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35話


 草木も寝静まる丑三つ時。

 丑三つ時が何時かは知らないが、とにかく、星明かりすらない真っ暗な中、俺はギルド本部から抜け出した。

 漆黒の外套を頭から羽織り、路地裏をジグザグに駆けていく。


 町は死んだように静まり返っていた。

 俺の足音以外には虫の鳴き声すら聞こえてこない。

 しかし、つかず離れずの距離で俺を追いかける気配だけはいつまでも消えなかった。

 それでいい。


 酔って寝ている見張りの脇を通ってダンジョンに入る。

 魔物と鉢合わせしないことを祈りながら、俺は奥へ奥へと走った。

 夜風に当たっていたときは寒気すら覚えたが、ダンジョンに入ると汗が噴き出してきた。

 蒸し暑さもあるだろうが、半分は緊張からくる汗だと思う。


 肌にへばりつく布地に不快感を抱きながらも俺はとにかく足だけは動かし続けた。

 やがて、大きな広間のような場所に出た。

 魔動コンパスは地下40メートルを示している。

 ここなら、少々おイタをしても地上に被害は出ないだろう。


「鬼ごっこはもう終わりでいいのかな?」


 背後で声がした。

 振り返ると、黒ずくめの人影が見えた。

 フードを目深にかぶっていて顔は見えない。

 だが、ローブの下で輝く黄金の鎧はまさしく俺が作ったものだった。

 狙い通りというべきか、うまく釣れたらしい。

 餌がいいから当然だ。


「久しぶりだな、エルド」


 俺はそいつの名を呼んだ。

 金の篭手がローブを掴み、ひと息に脱ぎ捨てた。


「やあっ! 久しぶりだね、サグマ!」


 ニタつく顔で声をかけてきたのは、


「え……誰!?」


 知らないハゲだった。


 いや、顔は知っている。

 あの陰険な笑み、……間違いなくエルドだ。

 しかし、髪型が違う。

 イメチェンとかそういうアレではなく、もっと根底から違っている。

 根っこからだ。

 毛根レベルでおかしなことになっている。


 エルドはなぜかハゲ散らかしていた。

 大凶作の田んぼみたいな髪型でニヒルな笑みをたたえていた。


「……なるほどな。俺を驚かせて隙を突こうという魂胆か」


「何を言っているんだ、君は。ここまでの道中、ずっと隙だらけだったじゃないか」


「え? じゃあ、その髪型はなに!?」


 エルドは答えなかった。

 代わりに、ククク……と口の奥で笑った。


「サグマ、正気に戻っていたなんてね、驚いたよ。それとも、最初からすべて演技だったのかな? まあ、僕としては嬉しいね。苦しみと後悔は正気でなければ味わえない至高のスパイスだからね」


「まだ、そんなことを言っているのか。もう十分だろ。嫌がらせはやめろ。陰でネチネチしやがって。ゴキブリ用のトリモチか、お前は」


「嫌がらせはやめろ? クク、逆だろう。君が僕に嫌がらせをしたんじゃないか」


「俺が?」


 1ミリも心当たりがないので、首をかしげるほかない。


「貴族家の末子にすぎない僕にとって、Sランク冒険者ギルドの長というステータスこそがすべてだったんだ。兄さんたちから爵位を奪うために必死の思いで金と人望を集め、ギルドを大きくしてきた。それを君が奪った。君が僕からすべてを奪ったんだ。嫉妬したんだろう。君は僕が羨ましくて仕方ないから狂ったふりして仲間の同情を引いたんだ。この卑怯者」


「えっ……ん?」


 どこにツッコミを入れればいいのだろう。

 人望を集めた、のくだりか?

 集まってねえだろ。

 それとも、嫉妬のほうだろうか。

 羨ましくて仕方ないのところかな。

 いずれも事実ではない。


「エルド、冗談はそこまでにしてくれ。俺は真剣な話をするためにここに来たんだ」


「冗談、だと……」


 エルドの顔がサッと赤らんだ。

 額の血管を水風船のように怒張させ、


「キイぐげえきききききンンぐぐぐ……」


 などと、うめきながら歯ぎしりしている。

 そんでもって、髪をぶちぶちと引きちぎった。

 よくわからないが、なんかすごい。


「君は僕の人生設計を台無しにした。なのに何の反省もしていない。被害者の声を聴いてなお冗談などと妄言を吐いている。クズ。このクズが! 悪魔! 悪魔、悪魔、悪魔!」


 エルドが「魔」の音に合わせて地団駄を踏むと、横風を受けた吊り橋のように地面が揺れた。

 天井、落ちてこないよな?


「殺したい殺したい殺したい! ……でも、僕はどう転んでも貴族だ。上に立つ者としての振る舞いを幼い頃から叩き込まれてきた。愚か者に慈悲を与えるのも貴族たる者の義務なんだ」


 エルドはにっこりとほほ笑みかけてきた。


「サグマ、君は極めて稀有で有能な人材だ。僕も方々探したが、君ほどの職人は見つからなかった。余人をもって代え難しというやつだよ。なんてすごいんだ。その技量に免じて一度だけチャンスをあげよう。戻ってこいよ、サグマ」


「戻ってこい? みんなこっちにいるんだが」


「……みんな? あんな奴らどうでもいいじゃないか。僕は君さえいてくれればいい。あとは替えがきく人材なんだから」


 なんというか、考えさせられる言葉だ。

 エルドにとって「戻ってこい」の主体は自分自身なのだろう。

 でも、俺にとっては違う。

 俺に戻るべき場所があるとすれば、それは仲間のところだ。

 だから、返事はこうなる。


「お断りだ、エルド。仲間のいるべき場所こそが俺の居場所だと思うから」


 エルドは笑顔のまま、残された最後の髪を引きちぎった。

 来る――!!

 俺が身構えるのと、エルドが踏み込むのは同時だった。

 黄金の剣を抜き放ち、地面を踏み砕きながら猛然と突っ込んできたエルドがしかし、なぜか馬車に撥ねられたように吹っ飛んでいった。


 景色がぬらりと歪んで、二人分の後ろ姿が現れる。

 一人は弓を構えた美女。

 もう一人は右脚を振り抜いた姿で立つ義足の青年。


「シャックス! ママ!」


「おう! 真打ち登場ってな!」


「誰がママよ!」


 シャックスとフィオのご登場だった。


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