38話
エルドの抜け殻を売ると、ギルド本部を再興しても余りある額になった。
怪我人も順調に回復しつつある。
最も重傷だったジョルコジもヒーラーの懸命な治療が実を結び、歩けるまでになっていた。
まあ、夜な夜な酒場に出かけるようになったのは甚だ遺憾ではあるが。
「くぅぅー! やっぱ外で飲む酒はたまんねえぜ!」
シャックスは上唇に泡を残したまま気持ちよさそうに吐息を漏らした。
「そうね。しばらく、本部にこもりきりだったものね」
その横でフィオはグラスに浮かんだ氷を指で弄んでいる。
俺はというと、絶妙に塩がきいた枝豆を際限なく口に放り込んでいるところだ。
現在、酒場通りのこじゃれた飲み屋で慰労会の真っ最中。
普段なら孤児院でマイヌの手作りディナーに舌鼓を打っている時間だが、たまには夜遊びも悪くない。
「サグマ、オレはよぉ、お前のことを心の底から尊敬してんだぜ!」
耳まで赤くしたシャックスが背中をバンバン叩いてくる。
「やっぱお前はすげえよ。あの自分以外をゴミとしか思ってねえエルドでさえ、お前にゃ一目置いていたしな」
そうか?
エルドは俺のこともゴミだと思っていたはずだ。
役に立つゴミとか金になるゴミとか、そんなところだろう。
あいつにとって、自分以外はすべてゴミなのだ。
「おい、義足野郎。てめえ、出て行きやがれ。雑魚と飲むと酒がまずくなるんだよ」
店の奥にいた酔っ払いがウザ絡みしてくる。
シャックスはジョッキの残りを飲み干すと、ふらふらっと立ち上がった。
「おう、そうだぜ? オレは天下無敵のクソ雑魚さ。だが、売られた喧嘩も買えねえほど臆病者じゃねえぜ? 表出ろや!」
「上等だボケ!」
懲りない奴だ。
もっとも、酔って喧嘩するのは冒険者の鑑らしいから、シャックスは模範的な冒険者と言えるのだが。
「あたし、連れがボコられてヒンヒン言っているところなんて二度と見たくないわ。行きましょ、サグ」
「おい、みんな。今夜はシャックスのおごりだ」
「「うおおおおおおおお――――ッ!!!」」
「サグ、あんた、後で怒られるわよ?」
そんな感じで居酒屋を出て、孤児院の方角に足を向ける。
「ごあっ!?」
後ろのほうからシャックスがやられる声が聞こえてきたが、気づかなかったことにしよう。
「この町って王都と比べると本当にレベルが高いわね。ダンジョンも魔物も冒険者もみんな強そうに見えるもの」
俺は冒険者じゃないから、見ただけで相手のレベルがわかるみたいな第六感は持ち合わせていない。
でも、場慣れしているフィオがそう言うならそうなのだろう。
「でも、あたし、思うの。あんたを追ってこの町に来てよかったって。本物の冒険をしてるってワクワク感を感じられるもの」
フィオは代わり映えのしない森暮らしに飽きて冒険者になった放蕩エルフだ。
刺激的なこの町なら500年くらいは退屈しないだろう。
夜闇にたたずむ孤児院が見えてくると、フィオは途端に黙りこくってしまった。
横目でチラチラこちらをうかがっているのを感じる。
前髪に枝豆のさやをぶら下げていることに、ついに気づいてくれたのだろうか。
ギルド本部の前を通り過ぎてもフィオはまだ俺の隣にいた。
「ほ、星が綺麗ね」
ぎこちない感じでそんなことを言われる。
「星? そんなもの見えないぞ?」
「なんでズボンの中、覗いてんのよ? そんなとこに星なんてあるわけないでしょうが。100億歩譲ってあったとしても綺麗ではないわよ」
まさしくその通りだ。
「星を観ていくか? 孤児院の屋根の上は絶好の観測スポットなんだ」
「し、仕方ないわね。あんたがどうしてもって言うなら付き合ってあげるわよ」
「マイヌたちも誘わないとな」
「……あんた、それもボケなの? 女の子と天体観測するってのに妹連れでくる馬鹿がどこにいんのよ。もう!」
