52話
『北傑獅子団』は総団員数30名、6パーティーからなる大きなギルドらしい。
さすがに全員分の水中装備を作るとなると時間を食うので、15名分で手を打ってもらった。
それでも、相応の手間がかかる。
チンタラしていて暗殺者に寝首をかかれるのも嫌なので、俺は寝食返上で魔道具作りに没頭した。
「えっ、お兄ちゃんが朝なのに起きてる……。それも一生懸命仕事してる……。信じられないよ」
俺の部屋に来たマイヌがそんな失礼極まりないことを言った。
「シャノンお姉さんのおかげだよ! お兄ちゃんを真人間にしてくれてありがと!」
「いえ。私からすればサグマ様はいつでもどこでも真人間ですので。というか、神です」
シャノンは今日もわけのわからないことを言っている。
片時も俺のそばを離れようとしないが、もしかして暗殺者の襲来に備えてくれているのだろうか。
だとしたら、ありがたい話だ。
「お兄ちゃんは仕事が忙しそうだから私が食べさせてあげるね。あーんして」
「え、食事のときくらい休もうと思っていたのに……」
「遠慮しなくていいよ。はい、あーん」
あーん。
トマトベースのソースがよく効いたスクランブルエッグだった。
パンに挟んで食べさせてくれる。
うまいうまい。
「お昼も食べさせてあげるね」
俺はランチの時間も休めないらしい。
エルドにこき使われていた頃を思い出して泣きそうになる。
飯が食えるだけマシだけどな。
「おはよー、サグ! 領主様からおいしい依頼をもらったんでしょ!? シャックスから聞いたわよ!」
ガラガラと窓が開いてフィオが乗り込んできた。
玄関からにしろ。
「え、サグが朝なのに起きてる!? そ、それも仕事してる……。終わるの、この世界……」
そんなに意外か?
しゃーないだろう。
こちとら命がかかっているのだから。
「で、何か用か?」
「領主様が詳細を詰めたいから後日顔を出せって。それを伝えに来ただけよ」
「じゃあ、もう用済みだ。帰れ。ばーか」
「だいぶ荒れてるわね。その様子じゃ一晩中ガチャガチャやってたわね?」
まさしくその通りだ。
でも、休んでなどいられない。
なんの変哲もない雨音ですら暗殺者の足音に聞こえてくる。
のんきにヘソ出して寝ている場合ではないのだ。
「でも、根を詰めるのもよくないわ。少し川辺を歩きましょうよ、……二人で」
モジモジしながらそんな誘いを受ける。
悪魔の誘惑だ。
働くのがめっぽう嫌いな俺にそんなことを言ってみろ。
イチもニもなく飛びつくに決まっているだろ。
俺はすくっと立ち上がった。
「しょうがないな。それじゃ、昼まで散歩な?」
「昼までって長いわね。10分くらいにしときなさいよ。どんだけ休みたいのよ……」
「それと、川辺を歩くのは却下だ」
「じゃあ、どうするの?」
「水面を爆走するぞ!」
「……へ?」
俺は壁に立てかけておいた2枚の板を担いで孤児院の裏の河原にやってきた。
「その板、なによ?」
「サグマ様の板ですから神の板ですね」
「意味わかんないわよ……」
フィオとシャノンがコントしている間に、俺は靴を脱いで水面に板を浮かべた。
ぴょんと飛び乗ると、板は水を切って走り出した。
ぐんぐんとスピードを上がっていく。
俺は最初こそ綱渡りみたいに必死にバランスを取っていたが、すぐに自分の体の一部のように板を扱えるようになった。
初めての魔道具でも使いこなすことができる。
これも『魔道具作家』の天職がもたらす異能だった。
雨まじりの冷たい風が頬をなぶって耳元でごおおお、と音を立てる。
増水したうねる大河を横断し、俺は向こう岸の手前でくるりとターンした。
波を蹴ってジャンプしながら二人のところに舞い戻る。
口をあんぐりと開けたフィオとシャノンが迎えてくれた。
「その板、なに!?」
「これは、『水……乗る、波……超、爽快、板』だ」
「名前未定なら無理して言わなくていいわよ」
「要はあれだ。動力付きのサーフボードだ。風の魔法で水を噴射して水面を爆走できる板だな」
俺はボードに寄りかかって前髪の間からフィオを見上げた。
「散歩がスローライフ? クケケッ、その発想は1000年遅せぇよ。これからの時代は水面爆走がスローライフのニューノーマルだ、クヒャヒャヒャ!」
「あんた、なんでやたらナイフを舐めたがる山賊の雑魚みたいな顔してんのよ?」
「そんなサグマ様も素敵です。なんの問題もありません」
そうだろうとも。
まあ、本当はいざというときの逃走用に作ったものだけどな。
さすがの暗殺者も水面を走って追いかけてくることはないだろう。
「もう1枚あるじゃない。あたしもやってみたいわ!」
「おう、やれやれ。裸足でボードに乗って、足の裏から知力を込めるんだ。馬鹿になる代わりに風になれるぞ」
「代償大きすぎない!? 魔力でしょ、普通に」
板に乗ると、フィオは風になった。
俺ほど乗りこなせているわけではないが、冒険者だけあって運動神経は抜群にいいらしい。
「サグマ様、私も乗ってみたいです」
シャノンがボードに飛び乗ってきた。
俺の背中にひしとしがみついている。
2人分の重量くらいなら沈んだりしないが、あまり引っ付かれると動きづらい。
俺はボードを徐々に加速させていった。
「きゃー。サグマ様、怖いですぅー」
俺もシャノンの棒読みな悲鳴がいささか怖い。
「サグ! これ、最ッ高に気持ちいいわ! ……ってなんで二人乗りしてんのよ! 引っ付きすぎじゃないの! 破廉恥だわ! このぉ!」
フィオが体当たりを敢行してくる。
こっちはこっちで怖いな。
とまあ、こんな具合に束の間の休息を得た俺であった。




