表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜  作者: 長月京子
第八章:怪異のもたらす手掛かり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/77

40:藤模様の柄鏡

「さっき火を放った時、すこし気になる感じがあった」


 遭遇した怪異の衝撃で、葛葉(くずは)の足は小刻みに震えていた。遅れてはいけないと気持ちをふるいたたせて、動かない足に喝をいれる。


「卓の下ですか?」


 わざと静けさをはらうように声を出しながら、葛葉(くずは)可畏(かい)の隣へ歩み寄る。


 小卓の下にランプの灯りを当てながら、おそるおそる彼を真似るようにしてのぞき込んだ。


 板張りの床が、小さく腐り落ちて抜けている。可畏(かい)が素早く小卓を退かして、抜けた穴の下を確認した。葛葉(くずは)はあわてて床下の穴をランプで照らす。


「あ!」


 穴の底で鈍く反射する光があった。可畏(かい)が抜けた穴に腕を差し込んで、光っているものをとりあげる。


「なるほど、これか」


 葛葉(くずは)可畏(かい)の手に握られたものを見つめた。何か恐ろしいものかもしれないと想像していたが、彼が床下から拾い上げたのは柄鏡(えかがみ)だった。


「鏡……ですか?」


「ああ、銅鏡だな」


「銅鏡なら、新しいものではないですね」


 昨今では店舗に並んでいる柄鏡はガラス製のものが多い。銅鏡となると葛葉(くずは)の祖母くらいの女性の持ち物だろう。鏡面の裏側には藤の模様が施されている。最近まで手入れされていたのか、緑青(ろくしょう)などはなく綺麗だった。


「とても小ぶりな鏡ですが、藤の模様が綺麗ですね」


「大切にされてきたものだろうな。おそらくこれは付喪神(つくもがみ)だろう」


「この柄鏡(えかがみ)が?」


「異能の火を放った時に、引っかかる気配があった。それに、ここは鬼火の出た場所だ。こんなところに残されていることが偶然だとは考えにくい。何かの手がかりになるかもしれない」


「でも付喪神(つくもがみ)なら、立派な妖なのでは?」


「そうだ。だからこそ、何かを導く可能性がある」


「悪いものではないのですか?」


「わからない。時と場合による……」


 可畏(かい)の声と重なるように、遠くで歌う声がした。


 おいでよ おいで 街道を

 おいでよ おいで 灯りのもとへ

 迷子になってはいけないよ


「御門様、歌声が……」


「聞こえている。あの時の歌だな」


 自身の懐に柄鏡をしまうと、可畏(かい)が速やかに戸口へ歩み寄った。葛葉(くずは)も息を潜めるようにして彼の後につづく。


葛葉(くずは)、ランプを消せ」


「はい」


 素早く灯りをおとして、葛葉(くずは)も開けたままの引き戸の影に身を潜めた。可畏(かい)に倣って、顔だけを出して表をうかがう。


 暗がりに廃屋が並ぶ細い夜道。その向こう側にぼんやりとした光が見える。

 ゆらりゆらりと揺れながら、こちらに近づいてくる灯り。


 遠目には提灯のようにも感じられるが、葛葉(くずは)は鬼火だと確信していた。こんな夜更けに町外れの荒屋を訪れる者などいないのだ。


 そして、しんとした闇の中に響く瓏々とした唄声。


 

 おいでよ おいで 細道を

 おいでよ おいで 井戸ばたに

 つもる話をきかせておくれ


 おいでよ おいで わたしのもとへ

 おいでよ おいで 熾火(しきび)のそばへ

 灯りが消えたら さようなら



 道の向こうで、炎の尾を引く小さな塊が赤くゆらゆらと揺れている。少しずつ葛葉(くずは)たちの潜む廃屋に近づいていた。まだ距離が遠いのか人影は見えない。ただ赤い火が命の灯火(ともしび)を映すように燃えている。


 ゆるゆると迫ってくる鬼火を前に、葛葉(くずは)は動悸が激しくなる。



 おいでよ おいで 街道を

 おいでよ おいで 灯りのもとへ

 迷子になってはいけないよ



 歌声はより明瞭になり、鬼火も鮮やかに見える。葛葉(くずは)は鬼の姿を確認しようと目を凝らすが、やはり人影は見えない。夜の闇と同化しているのか、鬼火だけが不自然に浮遊しているように見える。


 火の玉はどんどん近づいてくるが、歌声が迫るほど、そこには誰もいないということが明らかになった。鬼火は誰も照らし出さない。火だけが煌々と灯って、こちらへやって来る。


