34話
四重の結界でギルド本部をすっぽり覆ってやった。
結界が雨粒のように投石を弾くのを見て、ギルメンたちは口々に歓声を上げた。
しかし、これでは甲羅にこもった亀だ。
根本的解決にはなっていない。
「割られた窓ガラスが30枚。屋根に登ってみたら17箇所も穴があいていたわ。壁にも20箇所くらい。修繕費だけでもすごい値段になりそう」
「依頼を受けに行けねえのも響くな。サグマのおかげで雨はしのげているが、籠城を続けてもジリ貧になるだけだ」
「結局、エルドの奴をぶん殴らない限り終わらないのよね」
シャックスとフィオは忌々しげな顔で窓の外に目を光らせている。
「籠城するにも限度はあるな。もう食料が底をつきかけている」
俺はカラになった木箱を蹴った。
痩せたイモとしなびた葉野菜。
ほかには野菜についていた土と小さい虫くらいしか入っていない。
「第二パーティーと第三パーティーから武闘派を選出して買い出しに行かせよう。サグマ、それでいいか?」
「お菓子を買ってくるのを忘れないでくれ。……いや、違うんだ。待ってくれ。俺はおいしいものを食べればみんなの気が楽になるかなと思って。別にお菓子を食べたくてウズウズしているわけじゃないぞ? ……じゅるる。うっ、よだれが!? こ、これは違うんだ! 俺は本当にみんなのためを思ってだな。だから、その視線のナイフを下ろしてくれよ。……痛っ! 刺すことないだろ。うわ、血が止まらない……」
「あんたを見てるだけで気が楽になるわよ。何もかもバカバカしくなるって意味でだけどね」
というわけで、買い出し組が出発した。
見送りのために庭に出たところで、事件発生。
近所の家の扉が開いて、血まみれの男の子が転がり出てきた。
「どうした? 誰にやられたんだ!?」
答えを察しつつ尋ねると、少年は血のあぶくを吐きながら言った。
「金色……、の鎧の……」
それだけで十分だった。
「あの野郎、オレたちを狙えねえもんだからご近所さんを標的にしやがったんだ」
「信じらんない。子供にまで手を上げるなんて……」
これには俺も絶句だった。
そして、寒気を覚えた。
隣の孤児院が狙われるのも時間の問題だろう。
「オレ、衛兵詰所に行ってくる。おまわりに泣きつくのはダッセえが、そんなこと言っている場合じゃねえからな。今だけ単独行動させてもらうぜ。この義足で屋根の上を跳んで行けば、さすがのエルドも追いつけるわけがねえ」
言うが早いか、シャックスはひと蹴りで屋根に駆け上がった。
そして、半日が経っても彼は帰ってこなかった。
「ねえ、サグ。買い出し組も戻ってこないわ。きっと何かあったのよ」
フィオの予感は的中した。
翌朝、1台の馬車がギルド本部前に停まった。
客室から降りてきたシャックスを見て安堵したのも束の間、俺たちは揃って言葉を失った。
買い出しに行った3人が満身創痍で座席に横たわっていたからだ。
「エルドにやられたらしい。ウチでも指折りの武闘派を行かせたつもりだったんだがな。太刀打ちできなかったようだ」
シャックスは歯ぎしりしながらそう言った。
◇
「あの野郎、とことんオレらを追い込むつもりだ」
ロウソクの灯りが照らす暗い執務室でシャックスは静かに憤っている。
フィオも握りこぶしを震わせている。
俺はというと執務机に突っ伏して痛む頭に手を当てていた。
食料はとうに尽きた。
しかし、近所の八百屋に買い出しに行くことさえ大きな危険が伴う。
本部の修理に仲間の治療。
出費はかさむ一方なのに、依頼を受けることさえままならない。
結界魔道具でいちおうの安全は確保できているものの、エルドがその気になれば破ることは容易いだろう。
このロウソクの火のようにいつ吹き消されるともしれない身だ。
まるで、敗軍の将にでもなった気分だった。
