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VTuberの姉さんを救ったら、甘すぎる毎日が始まりました。  作者: くまたに


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第33話 隼人の歌声

 体調が良くなると夏鈴は「私歌ったんだから、次は隼人が歌ってよ」と言ってきたので、俺は渋々彼女からマイクを受け取った。

 選曲の権利は俺にないらしく、夏鈴は専用のタブレット端末を愉快そうに操作している。

 歌って恥ずかしくなるのはやめてくれよな?そう強く願っていると、天井に設置されたスピーカーから大音量の音楽が流れる。


「これは──!」


「そう。隼人が大好きって言ってたVTuberが『歌ってみた』の動画をあげていたのを見つけてね。ずっと耳に残ってるんだよぅ」


 夏鈴にしてはいい選曲だと思う。

 彼女の事だ。正直、卑猥な単語が歌詞に入ったものを選ぶと思っていたので驚いてしまった。

 この曲は俺だけで何度再生したことか。(アオイの歌ってみたの動画なのだが)だから俺はこの曲なら歌詞を見ずとも歌える。

 次は俺のターンだな。


「俺の歌で死ぬなよ」


「あれ、隼人も音痴だったっけ──」


 夏鈴の声を遮るように、俺は曲に合わせて歌い始めた。


 ◆


「おーい、早く起きろー」


 目の前でだらしなく溶けてる夏鈴に声をかけるがピクリとも反応しない。

 肩を揺らすとこちらを見てにまにまとした表情を浮かべる。


 どうやら俺の美声に耳だけではなく心まで浄化されたのだろう。その反動で動けなくなっているに違いない。

 この様子だと正気に戻るまで相当な時間がかかるだろう。

 これ以上は勉強が捗らないのでお開きだ。


「俺帰るわ」


「うーーーんーーーーーー」


「お金はここに置いておくから払っといて」


「いーーーいーーーよーーーーーー」


 良くねぇだろ。こんなに狭い密室で無防備な夏鈴を残して帰ったら、『少女放置罪(仮)』で地獄を見ることになる。

 具体的には汚された夏鈴を可哀想に思う人達からの悪口や、俺達の仲の良さにいつも羨望の眼差しを向けてくる(主に)男子生徒からの過度な嫌がらせという名の制裁が下るのだ。


「ほらー、帰るぞー」


 もう一度肩を揺らすが、未だに溶けていて俺の声なんて少しも届かない。

 仕方ない、本気を出すか。

 幼少期の頃からの積み重ねにより洗礼された、俺のデコピンを今こそ解き放つ時!


「うぉりゃッ!」


 ぺちっ、と鈍い音が小さく響く。

 その瞬間夏鈴はまるで世界の終わりかのような形相をして目を見開く。


「隼人ぉ……痛ァァァいッ!」


「遅っ」


「人が余韻に浸ってる時にさ、何してくれてんだァー。全部吹き飛んでったじゃん!」


「そこまで良かった?」


「もはやプロ。前に聞いた時からこんなに上手かったっけ」


 どうだろ。カラオケ自体1年ほど行ってなかった上に、他で歌う機会がなかったからな。

 よく分からん。


「もう勉強する意欲が無くなった。帰ろーぜ」


「分かったよぅ」


 伝票をレジに持っていくなり2人分のお金を払って、店を後にした。

 会員だったのと平日なのも相まって1人あたり500円で済んだ。ドリンクバーもついてくるので、とてもコスパが良かった。


 帰り道はお互いに途中まで同じなのでそこまで一緒に歩くことに。

 1曲しか歌っていないにも関わらず近頃のストレスは全て解消された。


「また聞かせてよね」


「え?」


「歌声、また聞かせてよね!」


「お安い御用だ。代わりに、と言っちゃなんだがまた勉強を教えてくれ」


「もちろん!まっかせて!」


 夏鈴は、バチコン☆と効果音のつくくらい完璧なウインクを決める。

 その姿はまるでファンサをするアイドルのようだ。歌の才能は皆無だが、可愛らしいのでモデルとかなら輝けるんじゃないかな。

 などと考えながら足を進めていると、細い分かれ道に差しかかる。


「私こっちだから。また明日だよぅ」


「お、もうここまで来てたのか──じゃあな」


 軽く手を振り俺達は別れる。


 テスト勉強……頑張らないとだな。

 夏鈴の背中を眺めながら俺はそう思う。

 煌星には勝てないが、敬太くらいには勝ってやる。

 自室で復習していると、いつもよりも勉強の内容が理解出来たように感じたのは気のせいだろうか。

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