 動悸と息苦しさに耐えながら様子をうかがっていると、すこし身動きした葛葉(くずは)の手の先に、何かが引っかかる気配があった。


「!?」


 びくりとして振り返るが、土間についた手には何もない。

 どうやら蜘蛛の巣にでも触れたのだろう。

 ほっとしながら葛葉(くずは)は再び戸外の鬼火に目を向けた。



 おいでよ おいで 細道を

 おいでよ おいで 井戸ばたに

 つもる話をきかせておくれ



 歌声とともに、ゆっくりと小道をすすむ小さな炎。いくつかの鬼火が、交わることなく炎をたなびかせている。二人がひそむ戸口にもその明かりが届きはじめた。


 土間に可畏(かい)の影が落ちている。鬼火のゆらめきに合わせて、薄い影がせわしなく揺れ動いていた。



 おいでよ おいで わたしのもとへ

 おいでよ おいで 熾火(しきび)のそばへ

 灯りが消えたら さようなら


 

 葛葉(くずは)がますます高まる動悸を感じていると、ふたたび指先に蜘蛛の巣が触れたようだった。間近に迫る鬼火から意識を逸らすことができず、またかという思いで葛葉(くずは)は払いのけようと手を動かした。


 視線をむけずとも伝わる、煩わしい指先の感覚。

 細い蜘蛛の糸はひつこく、なかなかまとわりつくものがほどけない。


 ――ねぇ……


 とつぜん、耳元で誰かが囁いた。細い針で全身を貫かれたように、ぞくりと悪寒が走る。

 葛葉(くずは)は自分の指先にからんでいたものを、ようやく理解する。


 長く黒い頭髪だった。


「あ……」


 這うように土間に広がる人の髪。ぞろぞろと不規則に長く伸びている。

 蜘蛛の巣ではなかったことに気づくが、遅かった。広がる頭髪が葛葉(くずは)の腕を這いあがり、絡みついてくる。


 ――鏡……


 囁くような声に耳をなでられ、ひゅっと胸がすくんだ。

 闇の中からぬっと現れた白い顔。葛葉(くずは)の肩越しに女がにたりと笑っている。


 ――鏡を……


葛葉(くずは)っ!」


 悲鳴をあげるより早く、可畏(かい)の蒼い炎が土間に炸裂した。






 清浄な蒼い炎が一閃するのを見て、葛葉(くずは)はとっさに悲鳴をのみこんだ。


 怪異に戦慄する情けない姿をさらさずにすんだが、そんな強がりもすぐ暴かれてしまう。

 腰が抜けていたのだ。


「大丈夫か? 葛葉(くずは)


 可畏(かい)がすぐに手を貸してくれる。差し伸べられた手をたよりに立ち上がり、葛葉(くずは)は自身の不甲斐なさを噛み締めた。


「申し訳ありません、御門様」


「謝るな。慣れていないのだから仕方がない。それより……」


 可畏(かい)が戸外に目を向ける。ゆるゆると鬼火が舞い、その炎を従えるかのように一人の女が立っていた。


(たえ)さん?」


 白い肌が鬼火に赤く照らされている。凛とした立ち姿が美しいうりざね顔の女性。

 白装束を身にまとい、黒髪が地面にひきずるほど長い。土間に広がっていた頭髪は跡形もなくなっているが、彼女のものだったのだろう。


 襲いかかって来ることはなく、ひっそりと佇んでこちらを伺っている。葛葉(くずは)可畏(かい)の懐にしまわれた柄鏡を思い出す。


「御門様。もしかして、鏡と何か関係が?」


 可畏(かい)の返答よりもさきに女が動いた。すうっと白い腕をあげて、どこかを指し示している。



 おいでよ おいで 細道を

 おいでよ おいで 井戸ばたに

 つもる話をきかせておくれ


 

 澄んだ歌声が夜道にとけていく。つっと女が長屋を離れるように歩きだした。数歩すすむと、再びこちらを見返って、行き先を示すかのように腕をあげて夜道を指し示す。


 どうやら何か伝えたいことがあるようだった。


葛葉(くずは)、歩けるか?」


 可畏(かい)も女の意図を察したらしい。葛葉(くずは)は頷いた。


「はい、大丈夫です」


 二人が戸外へ出て女を追うと、こちらを見かえっていた女の姿がすうっと消え失せた。後には鬼火だけが漂っている。炎はくるりくるりと辺りを旋回すると、ゆっくりと廃屋のならぶ細い道をすすみはじめた。


「行こう、葛葉(くずは)


「はい」


 葛葉(くずは)可畏(かい)とともに、鬼火の後を追った。

 二人を導くように、伸びやかな歌声だけが聴こえる。


 

 おいでよ おいで 街道を

 おいでよ おいで 灯りのもとへ

 迷子になってはいけないよ


 おいでよ おいで 細道を

 おいでよ おいで 井戸ばたに

 つもる話をきかせておくれ


 おいでよ おいで わたしのもとへ

 おいでよ おいで 熾火(しきび)のそばへ

 灯りが消えたら さようなら

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