101.新生
『アキ、これで我輩はお主の力になった。しかし…これは凄いな、我輩が生きていた頃よりも数段魔力が高いぞ』
一通り変身を遂げたところで、心の中にアンゴルモアの声が聞こえてきた。
そうなのか?
確かに…物凄い量の魔力が俺の全身から放出されている。ハッキリ言って垂れ流し状態だ。
『恐らく、魔族と人間には互いに力を高めあう相互作用のようなものがあるんだろうな』
「へー、だからオーブを使うと天使に覚醒する?」
『さぁな、我輩にもその辺りの詳しい状況はわからん。
…さてアキよ。我輩はこれからお主の身体を保つために全力を注ぐ。お主には我輩の“禁呪“の知識を授けるから、あとは…うまくやるんだぞ?』
それだけ言うと、アンゴルモアの声が急に聞こえなくなっていった。
…途端に、俺の脳裏に一気にアンゴルモアの知識が流れ込んでくる。
うわ、こいつは凄いな。まるで『龍魔眼』を使ったときみたいだ。
…ありがとうよ、アンゴルモア。
俺は流れ込んでくる膨大な知識を与えてくれたアンゴルモアに、心の中で感謝の思いを伝えたんだ。
それにしても凄いな…
俺は自分の全身から吹き出す魔力の流れを落ち着けると、取り敢えず空に飛び上がった。いやこれが本当に意識せずとも飛べるんだ。たまげるよな、まさか自力で空を飛べるようになるなんて思わなかったよ。
ジェット噴射のように背中から魔力が吹き出し、俺は軽く宙を舞った。
おっとっと、バランスが難しいな。なんか背中にジェット噴射機を背負って飛んでるみたいだ。フラフラするけど…うん、コツさえ掴めばこれはこれでアリだな。
空中でなんとか体制を整えると、俺はそのままカノープスやレイダーさんたちが待つ場所まで飛んで行ったんだ。
飛んでくる俺の姿を、呆気に取られた表情で眺める一同。そりゃそうだよな、いきなり飛んできたらビックリするよな。
多少バランスを崩しながらもふんわりと着地すると、慌てた様子でカノープスとプリムラが片膝をつき、頭を下げて最敬礼のポーズを取った。
…おいおい、いくらなんでもその態度はやりすぎじゃね?
「アキ…ううん、“魔神“アキ。ぼくはきみならきっとアンゴルモア様ですら手に入れると信じてたよ」
顔だけを上げて嬉しそうにそう口にするカノープス。なんか気持ち悪い態度だけど…まぁこいつが喜んでるならそれはそれで良いかな。
「魔神アキ様。拙者、魔神誕生の瞬間に立ち会えたこと、末代まで語り継いでゆきますゆえ」
そしたらプリムラがなんだか怖くなることを口にし始めた。おいおい、いくらなんでも急に神妙になりすぎじゃない?
「二人とも、なんだか畏まってるみたいだけど、私は何も変わってないよ?」
「いいえ、あなた様から感じられる霊気は…まさしく神そのもの。アキ様は…我々魔族の神、『魔神』となられたのです」
「うん。魔族の色である黒ですら凌駕する圧倒的な白い魔力…なんて美しいんだ」
あかん。こいつらイッちゃってるぞ。
なんだか話を聞いてるだけでむず痒くなってきたので、俺はこれ以上彼らと会話するのを諦めてレイダーさんたちの方に向き直った。
レイダーさんたちも、やはり俺の姿を見て驚いた表情を浮かべていた。そりゃそうだよな、いきなりこんな別人みたいな姿になって帰ってきたんだから。特に髪の毛なんて、白と黒のストライプとか派手すぎんだろ。
「アキ…君は本当に『覇王の器』を手に入れてしまったんだな」
どうやらさすがのレイダーさんでも俺とアンゴルモアとの『契約』には気づいていないようだった。さすがに俺の命が1日しか持たないって知ったら驚くだろうな。ま、言うつもりは無いけどさ。
レイダーさんの問いかけに俺が首を縦に振って頷くと、今度はガウェインさんが嬉しそうに俺の肩をバンバン叩いてきた。
「やったな嬢ちゃん!さっすが師匠の最後の弟子だぜ!兄弟子として俺も鼻が高いよ」
「い、痛いってばガウェインさん!」
そこですかさず思わず顔をしかめる俺とガウェインさんの間に入り、さりげなく俺のことを庇ってくれたのはウェーバーさんだった。そのまま俺の頬に手を触れ、優しい眼差しで俺を見つめてくる。…ちょっ、顔近っ!
