10話
シャックスたちと再会して2日が経っても、エルドが俺のもとを訪ねてくることはなかった。
どうやら、彼らは本当に袂を分かったらしい。
王都屈指のSランクギルドが一夜にして瓦解、か。
リーダーに一番大事なものは人柄なんだな、とつくづくと思わされる。
ともかく、心配の種がひとつ消えたわけだ。
俺としては気兼ねなくノビノビできるし、仲間との再会も嬉しい。
今日からいつも以上に充実したスローライフを送れることだろう。
というわけで、朝っぱらからヘソを出して寝ることにしたのだが、
「おっはよー! お兄ちゃん!」
ばっかーんと扉が開いて、マイヌが部屋に飛び込んできた。
ニッコニコの笑顔で小躍りしながら尻尾をブンブン振り回している。
「宝くじでも当たったか?」
「そんな気分かも! だって、スポンサーになってくれるって人が現れたんだもの!」
ほう、孤児院の支援者が見つかったのか。
それは僥倖。
俺の稼ぎがなくてもやっていけるなら、俺が働く必要はなくなる。
魔道具修理屋はただいまをもって閉店だ。
「おやすみ、マイヌ。俺はランチタイムまで寝るから」
「うん! おやすみ、お兄ちゃん! でも、その前にお礼を言わせて!」
「お礼?」
「そっ! だって、スポンサーが見つかったのはお兄ちゃんのおかげだもの!」
俺のおかげ?
はて、俺みたいな甲斐性なしの怠け者に、孤児の面倒を見てやろうという気概と財力を持った知り合いがいただろうか。
脳内の知っている顔に総当りで検索をかけてみたが、ヒットはゼロ件だった。
「ちなみに、そのスポンサーってのは誰のことだ?」
「オレたちさ!」
「おはよっ、サグ!」
シャックスとフィオが部屋の入り口でドヤ顔を並べている。
なるほど。
そういえば、エルドの金庫から大金を持ち逃げしたとか言っていたな。
「悪徳貴族から奪った金を貧しい子供たちに配って回るパンツをかぶった紳士か。かっこいいじゃないか、シャックス」
「パンツはかぶってねえだろ。変態義賊扱いしてんじゃねえ」
「フィオはさながらレオタードを脱いだ女盗賊だな」
「素っ裸じゃないの。もうレオタードでいいから着せなさいよ」
俺はマイヌをベッドに座らせて、その膝に頭を乗せた。
真剣な表情で二人を見る。
「本当にいいのか? 孤児院を支援するメリットなんてお前たちにはこれっぽっちもないだろ」
「あんた、客が来てるってのに、くつろぎ方すごいわね。体を起こすくらいしなさいよ」
「俺の実家だぞ。リラックスして何が悪い?」
「妹が可哀想って言ってんのよ。――マイヌ、あんたも遠慮することないわ。ビシッと言ってやりなさいよ」
「お兄ちゃん、日に日にダメになっていくから私が支えてあげないと」
「なんでやりがい感じてんのよ……」
フィオがうるさいので、仕方なく食堂で話すことにした。
「平日の朝なのにベッドから抜け出して偉いな、俺」
「もうそれでいいから、あたしたちの話を聞きなさいよ」
「聞いて驚くなよ? オレたちな――」
二人はたっぷりもったいぶって言った。
「ギルドを新設したんだ!!」
「――したの!!」
「おおおおお」
だからどうした?
俺はあくびしながら拍手を贈っておいた。
「オレたちはサグマを支えたくてここまで来たってのに、肝心のお前は元気そのものだからな。別の形で力になれないかみんなで考えたんだ」
「そしたら、あんたの妹ちゃんが困っているって言うじゃない。あたしたちの出番だって思ったわけよ」
経緯は理解した。
気持ちは嬉しい。
だが、ひとつ言っておくことがある。
「子供を20人も養うというのは大変なことだぞ。きっと思い通りにいかないことのほうが多いはずだ。投げ出したくなることもあるだろう。あらためて、二人に問おう。俺たちの面倒を最後まで見る覚悟があるのかをな」
「なんであんたの面倒まで見ないといけないのよ」
「おい、サグマ。お前のせいで急にやる気が出なくなってきたぞ。小さい子にまざって『お菓子ちょうだーい』とか言うなよ?」
「やだ、シャックス。そのサグ、ちょっと可愛いわね!」
「どこがだよ。馬鹿丸出しだろ……」
コホンと咳払いして、フィオは偉そうに仰け反った。
「礼ならいらないわ。だって、あたしたち、あんたに返しきれないほどの借りがあるもの」
「そうさ。だから、これは受けた恩の返済みたいなもんだな。お前は受け取る権利がある。未払いの給料だと思って受け取ってくれ」
「まあ、そういうことなら甘えさせてもらうかな」
シスターを再雇用できればマイヌの負担も軽くなる。
そのためにも、金は必要だ。
「オレたちは今日から冒険者としての活動を本格化させるつもりだ。収益の一部は孤児院に寄付するつもりでいるから、期待してくれ」
「ギルド本部だってホラ! あんなに立派なのを買ったのよ!」
フィオは得意げな顔で窓の外に親指を向けている。
そこには、白亜の城がそびえていた。
あれが、新しいギルド本部か。
王都の旧・本部よりよほど豪勢じゃないか。
「しかし、なぜ、うちの隣に陣取る? 俺の気が休まらないだろうが」
「いいじゃない。近いほうが通勤も楽だし」
「通勤?」
「そういえば、まだ言ってなかったわね。新しいギルマスはサグ、あんたの名前で申請しておいたのよ」
「サグマ、今日からお前がオレたちの新しいリーダーだぜ!」
「うん。……うん?」
意味がわからず俺は首を二段階でかしげた。
フクロウみたいになっていると思う。
「ちょっと待て。お前たちはいいことをしましたって顔をしているがな、知っているか? リーダーに一番大事なのは人柄なんだ。俺を見ろ。どう見える?」
「日向ぼっこしているトドより怠惰な人間に見えるわ」
「そうだろう。俺にギルマスなんてさせてみろ。3日ともたずに滅びるぞ、国が」
「心配いらねえよ。オレたちはエルドみたいな馬鹿の下で冒険者やってたんだぜ? あの自己中のボンボンがいなくなった分、むしろ組織としてはまっとうになってるよ」
「そうそ。誰もサグにリーダーシップなんて求めてないわ。あんたはマスコットみたいなものよ。あたしたちの象徴なの。元気にしててくれたらそれでいいわ」
つまり、俺は名ばかりのギルマスということか。
働かなくていいなら文句はない。
「もちろん、給料はもらえるんだよな? 俺、不労所得って言葉好きなんだ。ちょっとスローライフに似てるしな。フローショトク」
「あんた、ほんとダメになったわね……。せかせか働かされているときのほうが人としては立派だったんじゃない?」
ほっとけ。




