13話
「うぉーし。ろっかられもォかかってこいぉ……」
酔っ払い冒険者がよろよろのファイティング・ポーズを取る。
向かい立つは我らがシャックスだ。
冒険者組合の前の通りには二人を囲むように人の輪ができている。
喧嘩は冒険者の華なんて言うが、通りかかった主婦までもが足を止めてどちらが勝つかの賭けに興じている。
さすが冒険者の聖地だ。
「おいおい、オルゴ。お前みたいな酔いどれBランカーで大丈夫かぁ?」
「大丈夫らって。シュッ、シュゥ……。どうらァ、オレの拳の切れはよォ……うっぷ」
「ダハハ! ふらっふらじゃねえか。そんなんじゃ一人で用も足せねえぞ!」
「うるせえよォ。オレぁ酔ってるときが一番動けんのさァ」
そう言う端からオルゴと呼ばれた男は自分の足につまずいて転んだ。
大通りが笑いに包まれる。
「サグ、あたしたちも賭けるわよ。ほら、金貸しなさいよ」
「トナナでいいか? 10秒で7割だ」
「貸し付けてんじゃないわよ。つか、10秒刻みって闇金も真っ青じゃないの……」
フィオはひとつため息をついて銀貨を数枚ベットした。
「こんなの賭けにもなんないわね。シャックスはウチじゃエルドの次に強かったもの。あんな雑魚そうな酔っ払いに負けっこないわ」
「そうかな?」
俺の眼鏡には少し違った光景が見えている。
あのオルゴという男、一見すると冴えない酔いどれオヤジだが、ふとした拍子に鋭い眼光を垣間見せている。
ただの飲んだくれとは思えない。
「サグマ、悪りぃな。こんな安っぽい喧嘩買っちまって。まあ、軽くノシてくっから、ちょっと待ってな」
とシャックスがやたら大きなハスキーボイスで言った。
組合本部の窓には例の美人受付嬢の姿がある。
どうも俺に話しかける体であちらにアピっているらしい。
色気づいちゃってまあ。
「オルゴとか言ったか? これだけギャラリーが集まってんだ。頼むから一撃でヘバってくれるなよ? 安心しろ。手加減してやっから死にゃしねえよ」
シャックスは気取った様子で上着をザバッと脱ぎ捨てた。
引き締まった肉体がキラキラと陽光を反射している。
観衆が指笛ではやし立てると、シャックスは気持ちよさそうに手招きした。
「来いよ。まずは酔いを覚まさせてやる」
「上等らァ。うおらあァ……おととォ!?」
喧嘩スタート。
オルゴがおぼつかない足取りで距離を詰めた。
左右によろめきながらパーンチ。
これは避けるまでもなく空を切った。
「だっせえな。それでも冒険者か?」
シャックスは軽く義足をトントンさせてから一気に踏み込んだ。
「これが本物の重みだ」
ずごん、と肉と骨がぶつかる嫌な音がした。
「ナイスパンチ! さっすがシャックスね!」
フィオは能天気にそんなことを言っているが、俺は思い切り顔をしかめた。
シャックスの拳がオルゴを捉えたと思った瞬間のことだ。
オルゴの左手が素早くその拳を払った。
そして、流れるように右手が突き出される。
それが俺にはスローモーションのように見えていた。
石畳の上に赤い斑点ができる。
膝をついたのはシャックスのほうだった。
曲がった鼻からぼたぼたと血が滴り落ちている。
「ぉ、……ぁ? い、いけねえ。お、オレとしたことが酔っ払いだと思って油断しちまったぜ」
「御託はいい。早く来なァ。もっこぼこにしてやうぜェ、ひっく……」
「てんめえ……!」
再びシャックスが殴りかかる。
ぶんぶんと風音を立てて何度も拳を打ち出すが、そのひとつとして命中しなかった。
オルゴは右へ左へふらつきながら攻撃をいなしている。
眼鏡を外してみると、千鳥足の酔っ払いが運良く攻撃を躱しているように見える。
だが、レンズ越しに見るオルゴの動きは俊敏な獣のようだった。
瞬きひとつしない眼球が正確に攻撃を見切っている。
シャックスの体が前に出るタイミングに合わせて鋭く踏み込み、カウンターでみぞおちやレバーを突く。
酔っ払いだなんてとんでもない。
紛れもなく、その道のプロの動きだ。
終始、オルゴが優勢のまま殴り合いは続いた。
シャックスの顔は蜂に刺されたように腫れ上がり、服もズタズタに裂けてところどころ赤く染まっている。
それでも、シャックスはお得意の足技を使うつもりはないらしい。
ステゴロ勝負に道具を持ち込みたくないってところか。
まあ、正解だ。
あの義足で蹴ると家の壁に穴があくから人間に使うべきではない。
