57話
「ふんダハアぁーっ!!」
遠征隊出発を明日に控えた日。
日が暮れる時間になって俺はようやくすべての仕事に片を付けた。
達成感とともに入る風呂のなんと心地よいことか。
全身の細胞が快哉を叫んでいるのを感じる。
だが、騙されてはならない。
この快感はまやかしにすぎない。
苦役から逃れた解放感でしかない。
苦役がなければ、俺は最初から快楽の中にどっぷり浸っていられたはずなのだ。
スローライフという至福のときを過ごせていたはずなのである。
間違っても仕事をしたいなどと思ってはダメなのだ。
固い決意を胸に刻みつつ、俺はシャワーヘッドからアツアツの湯を出した。
強い水流を顔面で砕くと、顔の血流が促進されるのを感じた。
最近、浴槽に電気風呂とジェットバスの機能を追加したから入浴が楽しくて仕方がない。
最高だな。
スローライ風呂だ。
わははっ!
天井から落ちてくる水滴を数えながら熱いため息を吐いていると、脱衣場のほうで気配がした。
シャノンの奴、ついに風呂にまで入ってくるようになったか、とゲンナリしていたが、入ってきたのはもっと小さい奴だった。
小人族のロリババアことピノアだ。
今日もパステルカラーの髪が目に痛い。
ピノアは全裸で湯をかぶると、浴槽に入り込んできて、あろうことか俺の上にケツを下ろしやがった。
「おい、羞恥心!」
「こうでもせんと、わしの背丈では水面に顔が出んのでな」
事もなげにそう言われる。
「サグ坊よ、ほれほれ。乙女の柔肌を押し当てられてなんとする?」
「なんともしないだろ。体は幼女で心はババアだぞ? ちょっとした妖怪じゃないか。どの辺に需要があるんだ?」
「そう、か……」
シャノンと並んで何を考えているのかわからない奴だが、ピノアは肩を落としたように見えた。
「わしと同い年の同胞はもう孫までおるそうじゃ。わしには子もおらぬというのに。なぜじゃ? なぜ、わしはモテんのじゃ?」
「そりゃ、純朴な犬耳娘を騙して孤児院でガキのフリをしていたらモテるわけがないだろう。逆になぜだ? なぜ、モテると思う?」
膝の上からぐぬぬ……、とか聞こえてくる。
「俺でも働いているんだぞ? お前も仕事しろ。マイヌがいたたまれないじゃないか」
「うむ。そうじゃの。じゃあ、わしは明日、成人を迎えたことにするかの」
「そうしろ。そして、俺という大きな子供をたっぷり甘やかしてくれ。俺は明日から暇になる。スローライフに集中できるよう全力でサポートしてくれ」
「絶対に嫌じゃ」
ピノアは派手な色の頭を俺の胸に預けた。
「それに、おぬしは生涯スローライフなどできぬぞ? 星がそう言っておる」
「星が?」
「わしは『占星術師』の天職持ちなのでな。一目見ただけでその者の吉凶がわかるのじゃ」
なんと、そんな特技があったとは。
十分食っていける芸当じゃないか。
さっさと独り立ちしろ。
「おぬしの頭上には巨大でドス黒い星が浮かんでおる。凶星じゃ。サグ坊よ、おぬしは生涯争いの渦から抜け出せぬであろう。そういう星の下に生まれたのだ。『魔道具作家』という星の下にな」
俺はパステルカラーの頭を鷲掴みにして湯に沈めた。
「おぼぼぼボ……!? な、何をするんじゃ、たわけが!」
「まあまあの説得力で俺の将来を予言してんじゃねえよ、って思ってな。沈めたら、なかったことになるかなー」
「そんなことで運命が変わるか!」
小さい手で俺をポカポカ叩いた後、ピノアは幼い顔に真剣な色を浮かべた。
「おぬしだけではない。出ておったぞ。おぬしの仲間たちの頭上にも、とびっきりの凶星がな」
嘘や冗談を言っているようには見えない。
入念に準備した。
何度も作戦会議を重ねた。
それでも不測の事態は起こりうる。
100パーセントの安全などダンジョンには存在しない。
「その忠告、肝に銘じておこう」
「そうせよ。星は変えられる。すべてはサグ坊、おぬし次第じゃ」
「おぬし次第じゃホッホッホ!」
「やめよ。わしはそんな仙人みたいな笑い方はせんぞ!」
もう一回ポカポカ叩かれた。
「お兄ちゃんが私以外の女とお風呂入ってる……」
3センチだけ開いた脱衣場の扉から、よどんだ垂れ目がこちらを覗いている。
「おい、マイヌ。普段から一緒に入っているかのような言い草じゃないか」
断じてそのようなことはない。
二人とも出て行け。
俺の癒やしタイムを妨げるんじゃない。
パチンと指を鳴らすと、どこからともなく現れたシャノンが黒い疾風のような素早さで二人をつまみ出してくれたのであった。




