30話 ジョルコジ
「今夜はまぁ、一段とぉ冷えるねぇっとぉ……」
季節は夏へと向かっているはずだが、雪かぶりの山脈から吹き降ろす風にはまだ冬の名残があった。
ジョルコジはスキットルと熱い口づけを交わし、満天の星空を振り仰いだ。
喉を下りていく焼けるような感覚が心地よかった。
「さぁーてとぉ、今宵のぉ職場はぁどーれにしよぉかなぁ、っとぉ」
通りに建ち並ぶ店はどこもジョッキやグラス、麦やブドウをモチーフにした看板を出している。
中から漏れ聞こえてくるのは酔いどれ冒険者たちの高笑いと愉快な歌声だ。
「今日はここにしておくかぁ……」
路地をひとつ入ったところにある、あなぐら的酒場からなんとなくピンと来るものを感じて、ジョルコジはもつれる足で店に上がり込んだ。
カウンターの奥からふくよかな女が愛想のいい笑みを向けてくる。
「ジョルコジさん、また来たのかい? ウチとしては儲かるからいいけどさ、飲みすぎは毒だよ?」
「ママよぉ、前にも言っただろぉ? オレっちは飲むのが仕事なんだぜぇ」
「そいつぁいいね。出勤ご苦労様だよ」
ママは冗談だと思ったようだが、別に嘘をついた覚えはない。
ジョルコジの天職は『情報屋』だった。
天職とは、才能のようなものだ。
この天職のおかげで、ジョルコジの目には有益な情報を持つ人物がスポットライトでも浴びているように輝いて見えた。
誰がどんな情報を握っているのかさえ顔を一目見れば察しがつくほどだった。
サグマには遠く及ばないものの、金のなる天職だ。
最底辺冒険者にすぎないジョルコジが王都屈指のギルドに所属していたのも、高い情報収集能力を買われてのことだった。
「好きなとこにかけてちょうだいよ、ジョルコジさん」
「そうさせてもらうぜぇ」
店の奥に知っている顔を見つけた。
グループ席とグループ席の間にある一人席で、たぬき寝入りを決め込む男。
髪はボサボサなのに、耳の周りだけ綺麗に切り揃えられている。
周囲の客の情報を聞き逃さないために情報屋がよくやる髪型だった。
その男は淡い光を帯びているように見えた。
何か情報を握っているようだ。
「いよぉ、スミッギ。儲かってるかぁ?」
「……っう? ああ、ジョルコジの旦那か。寝落ちしちまってたぜ」
「下手な芝居ならしねえほうがマシってもんだぜぇ?」
「へっ、バレバレだったか。……つか、おい! なんであんたがオレの名前を知ってんだよ。名乗った覚えはねえぞ? それもよりによって本名のほうを」
「オレっちの職業、忘れちまったのかぁ?」
スミッギは頬をぴくぴくさせつつも、グループ席に座り直した。
折よくママが酒とツマミを持ってきてくれた。
ジョルコジは割れた唇でニヤッと笑った。
「へへ、酒場ってのはいいねぇ。酒も飲めるし情報の宝庫だしよぉ」
冒険者の情報は酒場に集まる――。
昔から格言のように言われている言葉だ。
実際、酔って口が軽くなった冒険者たちが穴場やら魔物の動向やらを小鳥のようにさえずっている。
『情報屋』の天職を持つジョルコジの耳は、喧騒の中から有益な会話だけを拾うことができた。
飲んでいるだけで金目の話が舞い込んでくるのだから、こんなに面白い職場はない。
「なによりよぉ、飲み代を経費で落とせるってのが最高なのよぉ」
「ケッ。旦那の雇い主が誰だか知らねえが、ずいぶんとまあ太っ腹だね。羨ましいったらないぜ」
「ヒヒヒ、まさに天職ってなぁ」
ジョルコジは赤ら顔に鋭い眼光を浮かべた。
スミッギも酔ったふりをやめて仕事人の顔になった。
「旦那、『時はゆっくり』ってギルドは知ってるだろ?」
「お上りさんの自称Sランクが本場のBランカーにタコにされたって笑い話だろぉ。そんなもん、まだ腹ン中にいる赤ん坊でも知ってるぜぇ?」