「美しいですね…。これが魔界の神たる“魔神“の姿ですか。吸い込まれてしまいそうなくらい美しいですね…思わず見惚れてしまいます」
「わっ、ウェーバーさん!近いってば!」
慌てて一歩下がろうとすると、俺の全身から霊気が…まるで噴水のように一気に噴き出してきた。とどまることを知らない白い魔力の奔流のその圧倒的な魔力量に、全員が驚きの表情を浮かべる。
そうなんだよ。今の俺は呼吸するかのように膨大な量の魔力を大気に垂れ流していた。なんか勿体無いよな。
…おっと、そういえばみんな怪我をしてたよな。せっかくだからみんなの治療をしようかな。
俺は心の奥に念じると、アンゴルモアから引き継がれた【禁呪】の知識を披露することにした。そう、俺はアンゴルモアから魔界の神たる知識の一端…数多くの禁呪の知識を与えられていたんだ。
「…《英霊の息吹よ、ここに》、禁呪・【神霊の癒し】」
俺が知識として得た中で最上の治癒力を持つ禁呪をレイダーさんたちに対して解き放った。
ぽわわん…と、まるでシャボン玉のように虹色に輝く白い妖精が同時に五体出現した。そいつはふわふわと中空を漂うと…そのままレイダーさんたちの身体に吸い込まれていく。
次の瞬間、全員の身体から白い光が放たれた。
「…あれ?傷の痛みがない?」
「ほんとだ…折れた骨が繋がってやがる」
「すごいですね、これは…」
おおー、さすがは最上の治癒力を持つ禁呪だな。良かった、全員の怪我が治ったみたいだ。
「アキ、こんなにすごい禁呪を使って魔力は大丈夫なの?これからあの邪神と再戦しに行くんでしょ?魔力欠乏になったりしない?」
肩を回して快復を確認しながらも、健気に心配をしてくれるカノープスを安心させるように俺は説明した。
「あぁ、大丈夫だよ。こいつは私が呼吸するのと同じレベルの魔力しか使ってないから」
「…は?」
カノープスがぽかーんと間抜け面を晒す。代わりに驚愕の表情を浮かべながらプリムラが尋ねてきた。
「アキ様、あなた様は…これほどの大魔術を、まるで呼吸するかのように使われたのですか?」
「大魔術って、さすがに大袈裟じゃないか?」
俺の感覚からすると、例えて言うならこいつは太陽の光みたいなもんだ。地球から見ると莫大なエネルギーを使っているように見えるかもしれないけど、太陽から見ると数十億年の寿命の中のたった1日でしかない。
今回の禁呪は、俺にとってはまさにその程度のものだったんだ。
まぁ、この感覚は伝わらないだろうから仕方ないな。
「すごいですね…治癒術はそもそも使える人が限られる上に、このように奇跡的な回復を遂げることなど前代未聞なんですけどね」
感心を通り越して呆れたような口調でウェーバーさんが呟いていた。
「とりあえず時間もないし、一旦ユニヴァース魔法学園に戻ろう。それじゃあみんな、私の周りに集まって」
俺は全員が近くに集まったのを確認すると、そのまま魔力で全員を包み込んだ。そして一体となって動けるよう魔力で全員の身体を固定すると、そのまま一気にまとめて空に浮かび上がらせたんだ。
「わわっ!?」
ガウェインさんが慌てた声を上げているものの、そんなの気にしちゃいられない。俺はそのまま全員を巻き込んで、山の麓のユニヴァース魔法学園まで一気に飛んで行ったんだ。
俺はメンバー全員を白い魔力の膜に包んだ状態で宙を舞っていた。魔力のジェットを背中から噴射させ、背後に大量の虹を振りまきながら、一気に山を下っていく。
やがてユニヴァース魔法学園に帰還すると、“霊山ウララヌス“の異変に気付いたたくさんの人たちが俺たちのことを出迎えてくれた。
「アキッ!!」
「アキ!」
まず最初に現れたのはハインツの双子…カレンとミアだ。ふたりとも俺のあまりの変化にすごく驚いてはいたものの、素直に無事の帰還を喜んでくれた。おまけにふたりの後ろには、辛そうな表情をしたヴァーミリアン公妃と、ゲミンガを抱いたフランシーヌの姿もある。
俺は素早く彼らにも治癒術を施すと、特にヴァーミリアン公妃の顔色が目に見えて良くなった。ついでに、不意に気付いた…彼女の体内にあるちょっとおかしな部分を弄ってみる。
まるでこんがらがった糸のようなその部分を解きほぐすと、カチリ…と音がしてヴァーミリアン公妃が驚愕の表情を浮かべた。
「ちょっと、アキちゃん?もしかしてこれって…」
「あ、うん。気になったところがあったから治しちゃったんだけど…マズかったかな?」
以前ヴァーミリアン公妃があまり外出出来ない体だって聞いたから、もしかしてここがその原因かな?って思って治療したんだけど…