仲間たちも疲弊している。
いつどこから狙われるかわからない恐怖で満足な睡眠もできない上に食うや食わずとなれば当然だ。
「衛兵詰所に行ってきたんだろう、シャックス」
「ああ、内輪揉めに付き合うつもりはねえとさ。奴らの仕事はでかい顔で町を練り歩くことだ。金を積めば動いてくれるだろうが……」
「今のあたしたちじゃ無理ね」
息の詰まる空気が流れる。
俺は雰囲気を変えるべく変顔をした。
シャックスも変顔をした。
フィオがキレそうになる。
よし、ふざけるのはここまでだ。
「守るものがある分、あたしたちのほうが不利よね。エルドには失うものがないわ。無敵の人ってやつよ」
「このまま我慢していても退いてくれるとは思えねえ。奴は恨みを永遠に忘れねえタイプのクズだ。詫びを入れても赦しちゃくれねえだろうな」
「謝るなんて冗談じゃないわ! あいつが謝るべきよ、特にサグに!」
別に謝罪なんていらないが、ともかく、このままというわけにもいかない。
「会って話すしかないな」
俺がぽつりとつぶやくと、シャックスは眉を歪めて懐疑的な顔をした。
「話すったって一筋縄じゃいかねえぞ? 奴にはあの鎧があるからな」
エルドの金ピカ鎧。
あれは、俺が作った最高傑作の魔道具だ。
攻めては土石流のごとし。
守っては不落城のごとし。
隕石の直撃にすら耐えられるように作った、文字通り最強の鎧だ。
「サグ、なんてもの作ったのよ……」
「だってだって、エルドがおやすみくれるってゆったもんっフィ! ボク、やすみたかったんだっフィオ!」
「ねえシャックス。このサグみたいな馬鹿、篭手つけた手で殴ってもいいかしら?」
「大丈夫だろ。やっちまえよ」
まあまあ、落ち着けよヘイヘイ。
俺は一転して真顔になった。
「エルドの鎧については俺に考えがある。直接対決になれば、まず絶対に負けることはない」
「しかし、町ン中で暴れられれば被害は深刻だぞ。あいつ自身が脅威度Sの魔物みてえなもんだからな」
「大暴れしても誰も文句を言わない場所なら足元にいくらでもあるだろう」
「まさか、ダンジョンにおびき出すってこと?」
「そのまさかだ」
二人は微妙な反応をした。
「言っちゃ悪いが、悪知恵なら向こうのほうが上だと思うぞ?」
「よっぽどうまくやらないと、裏をかかれることになるわ」
「そこら辺も考えてある」
俺は執務机に上がって腕組みした。
でも、行儀が悪いので下りてから、二人に言う。
「俺が餌になる」
金のなる木がトコトコ歩いていたら、奴もホイホイ追いかけてくるはずだ。
当然、罠である可能性は考慮するだろうが、エルドは自分の強さに絶対の自信を持っている。
罠だと知った上で追ってくるはずだ。
「ダメよ、そんなの! あんたに何かあったらどうすんのよ!」
フィオは見たことないくらい必死な面持ちだ。
心配してくれるのは嬉しい。
「だが、仲間が大変なんだ。ダメと言われても俺はやる」
机の引き出しを開けて、俺はペーパーナイフを取り出した。
それを自分に突きつけて叫ぶ。
「どうしても止めるって言うなら、ここで死んでやる! 俺は本気だフーフー!」
「元も子もねえだろ。あと、うるせえよ」
シャックスは髪をガサガサと掻きむしって盛大なため息を吐き出した。
「あーもーわかったよ。サグマが本気だってんなら止めねえ。その作戦でいこう。だが、オレたちにも手伝わせてくれ」
「そこは譲れないわ! あんただけに危険な想いをさせるなんてできないもの! あたし、不安で死んじゃうかもしれない!」
そういうことなら、協力してもらおう。
「作戦を伝える。ケツを近づけてくれ」
「お前、尻で会話できるのかよ……」
「そういう魔道具を作ったってことじゃないの? どっちにせよ完全にイカれてるわね……」