ぷんすかしながらもフィオは屋根の上に体を横たえた。
俺もその上に寝転ぼうとしたが、蹴られたので横にごろんした。
「あらためて、星が綺麗ね」
「おい、人のズボンの中を覗――」
「覗いてないわよ! そろそろ黙んなさいよ、ボケ助!」
まあでも、たしかに星が綺麗だ。
この星空は田舎だった頃のまま何も変わっていない。
田舎でスローライフを送るという願いは夢幻と消えたが、これはこれでいいものだ。
「サグ、助けてくれてありがと」
フィオがささやくような声で言った。
エルドに捕まったときのことか。
「珍しいな。あのプライドの塊みたいなフィオがお礼を言うなんて。菓子折り持参の上、敬語で言えたらもっとよかったな」
「取引先か、あんたは!」
ベシッとした手が俺の手に触れた。
横でフィオがびくんとするのがわかった。
しかし、手を離そうとはしなかった。
むしろ、ニギニギしてくる。
「そういえば、前にもあたしのこと助けてくれたわよね。ほら、人さらいから。あんた弱いくせにあたしのためにボコボコになってくれて」
いや、それは違うぞ。
俺はあのとき格好よく助け出すつもりだったが、思った以上に非力すぎてフルボッコにされただけだ。
ボコボコになってでも助け出したのではない。
助け出そうとしてボコボコにされたのだ。
この二つは同じように見えてまったく違う。
前者はおのが危険を顧みない勇者だが、後者はなんかイケるだろうと根拠のない自信で死地に飛び込んだアホだ。
「あたし、あれ以来あんたのこと、その……」
フィオは普段の歯切れのよさをどこかに落としてしまったみたいにモジモジしている。
「す、す……」
「す?」
「すす、すすす……」
「すす?」
「す」から始まる言葉をあれこれ考えていると、不意に視線のようなものを感じて俺は体を起こした。
ピノアと目が合った。
天窓の陰から好奇心旺盛な目でじーっとこっちを見ている。
奇妙なことに、首から上と指先だけが闇の中に浮かんでいた。
どうやら『透皮衣』を羽織っているらしい。
フィオの顔がカーッと赤らむのが暗い中でもありありと見て取れた。
「す……す、す……」
と、うわごとのように言った後、彼女はビシッと俺に人差し指を突きつけた。
「バスタブ! そう、バスタブ! 今すぐ作りなさいよね!」
「す、はどこいったんだよ……」
「バスタブのスよ!」
「めちゃくちゃだな」
そもそも、なぜ突然バスタブなぞ作らねばならんのか。
空飛ぶ湯船で天の川でも渡る気か、こいつは。
「うっさいわね。知ってんのよ、あんたン家のお風呂が魔道具でハイテク化されてるってことは。こんなボロ孤児院の風呂のほうが快適なんておかしいわ。ウチにも大豪邸にふさわしいゴージャスなプールを作りなさいよね!」
「バスタブじゃないのかよ。俺にツッコミ役をさせるな。溶けたらどうする?」
「あんたは塩振られたナメクジか何かなの?」
「どう見ても人間ナメ! お前の目は節穴ックジ?」
「待ってなさいよね。塩取ってくるから」
フィオはひとっ飛びで屋根から下りると、どうやら食堂のほうに走っていったらしい。
星空の似合わないうるさい奴だ。
「ピノア、お膝においで。……うん、ローブは脱いで座ろうな。じゃないと俺、宙に浮かぶ生首と天体観測する異常者だとご近所さんに思われちゃうから」
はあ。
これからも、なんやかんや忙しくなりそうな予感だ。
やっぱり俺は田舎でのんびり暮らしたい。
どこかにスローライフしかなさそうな辺境地はないものだろうか。
そんなことを思いつつ、俺は頭から塩をかぶるのであった。
これにて、第1章終了です。
次話から新章です。引き続きよろしくお願いします
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