恐る恐る確認すると、ヴァーミリアン公妃は複雑な表情を浮かべながらもゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、まさかこの身体が治るなんて夢にも思ってなかったから、ちょっと驚いただけ。でも…ありがとうアキちゃん」
良かった、別に治療しても大丈夫だったみたいだ。これでヴァーミリアン公妃も健康な身体に戻ると良いんだけどな。
こいつは俺からの、ささやかな…置き土産。
「あれ?もしかして…お母様、身体が治ったの!?」
「…どうやらそうみたいね。なんだか夢みたいだけど…」
「本当に?すごーい!良かったーっ!」
歓喜に包まれるカレンたち親子を見てると、成り行きとはいえ対応できて良かったな。なんだかほっこりした気分になったよ。
ヴァーミリアン公妃の治療が終わった後は、駆け寄ってきたボウイとナスリーンと軽く言葉を交わして学園の中へと入っていった。
なにか話しかけたそうなレドリック王太子からは巧みに逃れる俺。…だって仕方ないじゃん。魔神になろうが何だろうが、男から言い寄られるのはもう勘弁願いたいんだよ。
続けて学園の建物の中へとやってきた俺は、エリスが寝かされている医療室へと向かっていった。理由はもちろん、昏睡状態の続いているエリスのもとへ治癒術を施すためだ。
レイダーさんやカレンたちを引き連れてエリスが眠っている治療室に入ると、室内には…見たことの無い赤毛のグラマラスな女性とトンガリ帽子を被った金髪の女性、それにキリッとした目つきの騎士風の青年がいた。
誰だろう?一人も見たことが無いんだけど…
「きみは…シリウスじゃないか」
俺の疑問に関する答えを、後ろからついてきていたレイダーさんが教えてくれた。3人のうち、騎士風の青年に対して“シリウス“と呼びかけている。呼ばれたシリウス青年の方は、なにやら感動の面持ちでレイダーさんに頭を下げていた。
「おっ!バレンシアもいるじゃねーか!」
続けてガウェインさんが嬉しそうに赤毛のグラマラスな女性に声をかけていた。バレンシアと呼ばれた女性は、恐らくエリスの容体を心配してか…疲れた表情を浮かべたまま、俺たちの方に頭を下げた。
「あら…?もしかしてあなた、チェリッシュ?」
「うっ、ベルベット先輩!?」
最後にレイダーさんに付き添っていたベルベットさんが声をかけると、魔女風の衣装に身を包んだ金髪の女性…チェリッシュが、気まずそうな表情を浮かべて魔女が被るようなトンガリ帽子を目深に被った。
へー。ってことは、彼女もこの学園の卒業生なのかな。
どうやら彼らは『明日への道程』の一行と顔見知りのようだ。…というより、恐らくはエリスの知り合いなんだろうな。
そうでなければ“エリス命!“なカレンが、彼女たちにこの場を任せるとは思えないから。あのカレンが認めるほどに、エリスとの関係が深い人たちなのだろう。
「…えーっと、エリスのこと治療していいかな?」
「…あなたは?」
俺の問いかけに、警戒心を示しながら鋭い言葉を発する赤毛の女性…バレンシアだったかな。
確かに今の俺は明らかに怪しい存在に見えるとは思うけど、それ以上に抗いがたいほど圧倒的な霊気を発していたはずだ。それなのに、俺に屈することなくこれほどの霊気を浴びながら抵抗するのは、正直すごい胆力だと思う。
彼女はきっと…それだけエリスのことを大切に思ってるんだろうな。
「バレンシア、大丈夫だよ。彼女は…ぼくたちの友達だから」
すかさずカレンがフォローしてくれて、ようやく緊張の面持ちを解除したバレンシアが、ふぅーっと大きく息を吐きながらエリスの前を開けてくれた。きっと凄い緊張してたんだろうな。それにしても、こういうときエリスマニアのカレンが居てくれて助かったぜ。
「…【神霊の癒し】」
俺の放った光のシャボン玉に包まれて、エリスの呼吸が一気に穏やかになっていった。よし、これで彼女ももう大丈夫だろう。
「…たぶん明日にはエリスは目を覚ますと思うよ。あとは頼むね、バレンシアさん?」
「え?あ、ありがとう!えーっと、アキだっけ?ところで…あいつは?ティーナは?」
必死の視線で俺に尋ねてくるバレンシアは、きっとティーナにとっても大切な友達なんだろう。
俺はなるべく優しげに微笑むと、彼女にこう返したんだ。
「大丈夫。これから…私が迎えに行ってくるから」
エリスの治療を終えて部屋を後にした俺たちは、カレンとミア、ヴァーミリアン公妃を部屋に残してそのままロジスティコス学園長が寝ている治療室へと向かった。
学園長の部屋に入ると、そこにはなんと…いつの間にか学園にやってきていたデインさんとクリスさんの姿があった!
