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85.取り返しのつかない過去、まだ見ぬ明日

 

 俺の前に映し出される場面は目まぐるしく変わっていく。


 今映し出されているのは…一人の男性がミクローシアと対峙しているシーンだった。

 鋭い目つきをしていてあご下に整えられたヒゲを生やした男の姿に、俺はなぜかデジャヴを感じた。

 どうしてだ?俺はこの男に…見憶えがある?


 そんな俺の疑問は、ロジスティコス学園長の発した呟きで解消する。


「あれは…シャリアール!なぜシャリアールがミクローシアと会っておるんじゃ?」


 そうか!あの男は…この身体スカニヤーの父親であるシャリアールだったのか。

 どうりで見憶えのあるわけだ、なにせ毎日鏡で娘の顔を見ているわけだから。




「俺に何の用だ?【暁の堕天使ルシフェル】ミクローシア」


 厳しい口調で対応しているものの、シャリアールがミクローシアのことを恐れているのは一目瞭然だった。ミクローシアはそんな彼の様子に気付かないふりをしながら、優しい声で語りかけた。


「ふふっ、シャリアール。有名な天才魔法使いであるあなたに、良い提案を持ってきたの」

「良い…提案だと?俺は腐ってもまっとうな人間だ。世界を滅ぼす手助けなんて、死んでもせんぞ!」

「まぁそう殺気立たないで。あなたにとっても悪い話じゃないんだから」

「む…むぅ」


 以前に比べて妖艶な雰囲気を発するようになったミクローシアには、既に現在の【解放者エクソダス】に近い存在感を醸し出していた。邪悪の権化のようなミクローシアに、シャリアールは完全に呑まれていた。


「簡単なことよ。シャリアール、あなたは英雄になりたいんでしょう?だから私が…あなたを英雄にしてあげる」

「なっ…そ、それはどういう意味だ?」

「あなたに…“七魔将軍のうちの一体を倒した英雄“の栄誉を与えてあげるわ」







 再び場面が切り替わり、今度は森の中で悪魔の翼を具現化させたフランフランが何者かと戦闘しているシーンとなった。

 フランフランに様々な角度から襲いかかってくるのは、見憶えのある魔力の光線。あれは…『流星シューティングスター』だな。ということは、戦っている相手は…シャリアール?


「えーい!忌々しい攻撃ね!遠距離から属性無視の魔法弾をばら撒くなんて、アタシの弱点ことを知り尽くしているかのような戦術じゃないっ!」


 悪態をつきながら必死に攻撃を交わし続けるフランフラン。

 では、この映像を見ているこの人物は…いったい誰なのか。




「【流星乱舞メテオシャワー】っ!」


 遠くからシャリアールの声が響いて、同時に縦横無尽に放たれた光のレーザーがフランフランを包囲した。

 なるほど、【流星シューティングスター】にはこんな使い方もあったのか。さすがにシャリアールは【流星シューティングスター】のオリジナルの能力者だけあって、様々な使い方をしていて実に参考になる。


「クソッ!」


 フランフランは必死に周囲に目を凝らして、迫り来るレーザーの爆撃から最小限の被害で回避できる場所を探していた。目的場所はすぐに見つかったようで、慌ててその方向…すなわち俺たちがいる方向に身を翻してくる。


 だが、フランフランが回避した場所には、あるもの・・・・が潜んでいた。

 そこには…いまこの過去の映像を映し出している元となる存在…すなわちミクローシアが潜んでいたのだ。




「ふぅぅ、さすがに今のはヤバがったわ!【星砕きスターダスト】の異名は伊達じゃないってことか…ギャアァアッ!?」


 次の瞬間、背後からミクローシアがフランフランを斜めに切り捨てた。完全に不意打ちとなる攻撃による突然の激痛に、悲鳴を上げるフランフラン。地面をのたうちまわる魔族の少女を、ミクローシアは大声で笑い飛ばしながら残酷に蹴り上げた。


