40話 技術
「あ……」
目を覚ました彼女はリルを見るなり慌てて立ち上がろうとしたが、すぐにふらつき、その場に座り込む。
無理もないとリルはため息をついた。
「あんた、もう走れないって!!」
そんなリルの様子を見て訴えるように指を差し睨むクロネコという少女はやや釣り目の猫のような顔と名前を現したような黒い衣装と黒のショートヘアだ。
尻尾や耳をつければ完璧だなぁ……とリルはぼんやりと考えつつ質問に答える。
「あれは嘘、ただ走るだけならそんなに気を使わないし……」
ボス戦では疲労を覚えたが、そこまで集中して戦う事はそうそうないだろう。
対人戦であれば別だが……ただ走るだけではそこまで疲れはしなかったのだ。
「じゃぁ、なんで息を切らして!」
「それはちょっと大げさにやっただけ……あれ以上走ったらベールが倒れちゃうでしょ……」
リルが大丈夫でも彼女は違う。
そう判断して止まったわけだが、まさかこんなことになるとは予想をしていなかった。
「それで、ごめん……変なこと言って」
だが、リルは目的である彼女への謝罪をする。
そして、ゆっくりと彼女の方へと目を向け……。
汗まみれで涙目になっている少女は悔しそうにリルを睨んでいた。
間違いない、そう思ったリルは――。
「そのキャラ、大事なんだね?」
たった一言ではあったが、そう伝えると彼女は驚いたように口を開く。
「なんで!?」
「何でも何も……あの逃げ方……何度も練習したようにも見えたよ? キャラが大事でなければ消して新しいの作り直すでしょ、それにVRゲームも初めてじゃないかな」
少なくとも何かしらのVR作品をやっていれば自分の得手不得手は分かるはずだ。
リルはそう思い、彼女へ告げる。
「……今までは普通のMMOやってた……AGI極振りで……」
彼女はがっくりと肩を落とし――気を落とした声で絞り出すように告げた。
そして――。
「作り直そうと思った、だけど……ここまで頑張ったのに、寄生だって言われて、それが嫌で一人で練習したりしたのに!!」
消したくない。
彼女の言葉はそこまで続くことはなかった。
だが――。
「なのにあんたは初日であんな風に戦って!!」
「あんな風?」
リルは決闘の事を言っているのだろうか? と考えたのだが……。
「ホブゴブリン!! 初心者には討伐が無理なモンスターなのに、それなのに!」
「ああ……あれ……」
結構きつかったよ?
なんていうのは無粋だろう。
リルは黙って聞いていると――やがて彼女は地面へと目を向けて……。
「だから、情報売って、こっそりついて行って真似すればうまくなれると思って……」
彼女の目的がリルたちを困らせるためではなかった。
それを知ってリルは大きくため息をついた。
何故なら――。
「でもお金の代わりに私たちの年齢とかスリーサイズを売れってのはやりすぎ……」
「ぅ……」
それは彼女も反省しているのだろう。
一言唸ると黙り込んでしまった。
「それに、悪いけど……私を真似するのはお勧めしないよ?」
「……え?」
酷だとは思った。
しかし 無理は物は無理なのだ。
「私はVR適正が高いから、よく他の人にチートだって言われるくらいには、ね……」
リルの言葉に彼女は呆けてしまっていた。
しかし、そんなことはどうでも良かった。
その理由は――。
「それに、そのキャラ消さなくてもいいと思う」
「はぁ!? なにそれ、自慢!? 自分より弱い人がいてあざ笑うタイプ? 性格悪!」
「そうじゃなくて……」
そう彼女はリルよりも優れた部分があると分かったからだ。
「クロネコだっけ、そのキャラもAGIの極振りだよね」
「そ、そうだけど……」
「あのね、私達を追いかけてきてたけど、普通はそこまで速度を絞ったりすることはできないよ、どうしたってゲームの補正がかかって思ってもみない速度が出てまともに走れない事だって多い」
だからこそ、VR適正者は有利なのだ。
その思ってもみない速度に対し、反射的に体……いや脳が動き回避を可能とする。
もしくはそれぞれのステータスを生かす手段がある。
STRなら現実で到底持てそうもないものを軽々と持ち、使った事もない武器を使いこなす才能。
INTであれば魔法をイメージ力で補い、発動までの硬直を無視し補正値を越えるダメージを……。
だが、それらはあくまで100%の力でだ……。
「どういうこと?」
「うーん……なんていうのかな出力コントロール? 極端になっちゃうんだよね……」
リルがベールに合わせられたのも彼女もまたINT極振りだからだ。
AGIが高いリルと全く無いベールであるからできたこと……。
対し、クロネコは強歩でも追いつけるだろう速度だったに違いない。
だが、散々リルたちを走って追いかけまわしてきたのだ。
「散々練習したんだね……君の事寄生だっていう人の事なんて放っておけばいいと思うよ、だって普通はできない事出来るんだし、対抗戦とか出来るようになったらどこかのギルドに入って引っ掻き回してあげればいいと思う」
呆然としている彼女に対しリルは笑みを浮かべて伝える。
「その人達、君のことを見下して油断してるから絶対に活躍できる」
「なにそれ……性格悪……」
クロネコは泣きながら少し笑うとそう口にし……。
自身の手をじっと見始める。
「本当に、そう、なの?」
「うん! と言うか、そこまでできる人私は君含めて4人ぐらいしか知らないかな? このゲームでは多分2人目」
リルはそう言いながら仲間の事を思い出す。
一人は言うまでもない”兄さん”だ。
そして後の二人は同じギルド「世界樹の騎士」に居た男女。
女性の方はリルが以前やっていたVRゲームにも顔を出していた。
彼女の研ぎ澄まされた技術はリルの回避を潜り抜けなんどもヒヤっとさせられたものだ。
そんな事を思い出してリルはまた強敵が生まれてしまったのかもしれないと反省していると――。
「そっか、そうだったんだ……」
クロネコは何かほっとしたような表情になっているのだった。




