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53話


「おはようございます、サグマ様」


 俺はもはや恒例となった文句で目を覚ました。

 今日も外は雨らしく、じめじめした蒸し暑さを感じる。

 いや、そんなことより、だ。

 今、聞こえてきた声はやけにダンディだった気がする。

 気のせいか?


「ああ、おはよう。シャノ――」


 まぶたを擦って目を開けると、そこに猫耳シスターはいなかった。

 代わりに、ロマンスグレーのナイスミドルが俺を覗き込んでいる。


「おぅあ……!?」


「おはようございます。ベルトンヒュルト家が執事、バトランでございます」


「おおぅお……」


 これはどうも。

 おかげで、完璧に目が覚めたわ。


「おはようございます、サグマ様。ご領主様がお呼びだそうです。バトラン様はわざわざ雨の中、迎えに来てくださったのですよ」


 鈴を鳴らしたような綺麗な声がして俺は安堵した。

 シャノンがいつもどおりの無表情で立っている。

 バトランが実は暗殺者で、これから俺をブッ刺すとかそういう展開ではないらしい。


 朝飯を掻き込んだ俺は領主家の馬車に乗り込んだ。

 お隣のギルド本部の前でシャックスとフィオが乗り込んでくる。


「サグ、水中用装備はできたの?」


「できたぞ。久しぶりに赤いのが出るかと思った。血尿がな」


「血を流すサグマ様も素敵です。神です」


「どうも領主のおっさんは一攫千金のすげえネタを握ってるみてえだな。今日あたり、どのダンジョンに潜んのか教えてくれるかもしれねえぜ」


 駄弁っているうちに領主邸に到着した。


「フフハハハ! 領主の帰還なるぞ! 者ども、出迎えはどうした?」


 俺はクソ偉そうな態度で入口のドアを押し開けた。

 玄関ホールには大勢の人影があった。

 その一人として使用人ではない。

 騎士だ。

 全身を清廉な鎧で固めた王国騎士たち。

 その筆頭にはシュビーがいた。


「うぇ……」


 騎士たちがなぜここに……!?

 例えるならこれは、アジトに帰った盗人が衛兵と鉢合わせしたがごとき状況だ。

 巣穴に戻ったウサギが大蛇に絡め取られたという表現でもいい。

 とにかく、絶体絶命のピンチだ。

 謀反を疑われている俺たちが今最も会いたくない存在が目の前にいるのだから。


 俺はくるりと踵を返した。

 脱兎のごとく逃げ出そうとしたところで、ガッチリ肩を掴まれる。

 この硬い感触……。

 振り返ると笑顔のシュビーと目が合った。


「やあ、サグマ殿。何も逃げることはないだろう。貴殿にやましいところがないのならな」


「そうだよな。逃げ切れっこないもんな。もういっそ皆殺しにしてやる。うおおおおお!」


 俺はシュビーを頭の上に担ぎ上げて槍のようにぐるぐる回した。

 騎士たちの動揺する声にまじって、どこからか野太い笑い声が聞こえてくる。


「おお、サグマよ! お前にも戦士の血が流れているようだな! 実に見事なものよ! フフフハハハ!」


 領主ドンガリーユが屋敷の奥から姿を現した。

 てっきりもう討たれているものだと思っていたが、元気そのものだ。

 そして、今日はいつにも増してデカイ。

 鎧に身を包んでいるからだろう。


 俺はシュビーを回すのをやめて下ろしてやることにした。

 結果、お姫様だっこみたいな形になる。

 腕の中から俺を見上げる生真面目そうな騎士顔が徐々に赤くなっていく。

 なんだ、乙女みたいな顔して。

 ほら、やるよ、シャックス。


「う、うおお!? 重っも……! サグマ、お前よくこんな重い女をブン回せたな」


「お、重くなどにゃい! これは鎧がだな……!」


 シュビーは乱れた前髪を気にしながら俺のそばをそわそわと通りすぎ、ちょっとだけ振り返る。


「き、貴殿は意外と力が強いのだな……。その、なんだ……見直したぞ?」


 ああ、そう……。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 俺はドンガリーユを目で問いただした。

 いかめしい顔に笑顔の花が咲いた。

 なんだか知らないが、太い親指を立てている。

 それは、どういう意味の笑顔だ?

 俺はなぜ騎士たちがいるのか知りたかったのだが。


 促されるままに客間に上がる。

 部屋の中央に置かれた長テーブルには地図やら資料やらがティーカップの置き場もないほどに広げられている。


「作戦会議室って感じだな」


「まさしく、そのとおりである。来週の頭にもわしはダンジョンに潜るつもりでいる。今日はそのための打ち合わせでお前たちを招いたのだ」


 ドンガリーユは巨大な手でシュビーの肩を叩いた。

 脱臼しそうになっているが、大丈夫か?


「心強いことに王都随一と謳われるSランク冒険者ギルドに協力を取り付けることができた。フハハ、もはや何も恐れるものなどないな! 我らの覇道を阻むものなし! 地下迷宮など笑止千万、無人の野をゆくがごとしよ! フフハハハ!」


 大変ご機嫌なご様子だが、ひとつ訊かせてくれ。


「領主様から協力を打診したんですか?」


「その通りだ。なんせ、わしにはやましいことなど何一つとしてありはせぬからな。わしは逃げも隠れもせんぞ。すべてをつまびらかにしていく所存だ」


 意味ありげな目でシュビーを見下ろしている。

 シュビーは愛想笑いを浮かべているが、返す視線は剣の切っ先のように尖っている。

 ドンガリーユは、自ら監視の目にさらされることで身の潔白を証明したい。

 シュビーは、謀反の容疑者を間近で監視したい。

 おたがい、腹の内を理解し合った上で共闘するわけか。


「おっかない同盟だな。シャックスはあの輪に加わってダンジョンに潜るんだろ? プププ!」


「笑うな。オレだって嫌だっつの。ま、逃げ足には自信がある。うまくやるさ」


「あんたは逃げられるけど、あたしはどうなんのよ?」


「……」


「……」


「なんか言いなさいよ!」


 ということで、作戦会議の始まりだ。


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