「あーっはっはっは。ぶざまねぇフランフラン!」

「アグゥウ、き、きさまはミクローシア!なんでアタシを…」

「フランフラン、私は…あなたの存在が邪魔だった。いつもアンクロフィクサのそばをチョロチョロして、いっつもうっとおしかった。だからね…あなたを消すの」

「きさまっ!実の兄を殺しただけでは飽き足らず、なんてバカなことを!?こんなことをしたってマスターがキサマなんかのことを…」

「うるさい。死ね」


 ズドン。

 鈍い音とともに、地面に這いつくばったフランフランの胸の中心に、ミクローシアは【紅呪剣イビルスカーレット】を突き立てた。

 この一撃がトドメとなったのか、フランフランはビクンと大きく体を震わせたあとまもなく動きを止めた。やがてフランフランの身体は…ゆっくりと塵となって、風に運ばれて消えていった。


 フランフランが消え去ったあとには…茨のようなもので形作られた一個の腕輪アームブレスだけが遺っていた。




「ふふっ…これで邪魔者は消えたわね。フランフラン、あなたの全ては…私が貰うわ」

「ほ、本当に【魔傀儡マリオネット】フランフランを倒したのか?」


 異変に気付いて近寄ってきたシャリアールの問いかけに微笑みかけながら、ミクローシアはフランフランが化身した『天使の器オーブ』を彼に放り投げた。


「ええ。あなたが作戦通りにやってくれたおかげで、簡単にフランフランを仕留めることができたわ。さすがは天才魔法使いね。ありがとう、シャリアール」

「う、うむ…」

「そのオーブはフランフランを倒した証拠として持ちかえるといいわ。ただ、用件が終わったら私に返してね」


 まるで信じられないものでも見るように、手にしたフランフランの『天使の器オーブ』を弄びながら、シャリアールがミクローシアに問いかけた。


「それは構わないが…お前は本当にこれで良かったのか?」

「ええ。お互いウィン=ウィンの結果となったんだから、良い取引だったと思うわ」

「そ、そうか…わかった…」


 悩ましげな表情を見せながらも、シャリアールはオーブを大事そうに抱えてこの場を立ち去っていった。



「ふふ…うふふ…あはは…あはははっ、あはははははっ!!」


 あとに残ったミクローシアは、シャリアールが立ち去ったのを確認したあと…最初は小さく、やがて大きな声で笑いはじめた。


「全て…うまくいったわ。これで…一番厄介だった障害物は取り除いた。もう誰にも…私たちの関係を邪魔させやしない」



 誰もいない森の中で、完全に邪悪なるものへと身も心も堕としてしまったミクローシア。


 狂ってる。

 俺は身の毛がよだつミクローシアの行為に、怒りを通り越して吐き気を覚えた。

 この存在は…決して許してはいけない。



「まさか…フランフランを斃したのがミクローシアじゃったとは…」


 歴戦の猛者であるロジスティコス学園長ですら、今初めて知った真実を前に言葉を失っていた。


「シャリアールは悪魔と取引をしていたのね。それで、このときのことがずっと心に引っかかってて…最期は娘を生贄にして魔族召喚を行うまで落ちぶれてしまった。本当に…哀れなシャリアール」


 フランシーヌがシャリアールを哀れむようにそう口にしたのは、もしかしたら俺のことを気遣ってだろうか。なにせこの身体の父親は…彼、シャリアールなのだから。


 なるほど、確かに彼もある意味被害者なのかもしれない。プライドが高そうだとは思ったけど、それほど悪人のようにも見えなかった。でも、心の弱さがなければ今のような悲劇は起こっていなかったのではないかとも思う。


 もし目の前にシャリアールがいたなら一発殴ってやりたいな。そうすれば…もしかしたら彼は目が覚めて、実の娘を犠牲にするような悲劇は起こらなかったかもしれないのに。

 俺はそんなありえないことを夢想しながら、初めて見た”生きた”シャリアールの姿を思い出したんだ。






 それから先に映し出されていった映像は、激しい戦闘…スターリィから何度も教えられてきた【魔戦争】の内容へ変わっていった。



 ロジスティコス学園長とミクローシアの激しい戦闘。だけど学園長の圧倒的な魔力と多彩な『天使の歌』の前に、ミクローシアは少しずつ追い詰められていく。


 彼女ミクローシアが使った固有能力アビリティは、【黎明の夢魔メフィストフェレス】という名の…赤と黒が混ざったような色をして、どす黒い瘴気を纏った女神を具現化させる能力。おそらくミクローシアの【暁の堕天使ルシフェル】の名前の由来はこの能力から連想されたのではないかと思われた。


