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36話


「君たち、一体どこから……? 何もない場所から突然現れたように見えたが」


 エルドは怪訝な顔でシャックスたちを見つめている。

 その目が脱ぎ捨てられた2着のローブに向けられた。


「……なるほど。サグマの魔道具で姿を消していたのか」


 まあ、そういうことだ。

 透明化魔道具『透皮衣レオン・ローブ』――。

 先日、討伐した『透皮竜トラパレオン』の特殊な外皮を利用して作った俺の最新作だ。

 俺一人で本部を出たと見せかけて、実は姿を消した二人が一緒だったのだ。

 素早く動くと景色が歪んでしまう欠点はあったが、星明かりもない夜道で助かった。


「それで?」


 エルドは鼻をフンと鳴らした。


「頭数が増えたからなんだと言うんだい? 僕の優位は変わらない。僕は最強なんだ。この鎧を作った君がそれを誰よりも理解しているはずだ」


 まあ、それはそう。

 シャックスの蹴りはまともに入っていた。

 しかし、黄金の鎧には傷ひとつついていない。


「さすが俺の最高傑作だな」


「感心してる場合かよ。オレ、殺す気で蹴ったぞ? なんで無傷なんだよ」


「あの鎧はシャックスの義足と似た仕組みなんだ。受けた衝撃を魔力に変換して蓄えることができる。だから、蹴れば蹴るだけ強くなるんだよ」


 受けた攻撃を防御力に変える。

 それが、魔動鎧『永寧の黄昏鎧ゴールデン・スランバー』の最大の特徴だ。


「なら、あたしの矢でぶち抜いてやるわ!」


「それも無理なんだよなぁ」


 フィオの放った矢は砲声じみた音を立てたが、鎧に触れた途端、アスファルトに落ちた水滴のように砕け散った。


「古来から金には破魔の力があるとされている。あの鎧は純金製でな、いかなる魔法も通じないんだ。魔力の矢もしかり。すごいだろ?」


「すごいわ。でも、そのドヤ顔、腹立つからやめなさい」


 そうしよう。

 そうしなければ、俺の鼻っつらに矢が刺さりそうだ。


 くつくつとエルドが笑う。


「君たちはサグマに新しいオモチャを作ってもらったようだけど、剣から槍に持ち替えたところで雑兵が雑兵であることに変わりはない。究極にして完璧なる僕を傷つけることなどできないのだよ」


「ヘッ、そうかな? オレたちも最近までお前と同じように有頂天だったんだぜ? この世に自分より強ぇ奴なんていないってな」


「でも、井の中のカワズだったわ。世界ってのはね、広いのよ。あんたの鼻もポッキリ折ってあげる。シャックスみたいにね」


「オレかよ……」


 シャックス&フィオVSエルド――。

 両者の間に張り詰めた空気が漂う。

 会って話せば何か変わるかもと淡い期待をしてみたわけだが、やはり物別れに終わるらしい。


 さて。

 シャックスとフィオは新装備で格段に力を増した。

 それでも、エルドには敵わないだろう。

 ここは、俺があれを使って――


 ……ズン。


 大地を踏みしめる重い音がした。

 広間の奥の横穴から斧を持った牛が歩み出てきた。

 いつだったかの牛男だ。


「ヌアアアアアアア――――ッ!!」


 牛男は斧を振り回しながら近づいてくる。


「まずい! あいつはやばい! 逃――」


 シャックスの声が黄金の波にかき消された。

 エルドの持つ剣が太陽のように煌々と光っていた。


「やれやれ。復讐劇の舞台に家畜を招待した覚えはないんだけどね」


 金の波が牛男を呑み込んだ。

 鮮烈な力の奔流が駆け抜け、岩壁をぶち抜いた。

 天井がバラバラと崩れ落ちてくる。

 揺れが収まるのに、ゆうに10数秒はかかった。


 牛男は肉片さえ残されていなかった。

 遠雷のような音がダンジョン中に轟いている。

 今の一撃はかなり遠くのほうまで達したらしい。

 町に被害が出ていなければいいが。


「う、嘘だろ。あのガウグロプスが……」


 シャックスが驚愕とした面持ちで後ずさりした。


「強ぇのは知っていたが、まさかこれほどとは」


「フフ、筆頭ヘッドパーティーの一員として長らく冒険を共にした君たちにも、僕の本気を見せるのは初めてだったね。別に隠していたわけじゃないんだ。僕の力はあまりにも強大すぎてダンジョンをも壊しかねない。だから、おいそれと力を振るえなかったんだよ」


 エルドは剣をこちらに向けた。

 次は君たちの番だククク……、と顔に書いてある。


「すまねえ、サグマ。オレたちの認識が甘かった。お前を守りきれねえかもしれねえ」


「サグ! あんたは透明ローブを羽織って逃げて! なんとか逃げる時間だけは稼ぐわ!」


「何を稼ぐって?」


 瞬間移動のような速さでエルドが動いた。

 左腕のひと振りでシャックスを岩壁に叩きつけ、右手でフィオの首をむんずと掴む。

 宙吊りにされたフィオは脚をばたつかせたが、その程度では岩をも砕く鎧の握力から逃れることはできない。


「フッハッハッ! なんて弱いんだ! それでも僕の部下なのか!? やはりサグマ以外はクズだな! しょせんは僕という黄金に添えられた草花だ! 吹けば飛ぶような軽い命なんだよ! ――さあ、土下座しろよサグマ! この女をトマトみたいに搾られたくないなら伏して赦しを乞え!」


 人間とは、プライドより下に頭を下げられない生き物だ。

 俺のプライドはベルトの高さだ。

 もちろん俺は伏したりしない。

 ボケ以外で土下座なんてできるか。


「サ、グ……。あたしのことなんて、いいから、逃げ……て」


 とフィオが苦しげに言う。

 それもお断りだ。

 仲間に背を向けるのは、背中を預けるときだけだ。

 それが冒険者だ、と昔シャックスが酔った勢いで気持ちよさそうに話していた。

 俺もそう思う。

 だから、言う。


「言っただろ、フィオ。エルドの鎧については俺に考えがあるってな」


「考えだって? ハハッ、魔道具を作るしか能のない君みたいな雑魚に何ができる? 僕は『黄金のエルド』だ。この世界で最も完成された存在なんだぞ?」


 たしかに、俺は魔道具を作るしか取り柄のない人間だ。

 しかし、製作者だからこその特権を持っていたりする。


「エルド、最後に訊かせてくれ。嫌がらせをやめて王都に戻るつもりはないか?」


「王都には戻るさ。君たちを地獄に堕とした後でね」


 そうか。

 残念だ。


「――『永寧の黄昏鎧ゴールデン・スランバー』全装甲強制停止(シャットダウン)


 俺は明瞭な声でそう告げた。


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