第19話 夢の中の甘い匂い
夕食を終えてからはキラキラと星空のように輝く夜景を眺め、飽きるまで目に焼き付けた。
家の周りは住宅地なのでこんなに綺麗なのは拝めない。だから少し新鮮さを感じる。
まあ部活に入っていれば下校中に何度も同じような景色を見れるのだけど、それはともかく──
「ぷはっ、疲れたぁ!」
俺は家に着くなりリビングのソファーに思いっきり倒れ込む。
まさか9時前の電車があそこまで混んでいたなんて……全方位を人で囲まれて、読んで字のごとく押し潰されるような感覚だった。
姉さんを狙う変態共が以内だけ良かったか。今は出来るだけポジティブに考えていよう。
疲労が溜まっている時はストレスも感じやすいから……自分の気持ちは自分で制御しないと。
「ふふふ。びっくりするくらい満員だったね」
「ほんとそれな……油断していたよ」
「やっぱりゴールデンウィークだからかな〜?」
「うん、そうだろうね。これでも昔に比べると少ない方なんだから、全盛期の満員電車なんて考えるだけでゾッとするね」
「考えるだけでも嫌だもん」
今日の満員電車でさえ体を動かせなくて苦しかったのに、これ以上となると人が圧死してもおかしくないだろう。
話が一段落つくと、お互いに疲れているからかリビングが静寂に包まれる。
時間がゆっくり流れる。つい数十分前までは慌ただしさを帯びた空気をひしひしと感じていたので、これはこれでいいな、と気が安らぐ。
「今日は付き合ってくれてありがとね。服、温かったよ。今日は久しぶりに楽しい休日だった。ゆっくり休んでね、おやすみ──」
疲れてうとうとしていると耳元でそう囁かれたような気がしたが、思考にモヤがかかっているせいか寝て起きた時にはもう忘れていたのだった。
◆
隼人は大きな木の影で横になっている夢を見ていた。目を閉じれば小鳥の囀りや川の水の音が耳に流れ込んでくる。
ふとそんな音に混じって、女の人の声が聞こえた──気がした。
「──で寝てたら風邪にひいちゃうよ」
ふわっと辺りに甘い柑橘系の香りが漂う──いい匂いだな。
熟した果実でもあるのだろうか。俺は本能的に匂いのする方へ手を伸ばしていた──そして俺の手は果実を掴む。
「きゃっ!」
ん、何か聞こえたか?
果実は大きくて柔らかかった。例えるならマシュマロと言ったところか。
どんな味がするんだろう。1口食べてみたいもの
ずっと果実の事を考えていると、鼻腔をくすぐる柑橘系の甘い匂いがすぐそこでした。
姉さんのジャンプーと似た匂いだな……む。姉さん……シャンプー……?
「──はっ!」
勢いよく目を開けて体を起こそうとすると──
「「痛いっ!」」
俺の寝顔を覗くように見ていた姉さんとおでこ同士をぶつけてしまった。
頬は真っ赤に染まっていて、今にも爆発してしまいそうだ。
「えっとぉ姉さん……?もうしかしてなんですが……俺、寝てる時に……」
最後まで言い切る前に、姉さんはこくん、と首を縦に振る。
あー終わった。俺は寝ている時に姉さんの……姉さんの胸を掴んでしまったようだ。
これじゃ姉さんを襲う人がいないか、と電車の中で警戒していた張本人がまさかの犯人だったオチじゃねぇかよ。1ミリも笑えない。
「う、うぅ……え、えっち……」
姉さんは目の端に涙を浮かべながらリビングから消えていった。すぐに扉の音が聞こえ、自室に引っ込んで行ったのだと分かる。
今までに寝起き1分でこんなにも後悔した事なんて無かった。強いて言うならテスト勉強をすっぽがして遊び呆けた次の日の朝も似たようなものだよう。
姉さん、泣いてたよな。
「──ッ!」
胸の奥が締め付けられるように苦しくなる。絶対に嫌われてしまった。
どうしてあんな事になっちゃったんだろう戻せるのであれば時間を戻したい。
しかしそんなのは叶う事無く時間は一定のスピードで進んでいく。
湯船に浸かりながらつい数分前の事を思い出す。
寝ていたので触った感触もほとんど分からない。しかしやってしまったんだ。明日の朝しっかりと謝りに行こう。
俺はそう決めて、気を紛らわすために湯船に顔の半分を沈めた。
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