「う、嘘でしょ。あのシャックスが手も足も出ないなんて……」
フィオは血の気を失っている。
ここまで、シャックスの有効打はひとつもない。
師と弟子のような力の差で一方的に打ちのめされているだけだ。
「おう、坊主ゥ。はじめの威勢はどうしたよォ? 本物の拳ってやつを教えてくれるんだろォ?」
「いい気になりやがってよおッ!!」
シャックスががむしゃらに殴りつけた。
裸眼だとまともに入ったように見えたらしく、見物人がドッと沸いた。
しかし、俺の目には頬を捉えたはずの拳がぬるりと滑るようにして流されるのが見えた。
オルゴがニヤッと笑って、しなやかな動きでシャックスに絡みついた。
足を払ってうつ伏せになるように倒す。
そして、腕を背中の側に締め上げる。
シャックスが苦しげにうめいた。
勝負アリだ。
「うおととと……。ちょっと飲みすぎちまったみてえだァ。我慢するのも体に悪りィな」
シャックスの後頭部に水のようなものがかかった。
見物人が笑い転げている。
角度的にナニは見えないが、どうやらオルゴは放尿しているらしい。
「おほおおォ……。出る出るおおォ……!」
「やめろてめえ! このクソ野郎が!」
「やめてほしけりゃよォ、泣いて赦しを乞えよ。腕がイカれちまう前になァ」
「だ、誰がてめえみたいな酔っ払い野郎に……!」
「その酔っ払いのBランに負けたんだよ。お前はなァ」
腕があらぬ方向に曲がりかけたところで、警笛を吹き鳴らして衛兵がなだれ込んできた。
バカ騒ぎはここまでらしい。
「チッ、命拾いしたなァ」
「逃げんのか、てめえ!」
「追いかける体力も残ってねえくせにイキってんじゃねえよォ」
オルゴはシャックスにおっかない顔を近づけた。
「本場を舐めてんじゃねェ。王都に本物の冒険者はいねえんだよ。大海の荒波を知らねえ井の中のカエル野郎がいきがってんな。ここは、オレら冒険者の聖地なんだぜ? いつまでもお上り気分でいると死ぬぜ、お前よォ」
王都のSランクはベルトンヒルではBランク。
俺もまあ、薄々そうじゃないかと思っていた。
王都にいる冒険者の多くは貴族や豪商をパトロンにしている。
冒険は金持ちの道楽としての側面が大きい。
お貴族様を満足させるために誇張した武勇伝を吹聴し、大した価値もない発掘品を古代の至宝と称して売りつける。
それが、本物の冒険者かと問われれば疑問符がつく。
それに、エルドには金に物を言わせて冒険者ランクを買っていた節があった。
何より、二人の魔道具だ。
シャックスの義足とフィオの弓をメンテするたびに感じることがあった。
二人は俺の魔道具のポテンシャルを十分に引き出しきれていない、と。
未熟さを感じることがあったのだ。
俺は人を見る目はないが、魔道具を見る目には自信がある。
そのものさしで評価するなら、二人の実力は中の上。
せいぜいBランクってところだろう。
「んだよ、全然弱ぇじゃねえか。ご立派なのは口だけか」
「あれで王都じゃトップギルドだったんだとよ」
「レベル低いな王都は。まあ、冒険者の世界じゃあっちが田舎だしな」
去っていく人の中で呆然とうつむいているシャックスはひどく惨めだった。
かける言葉もない。
というか、言葉より水をかけてやったほうがいいだろう。
「どけ、クソガキがァ」
進路上にいた俺が目障りだったらしく、オルゴが裏拳気味に腕を振った。
ハエが止まりそうなほど緩慢な動きだ。
俺は片手でそれを受け止めた。
人の力とは思えない重さを感じたが、『怪力乱神の衣』を着ていたので難なく止めることができた。
オルゴの額に青筋が浮かんだ。
反対の腕でゆっくり殴りかかってくる。
俺は頭を引いてその腕を避けた。
すると、無理な姿勢になって転びそうになる。
とっさに出した足に何かがぶつかった。
オルゴの足だった。
俺が足を引っ掛けるような形になってオルゴは派手に転んだ。
「うっ、なんだお前ェ……。このオレをこうも簡単に……」
酔いが覚めたみたいな顔をしている。
「ほう。王都にもちったァ骨のある奴がいるみてえだなァ。……いや、すまねえ。このとおりだ。勘弁してくれ」
素直に頭を下げたので少し驚く。
ベルトンヒルは大きな町になったと言っても冒険者の世界は狭い。
格上とみなした相手とトラブルを起こさないようにしているのだろう。
ただの性悪かと思ったが、これで賢く立ち回っているらしい。
オルゴは平身低頭しながら人垣の向こうに消えていった。




