第25話 ホットココア
駅から家に向かって帰る道中に突如降り出した雨から逃げるように家に飛び込んだ。
時間が経つにつれて勢いが激しくなっているので、このままいけば夜中には土砂降りだろう。
「た、ただいまー」
玄関で少し大きな声でそう言うと、部屋の奥の方から家族の「おかえり」と言う優しい声が響く。
今日モモちゃんと出会い、姉さんとお義母さんと出会う前の事を思い出したせいか、こうして帰りを待ってくれている人が家に居る事をすごく幸せに思う。
洗面所で手を洗い、リビングに行くと姉さん達は親子揃ってぱたぱたと夕食の配膳をしていた。
自分が出来る事を探しすぐに行動に起こす。ご飯を作ってもらったうえに配膳までしてもらう事なんて絶対にダメだ。そうやって甘やかされて育つと、将来後悔するのは決まって自分だからな。
「帰ってきてすぐなのに手伝わせてごめんね。凄く助かったわ」
食卓に色鮮やかな料理が並び、3人で揃って席に着くとお義母さんが嬉しそうに口を開いた。
父さんは居ない。きっと同僚に誘われて居酒屋に連れ去られたのだろう。
「大丈夫だよ。これはして当たり前な事だから。これからは遠慮なく俺を頼ってね」
「なんていい子なの!私の子供に貰いたいわ!」
「いやいや、隼人くんはお母さんの子供だよ!?」
「あれぇ?確かにそうだね〜」
姉さんの突っ込みにお義母さんはてへっ、とお茶目にポーズをキメる。今年で36歳らしいが、まだまだ20代前半の雰囲気を帯びている。
先月となった四十路の父さんは口臭と加齢臭に悩んでいるというのに、そんな様子は全く無い。
「雅人さんは会社の人達との食事で夜遅くに帰ってくるわ。私は夜勤だからあと少ししたら家を出るね」
お義母さんの言う"雅人さん"は俺の実の父さんだ。昨年晴れて部長に昇格し、給料とともに仕事量が増えたそうで、部下の育成や取引先の偉い人との食事会などでほとんど家にいないのだ。
「食器は全部俺が洗うからお義母さんも姉さんも、食べ終わったらキッチンの流し台に置いておいて」
「まあ!ありがとね」
「ありがと、隼人くん。私は受験生だから勉強頑張ろうかな」
「えらいわね〜。中学3年生の時は全然勉強してくれなくて、すごく困ったのを思い出したわ」
なんだそれ、初耳だ。
姉さんが受験勉強をしなかったうえに、お義母さんを困らしていただなんて……
今は困らせるどころか信用され、信頼されている。そんな姿を見てきたからか、お義母さんの言ったことはなかなか聞き入れ難い。
「もう!その話は誰にも言っちゃダメって約束したのに……」
「そうだったっけ?ごめんね──でも隼人くんだったら良いでしょ〜?」
「良くないよ!恥ずかしいからこれ以上言うのは禁止!」
「分かったよぅ」
姉さんからの禁止令を受け、お義母さんはつまらなさそうに唇を尖らせる。
「子供か!」と思わずツッコミそうになったが、気を悪くさせると却って俺が困るので意識して口を噤む。
姉さんが精神面で回復してから、お義母さんはずっとこの調子だ。俺が出会った時から緩い感じだったので今更違和感は感じない。
◆
洗い物とお風呂を終えた時だ──窓の外からざあざあと雨が地面を激しく打つ音が聞こえた。
都内にある高層マンションでもないのでうるさいくらいに音が家の中にまで響く。
そういえば姉さんは受験勉強するって言ってたっけ。集中力が上がるホットココアを持って行くとしよう。
大の甘党の姉さんのためにミルクと一緒にマグカップに注いだ。
うん、いい匂いだ。
ココアの甘くて香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。気づいた時には俺の分も一緒に注いでいた。
自分の部屋でゆっくり飲むか。
そう、心の中で決めて2人分のマグカップを持って姉さんの部屋へ向かった。
「姉さんー。今いいかなー?」
部屋の扉を叩きながら聞くと、間を開けずに「いいよー!」と言う声が中から飛んでくる。
家族であれど女子の部屋……今朝姉さんに揶揄われた事もあり、尚更緊張する。
恐る恐る扉を開くと、勉強机に向かってペンを動かす姉さんの姿があった。
「姉さん、ホットココアの差し入れだよ」
「うそっ!えぇ〜、嬉しい!」
ぱあっと花が咲くように姉さんの顔が満点の笑顔に包まれる。
「熱いからゆっくり飲んでね」
「ありがと〜。それは……隼人くんの分だよね」
姉さんは俺の分のホットココアを見て言う。
「そうだよ。勉強の邪魔だよね、もう出て行くよ」
「待って!」
部屋の扉にかけた手を止めて、姉さんの方へ体を向ける。
彼女は少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら口を開いた。
「せっかくなんだなら少し話そうよ!」
「でも、受験勉強が……」
「大丈夫!今日は昼にもしたし、今だって1時間も頑張ったんだよ?少しは息抜きが必要だからね。だから話し相手になってよ!」
それなら──
「いいよ」と言うと、姉さんは体をぐっと伸ばしてから立ち上がり、マグカップを持ったままベッドに腰掛けた。
隣をポンポンと叩いている。横に座れ、という意味だろう。
「失礼します」
「は〜い」
思い切って座ったものの、『ベッドの上で2人きり』という事実に頭が真っ白になる。
その場しのぎにちびちびホットココアを口に運ぶ。
甘い……正気を取り戻す為にも刺激の強いものの方が良かった。
そんな時だった。部屋の中に流れる静寂を打ち消すかのように姉さんが口を開く──
「ごめんね」
「ふぇ?」
謝られる理由が分からず、つい間抜けな声を零す。
昨日は楽しく買い物をし、今日は夏鈴と過ごした。何も姉さんは悪いことをしてないじゃん。
「今日の朝……『変態くん』だなんて事言ってごめん!本当はそんな事少しも思ってないから!」
──私のおっぱいを触った変態くんっ♡
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
は、恥ずかしすぎる。あの時の記憶が掘り返されたのもそうだけど、姉さんが覚えていることに羞恥心を覚える。
嫌だ、嫌だ!何か、この話を途切れさす何か出来事が起きてほしい──
そんな俺の願いが神に届いたのか、窓の外がピシャリと激しい光で覆われる。
その後1秒も開けずに強い振動とともに轟音が響く。
──雷だ。
明るかった部屋が真っ暗な世界に変わる。
「きゃっ……!」
姉さんは無意識のうちに俺の腕にしがみつく。こうして新たなイベントの幕が開くのだった──
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