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越冬  作者: 社 やすみ
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ナギサにはわからない

 俺はバッグに服を詰めてゆく。ナギサは独り暮らしなのに4LDKのマンションに住んでいて、そのうち一部屋は俺の部屋になっている。そこにはクローゼットがあって、現役時代の俺のスーツやコートがぎっしり吊られている。店での俺を知らないナギサにとって、俺のスーツやコートはある種、神聖なものの様な雰囲気があった様で、当時待ち合わせると、決まってスーツ姿の俺をほめちぎったもんだ。だが、俺の格好をほめはしても、店に来たことはない。売り上げに貢献しないのだから、ナギサの言葉は心に刺さらない。


 俺がしてきた水商売の苦労を部分的にでも分かち合えるのは、(しごと)を知ってる亜希子だ。俺と亜希子なら分かち合えることが、ナギサにはわからない。夜の接客業は、基本的に酔っぱらいを相手にすることばかりだ。あとは荒れてる客、病んでる客といったところ。お陰で、人の言うことを簡単に真に受けたりしないし、信用しない。だけどナギサはそういう世界を知らない。俺たちとは生きてる世界が違いすぎる。分かり合えない。業種が違っても歩み寄り合う関係を築ける相手はいるが、ナギサとは無理だと俺には分かる。絶対に分かり合えないという確信がある。


「服はほとんどないな」


 ここにあるのは本当にスーツばかりだ。二、三着持って行こうとは思うが、後はここに捨てて行って構わないだろう。


「下着買ってあるけど、いる?」


「ああ」


 ナギサのこういう気が回るところは、亜希子には欠けている。亜希子とは同業で戦友の様な部分があるが、それだけだ。事なかれ主義で受動的。俺は亜希子の気持ちを聞いたことがない。何でも俺の言う通りにするだけだ。お陰で若い頃は、亜希子への苛立ちを募らせたこともあるが、次第に諦めていった。今では亜希子に期待することは何もない。そしてナギサは気が回るところはあるが、それはナギサの感覚の押し付けでしかなく、そこに俺の考えを必要としない。これでは、二人とも、俺と分かり合えるはずがない。そして瑠美架は、(しごと)もわからないし、きっとナギサの様には気も回らないだろう。しかし俺だけを見ている。俺も瑠美架を見てるから、横に並んで、歩幅を合わせて一緒に歩くことが出来る。それがいちばん大切なんじゃないかと、瑠美架と出会った今は思う。


 洗面所に行くと、男物の下着がいくつか置いてあった。どれもナギサが用意していたものだ。俺は普段、黒くて無地のボクサーパンツを愛用しているが、ナギサが買い置きしていたのは、カラフルな暖色系のものが多い。やはり、俺の趣味には全く合わない。まさにナギサの感覚の押し付け、その極みだが、使えるものは何でもいい。そう思った俺はこのカラフルな下着をバッグに放り込んでいく。するとナギサがニヤニヤしながら「アタシが買った下着をつけてれば浮気防止にもなるかなーなんて」と言った。正直、バカバカしいと思うが、それをわざわざ言いはしない。もちろん、瑠美架のことも言いはしない。


「どっか行くの?」


 俺はナギサの質問に答えず家を出る。俺たちの関係は、その程度の稀薄(きはく)なものだ。

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