45話
『シュコォォ……。ポコポコ、ポコ……』
魔動ランタンに火を灯すと、水に満たされた地下遺跡がオレンジ色に照らし出された。
驚いた魚が闇の中へと逃げ込んでいく。
濁った水で見通しはきかないが、『気泡煙管』のおかげで呼吸に苦労はなかった。
俺は足ヒレで水を蹴り、仲間のほうに体を向けた。
『言い忘れていたにょ。語尾を「にょ」にすれば水の中でもしゃべれる仕組みなんだにょ。少しコツはいるけどにょ』
『あー、あー、にょ! やだ、ホントだわ! サグ、やっぱりあんたって天才だわ! ……にょ!』
『これで水中でも連携が取りやすくなりますね、にょ。サグマ様の魔道具はいつも実戦向きで素晴らしいと思いますにょ』
フィオとシャノンが泡をポコポコさせながらそう言う。
俺は腹を抱えて大きな水泡を吐き出した。
『だはは! どうしてお前たち、変な語尾でしゃべってんだよ! ポコポコ……。 さては、俺を笑わせて溺れさせるつもりだな! ブクブク、ククク!』
『にょ、いらねえのかよ。なんとなくそんな気がして黙ってて正解だったぜ』
胸をなで下ろすシャックスの横を、耳の長い人魚みたいなものが猛スピードですり抜けてきた。
魔物……否。
キレたフィオだ。
俺の首を鷲掴みにして沈めようとしてくる。
『ヤメテー! ポコポコ……』
『あら? あんたが吐いた泡、目の周りに溜まっているわね』
それはフィオとて同じことだ。
『吐いた泡で水中ゴーグルを作る仕組みになっている。濁った水の中で目を開けたくないだろ?』
『あんたの作るものってホントに万能よね。何から何まで考え抜かれているって感じだわ。ポコポコ……。ボケさえなければ文句なしなのに』
『わかっていませんね、フィオレット様は。サグマ様はボケているときが一番輝いていらっしゃいます』
『シャノン、義眼のメンテしてもらったほうがいいわよ?』
石壁はやがてゴツゴツとした岩肌へと姿を変えた。
遺跡系から天然洞系のダンジョンに入ったらしい。
壁がところどころ発光している。
近づいてみると、大粒の魔石であることがわかった。
シャックスが水掻きのついた手にナイフを握り、テコの原理で魔石を剥がした。
『魔力の結晶化ってのは水中のほうが起こりやすいんだよ、ボコボコ……』
『水没ダンジョンは宝の山ってことだな、ポココ……』
『そういうことだ。だが、浮かれてばかりもいられねえぜ? 水棲魔物のパラダイスになっているはずだ。それに、アンデッド系の魔物も水没したくらいじゃ死なねえ。つっても、ろくに身動きは取れないだろうけどな』
シャックスはナイフの切っ先で上を指した。
天井にできた空気溜まりで何かがもがいている。
まるで、水に落ちた虫みたいだ。
『冒険者のアンデッドだろうな。オレらも気をつけねえとあーなっちまうぞ』
『なあ、シャックス。あのゾンビ、全裸だよな。金髪だし』
『サグマ、アンデッドを討伐するときは顔を見ないのが鉄則だ。知り合いだったら倒せなくなるだろ?』
『納得だ。じゃ、俺も見なかったことにしよう』
俺たちはなるべく上を見ないようにしながら先を急いだ。
『ところで、シャノン。魔物が出ても「猫灼爪」は使うなよ』
『どうしてです? サグマ様、ポコ……』
シャノンは手袋を眺めて首をかしげた。
『その爪は高熱で溶かして斬る仕様だからな、水の中で使うと水蒸気爆発でえらいことになるぞ。シャックスも足からボーボーするやつ、水中では封印な。それから、フィオ!』
『火の矢はダメって言いたいんでしょ? わかってるわよ』
『いや、名前を呼んだだけだ』
『ああそう、ボココ……』
注意事項を伝達し終えたところで、魔物と遭遇した。
ワニのような魔物が4体。
爬虫類の分際で知恵が回るらしく、俺たちを包囲するように泳ぐと一斉に仕掛けてきた。
『おっらああああボココココッ!!』
壁を蹴ったシャックスがマグロも真っ青な速度で水中を走り、義足を振り抜いた。
ぼごん、と大きな衝撃が伝わってきた。
血を吐いたワニが白い腹を上にして浮かんでいくのが見える。
『ピカッとするわよ!』
フィオは光の矢でワニの目を潰し、雷の矢で貫いた。
シャノンのほうも巧みな泳ぎでワニを翻弄し、腹の下に組み付いた。
何をするのかと思っていると、指の腹を押し付けて『猫灼爪』をお見舞いした。
水中で使うと危険だが、ゼロ距離で体内に爪を押し込めばそんな心配も必無用だ。
賢い戦い方だ。
俺は『無を刻む剣』をひと振りし、すぐに引っ込めた。
『悪りぃ、サグマ! 1匹そっちに行かなかったか!?』
『サグマ様、お怪我は!?』
『いや、なんともないぞ』
俺はくるりとターンして健在っぷりを示した。
『あたしの見間違いかしら? 今、サグに食らいつこうとしたワニが消えた気がするんだけど』
フィオは水中で目を擦ろうとしてうまくいかずにいる。
たしかに、消えたな。
『無を刻む剣』は触れたものを異空に飛ばす。
水中で使うと水が際限なく流れ込むことになる。
ワニは水の流れに呑まれて黒い刃の中に吸い込まれてしまった。
たぶん、今頃どこか遠い宇宙の果てを漂っていることだろう。
『ワニ座だな。ポコポコ……』
『っ? ポココ……』
フィオはわけがわからないという顔で大きな泡を浮かべていた。