 初めて見るミクローシアの能力は、ぱっと見…スターリィの【天翼の女神ブリュンヒルデ】みたいに実像を具現化させて様々な攻撃を放つタイプのように見える。学園長に尋ねてみるとその印象は正解だったみたいで、頷きながら教えてくれた。


「ミクローシアが覚醒したのは、アンクロフィクサが出身一族から奪い取った宝物の中にあった『天使の器オーブ』を手に入れてからじゃ。なのでわしも詳しいところまであやつの能力を分かっているわけではない。じゃが、実際に戦ってみたものの感想としては…お主の言うとおり『別の存在を具現化させて戦う』タイプじゃと判断しておる」


 実際、ミクローシアは具現化した女神による様々な攻撃を学園長に仕掛けていた。主に主力となっていたのは、圧縮された魔力を爆発させて放つ『波動砲』。周辺の木々を軽くなぎ倒し、しかも黒い瘴気が周辺の生き物を腐らせるという悍ましい追加効果付きだ。

 さすがは七魔将軍の一人というだけあって、確かに恐ろしい戦闘能力を持った相手ではある。ただ、やはりロジスティコス学園長には敵わなかった。


 学園長の猛攻により徐々に追い込まれていくミクローシア。

 最後は四方八方から襲いかかる光の矢に貫かれて、【暁の堕天使ルシフェル】ミクローシアはついに地に倒れ伏した。


「う…そ…。アンクロフィクサ……」


 それが、兄を殺し仲間を殺したミクローシアの最期の言葉だった。


 彼女ミクローシアが息を引き取る瞬間まで、ロジスティコス学園長はずっと彼女の側にいた。

 そして呼吸が止まったのを確認すると、ロジスティコス学園長は瞳に悲しげな色を浮かべたまま、ゆっくりとその場を後にしたのだった。




「明らかに…絶命してる」


 ミクローシアの最期の瞬間をこうして見せつけられて、改めて確信した。このとき、ミクローシアは間違いなく死んでいる。


 なのに、彼女は再び蘇った。

 なぜ?どうして?

 その謎は解けない。おそらくミクローシアには学園長すら知らない何か・・があるのだろう。


 その謎が解けない限り、もしかしたら【解放者エクソダス】には勝てないのかもしれない。

 でももう時間がない。魔迷宮にたどり着くまでの時間と残り時間を考慮すると、これ以上いろいろなことを考えたり調べたりする時間は残されていなかった。


 あとは…実際に対峙して解決していくしかない。







 ---






 ゲミンガによる過去視は、これで終了となった。

 ミクローシアの最期を映し出したあと、景色全体が歪んでいき…気がつくと俺たちは元の『治療室』に戻ってきていた。


「あ…終わったのか?」


 胸に抱いたままのゲミンガを確認してみると、疲れ果てたのか…俺の胸をガッシリと掴んだまま眠りについていた。その執念…お前さんはきっと将来大成するよ。


 学園長が横たわるベッドの横の椅子に座っていたフランシーヌがゆっくりと立ち上がって、俺に飲み物を注いでくれた。

 リンゴのような…とても懐かしい味に、心が落ち着いていくのがわかる。そういえばこの世界に来て最初に味わったのがこの飲み物だったな。



 一息ついたところで、まだ飲み物が飲めるほどに回復していないロジスティコス学園長が、俺を近くに呼んだ。


「アキ…ワシらから伝えられるものは全てお主に伝えた。あとは…本当に心苦しいが、お主に全て託す。ミクローシアを…滅ぼしてくれ」

「…ああ、わかったよ」


 俺は青白い色をしたロジスティコス学園長の手をぎゅっと握りしめた。俺の決意が伝わったのか、学園長は少しだけ表情を和らげると、最後にこう口を開いた。


「そこでじゃな…これからミクローシアとの決戦に征くおぬしに、せめてもの装備を渡そうと思う。学園の宝物庫への入室を許可しておいたから、メンバー全員に最大限の装備を整えるが良い。中には、ミクローシアとの決戦に役立つものもあるじゃろうて」







