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越冬  作者: 社 やすみ
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出戻り

「久し振りねユキグニ。 今何してるの?」


 俺が連絡を取ったのは、引退まで勤めあげた店のオーナー。女でありながら、ホストクラブ、キャバクラ、美容室にコンビニ、果ては託児所なんかも経営し、さらには小料理屋なんかもやっていた化け物だ。歳は10近く上。俺が駆け出しの頃には街の至るところにこの女の息がかかっていて、あちらを見てもこちらを見ても、この女の店があった。当然、俺たち従業員は、髪を切るのもオーナーの店、客に頼まれた煙草を買うのもオーナーの店、子供を預けるのもオーナーの店、メシを食うのもオーナーの店になる。俺たちは昨日稼いだ金をこの女の店に使ってその日と明日に備えていたので、何だかんだと天引きされていた様なものだと思うこともしばしばあった。ホストは、髪はマメに整えておかねばならなかったし、客に頼まれた煙草を買いに行かねばならなかったし、両替も指定されたコンビニでしなければならなかった。そこに疑問を挟む余地はない。そう決まっているからだ。キャバクラならこんなパシリまがいのことはやらされることはあり得ない。キャバ嬢は店の宝だからだ。だが、ホストは店の在庫であり、駒だ。だから例え同じオーナーの経営店でも、キャバとホストじゃ格差がある。女尊男卑がはびこるのが夜の世界。俺から言わせりゃ座ってるだけで日給がもらえる女の仕事はホワイトすぎる。男とは待遇が天と地の差があるが、これが夜の世界だから仕方がない。女は女だから稼げるし、男は男だから稼ぐしかない。だから夜の世界の女は華やかな“蝶”で、男は毒々しい“蛾”なんだ。


 とはいえ俺たち男は比較的自由な面もある。夜の蝶である女の中には、なにがしかを背負ってるヤツも多い。その一つが子供だ。繁華街の女は、子持ちのシングルマザーも多い。その中には、命を削って大金稼ぐ奴もいる。ヤツらが凄いのは、自分の為に稼いでいるのではなく、子供の為に稼ぎ、子供の為に生きていることだ。その母性が俺には理解出来なかった。オーナーの小料理屋で知り合った子持ちの夜の蝶たちが言っていたが、「託児所がこの街にあるのは何よりありがたい」んだそうだ。「大切な子供の心配をせずに安心して仕事に打ち込めるのは、女にとってはデカい」だの何だのと言っていたが、俺は母親がいなくて、母と子というものがよくわからない。なので、そのうすら寒い母親ぶりというか母性に吐き気すらしたもんだった。30すぎてからは、子孫を残したいという気持ち、いわゆる動物的本能は実感出来る様になってきたが、子供の為に命を削り、自分より子供を優先する感覚は何しろ全くわからない。だから当然、20歳そこそこの頃の俺は、少し疲れた女たちの口をついて出る子供の話題、その気持ちが一切理解出来なかった。俺という人間にいつ頃からか備わっていた、女を嫌悪する要因はたぶん、この辺りから肥大化していったはずだ。俺の様に、人間的な愛情が圧倒的に欠落している奴がホストには結構いる。それはある種の生活感を消し、洗練された男の印象に繋がる。これは偶像としてはプラスだが、人間としてはマイナスでしかないだろう。だが、これも仕方がないことだ。夜の女の中に不幸な女が沢山いる様に、夜の男には恵まれずに育ったヤツはたくさんいる。子持ちの夜の女は、子供には自分と違う輝かしい未来を与えてやりたがるが、これが夜の男となると、そういう感覚を持つヤツでは務まらないことが多い。例えば、寝た女が妊娠したとする。ホストの大半は、子供ではなく、自分の未来を考える。どうやったらこの問題を抱えた女を簡単に切り捨てられるか、自分にどんな逃げ道があるかだけを真剣に考えるはずだ。この時、結婚という淡い未来を夢見て妊娠をこちらに告げた女を切り捨てることに何の葛藤もない。こう思わずに結婚するヤツならば、昼の世界へ行くはずだ。だから夜にはびこるヤツらは、ほとぼりが冷めるまでの数ヶ月、他の店に逃げればいいと思っていたりする。子供の認知などもちろんしないだろう。無責任といえば無責任だが、自分のこれからを阻む要因が発生した時、その要因となる女と子供は迷惑といった感覚なのだ。少なくとも俺はそうだ。妊娠は女と子供の問題であって、自分には関係のないことと思っている。俺が連絡を取ったこのオーナーは女だが、自分の店のホストがこういうことになった場合、しばらく行方をくらませることを黙認していて、出戻りに寛容だった。そういう人間だから、俺も数年の時間を経ても連絡が取りやすかったのだと思う。


「今? 何もしてないんよ。 いい仕事ないかね? 楽なヤツ」


 馴れ馴れしく、冗談めかして半笑いで言う俺。かつて肉体関係にあったことをいいことに、変わらずなあなあな態度で、楽なポジションに自分を持って行きたい。そしてオーナーはこれを容認した様で、間髪入れず俺に道を示す。


「あるわよ。 あんた、うちの新店の店長やりなさい。 来月オープンするんだけど、よくわかんないの採用するぐらいなら、能力もあって性格もわかってるあんたにしてもらいたい」


 話が早すぎるのが、この女のいいところだ。性格がハッキリしていて、含むものがない。楽な仕事のわけはないが、色んな意味で俺に寄り添う意向があるというアピールを、この女なりにしているのが俺には分かる。


「楽じゃなさそうだな。 で? いくらよ? 俺もいい年齢だからさ」


 わざとらしく給料面を気にする素振りをする俺。だが、本当は気になんてしていない。この女は成果を上げれば評価してくれるタイプのオーナーだし、そもそも、昔の男の俺をまた受け入れたいという意向をコイツなりに示しているのだ。俺は高給を勝ち取るだけの自信があるし、瑠美架を裏切らずにコイツと良好な関係を再構築する自信がある。さぁどう出る?


「基本は月40万。 あんたなら明日にでも同額の仕度金(したくきん)を出してあげてもいい。 飛ばないでしょ?」


 給料は初任給としては平均的なものといっていい。まぁこんなものだろう。だがこの女の言葉が俺をかきたてる。“飛ばないでしょ?”とは“いきなり辞めないでしょ?”という意味だ。俺を信頼している、という意思表示を金と言葉でさらに示して、適度にニンジンをぶら下げているのだ。この女は全然変わっていない。そして、こんな物言いをされて断る俺ではない。堕落した生活で、自分では変わったと思っていたが、案外、俺も蛾のままで、変わっていないのかもしれない。


「俺を誰だと思ってるんだ」


「じぁあ明日来て」


「場所は?」


「ごはん食べに来なよ」


 かくして俺は、この女が経営する、懐かしの小料理店へと行くことになったのである。

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