27話
薄暗い窮屈な洞窟を這うようにして進んでいくと、突然視界が開けた。
青と緑のコントラストで目がくらむ。
そこは、草原のような場所だった。
稲穂に似た草がずっと遠くのほうまで生い茂っている。
上には雲ひとつない青空が広がっているのに、なぜか妙な閉塞感も感じられた。
「外に出たのか?」
「そんなはずないわよ。深度計は地下の表示になっているもの」
フィオは手首の魔動コンパスに目を落としている。
針の横に、光る文字で『-37m』と記されている。
地上は40メートル近く上ということだ。
「これ、まさか空間特異点か?」
シャックスが半信半疑とばかりにつぶやいた。
空間特異点――。
俺も名前だけは聞いたことがある。
ダンジョン内に稀に見られる空間の歪んだ場所のことだ。
空間が歪んでいるということは、「大きさ」や「高さ」、「奥行き」にも狂いがあるということ。
だだっ広い草原に見えるが、実際の広さは俺の部屋と同じくらいだったりするのかもしれない。
「よく見たら空じゃないな」
俺は指の隙間からまばゆい空を見上げた。
雲どころか太陽すらない。
それに、おうとつがあるようにも見える。
「あれは偽空石の群晶だ。空に見えるが、光ってんのはただの石ころだ」
ドッガルが鼻で笑った。
たしかに、言われてみれば岩石に見える。
光る青い岩肌だ。
偽の空に照らされて雑草が生い茂っている感じか。
「王都のダンジョンには特異点もねえのか? ベルトンヒルじゃこんな光景、珍しくもねえぜ?」
ペロッタは乾いた唇をペロッとしながら、こう続ける。
「ここはB難度ダンジョンだが、特異点だけは別の難度が設けられている。なぜかわかるか?」
「特異点には強力な魔物が集まるから。で、ここの難度はA」
「……ちっ。当ててんじゃねえよ」
テキトーに答えたが正解だったらしい。
正解はCMの後で、って俺は嫌いなんだ。
焦らしてんじゃねえよってなるからな。
目的地はここだったらしく、『四首犬の遠吠え』の面々は荷を下ろして盾を手に取った。
「なあ、そろそろ依頼の詳細を教えてくれ」
終始下手に出ていたシャックスがグッと強く出た。
「低難度ダンジョンにはいないはずの『上位骨殻蜘蛛』。信じられない規模の血吸いコウモリの群れ。魔物が落ち着かねえときはダンジョンに異変が起きている証拠だ。そのくらい温室育ちのヘボ冒険者にだってわかるんだぜ? 何か強力な魔物がこの特異点にいるんじゃねえのか?」
ドッガルは目をそらして鼻を鳴らした。
「ヘッ。なぁに、ただの調査依頼だ。この何もねえ草原で忽然と人が消えるんだとよ。さっきまで隣を歩いていた冒険者がちょっと目を離した隙にいなくなっちまうんだと。その原因を突き止めろと組合から依頼が入ったんだ」
そんなホラー系の依頼だったとは。
フィオは知っていたら来なかったって顔で俺の服をつまんだ。
「見ての通り、何もいやしねえだろ。おおかた、地面に穴でもあいてんのさ。これだけ見渡しがいいと足元がおろそかになっちまうからな」
それはあるかもしれない。
でも、ただの穴じゃないだろう。
空間がひずんでできた時空の穴だ。
そこに落ちた奴は真っ暗な大宇宙を永遠に彷徨うことになるのだ。
俺は知っていたら来なかったって顔でシャックスの鼻をつまんだ。
「あんでオエの鼻をフまむんだよ……」
「仕方ないだろ。怖いんだから」
「こあいのはホ前だよ……」
「よぉし! お前ら、一列に広がって草原を進むぞ! 消えちまわないように全員をロープで繋ぐ。足元には気をつけろ。手がかりや異変を見つけたらただちに報告しやがれ!」
俺は全員に指示を飛ばした。
ドッガルがものすごい形相で胸ぐらを掴んでくる。
「勝手に指揮してんじゃねえよ。……だがまあ、アレだな。このボケの言うプランでいくぞ」
「「おう――ッ!!」」
というわけで、ローラー作戦を実行する。
特異点の横幅は目測で300メートルほどある。
こちらは9人だから10メートル間隔で広がっても2往復しなければならない計算だ。
奥行きは2キロほどあるだろうか。
時速1.5キロのペースでじりじりと歩いているから、
「全範囲の探索を終えるのにかかる時間は300×9+2÷1.5=……あー、5.3時間だな」
「途中式チグハグなのになんで正しい答えを導けてんのよ……」
フィオが10メートル離れたところから的確なツッコミを入れてくれた。
「時間がかかりすぎだな。野郎ども、少しペースを上げるぞ」
ドッガルが前に出た。
すると、ロープで体が引っ張られる。
犬ぞりかな?
楽チンだ。
「うあああああ!!」
突然、悲鳴が上がった。
見れば列の左端にいる冒険者が空を飛んでいるではないか。
まるで無重力空間に投げ出されたように上下逆さまでふわふわと宙を漂っている。
あまりにもシュールだったので初動が遅れたが、
「ボサっとすんな! ロープを引け!」
シャックスの号令で綱引きが始まった。
大の冒険者が8人がかりで引っ張っても逆さ吊りの冒険者は微動だにしなかった。
まるで空間そのものに縫い付けられてしまったみたいだ。
俺は『怪力乱神の衣』に魔力を流し、怪力を得た。
隣にいるフィオが浮かび上がるほどの力で引っ張る。
すると、ぬるっとした感触の後で逆さ吊り冒険者がすっ飛んできた。
お姫様だっこ形式でキャッチする。
手に濡れた感触があった。
血ではない。
粘液質の透明な何かが指にまとわりついているのを感じる。
寝起きの唾液みたいな臭いがして気持ちが悪かった。
「カニス、何があった!?」
「わ、わからねえ……。急に何かが巻きついてきて強く引っ張られたんだ。冷たくて柔らかいものだった。息遣いみたいなのも感じたぞ……!」
一同に緊張が走る。
互いに背を向けて周囲の様子をうかがう。
「……何もいねえぞ」
「音や匂いもねえな」
「だが、何かいるのは確かだ。気を抜くんじゃねえぞ、おま――」
生暖かい風が吹き抜けると同時にドッガルの体が吹っ飛んだ。
草の上を何度も跳ねて、ロープに引かれて止まる。
「か、風魔法だ! 遠距離から狙撃さ――がぁ」
今度はペロッタの体が宙に浮かんだ。
風は吹いていない。
手を離れた戦鎚が空中で何か当たって向きを変えてから草むらに落下する。
「見えない何かがいるぞ……!」
開けた場所にいるというのにシャックスの声には大きな壁に反射しているような響きがあった。
その何かとやらはだいぶ大きいらしい。
俺はフィオを見た。
「どうせ見えないなら、いっそ何も見えなくしてしまえ!」
「敵の目も塞いじゃうのね! ナイスアイデアだわ、サグ! ――びちゃびちゃファイア!」
火と水の矢が混ざり合って水蒸気爆発を起こす。
白い煙があたりに立ち込めた。
俺は落ちてきたペロッタをスライディング気味にキャッチした。
そのときにチラリと見えた。
もうもうと立ち込める霧の中を動く、ギザギザの輪郭が。




