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49話


 馬車を下りると、見ろと言われるまでもなく大豪邸が目に飛び込んできた。

 ウチのギルド本部と比べても数段大きい。

 門扉や雨樋、庭のあちこちで、いかめしい獅子の黄金像がテカテカした光を放っている。


「ここが、領主邸か」


 見知らぬ国の王宮にでも迷い込んだ気分だった。

 でも、懐かしさを感じさせるものもある。

 庭の隅にたたずむ古木。

 精霊が宿っていそうなあの穏やかな樹影は俺の記憶の中にたしかに残されているものだ。


「ここ、昔、村長宅があったところだな」


「村長? ああ、ベルトンヒルが村だった頃のか」


 シャックスがいたわしげな表情で俺を覗き込んだ。


「世話になった人だったのか?」


「まあな。痩せた稲みたいにひょろっとした頼りない人だったが、俺たち孤児に日々の糧を分けてくれた恩人だ」


 今どこで何をしているのだろう。

 おそらくは、この豪邸が建つときにつまみ出されてしまったのだろうけど。


 玄関扉の前でいちおう襟を正す。


「マナーには自信がないな。いつもの調子でいくか」


「サグマ、それだけは絶対にやめろ。領主の前でボケ倒してみろ、お前に死刑が宣告される前にオレがぶっ殺してやるからな」


 シャックスは珍しく緊張しているようだった。

 いつ用意したのか、蝶ネクタイなんてつけている。

 もちろん、似合っていない。

 馬鹿さ加減に磨きがかかっただけだ。


「旦那様、サグマ様とお連れの方々が参られました」


 バトランが玄関ホールでそう告げると、ズンズンと呼ぶにふさわしい重い足音が奥のほうから近づいてきた。

 姿を現したのは、身の丈2メートルはあろうかという大男だった。

 ライオンとゴリラを掛け合わせたような風貌で、野太い手脚と逆三角形のマッスルボディーが神話の戦士のごとき勇壮さをなしていた。

 Sランク冒険者というのも納得の恵体だ。

 この人がベルトンヒルの領主か。


「おおおお、サグマ! 実に久しいな! フフフハハハ!」


 領主は鍋蓋みたいなサイズの手を振りながら大股で俺に詰め寄ってきた。

 お前も少し見ないうちに大きくなったな、とか言いながら、丸太じみた腕で俺の両肩をバシバシ叩く。

 膝が悲鳴を上げる。

 杭なら地面に深々と刺さっていたはずだ。

 つか、このおっさん、誰だ!?


「サグマ殿、面識はないのではなかったか?」


 シュビーが眉をひそめた。

 面識などないはずだ。

 俺の人生にこんな筋肉の塊みたいな登場人物がいただろうか。

 いや、いない。


 領主はシュビーを見ると、ほんのわずかに表情を歪めたようだった。

 しかし、俺に向き直って太陽みたいに笑った。


「覚えておらぬか、わしのことを。まあ、無理もない。王都に発つお前を見送ってから4年だ。あれから、わしもずいぶんと変わってしまったからな」


 はて。

 俺を見送ったのは、妹のマイヌや孤児院のシスターたち、それから村長くらいのものだが。


「よーく思い出してみよ。わしだ、わし!」


「じゃあ、俺は鷹だ。どっちが遠くまで飛べるか勝負だな! ビューン!」


 面倒臭くなってボケると、シャックスに蹴られた。

 ガチで痛いのでやめてほしい。


「わしだ、村長だ。孤児院によく芋を届けに行っただろうが。忘れたとは言わせんぞ」


 この人が村長?

 何を馬鹿な。

 領主もボケているらしい。

 ほら、突っ込めよシャックス。

 あのデカブツ、思いっきり蹴ってこいよオラ。


 そんなことを思いつつも、俺は妙なデジャブ感を味わっていた。


 領主の眉毛。

 あの特徴的なカモメ眉には覚えがある。

 ……村長。

 そうだ、村長も同じ眉をしていた。


 小枝のような細腕で牛の世話を焼く村長。

 気弱そうに笑いながら、いつも背を丸めてトボトボ歩いていた。

 見上げるほど高い背丈が災いして、ヒョロさに一層の拍車を掛けていた、あの情けない村長。

 その眉の形が、目の前にそびえ立つ百獣の王みたいな領主の眉と寸分も違わず一致している。


 ……いや、まさかな、ハハ。

 ないない、あまりに違いすぎている。

 共通点を探すほうが難しい。

 それこそ、一致しているのは眉毛と身長くらいのものだ。

 あとはまあ、住所も一緒か。

 いや、でも、それだけだ。


「聞け、サグマよ!」


 屋敷中に響き渡る銅鑼のような大音声で領主は言った。


「我こそは北領ベルトンヒルが領主、ドンガリーユ・レベリラ・ベルトンヒュルトである! フフハハハ!」


 なんということだ。

 名前まで一致しているではないか。


「え、本当に村長!?」


「そうだ。話せば長くなる。まあ、上がれ」


 俺たちはでかい手に招かれて客間へと通された。


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