19話
『デカイ牛ダナ……コシュゥゥ…………』
見上げていると首が痛くなってくる。
そもそも、なぜ二足歩行なんだ?
魔物というのは個性的だ。
俺は牛男が持っていた斧を投げ捨てた。
斧は思った以上に飛んでいき、石壁にめり込んで止まった。
巨体がゆらりと揺らいで後ろ向きに倒れる。
なんというか、戦士の最期みたいな無駄にかっこいい倒れ方だった。
牛のくせに生意気な。
『シュコォォォォォォォ…………』
息を吸い込むと、牛肉の焼けるおいしそうな匂いがする。
パッと見、強そうな魔物だったから中出力で撃ったのだが、苦もなく貫通してしまった。
天井が溶け落ちている。
さすがに地上までは届いていないと思うが、『掌中焼灼』を撃つときにはもう少し加減するとしよう。
人を巻き込んだらシャレにならない。
俺は石畳の赤いシミに目を落とした。
『原型ヲ留メテイナイナ……コシュゥゥ……。ゴ愁傷様……コォォォ…………』
俺が駆けつけたときにはオルゴはもうミンチになっていた。
男3人分の亡骸がぶちまけられているが、正直どれがオルゴなのか見分けもつかないほどだ。
シャックスとフィオが赤い残骸にならなくてよかった。
『ギリギリ間ニ合ッタナ。怪我ハナイカ?』
俺は二人に声をかけた。
「……」
「……」
返事はない。
なんだろう、落盤事故にでも巻き込まれたのだろうか。
二人とも全身ズタボロでへたり込んでいる。
泥まみれ血まみれで目も当てられない姿だ。
『災難ダッタナ、コシュゥゥ……。立テソウカ?』
「……」
「……」
やはり返事はない。
夜道で熊と鉢合わせしたような顔で俺を見上げている。
もしかして、ショックなのか。
オルゴはロクでもない人間だった。
でも、目の前でこんな風に死なれると胸が痛む。
シャックスからすればリベンジしたいライバル的存在だっただろうし、思うところがあるのかもしれない。
まあ、そのうち立ち直るだろう。
俺は牛男に意識を移した。
一撃で死んだから大した魔物ではないと思うが、素材としては目を見張るものがある。
側頭部から突き出した2本の角。
これは、突出して素晴らしい。
光の筋が幾重にも重なってまだ生きているみたいに脈打っている。
ちょっと見たことがないレベルの素材だ。
何を作っても最高の魔道具に化けそうだ。
ポーチはもうパンパンだが、これは担いででも持って帰らねば。
さっそく解体させてもらうとしよう。
俺は懐から柄だけの剣を取り出した。
これは、『無を刻む剣』――。
魔力を込めると黒い刃が生えて、風がドォォオと吹き荒れる。
刃が周囲の空気を吸引しているのだ。
――空間そのものを切り取ることで人為的に「無」を作り出す。
それが、この剣の神髄だ。
黒い刃に吸い込まれると光ですら戻ってくることはできない。
これで斬りつけたものはこの世から消滅する。
たぶん、どこか遠くにある別の時空に転送される。
それがどこだか知らないが、とにかく、岩だろうが鉄だろうが一切の抵抗なく切断できる。
俺はさっと黒い剣を振った。
角が根元から落ちて石床を転がる。
あらためて見ても惚れ惚れする素材だ。
爪や牙にも光るものを感じる。
皮と骨も欲しくなってきた。
特に、ひときわ太くて長い大腿骨は面白い魔道具になりそうだ。
俺は夢中で「無」を刻み続けた。
気づけば、牛男は巨大なブロック肉置き場と化していた。
『オイ』
シャックスたちに目を向けると、二人はビクッと肩を震わせた。
『コレ、食エルカ?』
なんという魔物かは知らないが、顔が牛っぽいからウシ科だろう。
なら、だいたい食べられるはずだ。
ダンジョン探索が長期間にわたる場合、食料は現地調達することもあると昔フィオが言っていた。
食用魔物なら赤貧に喘ぐマイヌたちにお土産を持って帰ってあげたい。
「ぁ、う……ええっと、食える、と思うぞ。ガウグロプスの肉は幻の肉と呼ばれていて、あー、とんでもない高値がつくこともあるらしい……です」
シャックスが借りてきた猫みたいになっている。
嫌によそよそしいと思ったら、どうやら俺だと気づいていないらしい。
顔は見えなくても声で気づくだろ。
と思ったが、声もマスクでくぐもっている。
気づかなくても無理はないか。
「あ、あんた、一体何者なの……?」
フィオが意を決した感じで尋ねてくる。
何者なのか、か。
俺は意味もなくローブをはためかせ、吸気音に薄暗い笑い声を響かせた。
『俺ハ魔道具フルアームド・サグマ……ン。シュコォォォォ……』
本名を名乗ろうとしたところで、ふと悪寒を覚えてとっさに「ン」を付け足した。
仮面の下が俺だと知れば、二人はきっとこう言うだろう。
「オレにもそのかっちょいい魔動武具を作ってくれ!」
「あたしが先よ! さっさと作りなさいよ、サグ! 今夜は寝かせないわ!」
絶対にそう言う。
すると、俺は忙しくなりスローライフから遠ざかる。
由々しき事態だ。
「ハ、ハハ……。オレが手も足も出なかったオルゴが牛野郎に瞬殺されて、その牛野郎が謎の仮面男に瞬殺されちまった。なんだこれハハ。笑いしか出ねえよ……。小っせえなオレ。弱ぇなオレ。なんてちっぽけなSランカーだ」
突然、シャックスが泣きながら笑い始めた。
「いい勉強になったじゃない。初心に戻って出直しましょうよ。きっと人生って打ちのめされたところがスタート地点なのよ。あたしたち、まだまだこれからよ」
フィオもなぜか吹っ切れた顔をしている。
「サグマンさん。オレたち、帰り道がわからなくなって途方に暮れていたんだ。頼む、このとおりだ。出口まで案内してくれ」
土下座同然に頭を下げられたが、もちろん、断る理由などない。
『連なる四凶星ニ出口マデ護送サセヨウ。俺ハ肉ノ回収デ忙シイ』
二人は何度も頭を下げてから家路についた。
その背中を今一度呼び止める。
『オイ』
「ぅ、なんだ?」
「な、なによ……」
『シュコォォォ……肉、持ッテ帰ッテイイヨ、コシュゥゥゥ…………』
「お、おう」
「ありがたく、い、いただくわ……」
そうしてくれ。
高級牛肉だ。
きっとうまいだろう。




