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越冬  作者: 社 やすみ
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財布とキス

 開店準備が整った私は、カウンターの奥から2番目の席に座ってお店を見渡す。カウンターが全部で8席。そしてボックス席が2つ。照明はほの暗く、いつだってまどろんだ夜の雰囲気。なかなかいいお店なんじゃないかと、自分では思ってる。彼氏の雪匡に毎日お小遣いをあげながら暮らすには十分。私の目の前には某ブランドの黒いバッグ。中に入っている長財布も黒。彼氏がいつも全身黒づくめだから、私自身も黒一色が当たり前になってしまった。仕事で着ているイブニングドレスまで黒になった。


「よう」


 ドアベルが鳴らずにドアが開いて、全身黒づくめにサングラスをかけた男が入って来た。私の彼氏、雪匡だ。やはり黒づくめの格好をしている。彼はベルを手で押さえてドアを開け、お店に入ってくる。だが入る時に手は離れるので、結局ドアベルは鳴ってしまう。何の意味があるのかわからない。


「ねえ何の意味があるの」


 雪匡に聞いても彼の答えはいつも変わらない。「特に意味はない」と。


 そして雪匡は最奥の席に座り、私の唇に軽くキスをする。その瞬間に私の胸にきらめく風が吹き、頭の中が燃える。どこが好きだったのか分からなくなっているのに好きだ。雪匡が好きで仕方がない。


「もおー」


 こうされると私は、高校時代と同じときめきで胸が満たされてしまう。口を尖らせながら、つい雪匡にもたれかかってしまう。こんなのは彼の思うつぼだ。だがどうにもならない。どうしようもない。雪匡は私を抱き止め、頭をなでて、今度は頬にまた軽いキスをする。そして私を強く抱きしめて、もう一度唇にキスをして席を立つ。


「じゃあ、うろついてくるわ。 金は?」


 雪匡にそう言われると、私はバッグに手を伸ばし、つい黒い長財布を取り出してしまう。そして「少なくてごめんね」と言って2万円を渡す。雪匡は斜に構えた歪んだ微笑みを浮かべながらお金を受け取って、お店を出ようとする。私は慌てて立ち上がって、雪匡の顔に手を伸ばす。そして好きの気持ちを唇に乗せて、自分から雪匡にキスをする。私の中では、刻印をして送り出すイメージ。この男は私のものだ、と。雪匡は気付いているのだろうか。私が傷付いていることを。私たちは同棲しているのに、もう何年も前から肉体関係がない。お互いの体に触れ、唇を重ね合うのは、このお店の中でだけ。お金を渡す前後だけ。どうしてこうなってしまったのだろう。

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