55話
作戦会議の結果、報酬やら日程やらメンバー編成やらで大筋合意を得るに至った。
細かいすり合わせは事務方でやるらしい。
「これより、遠征メンバーを発表する!」
ドンガリーユは喜々としてメンバーの名を呼び始めた。
遠征隊の中核を担うのは『北傑獅子団』の2パーティーだ。
筆頭及び第二パーティーから8名が参加する。
『王国の護盾』からは筆頭分隊の5人が指名された。
賓客という位置づけだが、シュビーの強い申し出もあり、比較的危険な最後尾を任されることになった。
まあ、一番後ろで謀反人に目を光らせる狙いがあるのだろうが。
そして、我らが『時はゆっくり』はシャックスとフィオ、他荷運び役1名が参加することになった。
水先案内と物資運搬が主な役割だ。
応援依頼を受けたときのことを思い出す。
今回、俺は留守番だが。
「以上、4パーティー総勢16名をもって遠征隊とする。詳細はバトランにまとめさせた。資料を確認されよ。週の頭にも出発するゆえ。各自準備を怠らぬように」
そんな言葉で作戦会議は締めくくられた。
客間は静かだったが、熱を帯びているような気がした。
みんなで手を合わせて、ひとつの目標に向かう。
そんな高揚感がある。
謀反疑惑の領主と国王の騎士。
一歩間違えば血が流れる危うい均衡の上にいるとはいえ、大冒険を前にすれば血が騒ぐのが冒険者らしい。
「騎士諸君の水中装備についてはわしが貸与する。これ自体が相当な値打ちを持つ珍宝だ。くれぐれも粗末に扱ってくれるな」
「お心遣い感謝します、ベルトンヒュルト卿。サグマ殿にも感謝を。貴殿が作り上げたこの傑作魔道具は大切に使わせてもらうぞ? さっそく水泳の修練をせねばならんな」
シュビーは俺に微笑んでから、一転して唇を尖らせた。
「しかし、あのようなことは二度としてくれるな」
「あのようなこと?」
「き、貴殿、とぼける気なのか?」
そんなこと言われても、なんのことやらサッパリだ。
赤い顔をしているのがヒントだろうか。
「だ、だっこだ……!」
「駄々っ子?」
「だっこだ、だっこ! お姫様だっこしたではないか。私は騎士だ。姫では断じてない。あのような侮辱、次は叩き斬ってくれるのだからな! わかったか!」
ビシッと俺の鼻に人差し指を突きつけて、シュビーは肩を怒らせ去っていった。
そこは安心してくれていい。
女騎士を抱き上げるレアなシチュエーションなんて金輪際ないだろうからな。
「遠征準備に泳ぎの練習、それから王都への報連相……。騎士も大変だ」
「サグマよ、まるで他人事ではないか。これから最も大変になるのは間違いなくお前であるぞ?」
ドンガリーユが遥かなる高みから見下ろしてくる。
「俺が大変? 変態じゃなくて?」
「考えてもみよ。こたびの遠征が失敗に終われば、わしは国王への貢ぎ物を得ることができぬ。となれば、謀反の疑いで処断されるのを待つばかりだ。しかし、みすみす暗殺されるつもりもない。されば、戦って死ぬるが武家の散りざまであろうが」
戦争か。
打って出るのか。
そりゃおおごとだ。
「でも、こんな小領地の田舎領兵が国王軍に敵うはずもないわけで。となれば……」
ドンガリーユの巨大な手が俺の肩をドンと叩いた。
「となれば、魔動兵器に頼るほかあるまい。ここに、世界一の魔道具作家もいることだしな。フフフハハハッ!」
ハハハ、じゃあるか。
「そんなことになったら、俺のスローライフが戦火に包まれるじゃないですか!」
「無論、そうならぬよう努力はする。だが、絶対はない。もしものときは、サグマ、わしの役に立って死んでもらうぞ? わしの領民なのだからな! フフフハハハハハ!」
おい、笑うな。
早くも自暴自棄か、このデカブツめ。
「サグマよ、少し付き合え。話しておくことがある」
シャックスたちを先に帰して、俺はドンガリーユの私室に上がった。
窓辺のテーブルにつくと、いきなりドカンと金の延べ棒を叩きつけられた。
「機嫌がいいのでなんとなくプレゼントしてくれるわけですね。ありがたくちょうだいします」
「違う。わしにはもう家族はおらん。だが、お前にはいるだろう。マイヌと孤児たちがな」
それは、つまり、戦争になったらこれで落ち延びて食い繋げということか。
巻き込んだことに対する詫びというわけだ。
俺はうやうやしく受け取り、ずっしりした冷たい感触を頬で味わってからポケットに突っ込んだ。
「まだ話していなかったな。この地でダンジョンが見つかったときのことを」
「第一発見者は領主様だと聞いてますよ。牛に引きずられた先で入り口を見つけたんだって」
「いや、厳密に言えば、わしではないのだ。わしよりも先にダンジョンの奥へと向かう足跡があったからな。一目でわかった、40年前、突如失踪した父上の足跡であるとな」
ドンガリーユは巨体に似合わぬ哀愁を漂わせ、窓の外を見た。
俺はポケットから金塊を取り出してニチャアと笑う。
すると、デカイ手で叩かれた。
おーけー、傾聴しよう。
「あれは、わしがまだ鼻垂れ坊主だった時分の話だ。父上は北罰に処されたばかりでな、憎っくき国王に一矢報いるすべはないかと血眼で奔走しておった」
こんなド辺境だ。
どこをどう探してもトンボかバッタくらいしか見つからなかっただろう。
「父上は失意の日々を過ごしておられた。しかし、ある日、やつれた顔に満面の笑みを貼り付けて帰ってこられたのだ。そう、見つけたのだ。地下大迷宮へと至る入り口を、な」
ダンジョンには巨万の富が埋まっている。
名も無き小村を王国有数の都市に作り変えるほどの力が秘められている。
「父上は地の底に望みを託したのだろう。すぐに戻るとわしに告げて、家を出てゆかれた。三つ股の大斧を担いだその背中が、わしの見た最後の姿であった。40年経った今も父上は戻って来ぬ」
外を眺めるドンガリーユの横顔は泣いているようにも見えた。
「獅子のように強い人であった。腹心の部下たちも、戦場にその名を轟かせた猛者ばかりだ。わしは未だに信じられぬ。あれほど強かった父上が生還できなかったということを」
今わざわざこんな話をしたのは、遠征先がまさにその「始まりの迷宮」だからだろう。
父君を呑み込んだS難度ダンジョン『神授の金黎窟』――。
仇とでも呼ぶべきそこにドンガリーユは挑むのだ。
俺はなんと声をかけたものかと迷った挙句、親指をくわえて馬鹿な子を装った。
俺は馬鹿だ。
だから、気の利いたことは言えないバブ。
「もう一度ド突かれたいようだな。今度はグーで」
さすがにグーは死ぬ。
俺は居住まいを正して少しだけ真剣に考えてみた。
最初に脳裏に浮かんだのはシャックスとフィオのことだ。
冒険者は薄命だ。
いつ別れが来るともしれない。
今回の遠征で二人が命を落とすことも考えられる。
だが、俺がすべきことは心配ではない。
「俺は魔道具作家ですからね。いいものを作るだけです」
出発前に二人の装備を念入りに見てやるとしよう。
新機能とか搭載してやるのもいいかもしれない。
ドンガリーユはそれが聞きたかったとばかりに笑った。
「フハハ! 延べ棒、もう1本やろう!」
「あざます」




