だ」
「え、どこをどう略したらそうなるんですか!?」
「まあ、いいじゃないか。尖った結界を生成する剣山結界と自分をすっぽりと包む球面結界があるから、うまく使い分けてくれ」
「栗も全然関係なかったですね……。でも、ボク嬉しいです! ありがとうございます、サグマさん!」
ふっくらした頬にできた笑くぼのなんと可愛らしいことか。
どれ、もう一回ムニムニさせてくれ。
そんなことをしているうちに、出発の時刻がやってきた。
「ちょっと時間、いいか?」
俺は三脚の上に四角い魔道具を置いて、遠征隊に狙いを定めた。
スイッチを押すと、バシャッという音に合わせて鋭い光が生じた。
「サグ、なによそれ?」
「写真機だ」
とフィオに説明する。
「シャシンキ?」
「簡単に言うと、景色を描く魔道具だな」
「景色を……描く?」
百聞は一見にしかずだ。
俺は印刷ボタンを押した。
ジィィィィ、という駆動音とともに丸まった紙が出てくる。
俺はそれをジャジャーンと見せつけた。
すると、遠征メンバーが感嘆の声を唱和させた。
紙には、まるで小窓から覗いた光景のように、驚くべきほどの鮮明さでメンバー一同が描かれていた。
「おお!? オレがいるぞ……」
「ボクもいますよ! 鏡でもないのに、どうして!?」
「あたし、目をつむっちゃってる……! くしゃみしそうな顔だし……」
精鋭冒険者たちがいかめしい顔を突き合わせて不思議そうにしている。
「『透皮竜』の皮から感光紙を作ってみたんだ。強い光を当てると、景色を焼き付けることができる」
「サグ、あんたに作れないものなんて、もう存在しないわね」
フィオは大袈裟に感心してから、少し残念そうな顔をした。
「でも、上下逆さまなのね。このシャシン」
「そりゃ、俺が上下逆に持っているからな」
「なんでそんなことすんのよ……」
「ハイ、チーズ!」
俺はシャックスの顔をバシャリと撮った。
アホ面がバッチリ写し出されている。
「どうだ? 肖像画と違ってすごくリアルな遺影だろう。イエーイ!」
「軽いノリで不吉なこと言ってんじゃねえよ」
それもそうだ。
しかし、これが今生の別れとなるかもしれない。
「みんなで記念撮影しておこう」
ドンガリーユを中心に遠征隊の面々が並ぶ。
お調子者のシャックスが列の前に寝そべってピースし、小柄なキャスはほかの冒険者の腰のあたりからなんとか顔を出している。
シャノンに撮影役を任せて俺も列に並んだ。
「3、2、1……はい、チーズです」
フラッシュが焚かれる瞬間、フィオの頭の後ろで人差し指を立てる。
お約束ってやつだ。
「綺麗に撮れましたよ、サグマ様」
「ああ。願わくば、ここに写った全員が無事戻ってきてほしいもんだ」
などと言うと、しんみりした雰囲気になってしまった。
空気を察したシュビーが明るい声を出す。
「それにしても、サグマ殿、なぜチーズなのだ?」
「おいしいからに決まっているだろうが。お前は馬鹿か?」
「す、すまぬ……。そんな常識があったとは」
「反省しろ」
「ああ、自分の無知が呪わしい……」
シュビーはうつむいてしまった。
真に受けられると俺も反応に困る。
おや?
向こうのほうで、シャノンとフィオが睨み合っている。
何かトラブルか?
「フィオレット様が遠征されている間、サグマ様のお世話は私がいたします。どうかご心配なさらず好きなだけ水中迷宮をお楽しみください。私もサグマ様との時間を楽しみますので」
「もしかして、あんた、あたしに喧嘩売ってんのかしら?」
「まさか。ご活躍をお祈りしていますと申し上げたまでです」
「なるべく早く帰ってきてやるんだから! ぐぬぬ……」
そんな感じで、遠征メンバーは各々出発の挨拶をすませて、中層域へと通じる昇降機に乗り込んでいった。
カゴの中からこちらに向かって手を振るシャックスたち。
その姿が見えなくなった瞬間、俺は妙な寒気のようなものを覚えた。
杞憂だと思いたい。
遠征日程は7日間。
早ければ、4日後には戻ってくるはずだ。
待っていればすぐに会える。
そう何度も自分に言い聞かせたが、心のさざなみが消えることはなかった。




