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羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第十一章:真相への道

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56:三河屋への憎しみ

 葛葉(くずは)が柄鏡を可畏(かい)に手渡そうとすると、彼は横に首をふる。


「おまえが持っておけ。それは付喪神だ。きっと意味がある」


「はい」


 葛葉(くずは)はしっかりと懐に柄鏡を仕舞いこんだ。長屋へ入る前にもう一度辺りを見回したが、隊員以外の人影は見えない。気持ちをきりかえて廃屋へ踏みこむと、以前可畏(かい)と訪れた時とは室内の様子が変わっていた。


 風化した畳はあげられて一箇所に立てかけられている。横目で確かめただけでも、赤黒いシミがにじんでいるのがわかった。板の間の板はめくられて床下が露わになっている。


 隊員がやってきた可畏(かい)に敬礼して場をゆずると、床下の地面から頭骨のようなものが掘り出されている。思っていたより風化しているせいか、葛葉(くずは)を目をそらすことなく人骨を眺めることができた。


「小さくありませんか?」


 感じた違和感をそのまま口にすると、可畏(かい)が振り返って頷く。


「ぜんぶ子どもだな。他の床下からは大人の骨も出ているようだが、子どもが多い」


 痛々しいものを目の当たりにして、可畏(かい)が険しい表情をしている。


「もうすぐ三河屋が連行されてくる。大人を埋めるのは大変だからな。おそらく女の亡骸は無縁仏として寺院へ投げ込んだのだろう。三河屋が若かった頃は、まだ旅籠屋で働く女にはよくあることだった」


 葛葉(くずは)可畏(かい)と他の家屋も回り、床下から見つかった遺体に手を合わせる。


「あとは警察に任せるべきだが、おまえにはここから活躍してもらおう」


「わたしにできることがあるなら喜んで!」


 意気込んでみたが、活躍とはどういう意味だろう。可畏(かい)に指示を仰ごうとすると裏通りの突き当たりから数人の隊員に囲まれて初老の男がやってきた。


 羽織がなく着流しのような格好でとぼとぼと歩んで来る。焦燥感が漂っているがふくよかな体格は変わらない。


 三河屋だった。


「来たな」


「はい」


 頷くと、ふっと視界に人影がよぎった。ひやりとした予感を感じて振り返ると、葛葉(くずは)の背後にうりざね顔の美しい女が立っていた。彼女の周りには、いつか見た子どもたちが女の背後に隠れるように顔だけを出している。


 彼らはこちらへ歩いてくる三河屋を眺めていた。


 可畏(かい)は現れた怪異に気づいたようだが、他の隊員たちには見えていないのか誰も女や子どもを意識していない。


 うりざね顔の女と葛葉(くずは)の視線が重なる。女は物哀しげな目をしていたが、長い黒髪が風に煽られて広がっていた。なびく髪の背後から黒い靄が立ち上るのをみて、葛葉(くずは)は辺りに風がないことに気づいた。


(――とめて)


 傍らから、うりざね顔の女のつぶやきが聞こえる。


(お願いします、――どうか、――どうか)


 祈るような声は、妙を演じていた時と同じ声だった。


(ああ!)


 落ち着いた声が悲鳴にかわる。女の髪が変貌していくのを見て、葛葉(くずは)は目を(みは)る。しゅるりと地を這うように女の黒髪が伸びていく。


 絡みつくように、ぞろぞろと蠢く動きには見覚えがあった。廃屋で見た蜘蛛の糸のような黒髪。


 まるで髪自体が意志をもっているかのように艶かしい。やがて罠を張るように一目散に伸びて、道の先にいる三河屋に狙いを定める。

 瞬きをする間もなかった。


 「ぎゃっ!」という声と共に、ふくよかな男の体が長い髪に取り憑かれたように囚われ、その場にもんどりうって倒れる。


「――――っ!!!」


 三河屋が絶叫しながら、黒髪に全身を締め付けられ手足をばたつかせてもがいた。


葛葉(くずは)!」


 可畏(かい)が辺りに伸びた長い黒髪に異能の炎を放った。焼かれてもすぐに髪が伸びて、決して捉えた三河屋を離さない。


「おまえの出番だ! このままでは三河屋を取り殺してしまうぞ!」


 可畏(かい)の怒声に重なるように、うりざね顔の女の悲痛な叫びが響いた。


――たすけて! たすけて!


 自身からのびる黒髪の所業を恐れているかのように、背後でうりざね顔の女が叫んでいる。


――たすけて! 怨霊になってしまう!


 女の叫びとは裏腹に、彼女から伸びる黒髪が三河屋の体をぎりぎりと締め上げていた。


御門(みかど)様、でも、いったいどうすれば?」


 葛葉(くずは)にはどうすればいいのかわからない。わからないまま三河屋に駆け寄って、絡まった黒髪を払おうと手で掴んだ。解こうとするがびくともしない。全身を締め上げられて三河屋がびくびくと痙攣しはじめた。


(このままでは死んでしまう!)


 彼の犯した罪を思えば、取り殺されるのも相応しいのではないか。ふっと心の片隅に非情な気持ちが浮かんだが、それは背後から響いた悲痛な声にかき消された。


――怨霊にしないで! 鬼にしないで!


 蛇が獲物に巻き付いて飲み込むように、絡みついた黒髪が三河屋の命を飲み込もうとしている。


(髪に憎しみが宿っている? それとも恨み?)


――とめて


 黒髪の凶行になす術がないのか、うりざね顔の女が泣いている。


――たすけて


(取り殺させてはいけない)


 憎しみや恨みが具現しても、失ったものを取り戻すことはできない。

 誰も、何も救われない。たすけてと泣く悲痛な叫びが、それを示している。


(でも、どうすれば……)


 葛葉(くずは)が動けずにいると、痙攣していた三河屋がぐるりと白目をむいた。


「!」


 窒息している。死がすぐそこに迫っている。

 胸の芯を貫くように、ぞっとした悪寒が走った。

 力を失い、だらりと投げ出された男の手足が、びくりびくりと苦痛に震えるように揺れる。


(死んでしまう!)


 目の前で繰り広げられている凶行を止める術がない。どうすればいいのかわからない。

 三河屋の顔がみるみる青ざめて血の気を失っていく。葛葉(くずは)の喉元で「ひっ」と細く息を飲むような、小さな悲鳴が出た。


 人が殺される。


 生々しい自覚に襲われ、ひゅっと血の気がひいた。

 背筋を駆け抜ける恐怖。


 自分の声が悲鳴になって細く響きわたる。

 目前の凶事に耐えきれず、葛葉(くずは)の中で何かが白く弾けた。

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