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VTuberの姉さんを救ったら、甘すぎる毎日が始まりました。  作者: くまたに


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第14話

 レストランで昼食を終え、大型商業施設に向けて足を進めていた。

 その道中、俺達は他愛のない話に花咲かせていた。


「さっきの店の料理、美味しかったね」


「そうだね。値段以上の美味さで、正直驚いたよ」


 ──この会話に意味は無い。明日、話の内容を覚えているかと聞かれたら、自信を持って「覚えてるよ」とは言えないだろう。

 俺の人生を思い返してみれば、夏鈴や他の友人達ともそんな会話の繰り返しだと気づく。


 人間、飯を食ってしっかり寝る。あとは適度な運動。それさえあれば生きていけるだろう。

 それなのにわざわざ大事な時間を使ってまでそんな話をするのは、『話している時間』の価値を見出しているからだろう。


 実際、俺は姉さんと話しているこの時間を、『幸せなひと時』と思っている。

 "話の内容"よりも"話している時間"これが今の俺の考え。

 人によってこの考え方は変わるだろう。千差満別、十人十色。何人もの人が居て、その1人1人が違う考え方をするから、出会いがあり日々が色づくのだろう。


 なんて、自分らしくない小難しい事を考えていたら、目の前の開けた土地に大きな建物が広がっているのが見えた。

 テレビの朝の情報番組で見た事がある。だが来た事は無い。少し前から、ぼんやりと来てみたいと思っていたのでいい機会だろう。


 そういえば。ふと大事な事に気づき、すぐさま姉さんに聞いた。


「今日は何を買いに来たの?」


「ふふ、いい質問ね。今日は私の服を買いに来ました!」


 彼女は喜々として言い放つ。よく聞いてくれました、と言わんばかりの満足気な表情で。


 服……か。あまりいい思い出が無いな。

 何度か夏鈴の服選びに同行したが、毎度のことながら褒めるのが下手くそと貶されたっけ。


 でも何かが引っかかる。


『今日暇?暇なら買い物に《《着いてきてほしい》》のだけど』


 そうだ。俺は『買い物に着いてきてほしい』と言われたが、『服を選んでほしい』とは一言も言われてないじゃないか。

 恐らく俺は今日、荷物持ち要員として呼ばれたんだ。危うく姉さんに引かれるところだった。


「俺は書店の中をうろちょろしとくから、服を選んだら連絡してくれ」


「え……」


 どうしてか分からないが、いきなり姉さんの表情が曇る。

 俺何か変な事言ったか?


「服屋さんに着いてきてくれないの?」


「んえっ!?」


 衝撃のあまり間抜けな声が出てしまったじゃないか。


「もしかして……着いて行っていいのか……?」


 恐る恐る聞くと、「うん、もちろん」と頷きながら了承してもらえた。

 これはもしや──美人の可憐な姿を誰よりも早く見られるという事では。そう思うと何だか胸の奥が熱くなる。


「よっしゃ。服、選びに行くか!」


 そう言うと、「うんっ!」と今度は花が咲いたかのような笑みで彼女は喜ぶ。そして俺の手を握り、服屋の方へぐいぐいと引っ張る。

 感情の移り変わりが、まるで通り雨のようだな、と1人苦笑していたのはここだけの話。


 ◆


「うわぁ〜っ!可愛い服がいっぱいある!」


 服屋に着くなり姉さんはきょろきょろと周りを見渡しては楽しそうにはしゃいでいる。幼子のようだが、そんな愛くるしい姿を見られて光栄に思う。


「隼人くん、どれがいいかな?」


 レディース専用の店に連れられたのだが、周りに男性の客が居なくて少し居心地が悪い。俺が居ても良いのかな、と後ろめたさを覚える。

 そんな時に超難関のミッションが。言っちゃ悪いが、ダサい服を選べば姉さんの中での俺のイメージが損なわれてしまう。


「ちょっと考えさせて」


 よし、少しながら時間は稼げた。

 あとは周りにいる他の客の服装をバレないように盗み見る。そして姉さんのイメージと1番合うと思う服を選ぶ──簡単じゃないか。


 そうと決まれば即決行。服を見るフリして、他の客の服装を見渡す──が、みんな姉さんと印象が異なっている事に気づいた。


 スーツを着た、仕事の出来そうな秘書のような人。

 髪を金色に染め、耳にはたくさんのピアスを着けたギャル。

 長い髪をツインテールにし、黒くてフワッとしたスカートを履いた地雷系ファッションの人。


 全員が姉さんに引けを取らない美人だ。普段の俺ならずっと目で追いかけてしまいそうだが、それどころでは無い。

 何も情報を得られなかった。即ち自分1人で考えないといけないという事だ。

 ファッションに関心のない俺が服を選ぶ……況してや同性ではなく異性のを。


 高校受験中や、今までに起きた全ての駆け引きの時よりも頭をフル回転させた。

 熱でも出るんじゃないかってくらい考えた末に、決めた。俺が選んだのは──


「その服、いいと思う」


「ワンピースね。センスいいじゃん!」


 トップスとスカートがくっついたようで、腰にはお洒落なリボンが着いた黒い服を指差して言うと、姉さんは服の名前と共に褒めてくれた。

 へえ、これワンピースって言うんだ。名前は聞いた事ある。


「試着してみるね。着いてきて」


 自分が選んだ服を試着するだなんて、何だか気恥ずかしい。

 姉さんの後ろにピッタリと着いたまま、試着室コーナーまで連れてこられた。


「じゃあ、ここで待っててね」


 そう言って試着室の中に消えたと思えば、カーテンの揺れが収まる前に、端から姉さんの顔がひょこっと現れた。


「覗いちゃ、ダメだよっ」


 ばちこんっ♪と効果音がつくくらい綺麗なウインクと共に、言われてしまった。

 顔が熱い。俺今、絶対赤面してるな。女子にそんな事言われたの初めてだから、非常に居た堪れなくなる。


 噴水でもなんでもいいから、とにかく顔を冷やしたい──なんて、馬鹿な事を考えていると、目の前の試着室コーナーから衣擦れの音が聞こえた。

 姉さんの入った試着室以外は全てカーテンが開かれている。ということはこの音は……姉さんのだ。


 聞くな、聞くな!

 俺はすぐさま耳を両手で塞ぎ、目を瞑った。少しは邪念を取り払えるはず。

 すると館内放送は微かに聞こえるものの、姉さんの着替える音は全て遮断された。

 スッと気持ちがリセットされる。上手くいったようだ。


 周りからの視線なんて気にしてられるか。今はこうしておかないと、後で悔む事になるからな。

 自分の世界に入り込んでいると、優しく肩を揺らされた。

 どうやら姉さんの試着が終わったようだ。


 俺はゆっくりと瞼を上げる。ずっと目を瞑っていたので、LEDの明かりに目が眩む。

 目が慣れると目の前には、予想通り姉さんが居た。


「どう、かな……?」


 頬を朱色に染めながら、上目遣いで聞かれた。

 その瞬間、俺の保てていた理性は破壊されたのだった。

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