憧れの家族 後編
カナのお父さんは怒っているわけではなく、狂っているわけでもない。
実際、現実、現状を知る一人の人間として、それ以上に我が子を愛する一人の父親として、至極当然で真っ当すぎる、ともすれば、頭が下がってしまうほどの正論を口にしただけだ。
ああ、こんな時に僕っていう人間は、それを好ましくも疎ましくも感じ取ってしまっている。
間違えているのは僕達で……
正しい事を言っているのは、この人なのに……
「……ごめんなさい。その言葉は聞けません」
理解しながらも否定してしまう。
邪魔をするなと吠えないまでも、邪魔をしないで欲しいと訴えてしまう。
過ちは罪になるだろうと突きつけられながらも、僕はカナの味方であることを止められない。
いくら両親がどう思い、どんな風にカナの事を考えているんだとしても、こればっかりは譲れない。
カナを思う気持ちに勝敗なんてつけるつもりはない。
それでも、この道が間違っている事を理解しながらも、僕はカナと一緒にこの道を最期まで突き進むんだと約束したんだ。
もう、戻れないし、戻るつもりもない。
「……そうか、君もやっぱり、達観してしまってるんだね」
どうしてか、おじさんの声には、物悲しい色が滲み出ていた。
「ごめんなさい……」
だから、僕は頭を下げる。
間違っていながらも、間違えたままでこの道を進もうとする以上、我儘だけで突き進むのは礼儀に欠ける。
ましてや、この人は僕よりもずっとカナの事を心配し、カナの事を愛し、見守ってきたはずの、本当の家族なんだ。
僕にだって負い目はある。
カナのためだと言いながらも、暖かな家族の意向と沿わない道を行くんだから、それ相応に謝罪の意思は持つのは当然の話だと思うんだ。
「やっぱり、君も同じ考え方をしているんだね」
でも、頭を下げた僕にかけられた言葉は、そんな諦めと憐憫をごちゃ混ぜにしたような、掠れた声で……
「君も香奈も、やっぱり他人より一歩も二歩も先に進んでしまっていて、それはひょっとしたら、私よりもずっと先に進んでいってしまっているのかもしれない。 どうしてなんだろうね、私は本当に、自分の無力さと運命ってやつを呪わざるをえないよ」
おじさんは、肩を震わせて泣いていた。
私事で、とっても身勝手な道を選んだ僕ですら、この姿を見ているだけで、おじさんが、いや、この家族がとっても素晴らしいものなんだって分かってしまう。
違います、おじさん。
何度も言うようだけど、正しい選択はそこにあって、それが直ぐそこに見えているっていうのにも関わらず、その選択を拒んだのが僕達の道なんです。
おじさんが負い目に感じる必要なんて、どこにもありはしないんだ。
ただ、僕とカナが、他人よりほんの少し、先に進み過ぎてしまっただけなんだ。
でも、そんな慰めには意味がない。
ましてや、それは若輩者が口にしても良いような台詞でもない。
だからこそ僕は、
「幸せにします、最期まで。 それが僕に出来る唯一で、カナの望んだ事ですから」
生涯、最初で最期になるであろう、誓いの言葉を口にした。
こんな事、きっと結婚前にも言えやしない。
でも、多分に余所見はしようとも、それだけは絶対、僕にとっての本心なんだから。
その後の事は、取り立てて書き記す必要はないのかもしれない。
でも、強いて残すとするのなら、「お茶いれてきたよ〜」と現れたカナの、その嘘くさいまでのタイミングだけだ。




