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31話


「ジョルコジがやられた……!?」


 シャックスが勢いよく立ち上がった。

 あまりの勢いだったため、天井スレスレまで飛び上がって尻から落下するほどだった。


「いてて……。いや、オレの尻はどうでもいい。誰にやられた!? オレらを快く思わねえギルドの連中か?」


 フィオは首を横に振っている。


「違うわよ。あたしたちは良くも悪くも舐められてるから、わざわざ嫌がらせしようなんて暇人はいないわ」


「そりゃまあ、……オレのせいだな」


「おおかた、酔っ払い同士ド突き合いでもしたんだろう」


 俺は牛肉増し増しサンドイッチにかぶりつきながら、冷ややかな意見を述べた。

 冒険者の世界じゃ喧嘩なんて日常茶飯事だ。

 みんな挨拶がわりに殴り合いをしている。

 それがきっかけで無二の親友になったりする奴もいるらしい。

 変な連中だ。


「そんなことより大変なんだよ。あんなにいっぱいあった牛男の肉がついに底をついてしまってな。みんなで食べると無くなるのも早いな」


「おいサグマ、牛男ってなんだよ。オレらが食ってた肉、普通の牛肉じゃなかったってのか!?」


「なあシャックス、そもそも普通ってなんだ? 世界のどこかには牛男を放牧している牧場もあるかもしれない。そこでは普通の牛肉は牛男の牛肉のことを指すんだよ。価値観の基準はたくさんあっていいはずだ。普通なんて言葉を安易に用いるな」


「なんでオレが怒られてんだよ。理解できねえよ」


「あんたたち、駄弁ってる場合じゃないわよ?」


 フィオは窓から食堂を覗き込むようにして怖い顔を浮かべている。


「……あいつよ。あいつなの。ジョルコジをやったのは」


 あいつ。

 それが誰であるか聞くまでもなく俺の胸には冷たい感触が広がっていた。


「エルドよ」


 世界からあらゆる音が消えた気がした。

 白くなっていく頭の中に過酷な王都での日々が猛烈な勢いでフラッシュバックした。


「おえええええ……ッ」


 と、俺は裏声でつぶやいた。

 寄り目になってタップダンスし、3回まわってニャーと言う。

 そして、静かに席に戻った。


「どういうリアクションよ、それ……」


 フィオが唖然とした様子でこちらを見ている。


「いや、俺もあまりのことにどう反応していいかわからなくてな。つい……」


 エルドか。

 俺をいたぶり尽くした元・上司。

 二度と聞きたくなかった名前だ。


 あいつは金に汚い奴ではあったが、頭のキレは悪いほうではなかった。

 ギルメンの集団失踪とカラになった金庫。

 その二つと俺の錯乱が無関係ではないことにすぐ気づいたはずだ。

 それで、はるばる王都から訪ねてきてくれたのだろう。


 シャックスがバッと頭を下げた。


「悪りぃ、サグマ! オレたちが余計なことしちまったせいでお前の足を引っ張っちまった!」


「ほんとだよ! どうするんだよ、シャックス! これはもう金しかねえな。金だろ金」


「……ゆすってんじゃねえよ。お前、割と余裕あるな」


 それはまあ、そうだ。

 シャックスたちギルメンがベルトンヒルにいるということは、エルドも先刻承知済みだろう。

 だが、奴はまだ知らない。

 俺の錯乱が狂言だったことを。


「要するに、俺は狂ったふりをしておけばいいってわけだ。お前たちが一人ずつエルドの凶刃にかかって死んでいくのを小躍りしながら眺めてやるギャハハ!」


「おい、フィオ。ここにカスがいるぞ」


「ホントね。あたし、エルドに会ったらサグは正気だったって教えてやるわ」


 二人分の白眼視が俺を串刺しにする。

 冗談だよ。

 俺は牛男サンドの残りを飲み下して立ち上がった。


「憶測で不安がっても仕方ない。とりあえず、ジョルコジの墓に行ってみよう。詳しく事情を聞けば、おのずからなすべきことも見えてくるはずだ」


「勝手に殺してんじゃないわよ。半殺しにはされてたけど、ちゃんと生きてたわよ」


 ということなので、安い酒を持って見舞いに行く。


「んぴょおお! んここ! おほフンガアバ!」


「たうぉ! たうぉ! ほんはー!」


「ウンゴ・バンバンゴ・ボンボンゴ! ボンゴ・ダンダンゴ・ポンポンコ! ヒェー!」


 隣の大豪邸までの短い道のりを俺は狂乱の舞で駆け抜けた。

 フィオが泣きそうな顔で掴みかかってくる。


「ちょ、なんなのよ! ご近所さんに変な目で見られるじゃないの! 恥ずかしいわよ! やめなさいよ、もう!」


「にょ! 仕方ないだろホニョホホ! どこにエルドの目がウンパ! あるかわからないんだからッポコニュ、ぽっぽー! ぴゃー! レサゴコニ! ホゲ!」


 俺はよろめいたふりをしてフィオにもたれかかった。

 で、耳元で言う。


「お前も狂ってみろよ。意外と気持ちいいんだぜ? な? ちょっとだけだって。ちょっとだけやってみろよ、なあ」


「もう! 耳元で低い声出すんじゃないってのよ! ぞわぞわするわね!」


 顔を赤らめて両手を突き出すフィオ。

 俺は突き飛ばされた勢いでシャックスにヒップアタックし、奇声を上げながら往復ビンタしてから、庭の噴水に飛び込み、花壇の花を食べ、


「お邪魔しまピョコ! すゥッ! ポイヨ!」


 とか言いつつギルド本部に飛び込んだ。

 襟を正してから言う。


「ジョルコジから事情を聞き次第、主だったメンバーを集めて今後の方針を協議しよう。エルドは暴力に訴えた。あいつの性格を思えば、今後も我々に同様の報復を行うはずだ。これ以上、怪我人を出さないよう腰を据えて対応しよう」


「緩急エグいな、お前……」


「でも、今のサグマ、ギルマスっぽくてかっこいいわ!」


 そういえば、俺はギルドマスターになったのだった。

 肩書きだけとはいえ、ギルマスはギルマスだ。

 たまには、それっぽいこともしないとな。

 じゃないと、住み慣れた王都を捨ててこんなところまで来てくれた仲間たちに面目が立たないというものだ。


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