44話
マイヌのオーダーに応え、カビ殺し懐中電灯を作ってみた。
スイッチを入れるとたちまちカビが消えていく。
「ありがと! お兄ちゃん!」
マイヌはニッコリ顔で尻尾を振っていた。
頬をサンドしてムニムニすると、ご満悦の表情のまま頬が溶ける。
よしよし、可愛い妹だ。
俺は束の間の癒やしを得てから孤児院を出た。
隣の敷地に建つ白亜の大豪邸に向かう。
「サグマ様、道中の警護は私にお任せください」
物騒な爪を生やした猫耳シスターが用心棒を買って出てくれた。
「お隣さんチに顔を出すのに警護もクソもないだろう」
「どこに刺客がいるともしれませんので」
「刺客は死角にアリか」
「はい。しかし、ただの死角ではありません。腕の良い暗殺者は心の死角を突くのです」
なんだろう。
謎の説得力を感じる。
肝に銘じておこう。
「おい、ソックス。邪魔するぞ」
「オレはシャックスだ。靴下なんか、ずいぶん長ぇこと履いてねえよ。義足だしな」
シャックスは冒険用具や食料なんかを背嚢に詰め込んでいるところだった。
これから依頼に行くのだろう。
「それと、サグマ。ここの主はお前なんだぜ? 邪魔するなんて他人行儀なこと言うなよ。誰もお前を邪険にしたりしねえって」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか、シャックス。――オラッ!」
俺は背嚢を蹴倒した。
今、詰め終わったばかりの中身があふれ出して床に散らばる。
当然、シャックスはムッとする。
「何すんだよ、サグマ」
「いや、だから言っただろ。邪魔するって」
「そっちの邪魔かよ。クソ迷惑だな。お前は今日から邪険確定だコノヤロー」
そんなやり取りをいていると、2階からフィオが降りてきた。
こちらも、これから冒険ですって装いである。
「二人が出発する前に間に合ってよかった。頼まれていたブツが完成したぞ、ヘヘ……」
俺はやましいものを取り扱うバイヤーみたいな薄暗い笑みを浮かべて声を潜めた。
「とびっきりの上物だぜ、ヘヘヘ……」
「もうできちゃったの!? 昨日頼んだばかりなのに」
「ま、1パーティー分だけだけどな」
「十分すぎるぜ! 早く見せてくれよ!」
「それでは、拍手でお出迎えください」
シャノンとシャックスとフィオ、それから居合わせたギルメンたちが万雷の拍手で待ちわびる中、俺は作りたての魔道具をどーんとお披露目した。
それは、パッと見、赤ん坊のおしゃぶりのようだった。
ゆえに、聴衆の反応はイマイチだ。
「サグマ様、これが魚になれる魔道具なのですか?」
「さすがに魚にはなれないな。水の中で息をするためのものだ。ま、詳しい説明は現地でするよ」
「現地でってことは、サグ、あんたも来る気なの?」
「もちろんだ。さすがに昨日の今日じゃ試す時間まではなかったからな」
せいぜい浴槽の中で胎児みたいな格好になってブクブクしただけだ。
ちゃんと使えるかどうか実地試験が必須なのだ。
「それに、シャックスの義足にしてもフィオの弓にしても水中での使用を想定して作っていない。俺の魔道具は防火・防水・防塵が標準仕様になっているから問題ないとは思うがな」
それでも、万が一ということはある。
動作環境を見ておくことは大事だ。
「俺も二人について行くよ。お前たちがアンデッドになって帰ってきても嫌だしな。俺が介錯してやるよ」
「あたしたちが死ぬのは確定なのね……」
「ま、実際、冒険者のアンデッドは多いしな。サグマがどうしてもって言うなら反対はしないぜ」
「私もサグマ様に同行します」
シャノンが無表情で名乗り出た。
「サグの護衛役ってわけね」
「いえ。ただ単にサグマ様のおそばにいたいだけです。大好きですから」
「くぉッフ!?」
フィオがむせ返った。
というわけで、4人でギルド本部を出る。
「本当に水没しているんだな」
組合で依頼を見繕ってからダンジョンに潜ると、すぐに行き止まりにぶつかった。
階段の中ほどから先は暗い水に没している。
「魚まで泳いでいるぞ。シャックス見て見て、魚さかなー!」
「子供みたいな声、わんわん反響させないでよね。誰かが聞いてたら恥ずかしいじゃないの」
ド正論だ。
いらんことは言うまい。
俺はおしゃぶりを全員に配った。
「それをバブってくれ。名づけて『気泡煙管』。風の魔法で空気を得る仕組みだ。口から吸ってケツから吐くのがコツだぞ」
「消化器系でも呼吸できるなんてサグマ様は素敵です」
「どの辺が素敵なのよ」
シャノンは小さな舌でおしゃぶりを舐め、変化に乏しい顔をほのかに赤らめた。
「サグマ様がお作りになられた品を口の中に……。なんと背徳的なのでしょう」
「卑猥なこと言ってんじゃないわよ。修道服でダンジョンに来るのもダーメ」
ボケ役が二人に増えたのでツッコミ役も大変だ。
「うおっ!? 空気が出てきたぞ!」
シャックスは口元でシュコォォォ、という風音を立てている。
「魔力が続く限り、いつまででも潜っていられるはずだぞ。それから、靴の上から履ける足ヒレも用意しておいた。シャックスは馬鹿だから手袋タイプの水掻きな」
「なんで馬鹿だと水掻きになるんだよ……」
「何から何まで用意がいいわね、サグは」
「こうして、私たちのギルドは堕落していったのですね」
「まったくだぜ。サグマにばかり頼りすぎねえようにしねえとな」
全員が潜水装備を身につけ、いざ、水中へ。
恐怖の水没ダンジョン巡りの始まりだ。




