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越冬  作者: 社 やすみ
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買い出し

 スマホのアラームが店内に鳴り響いている。自分の店の奥のカウンターで突っ伏して寝ていた私。その眠りは思いのほか深かった様で、大音量をものともせずにまどろみの中に沈んだままだった。だがアラームが鳴り続けていると、多少覚醒した頭が「買い出しに行かなきゃ」と告げてきた。そうだ、買い出しに行かなきゃならない。今日はアジが安いから、刺身と日本酒で荒稼ぎしないと。アラームを止めると10時3分。10時にアラームが鳴る様にセットしたので、私は起きるのに3分かかったということだ。


「んん、酒屋とスーパー行かなきゃ」


 店内には、私一人。閉店が何時だったのかは覚えていない。常連さんが「アキちゃんまたね」と言って帰ったのは朝方。何時だっただろう。お酒に強くていつも何杯も注文してくれるし、私にも振る舞ってくれるから、いいお客さんだ。私がこの街の住人になった頃からずっと贔屓にしてくれている人で、普段は街角に立って客引きをしている。だから雪匡も私も、顔を合わせた日数でいえば、親よりも多いかも知れない人。まだ右も左もわからなかった頃の私たちを知る数少ない人物だから、雪匡も私も慕っているし、移り変わりの激しいこの街で生き抜いてきた同士だから、戦友の様な意識もある。きっと彼の方もそういった思いは同じで、うちの店によく来てくれて、ラストまでいる。カウンターの真ん中の席に陣取って気配りをしてくれる彼は、酔ったお客さんがくだを巻いたり、他のお客さんとトラブルになりかけたら、上手くなだめてくれたり、時にはどちらか一方を外に一旦連れ出してくれる。そうなったら、私は残った一方をなだめ、彼がもう一方を連れ戻って来る。すると、和解の流れになる。たぶん店外で(さと)してくれているのだろう。夜の街にあって、珍しく人格的にまともな人だなと、今も昔も思う。雪匡も少しはこうだといいのにと思うこともあるけど、雪匡は雪匡だし、今さら何かを変えようとは思わない。何故なら、私はずっと雪匡と一緒にいて、雪匡がどんな人かを知っているから。雪匡は私の為に何かをしてくれる様ないい男じゃない。


 いつも思うけど、どうしてこんな風になったんだろう。いや、本当はわかってる。高校の時、私が雪匡を今の雪匡にした。雪匡と付き合ってるのに、ナギサを応援してその気にさせた。ナギサは雪匡に告白して、雪匡はその告白を……OKした。ナギサから告白成功の報告を聞いた時、私は頭が真っ白になった。振られるのだと思った。その日の夜、私は雪匡に呼び出された。場所は公園。学校のすぐ近くだった。雪匡はいつもと変わらない様子で、ナギサのことについては何も話さなかった。そして、卒業したら同棲しようと言ってきた。今だったらいい加減な男だなと思うけど、初めての彼氏で私は信じたかったし、私が選ばれたんだと思った。でもナギサからはデートの報告もきたし、一夜を共にする報告もきた。私はおかしくなりそうな気持ちで全身を震わせながら、しらばっくれて今日まで協力者で居続けた。私は雪匡を決していい男とは思わない。いや、悪い男でしかないと思う。だけど私がとやかく言える様ないい女でもない。そしてこのまま関係を続けて、今も好きなんだから、私は本当にバカだと思う。救い様のない自分に溜め息をつきながら酒屋に日本酒を買いに来ると、初老の店主が話しかけてきた。


「お姉ちゃんの彼氏、何か若い娘と歩いてたよ、大丈夫なの?」


 若い娘?たぶんナギサだろう。あの娘は私と同い年だけど、学生時代から意識が高くて、美容やダイエットに邁進していたから、今も結構若く見える。SNSで繋がっているが、いつ見てもやれ花見だ、やれ海だ、やれ女子会だ、何だかんだと華やかそうで、相変わらず女の上っ面だけで出来ている様な娘のまま。表向きは男の存在を匂わせない様にしているけど、私には雪匡とのことを相談してくるから、会ってる日を全部知ってる。昨夜は飲んだだけで帰ってきたそうで、私と同じ様な扱いになってきたのかもと少し期待してしまう。惨めな私と同じ位置までナギサもくれば、私は安心出来る。雪匡に新しい女が出来ても、どうせ長続きしないし、ナギサが落ちれば安心の中で私はこの生活を続けられる。


「それにしても」


 私は昨夜のナギサを思い出す。ナギサは電話で、客引きのオッサンが、ハゲが、チビが、デブがと罵り続けていた。ナギサのいう客引きのオッサンの身体的特徴が、うちの店に来てくれるあの常連さんと完全に一致する。この街で、ハゲでチビでデブの客引きなど、彼しかいない。あの常連さんはとてもいい人なので、無邪気に悪口を垂れ流しているナギサに少しムッとするが、私は何も言わない。何かを変えようとは思わない。


『ユキグニがさ、相手してくれないのよ。 今日は一緒に過ごすって言ってたのに、私をほったらかして、オッサンと飲んで酔っぱらってんの』


 雪匡はお酒には強い方だ。なのにあの常連さんは、そんな雪匡が酔っぱらうまで一緒に飲んで、その後うちの店で朝まで崩れずに飲んでいたのだから酒豪だ。苦手なお酒はないのだろうか。今度うちの店に来たら聞いてみよう。私は、酒屋の店内をぼんやり見渡しながら、そんなことを考えていた。酒屋の店主が不安そうな顔をして、私の顔を覗き込む。私は店主に笑いかけて、目撃証言に返答した。


「大丈夫ですよ、知ってます」


 私の笑みは多少こわばっていたのだろう。店主は苦笑いしてすぐに手元の伝票に目を移す。


「20時でいいのかね? 届けるのは」


「はい。 お願いします。 あ、一本何か珍しいボトルあったらそれもお願いします。 定価でいいんで」


「いや、お姉ちゃんから定価は取れないよ」


 今度は完璧な笑みを作って軽く会釈する私。酒屋を後にし、次はスーパーだ。少し歩く距離だけど、どうってことはない。アジを買ったら店に戻り、お刺身を造れば仕込みは終了、家に帰れる。雪匡はもう家に帰っただろうか。それとも、遊び倒してまだこの街のどこかにいるのだろうか。それもあり得ない話じゃない。……ま、しょうがないか。と思った瞬間。


「……え? 雪匡?」


 横断歩道の向こうに、雪匡が見えた。

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