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46話


「そろそろのはずなんだがな」


 エアポケットを見つけたシャックスが水面を割ってそんなことを言った。

 懐から引っ張り出した地図を難しい面持ちで眺めている。


「濡れちまって読めねえな。ジョルコジが言っていた穴場がこの辺にあるはずなんだが」


 地図がダメになると最悪、遭難することになる。

 今度、濡れても読める地図を作ってやるか。

 とか一瞬思ったが、やめた。

 なぜ俺が進んで仕事してやらねばならんのか。

 土下座で大金を積まれたら考えてやらんでもない。


「あそこじゃないの?」


 フィオが暗がりのほうを指差している。

 魔動ランタンの明かりは届いていないのに、そこだけ妙に明るくなっていた。


「行ってみましょ!」


 血吸いコウモリの群れを避けて水面下を進む。

 水中にある岩肌の裂け目から青い光がこぼれ出ている。

 中へ中へと入っていくと、徐々に水深が浅くなってきた。

 先頭を行くシャックスが泳ぐのをやめて立ち上がる。

 そのまま動こうとしない。

 後ろが詰まっているので、俺は無駄に長い脚の間をくぐり、シャックスの股間に頭突きしつつザバーンと水面上に顔を出した。


 そこには、神秘的な光景が広がっていた。

 小さな青空とその下でたゆたう無数の白い花。

 シャックスが思わず見とれてしまったのも頷ける光景だった。


 俺の股下をくぐったフィオとシャノンが同じようなリアクションをしている。

 まあ、ひと呼吸置けばなんということもない。

 空に見えるのは偽空石の群晶で、蓮っぽい花が水面で日光浴しているだけだ。


「シャックス、ここが目的地なのか?」


「それはそうだが、お前はまずオレの股ぐらに謝れよ」


 シャックスは水面に浮かぶ純白の花を水掻きのついた手ですくい上げた。


秘白蓮ヒビャクレンの花だ。高級ポーションの材料になるんだが、この時期のダンジョンでしか咲かない貴重品なんだぜ」


 稀少薬草の宝庫というわけか。

 おそらく、冠水期に花を咲かせ、引いていく水に乗せて種を運ぶのだろう。

 それなら、雨季にしか咲かないのも納得だ。


「こいつを手に入れられるのはベルトンヒルでオレたちだけだ。金の匂いがするだろ?」


「ギャハハ! たまんねえぜ、この匂い! シャノンの姉御、アッシらボロ儲け間違いなしですぜ?」


「あの、サグマ様。私は姉ではないのですが」


「バカ真面目に反論してんじゃないわよ。さっさと花を集めましょ」


 ちょっと待った、と俺はフィオを制した。

 ポケットから怪しげな魔道具を取り出して、言う。


「これは特殊な静電気の力で水を弾く魔道具だ。濡れたままじゃ嫌だろ? カラッとしてから作業しよう」


「服が重くなって困っていたので助かります、サグマ様」


 シャノンは濡れた修道服が体に張り付いて、シスターと呼ぶには破廉恥すぎる装いになっている。

 ポチッとな、とスイッチを押すと、燃える家から逃げ出すネズミのように、濡れそぼった衣服から大粒の水滴が飛び出した。


「サグマ! この野郎! お前お前ェ!」


 なぜかシャックスが不機嫌になって俺を隅っこに引っ張っていく。


「お前、もう一度その頭でじっくり考えてみろよ。猫耳シスター美少女が濡れ濡れであられもない姿をさらしているんだぞ? 健全な男ならどうするのが正解だ? あァ?」


「乾かしてやる、だ。風邪をひいたらいけないからな」


「ガチの健全か、お前は! 聖人君子か! 逆に不健全だ。最低だな。失望した。お前なんか男じゃない」


「じゃあ、男の中の男のシャックスならどうするんだ?」


「窃視だろ、普通。気づかないふりして眺めるだろ、チラチラ」


 シャックスは声を殺してそう言うが、シャノンの猫耳は地獄耳だ。

 すべて筒抜けになっているはずだ。


「私はサグマ様であれば、あられもない姿を窃視されたいです。チラチラだなんて遠慮しないでください。どうぞどこからでも眺めていただきたいです」


 シャノンが無感情にそう言い放ち、その隣でフィオがゴキブリを見るような形相になる。


「最低ね、シャックス。死になさい。生きている罪であんたは死刑よ」


「生きることさえ罪なのかよ……」


 そんな感じで花摘みが始まった。

 無論、俺は手伝わない。

 水面に仰向けになり、空色の岩を見上げて静かに浮かぶ。

 ちゃぷちゃぷという水音が心地よかった。


「スローライフだなぁ……」


「傍目には水死体よ。あんたのスローライフの定義が知りたいわ」


「水死体のサグマ様も素敵です。だいぶ神です」


「オレはお前の神の定義を知りてえよ」


 ほどなくして、背嚢は白い花でいっぱいになった。


「このバッグもサグマ様の魔道具なのですよね?」


「ああ。見ろよ、水の中にどっぷり浸かっていたってのに中はちっとも濡れてねえ。もはや怪奇現象だな」


「あたしのポーチもよ。水中で何度か開け閉めしたのに不思議だわ」


 孤児院にカビが生えた件にしても言えることだが、大抵の「道具」にとって「水」は大敵だ。

 腐敗やサビ、漏電の原因になる。

 だから、俺の魔道具は水にとことん強く作ってあるのだ。


「悪いな、シャックス。お前が濡れ濡れのものにならなんでも興奮するイカレ野郎なのはわかっているんだが、こればっかりはな」


「さすがに魔道具にまで興奮しねえよ。……おい、女子二人。変態を見る目でこっち見んな。すごい勢いで遠ざかっていくのもやめろ」


「こうして、濡れ濡れダンジョン、初めての大冒険は幕を下ろしたのであった」


「ヤらしい言い方してんじゃねえよ……」


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