第18話 パフェよりも甘いイベント
「ん〜っ!おいひ〜!」
姉さんはハンバーグを平らげると食後のデザートの苺パフェを注文し、今目の前で食べている。
「隼人くんは食べなくて良かったの〜?」
「う、うん!全部食べるとお腹パンクしちゃう」
本当は値段を甘く見ていただけなんだが。俺までパフェを食べてしまって、今月分のお小遣いを貰えなければ……考えるだけでもゾッとする。
「……ねぇ」
少し怒ったように言われ、俺は視線を上げる。
すると姉さんは続けて──
「私、大食いみたいに思われてない……?」
「へ?」
むぅ、と口を尖らして言う姉さんに、思わず間抜けな声を出してしまう。
姉さんが大食い……?「体重が!」と言って弁当などをほとんど食べない人と比べればよく食べる方だと思う。
それでも姉さんは太っていないし、『わざと食べない』のは体に悪い。それなら姉さんくらいがちょうどいいだろう。
「いや、思ってないよ」
「ほんと?」
ぷくー、と頬を膨らまされてもな。俺の心の中を姉さんに見せる術なんて無いからな。
「うん、本当だよ」
「もう。紛らわしい反応しないでよね」
我が子を優しく叱る母親のような口調で言われてしまったので、大人しく「了解」と返した。
またしても姉さんにこの店がファミレスでは無い事がバレそうになったが、何とか乗り切れたようだ。
姉さんがパフェの続きを食べだしたので、俺は目の前でその様子を眺める。
クリームたっぷりのスポンジ生地をのせたスプーンが、ぷくっとした唇の中に吸い込まれていく。
目の端をとろんと下げる。なんて幸せそうな表情なんだ。俺もつられて幸せになるな。
そんな事を考えていると、お互いの間の虚空で視線が交わる。
「どうしたの?」
「美味しそうに食べるな、って」
姉さんは少し考えるとパフェを掬って俺の目の前まで運び──
「ん」
こ、こ、これは……『あ〜ん』イベントでは!?食べたら関節キスになるじゃねーかよ!!パフェじゃなくて姉さんを見てたんだけどな。食べても殺されないよな?
「えっと……」
「ん!」
どうやら『あ〜ん』の名を口にするのに抵抗があるらしい。
くそっ、当たって砕けろだ。後から文句言われても知らないからな!
俺が食べてる時姉さんはどういう感情で『あ〜ん』をしたのかな。俺は羞恥心で死ぬかと思ったわ。
表面的にはいつも通りの真顔を保っているが、心の中であたふたしていたらギャップの差で笑ってしまいそうだ。
「どう?甘かったでしょ」
「うん。甘いね」
甘すぎるわ!パフェもそうだったけれど、俺達からはもっと甘い空気が出てるだろ。
周りにいる人達が甘すぎて胸焼けしないように願う事しか出来なかった。
このパフェの甘さは一生忘れられないものになるだろう。女子との関節キスは人生初だからな。
ちなみに夏鈴はノーカンだけどな。
◆
─青羽瑠璃─
宣言通り、ファミレスのお金は全部隼人くんが払ってくれた。ついついパフェまで頼んじゃったけど大丈夫だったかな……
5月に入り昼間はじりじりと照りつける太陽に、何もせずとも汗を流しているのだけど、夜になると肌寒い。
こんなに肌が見える服を選ばなかったら良かったな。
両腕を胸の前で組むようにさすっていると、肩に温かいものを感じた。
「……え」
すぐさま後ろを振り向くと、そこには半袖姿の隼人くんが。
自分の着ていた服を私にかけてくれたんだ。隼人くんだって寒いはずなのに……
「使っていて。俺、さっきの店居る時から体がぽかぽかしてるからさ」
彼はそう言っているけれど、この気温で「寒くない」はおかしいでしょ。仮にもし本当ならくっついてあたためてほしいくらいだよ──なんて言えるわけなくて「ありがと」と返しておいた。
我ながら自分の発想が気持ち悪い。出来る事なら自分の記憶から消したい……
「顔赤いけど大丈夫?」
「ひゃっ!」
何がひゃっ!だよ。最悪……今日だけで『恥ずかしい』が更新されすぎな気がする。
でも今回のは隼人くんが悪い。み、耳元であんなにかっこよくて優しい声で囁かれたら、誰でも変な声でちゃうよ。
「だ、だ、大丈夫だから!お願い、これ以上近づかないで!」
近い。近いよ隼人くん……さっき囁かれた時、彼の温かい吐息が耳にかかってどれだけどきどきしたことか。
このままだと私の心がもたないから離れてほしい、という趣旨で言ったのだけど上手く伝わらなかったようで──
「ごめんね」
しゅん、と眉を下げて寂しげな表情になる。
違うの。私はただ恥ずかしかっただけなの──言葉で伝えるのって難しいよ……
とにかく誤解をとかないと。傷つけちゃったままじゃだめ。
「えっと……違うの!」
隼人くんは首を傾げて、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「あまり近づかれると恥ずかしいというか……嫌じゃないんだよ……なんて言えばいいんだろ」
少し考えた末に頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出す。
「ど、どきどきしちゃうの!だから近づかれすぎると困るというか……」
そこまで言い切ると耳の先まで熱くなっている事に気づく。上手く呼吸が出来なくて息苦しい。
隼人くんは自分のした事を思い出して1人でもがいている。
私は隼人くんのくれたジップパーカーの帽子を目深にかぶる事で何とか羞恥心を抑えられたが、彼は隠すものを何一つとして持っていないので、ずっと恥ずかしそうにしていた。
耳元で囁いた事に対する罰だな、と私は1人苦笑していたのだった。
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