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越冬  作者: 社 やすみ
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深入り

「おはようございます、雪匡さん」


 俺が目を開けると、見知らぬ女の声がした。驚いて体を起こし、部屋を見回した俺は、ここがラブホテルの一室だと瞬時に理解した。ベッドには掛け布団だけで毛布がなく、部屋の中にはスロットマシンがあったからだ。ラブホ以外でこんな特徴の部屋があるはずがない。女の方を見ると一瞬目が合ったが、すぐに目を逸らされた。うつむく女の目は、これまで見たことのないくらいに大きい。横顔だけでも、とても若く、美しく、整った顔をしているのが分かる。色んな女を見てきた俺でも見とれてしまう程の美貌だった。女はすぐに掛け布団を被り、顔を隠してしまったが、たった一瞬でも目に焼き付くぐらいだった。正面から見ても美しいのは明白だ。だがその顔はかけ布団に隠れて見えない。所在ない俺は体を起こしたままで、ぼんやり足の方を見てると、掛け布団の上に、綺麗に畳まれた俺の服が置かれているのが見えた。横には女の服もあり、やはり綺麗に畳まれていた。この女が畳んだのはすぐにわかった。俺は脱いだら脱ぎっぱなしだからだ。几帳面で世話焼きの女か?そういう女は嫌いじゃない。亜希子もそういうタイプだったしな。何だかんだと考える俺だが考えはまとまらず、しかし、とりあえず顔がいいこの女を改めてしっかり抱いておこうと思った。


 服が畳んで置いてあるということは、もちろん、俺も女も裸なので、準備は簡単に整う。記憶はないが、一線を超えたのは明らかだったので、起き抜けにもう一回という形だから、適当にほめて抱けばいい。

 そうと決まれば即行動だ。俺は起こした体を再度ベッドに沈めて女を抱きしめ、髪をなでる。女の髪は肩にかからない程度で切り揃えたショートボブ。少し癖っ毛で、ふわりとボリュームが出ていた。


「ふわふわの髪、可愛いな」


 俺の言葉に女が顔を出した。やはりとても美しい顔をしている。この女を上手く引っかけた俺をほめてやりたい。記憶はないが。女の顔をじっくり見ていると、はにかんで喋り出す。


「雪匡さん、昨日も言ってくれました。 私、嬉しかったんです。 この髪、コンプレックスでしたから。 でも、これからは好きになれそうで……。 だって雪匡さんが、好きって言ってくれたから……」


 ……声も、言うことも可愛い。何だこのいじらしい可愛さは。若く美しい女が俺に思い入れを持ち、コンプレックスから解放されたと言っている。もちろん記憶はないが、今、この女の心の中心に俺の存在がある。それが俺は素直に嬉しかった。しかし、次の言葉で俺は凍りついた。


「私、男性とお付き合いするのも、その、したのも初めてなんです……。 初めてが雪匡さんでよかったです……。 両思いって、幸せです……」


 ……最悪だ。前言撤回だ。この女はめんどくさそうだ。普通の男ならこういう女が好きかもしれないが俺は違う。こういう、男が好きなタイプの猫かぶり女が俺は一番嫌いだ。この女は俺にとっては、地雷の中の地雷だ。俺の知らぬ間に付き合うことになっているなんて、あり得ない。俺はどんなに酔っても、付き合う付き合わないの話を了承することはない。都合よく遊んでいたいからだ。控えめなふりをして、食えない女だと思う。勝手知ったる亜希子、ナギサとは違う。控えめな態度で図々しく強引に踏み込んで来る得体の知れないところがこの女にはある。三股は別に慣れているから構わないが、こういう女とは続けてはダメだ。俺の直感が告げている。日常のバランスが崩れるから、この女はやめておけと。


「そうだな」


 俺は独り言を呟く。それは自分の直感に対する、無意識の相槌だった。だが、女の言葉に対する返事としても意味が成立してしまっていて、女が潤んだ目で俺を見つめ、呟きを返してきた。


「嬉しいです……。 一生愛します……」


 ……ゾッとする。俺はこれまで、女に依存されたらたまらない、めんどくさい女とはかかわり合いになりたくないと思って生きてきた。だから、色んな女をふるいにかけて捨ててきた。ハッキリ言ってこの女は、一番嫌いで苦手な、避けたいタイプの女だ。しかし、だからこそ、俺にはやらねばならないことがあった。


「じゃあもう一回だ」


 やらねばならないこと。それは体の味見と、動画撮影だ。捨てるつもりの女だが、だからこそ、撮影はしなくてはならない。何かでトラブルになった際に、後腐れなく離れる為、別れる交渉の手札として活用する為だ。要は恐喝して泣き寝入りしてもらうのだ。俺は枕元にあった自分のスマホを構える。すると女が、恥ずかしそうに顔を赤らめ、目を細めた。長い睫毛が揺れている。


「また撮るんですか……? 恥ずかしい……。 けど、いっぱい好きになってくれるって、言ってくれたから……」


 ……俺は女の言葉に愕然とした。そしてスマホのフォルダの一番新しい動画を再生してみる。そこには、あえぎながら俺への愛の言葉を紡ぎ続けるこの女と、それに応えながら、女の名前であろう「瑠美架(るみか)」を連呼する俺の声が記録されていた。見ていると記憶が甦ってきて、俺は青ざめた。動画の中での俺は、甦ってきた記憶の通りに瑠美架の中で思いっきり果て、「付き合おう」なんてほざいていやがった。これは付き合うなんて生易しいものじゃない。結婚案件にすらなりかねないぞ。何で避妊してないんだ、俺の馬鹿野郎。


 昔の俺は、酒で記憶を飛ばすことなんてなかった。だが、現役を引退してからの俺は、ちょくちょく記憶を飛ばしてしまった。気を張らずに飲む様になったし、幾らか酒に弱くなったからだ。弱くなった分、やらかす回数は増えた。だからこそ、いつでも女と離れられる様に動画を撮って来た。「付き合うとは言ってない」「言質はあるのか?」と言えば、どんな女もドン引きだったが、弱味があるので納得せざるを得なかった。俺が動画を撮っていたので、女たちは精神的に劣勢に立っていたはずだ。簡単に離れられたのは、そういった様々な要因が重なって出来上がった、俺への幻滅が作用したのだと思う。しかし今回はそう簡単にはいかないだろう。俺は心の中で溜め息しながら、顔では笑顔を作る。


「瑠美架……」


 部屋は暖房がかかっていて暑いくらいに暖かくなっていた。瑠美架は寝たまま、大きな潤んだ瞳で俺を見つめている。

 俺は瑠美架に微笑みかけながら、顔を近付ける。瑠美架がキスを察知して目を閉じ、唇が重なるのを待った。軽く重ねた唇。俺の顔が離れると、瑠美架はうっすらと目を開いて、はにかみながら俺をチラチラと見る。


「雪匡さん、大好きです……」


「俺もだよ……」


 このシチュエーションで大好きと言われて返す言葉は同意しかない。瑠美架は俺の名前を知っているし、動画に残っているやりとり以外にもどんな地雷があるかわからない。だから穏便に円満に、この状況を乗り切らねばと強く思ったが、気持ちとは裏腹に、既に瑠美架の中に、深く挿し入れてしまっていた。

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