 ------







 治療室から『白銀の間』に戻った俺は、メンバー全員を連れて学園の『宝物庫』にやってきた。


 数百年の歴史を誇るユニヴァース魔法学園には、長い歴史の中で収集してきた超文明ラームの遺跡から発掘された古の魔道具の数々が存在していた。それら国宝級のお宝が眠る宝物庫に案内されて、それまで落ち込んでいたみんなのテンションが一気に上がる。



「すっげーな!ここにあるの全部すごい魔道具ばかりじゃないか!ハインツうちの秘宝に比べてレベルが全然違うよ。…この剣なんて軽く国宝級だろう?」


 ミア王子が豪華な造りの剣を振り回しながらはしゃいでいる。おいおい、危ないから狭い部屋の中で剣を振り回すのはやめてくれよな、おてんば姫。


「ねぇエリス、これなんてエリスに似合うんじゃない?」

「え?あ、うん…そうかな?」

「そうだよ!絶対似合うって!これを着て、一緒にティーナを助けに行こう!」

「…ありがとう、カレン」


 精一杯エリスを励まそうとするカレン姫の健気な態度に、ずっと落ち込んでいたエリスもようやく少しだけ元気を取り戻したようだ。頑張ってエリスのフォローをした甲斐があってよかったな、魂の盟友よ。



「むむっ…この小刀は、拙者の動きにピッタリと思わないか?」

「別に良いんじゃないの?ぼくは…この剣かなぁ?」


 プリムラとカノープスも嬉々として武器防具を選んでいる。最近は変なわだかまりも解消したのか、自然な感じで接していた。せっかくの許嫁同士なんだし、これから決戦に向かうに当たって良いことだよな。



「ボウイ、相手はスライムや。打撃系の武器がええんちゃう?」

「んー、スライムだと逆に切りつけたほうが良いんじゃないか?」


 ボウイとナスリーンのボウナスコンビは、対ミザリーの戦闘を想定して武器を選んでいた。学園に残る二人だって重要な戦いがある。頼むから、万全の装備を整えて…最後まで生き残ってほしい。



「…龍魔法【龍の導き】」


 みんなが色々な魔道具を調べている様子を横目で見たあと、俺はゆっくりと目を瞑って…静かに龍魔法を発動させた。さきほどフランシーヌに教わった”龍魔法の極意”により、発動した龍魔法は…俺に最もふさわしい装備へと導いてくれた。


 俺のことを呼ぶような声に従って宝の山に手を突っ込むと、なにか布の感触が手に触れる。ゆっくりと引っ張り出すと、出てきたのは…一着の白いワンピースだった。

 超古代文明の遺産が、ワンピース?疑問に思いながらも、龍魔法が選んだ装備なのだから、今の俺に最も適性の合ったものなのだろうとしぶしぶ納得する。試しに軽く魔眼を発動させて確認してみると、『白麗のドレス』という名のついた超文明ラーム時代の魔道具ということがわかった。

 まるでゾルバルの白毛のように真っ白なワンピースは、【解放者エクソダス】との決戦に挑む俺に最もふさわしい戦闘服のように思えた。



 さぁ、これで俺の準備は整った。武器?俺はもともと素手で戦うタイプだから、そんなものは不要だ。

 他のメンバーを確認すると、それぞれが自分の特性に合った装備を見つけ出したみたいだ。さすがはみんな若くして一流の魔法使いになっただけはある。魔道具を選ぶ目も一流のようだ、お見それしました。





 …さぁ、これで準備万端だ。

 それじゃあ…【解放者エクソダス】たちが待ち受ける『グイン=バルバトスの魔迷宮』へ征くかっ!!


 見せつけられた悲惨な過去。あんなことは…もう二度と繰り返させない。ロジスティコス学園長、フランシーヌ。俺は…あなたたちに変わって、新しい明日を必ず取り戻す。


 待ってろよ、ティーナ。そしてヴァーミリアン公妃。必ず救い出して…悲劇の連鎖を終わらせてみせるからなっ!!


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