会うのは入学式以来だった。襲撃を受けたって聞いてたけど、元気そうでなによりだ。
「デインさん!クリスさん!無事で良かった!確かベルトランドの森で魔獣の群れと戦ってたんじゃあ…」
「ははっ、久しぶりだなアキ。そんなもん、とっくに撃退したよ。ちなみにジェラードの方も悪魔の団体を殲滅したらしいぞ」
「アキちゃん、それにしてもすごい格好になったわねぇ?なんだかとっても綺麗よ」
クリスさん、変貌した俺を見てその程度の感想かよ…
「あっ!父さんと母さんじゃないか!」
「あらレイダー、元気そうでなによりね」
俺と同様に二人の姿を見て驚いたレイダーさんが、両親である二人と挨拶を交わすと、すぐに色々と話し始めた。たぶんこれまでのことの情報交換をしているんだろう。
その間に俺は、ロジスティコス学園長の治療を開始したんだ。
エリスと同様に一瞬で治癒を終わらせると、学園長のお腹の傷はすぐに快復した。あまりに規格外な治療法に驚いてはいたものの、さすがは学園長、あんまり突っ込んでは来なかった。
治療が済んだところで、俺は手早くこれまでの経緯を伝えることにした。残念ながら彼の娘であるミクローシアを救うことはできなかったことのお詫びもしたかったからだ。
「…うむ、伝えてくれてありがとうな。だいたいはハインツの双子から聞いておったよ。
正直、ミクローシアのことは仕方ないと思っとる。むしろあやつの呪縛を解いてくれて、おぬしらには感謝しておるくらいじゃ」
学園長にそう言ってもらえると、少しは気が晴れるな。
「…それにしても、まさかアキが【霊剣アンゴルモア】を手に入れるとはのぅ。実際あれだけの霊気を放ってた霊山ウララヌスが、今となっては普通の山になっておるわい」
ロジスティコス学園長は、窓の外に見える霊山ウララヌスを眺めながらそう呟いた。
彼の言葉通り、霊山ウララヌスからはトレードマークだった霧が綺麗さっぱり無くなっており、ただの普通の山のように見えたんだ。
さて、学園長の治療まで終わったところで大体やることは終わったかな。残された時間も限りあるので、俺はいよいよ出発することにした。
「…それじゃあ学園長。私はこれからティーナとスターリィを救出して、サトシと最後の決着を付けるために…もう一度あの魔迷宮に挑んでくるよ」
俺の言葉に、ロジスティコス学園長が神妙な表情を浮かべて頷いた。
「…そうか。まぁそこまでの力を得たのであればもはや止めやせん。じゃがその代わり、わしも一緒に行こうかと思っておるんじゃが…どうじゃろうか?」
「俺も一緒に行くつもりだ」
「私もよ」
学園長に続けて、デインさんとクリスさんも声高らかに参戦を申し出てくる。
七大守護天使のうち最強の呼び声高い3人が参戦すると言ってくれるのは非常に有り難かったんだけど…俺は即座に断ったんだ。
「申し訳ないのですが、お気持ちだけ頂きます」
「それは…ワシらでは足手まといになるという意味じゃな?」
ロジスティコス学園長の問いかけ…いや確認に、俺は素直に頷いた。
残念だが、いくら“七大守護天使“たる彼らであっても、正直サトシの餌食になるだけだ。それくらい…俺たちと他の人たちとでは力の差がついていた。実際に“魔神“となった今の俺なら実力差がよーくわかる。ハッキリ言って生物としてのステージが根本的に異なってたんだ。
学園長は残念そうな表情を浮かべると、諦め切れないのか首を左右に振った。
「…そうか。さっきベルベットから事態を聞いてよもやと思っておったが…サトシとやらはそこまでの存在になっておったか」
「そうだね。残念だけど…あいつはもはや普通の人間の手には負えないよ。私みたいな…人外じゃないとね」
「なぁアキ。その言葉を納得するためにも、ぜひお前の本当の力を俺たちに見せてくれないか?」
デインさんの申し出は、もっともだと思えた。
