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50話


 領主邸の客間はダンスホールかと見紛うほどに広々としていた。

 上から下までひと目で高価とわかる調度品で飾り立てられている。


「どれでも好きなものを持って帰っていいなんて太っ腹な領主だな。シャックスはどれにする? 俺、あのシャンデリアがいい」


「誰もそんなこと言ってないだろ。マジで領主様の前でボケ倒すのだけはやめてくれ。おっかなくて見てらんねえよ」


「いや、構わんぞ。シャンデリアはやらぬが、帰りに手土産くらい持たせてやろう」


 青くなるシャックスを大きな手で制し、領主ドンガリーユは席につくよう促した。

 俺は迷わず一番豪華な椅子に座ろうとしたが、シャックスに羽交い締めにされて下座に甘んじる。

 下座と言っても、金細工を施した立派な奴ではあるが。


 それにしても、だ。

 俺は筋肉でできた壁みたいな巨躯を見上げた。

 何度見ても俺の知る村長ではない。

 村で一番冴えなかったひょろひょろのおじさんが一体何を食ったらこんなゴリラの擬人化みたいな威容になるのだろう。


 いちおう、当時から領主位ではあったが、あまりにも頼りないのでみんな「領主」ではなく「村長」と呼んでいた。

 雨漏りの絶えないボロ小屋で赤貧に喘ぎ、泥まみれの顔に惨めな笑顔を貼り付けていた我らの村長が、今や豪邸暮らしの獅子王だ。

 そのうえ、Sランク冒険者?

 もう意味がわからない。


 ドンガリーユは贅の限りを尽くした椅子にどっかりと腰を下ろした。


「サグマよ、少し見ないうちに大きくなったものだな」


 俺よりよっぽどデカくなった人が何か言っている。

 ツッコミ待ちだろうか。


「まあ、ひと目でわしだとわからぬのも無理からぬことだな。ここで、牛飼いをしていた頃と比べると、100キロも体重が増えた。すべては、これだ。筋肉だ、フフハハハハ!」


 サイズ感のバグった力こぶを二の腕に浮かべて、ドンガリーユは砲声みたいな笑い声を轟かせている。

 そういえば、バトランにも見覚えがある気がする。

 昔、村長の隣でくわを持っていた人だ。

 代々、領主家に仕えているとかそんなところだろう。


「わしの変わりようがそんなにも意外か? これでも、我がベルトンヒュルト家はその昔、将軍位を拝命したこともある武家だったのだ。この体には戦士の血が流れているのだ」


「その由緒正しき名家の当主がなぜこんな辺境地に?」


「簡単に言えば、そうさな。戦争に勝ち、政争に負けたとでも言えばよいか。父の代でこの僻地に追いやられてしまったのだ、フフハハハ!」


「力自慢が知恵比べで負けたのか。脳筋の末路って感じだなヒャハハ」


「さ、サグマ。お前、処刑されちまうぞ……」


「フフフハハハ! 事実ゆえ一向に構わぬ!」


 ドンガリーユは仰け反って大笑いした。


「我がベルトンヒュルト家は言うなれば牙の折れた獅子よ。わしも野心などという大それたものは持たず、この小領地で一生を終えるつもりでいた。しかし、サグマ。お前が村を出てすぐ大変な幸運に恵まれてな」


 ダンジョン発見か。

 そして、村は大都市へと変貌を遂げた。


「沈みゆくばかりのわしにもチャンスが巡ってきたというわけだ。忘れかけておった武家の血がマグマのようにたぎってな、わしは先頭に立ってダンジョン開拓を進めた。気づけば、Sランカーなどと呼ばれるようになり、体もご覧の有様というわけだ、フフハハハ!」


 ドンガリーユは誇らしげに胸筋を隆起させている。


「まあ、ランクのほうは冒険者組合が花を持たせてくれた節があるのだがな」


 忖度というやつだ。

 実際にはAランカーといったところなのだろう。

 それでも、大したものだ。

 もう牛に引きずられる冴えない村長を見られないのかと思うと一抹の寂しさもあるが、そのうち巨大な龍を絞め殺すところが見られるかもという期待感のほうが強い。


「それで、今日はなんのご用で?」


 俺は呼び出された理由について尋ねた。

 ドンガリーユはちらりとシュビーを見た。


「いやなに、お前が帰郷したと知ってな、挨拶がてら思い出話でもと思っただけだ。寒村がいかにして一大都市に化けたか知りたかろう? 好きなときに茶を飲みに来い。わしの大冒険と町の勃興をうんざりするほど聴かせてやるゆえ。フハハハハ! 早い話が自慢話に付き合えというわけだ! フフハハハ!」


 満面の笑みで細くなった目が何か意味ありげな視線を俺に向けてくる。

 騎士の前では話せない。

 好きなときに茶を飲みに来い――すなわち、後日出直してくれ、というところか。


 騎士は、国王の私兵だ。

 騎士に聞かれたくない話とは、つまり、国王には知られたくない話ということになる。

 あまり気乗りはしないが、こんな筋肉の塊みたいな人物に押しかけられても困る。

 孤児院が倒壊しかねないからな。


 俺も含意のある視線を送り返して同意を示しておいた。

 その一連のやり取りをシュビーが剣のような目で見ていた。

 キナ臭いことにならなければいいのだが。

 ……なるんだろうな。

 嫌だなぁ。


 俺は誰にも聞こえないようにため息を吐き出した。


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