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最後の侍、異世界で幼女になる  作者: 井戸正善/ido
第三章:ドゥルイット子爵領騒動
47/51

46.幼女、幼女を拾う。

今回から第三章です。よろしくお願いします。

※今回から佐賀弁の翻訳はありませぬ。


※前話も同日掲載ですので、ご注意ください。

 ドゥルイット子爵領は、ヴィオレーヌが生まれ育った町とは違い、山がちな土地を中心に形成されており、海には面していない。

 旧オーバン伯爵領から街道を進むこと一週間ほどの道のりだが、次第に坂道が増えてきて、車を引っ張る馬が心なしか苦しそうだ。

「見通しの悪かねぇ……いたっ!?」


 馬車が大きく跳ね、尻を突き上げられたヴィーの軽い身体は三十センチほど浮いた。

「すみません。どうも道が悪くて……」

「痛たた……気にせんで良かよ。しょんなかけんね」

 馭者(ぎょしゃ)席から声をかけたブリジットに、ヴィーは苦笑いで返した。


 王都から離れているというのもあるが、伯爵領に比して子爵領となると街道の整備は後回しにされてしまうもので、特に交通の要衝というわけでもなければ、王国の主要道路と言ってもこんなものだ。

 王都周辺ともなれば石畳で幅も広い立派な通りが続くし、友好国との行き来に使われる通りともなれば、権勢を示すために細やかな手入れがなされている。


 しかし、山道は純然たる山道のままで、その主は人ではなく植物だ。

「酔いそうな揺れだよね……」

「休憩ば……うむっ!?」

 コレットが青い顔をしているのを見てヴィーが休憩を提案しようとした矢先、馬車が急停止した。


 今度は前に飛ばされかけたヴィーは、ころりと馬車の床を転がって馭者台の脇ににょっきりと首を出した。

「どがんしたと?」

「子供が……」

「子供?」


 急停止させられた馬よりも落ち着かない様子でブリジットが指差した先には、ヴィーよりも少しだけ幼い見た目の子供が座り込んでいた。

 長くぼさぼさの髪と、ひどく痩せた身体つきのせいで性別は判然としない。

 目の前にいる馬が興味深げに子供へと鼻面を伸ばすが、子供の方は見えてもいないかのように反応しない。


「死んでいるのでしょうか?」

「うんにゃ、ただくたびれとっだけばい。そいよいた……」

 言うが早いか、ブリジットの頭上を越えて馬車を飛び出したヴィーは、馬の背を跳ね、子供の隣へと着地する。


 同時に、腰の刀を抜き払った。

「て、敵襲!?」

 ヴィーが振るった刀が、どこからかの矢を叩き落としたのを見て、ブリジットも慌てて馬車を飛び下りる。

 街道の周囲は木々が立ちならび、射手の姿は見えない。


 あまりに突然だったために矢が飛来した方向を確認できなかったことに歯噛みしつつ、子供を挟むように立ち、ブリジットは腰のナイフを抜いた。

「出てこんね。そこにおっとはわかっとっ」

 冷静な声音ではあったが、怒りの色がにじんでいる。


「……ガキと女か」

「さん言うお前は、何者ね」

 のっそりと、しかし油断なく姿を見せたのは、痩せた体躯の青年だった。

 握っていた短弓を腰に固定し、鋭利なダガーナイフを取り出した彼の視線は、手にした刃と同様に鋭い。


「名乗る訳にはいかない立場でね……。できれば、そのガキをこちらに渡して、何も見なかったことにしてもらいたい」

 強い、とヴィーは青年の腕前を感じ取ったが、相手の方も当初は見た目でブリジットの方を注視していたが、すぐにヴィーの方を警戒し始めている。

「かん小さか子供ば殺そうてすってん、余程の事情のあろうけんくさ、そいば聞くまでは何とも言えん」


 数分とも数時間とも思える沈黙と睨み合い。

「この子は、私たちが保護しました! あなたに殺されるのを黙って見ているような真似はできません」