やはり対峙しないとサトシの真の恐ろしさは分からないだろう。そういった意味では、サトシに最も近い俺の力を知るのが最短距離だと言えた。
俺はデインさんに頷くと、気合いを入れて…これまでで言うところの“魔力放出“を行おうと全身に魔力を込めた。
ヴヴ…ヴヴヴヴッ…
俺が魔力…いや霊気を全身に循環させるにつれ、大気が…学園全体が小刻みに震え出す。
ジェット噴射のような鋭い音が鳴り響いて、俺の背に放射線状の白い翼が具現化した。ドゥルンッ!と音を立てながら、翼の周りを虹のリングが幾重にも覆いはじめる。仕上げは…俺の全身から霊気が、白い絹のようにベール状に放出されはじめた。
そこまで至ったところで、俺は魔力放出を中断した。これ以上やれば、この学園が崩壊してしまいそうだと思ったからだ。
それでも、彼らを納得させるのには十分だった。恐らくは空前絶後の力を手に入れた俺の姿を確認して、デインさんやロジスティコス学園長が絶句していた。
「なんじゃこれは…?こんなの届くわけがないじゃろう。まさに…“霊山ウララヌス“そのものが目の前におるわい」
「こいつは…すごいな。俺が以前対峙した『魔王』グイン=バルバトスをもはるかに上回る魔力。いや、昇華しすぎて白く輝いているこいつは…霊気か?
…なるほどな、これは俺たちでは太刀打ちできん。恐らくはアキの邪魔にしかならんだろう」
どうやら二人は理解してくれたみたいだ。これ以上大切な人たちをサトシに喰われるなんてコリゴリだった俺は、ほっと胸を撫で下ろす。
ようやく緊張を解いて一息ついた俺に、ロジスティコス学園長が改まった顔をして尋ねてきた。
「…ところでアキ、それだけの力を持ったお主の固有能力は…いったいどんな能力なんじゃ?」
「それは、分からないんだ」
「分からない?」
学園長たちが首を捻るのも当然だった。実際、張本人たる俺ですら、未だに自分の能力が何なのかよく分かっていないのだから。
…だけと、一つだけハッキリと分かっていることがある。
この能力が使えるのは…間違いなく『一度だけ』だ。
一度能力を使ったあと、俺はたぶん…死ぬだろう。
さぁ、これで話は済んだかな。
俺は姿勢を整えると、改めてこの場にいる全員に語りかけた。
「…みんな。私はこれから、もう一度グイン=バルバトスの魔迷宮に挑む。そして、スターリィとティーナを救い出して、サトシとの因縁に決着をつけてくる。だから…すまないがみんなはここで待っていてほしい」
決して“帰ってくる“とは言わない。なぜなら…おそらく俺は帰ってくることが出来ないから。
頼む、そのことには誰も気づかないで欲しい。そう願いながら俺はみんなの顔を見つめたんだ。
事前にカノープスたちには申し伝えていたので、誰からも参戦の意見は出なかった。さすがにこれだけの実力を見せつけたら、諦めてくれたかな?
「…アキ、俺はついていく」
しばらくの沈黙のあと、そう口にしたのはレイダーさんだった。横にいるガウェインさんやウェーバーさんも首を縦に振っている。
彼らは世界最強の冒険者チームと呼ばれる『明日への道程』のメンバーだ。しかも一度サトシのことを見ているから、ちゃんと実力差や相手の能力も分かったうえで上手く立ち回ってくれるだろう。
「…レイダーさん。サトシの相手をするのは私だよ?」
「ああ、分かってるよ。ただの人間でしかない俺たちが、“神同士の決戦“の邪魔なんてしやしないさ。俺たちはただ…お前の露払いのために道を作るだけだよ。アキ、俺たちがお前の…“明日への道“を切り開く!」
力強くそう宣言するレイダーさんに頷くと、俺は意を決して視線を外に向けた。目指すは…サトシが待つグイン=バルバトスの魔迷宮だ。
やるべきことは全部やった。準備万端だ。
もう…思い残すことはない。
では、いざ向かおう!
スターリィやティーナ、そしてサトシの待つ最終決戦の場へっ!