「それが最近、真逆の話を聞くようになってな。なんでも、シャックソとピョオとかいう二大エースがとにかく常軌を逸した強さなんだと。人間じゃねえって話まで聞こえてくるぜ?」
「シャックスエルクとフィオレットだ」
「ん? 旦那はもう知っていたのか?」
「そりゃ、そいつらはオレっちのギルドの若造だからなぁ」
「ゲッ、マジかよ……」
スミッギは陰口を本人に聞かれたような気まずさを顔ににじませた。
それを、ぎこちなく笑って誤魔化す。
「そんじゃ、こっちのは知ってるか? 魔道具を作れる男の話だ」
「そいつぁガセネタよぉ。よぉーく考えてみろぉ。魔道具を作れるってことはよぉ、ヒリ出したクソが全部黄金になるくらいに信じられねえことだぜぇ?」
「んだよー。もうガセだって突き止めてんのか。あんたには敵わないな、旦那。王都から来て日も浅せえってのによ。この町にゃあんた以上の情報ツウはもういねえんじゃねえか?」
ジョルコジは控えめに笑った。
サグマが魔道具を作れるという話は身内だけの秘密だ。
仲間に義理立てした後に飲む酒は格別にうまかった。
「スミッギ、与太話はここまでにしようぜぇ。例の件、調べはついてんだろぉ?」
「旦那こそ以前頼んだ件、調べてくれたんだろうな?」
「ケツ毛の数まで把握済みよぉ。この紙にまとめてあんぜぇ。読んだら燃やしちまぇ」
「こりゃすげえや。さっすが旦那だ。……悪りぃな。こっちは噂程度なんだが」
スミッギは一度周りに視線を走らせ、聞き耳が立っていないことを確認してから顔を寄せてきた。
「ほんの2日前のことだ。ダチの知人が金ピカの鎧を着た若い男を見たらしい。その知人ってのは門番なんだがな、どこから来たのか尋ねたら、その金ピカは『王都から』と答えたそうだ」
ジョルコジはカッと目を見開いた。
ガッついて足元を見られないよう、あまり興味なさげに尋ねる。
「へぇ。そいつ、どんな奴だったんだぁ?」
「名前は知らねえ。歳は20前後。身なりのいいハゲだとよ」
「ハゲだぁ? なら、オレっちが捜してる奴とは違うなぁ」
そう笑いつつも、一抹の胸騒ぎを覚えた。
ハゲという特徴以外はすべて一致しているのが気がかりだ。
ジョルコジはひとつ大あくびをし、細めたまぶたの隙間からスミッギの顔を盗み見た。
情報提供者が嘘をつけばわかる。
それもまた天職が与えた異能だった。
(……嘘はねえな)
ジョルコジは机を杖がわりにして立ち上がった。
「悪酔いしちまう前に帰るぜぇ」
「あんた、いつも悪酔いしてるだろうが」
「ヒヒ、違いねぇ。金ピカ鎧の件、また何かわかったら教えてくれやぁ」
会計をすませて酒場を出る。
ジョルコジは人通りの絶えた通りをふらふらと歩き出した。
(もう一軒あたってみるか)
門番が見たという金ピカの鎧。
まったくの人違いという線もある。
だが、調べておいたほうがいいだろう。
仕事熱心なほうではなかったが、職業柄、情報をあやふやなままにしておくのは尻のすわりが悪かった。
ビューと夜風が吹き抜ける。
ジョルコジは思わず身震いした。
こんなときには酒だ。
強い酒をひとくち飲み込めばどんな雪山でも南国に変わる。
スキットルの栓を抜き、飲み口に吸いつこうとしたところで声がかかる。
「やあっ」
男が一人、行く手を塞ぐように立っていた。
顔はフードに隠れていたが、月明かりの中で重い輝きを放つ鎧はそれが誰であるのかを如実に物語っていた。
あれを身につけているのは世界に一人だけだ。
「君は僕の部下の中でもサグマの次に優秀だったからね、情報を流していれば君のほうからやってくると思ったよ、ジョルコジ」
「そうかよぉ。オレっちとしたことが、しくじっちまったなぁ」
「安心してくれ。殺しはしない。これは僕の復讐劇の、ほんの序章にすぎないのだからね」
闇の中で白い歯が半月を描いた。
「ヒ、ヒヒ……。なるべく加減しとくれよぉ。なぁ、エルドぉ」