 打破したのは、青年でもヴィーでもなく、コレットだった。

 ヴィーとブリジットへと注意が向いていると判断した彼女は、馬車から転がり落ちるような勢いで飛び出し、少女を庇うように抱きしめたのだ。


 不意を突かれた青年はナイフを向ける相手に迷ったのか、ヴィーとブリジット、そしてコレットへと順番に視線を走らせると、舌打ちをしてゆっくりと後退していく。

「ここは退く。だが、このままこの先へ進むなら、相応の覚悟をしておくことだ」

「理解はした。そいばってんが、道ば変えようてん思わん」

「……強いな、あんたは」


 一瞬、笑みとも憐憫とも取れない表情を見せた青年はそのまま草むらへと消えていく。

「……行ったの?」

「気配はせんばってんが、油断はせんがよか。ブリジット、悪かばってんそん子ばみてくれんね」

「わかりました」

 周囲の警戒を続けると言ったヴィーに従い、ブリジットはコレットに抱えられたままの少女の顔へと視線を落とした。


 見覚えはない。

 顔立ちから見て貴人の子息というわけでもないようで、農民の子とも思えない。触れて確認した身体つきは痩せているが、日焼けが濃いわけでもない。

 農民の子なら、これくらいの年齢なら親が農作業をしている間は畑の周囲で遊んでいるもので、こんがりと日焼けしているはずなのだ。


「恐らくは、どこかの町に住んでいる子供でしょう。服は薄汚れていますが、貧民街の子が纏うようなぼろでもありません」

 小さな擦り傷はあるが、怪我は無いようで、恐らくは疲れて眠っているだけだろうとブリジットは見て取った。

 その上で、ヴィーへと視線を向ける。判断を仰ぐためだ。


「どがんすっかねぇ……」

 敵は去ったと判断したヴィーは、少女を見下ろして腕を組み、悩むような格好を見せた。

「ふふっ」

「なんね。どこじゃい変なかとこでんあったね?」

「だって、ねぇ?」


 水を向けられたブリジットも、笑みを隠せずに俯いた。

「ヴィーさん、この子をここに置いていくという選択肢は考えておられないのでしょう?」

「悩んでいるふりなんてしなくても、わたしは反対しないよ」

 ブリジットもコレットに同意すると、ヴィーは頭を掻いた。

「いやぁ、そいは間違いなかとばってんが……」


 理解ある同行者たちに感謝しながら、ヴィーは照れくさそうに悩みを口にした。

「こんくらいの小さか女ん子、相手したこってんなかけん、勝手のわからんでくさ……」

 ヴィーは十歳。保護した少女はもう少し幼いくらいでほとんど変わらない年齢に見える。

 それを指してヴィーが「小さい女の子」と表現したものだから、コレットもブリジットも、互いに顔を見合わせて笑ってしまった。


 子爵領の町へと入る直前に問題を抱え込むことにはなったものの、彼女たちはどこかのんきな雰囲気のままで、まだまだ旅を楽しむ気でいたのだ。

「さぁて、ブリジット。悪かばってん、また馭者ば頼んでよかね?」

「もちろんです。今からなら日が落ちる前には宿のある村に着くでしょう」

 コレットが少女を抱えたままヴィーと共に馬車へと入り、ブリジットが手綱を握ると、馬は今までのようにゆっくりと坂を上り始めた。


 少女はまだ目を覚まさない。

 彼女が何者なのか、どうして追われていたのか、知りたいことは沢山あるが、ヴィーは「どがんしゅーでんなか」と言って、ごろりと横になった。

「そのうち、腹ん減って目ば覚ますくさ」

 宿でゆっくり話を聞けばいいのだ、と考えていたヴィーたち。この時、彼女たちは自分たちがどれほどの面倒に巻き込まれたのか、知る由も無かった。

ありがとうございました。

またよろしくお願いいたします。

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